ブラックジャックによろしく (6) (モーニングKC)/佐藤 秀峰
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(末期の膵臓がんと告知を受けた患者さんと、医師の会話で)



「あれから毎日 両親から電話がくるんです・・・


 毎日 電話の向こうで泣くんです・・・


 私はここにいるのに・・・


 会いに来てくれれば会えるのに・・・


 私・・・


 まだ生きてるのに・・・


 どうして目をそらすんですか・・・?


 先生・・・


 お願い・・・


 私を見て・・・」




「“強い”か・・・


 私って本当に強いのかな・・・


 人間ってそんなに強いのかなあ・・・


 みんな見て・・・


 私を見て・・・


 勝手に私を殺さないで・・・


 私を幽霊を見るような目で見ないで・・・


 私は・・・



 生きてるよ・・・


(引用、以上)


患者さんを孤独に追いやっているのは、

「生きるとは何か」

「死ぬと何か」

を問うことをしない人、

そういう周りの人なのかもしれません。

(たとえ無自覚であっても)


そして、本人が必死になっていることに気づかず、

勝手に周りがあきらめてしまい、

自分の悲しみで一杯になってしまって、

死と向き合おうとしている人を

支えることができない。


知らず知らずのうちに、

一番苦しんでいる人を孤立させてしまう。


「知らない」 ということは、時に、

そのつもりはなくとも、人を苦しめることになる。


そんな風にすら思えます。




そして、一番強烈なのが、このシーン。



医師

「治療法の決定権は

 患者であるあなたにあります


 ですが児玉さん・・・

 私は延命に意味がないとは思いません


 ジェムザールは

 その効果があった場合・・・

 平均で約10カ月の生存期間があります


 一年後も生きていられる可能性は40%ほどです


 ですが 従来の経口剤を使うなら

 1年後の生存率は4%以下です」



「退院します

 部屋を借りました・・・

 小さなアパートだけど・・・

 実家を出て

 そこでがんばろうと思います」



医師

「どうしてですか・・・?

 どうして今

 治療自体をやめようと思うんですか・・・?


 死に場所を探しているなら間違いです・・・

 一人でこっそり死んでいこうとするなら間違いです・・・!!」



生きるって

 何ですか・・・!?


 答えてください・・・


 そんな事に答えられない人が・・・

 どうして医者なんてしてるんですか・・・?



(引用、以上)


これまでも、同じようなことが書かれている本は読んできましたが、

ナマの人間の言葉、セリフとなっていると、

また一層、迫ってくるものがあります。


「分かりません」としか言いようのない問い。


しかし、「分かりません」とも言えない。



生きるって、一体なんなんでしょうか。


医療従事者として、とても大切なことだと思います。




最後に、別の患者さんの言葉を。


「私はもうすぐ

 この世からいなくなります・・・


 死は誰にでも訪れます・・・


 だったら私達に選べるのは死に方だけですから・・・


 私はイヤです・・・


 効くかどうか分からない薬に苦しんで死んでいくのは・・・



 前はやってたんですよ

 宇佐美先生に出会う前は抗がん剤も・・・


 だけど決めたんです・・・

 私はがんと共に生きていくの・・・


 宇佐美先生が言ってた・・・

 治らない病気はがんだけじゃないんですって・・・


 高血圧だって・・・

 糖尿病だって・・・

 内科の病気のほとんどが不治の病なんだって・・・


 病気とうまくつきあってくしかないの

 抗がん剤になぜ副作用があるか知ってます?


 抗がん剤って

 がん細胞だけじゃなく 正常な細胞まで攻撃してしまうんです

 だから副作用があるんです・・・


 わたしのがんは抗がん剤を使っても

 何カ月しか延命できません


 副作用で体中ボロボロになって・・・

 数か月長生きして

 何の意味がありますか・・・?」


医師

「怖く・・・

 ないですか・・・?」


「どうして・・・

 そんなことを訊くんですか・・・?」









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爆笑問題のニッポンの教養 ヒトはなぜ死ぬのか? 生化学 (爆笑問題のニッポンの教養 5)/太田 光
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田中 僕はやっぱり死を、
 もっと正面からとらえていった方がいい
と思うんですよ。
 ところが、僕らのネタなんかもそうなんですけど、
 死をテーマにすると嫌がられたりしますし。


田沼 そうですね。
 私も数年ぐらい前までは、NHKさんも含めてですが、
 あまり死のことは出さないでくれ、と言われましたね。
 最初は死を前面に出してくれというかそういう話があるんだけど、
 いざ本番になると、死のことは避けてくれ、って言われるんですよ。


田中 どうしてもネガティブなイメージがあるんですね。


田沼 でもやはり、
 この死の側に立って生きていることっていうのを考えると、
 ものの見方が180度違ってくるし、
 分からなかったものが見えてくるんじゃないかと思いますよね。
 暗闇から光を見ればよくわかるけれど、
 光の中で光を見ても見分けがつかないのと同じではないか、と。


 私も最初は細胞がどうやって分裂するかとか、
 生きていくことの方を研究していたのですが、
 むしろ死というものの方から生きていることを見た方が
 分かりやすいんじゃないか
と考えたんです。
 もちろん、科学的に考えてそう思ったのですが、
 この発想は、科学以外のいろいろな分野でも、
 同じように通用する真理じゃないかな、ということを、
 さっき太田さんのお話をお伺いしていて思いました。


・・・


田沼 心の科学といったものが
 やっぱり本質的に必要なんじゃないのかな、と思いました。
 最近は、本当の意味での心の科学っていうのを
 やらなくなってきているんですよね。

 この21世紀に求められているんじゃないのかなとは思うんですけどね。
 それもちゃんとサイエンスをベースにして、
 「なぜ」という疑問をきちんと考えてみる必要がある
 それがやっぱり教養につながるんじゃないかと思うんですが。


・・・


 生のあり様を抜きにしては、死など何の意味もないでしょう。
 死は、私たちが必ず死ぬ存在であることを
 教えるためにだけあるのだと思います。
 は前提として考えるものなのでしょう。

 また、人間だけが
 死に向かうはかなさを見つめる心を持っている
のです。

 死をもってわかることは、
 宇宙の中の限りなく小さな自分と他者への愛でしょう。

 そして、死があることによってはじめて、
 生きるとは何か、
 自分とは何か、
 アイデンティティ(本分)を“問うことができる”のだと思います。


 もう一つ大切なことは、かけがえのない一生に何か、
 “問われていることがある”ことに気づくことです。

 問われていることの核心は、

 おそらく自分の価値であり、
 本分を全うすることでしょう。

 だから、未来に向かって生きなければならないのです。
 どんな未来が待っているのかは、誰も知らないのです。

 だからこそ、未来を見据えて、
 そこに自分をおいて、
 現在の自分を問うこと、
 問われていることを内省してみること
が大切なのだと思います。

 死の遺伝子は、本分を全うするために、
 自分なりにきちんと生きることに価値があるのだということを、
 語ってくれているような気がします。


 死から生を捉え直す。
 ここに、確かな生を理解する大事なヒントが隠されているのだと思います。

 そこから、これからの社会が求めている新しい生き方、
 心と命を大切にする精神が生まれてくるのではないでしょうか。



田沼靖一(たぬま・せいいち)
東京理科大学薬学部教授。
同ゲノム創薬研究センター所長。
日本アポトーシス研究会会長。
細胞の生と死を決定する分子メカニズムに関する第一人者。


(以上)



死の遺伝子といわれる「アポトーシス」。

そういえば、分子生物学の授業で教わりました。


アポトーシスが、こんな問題を含んでいたとは知りませんでした。

やはり第一人者は言うことが違いますね。



死を見つめることで気付く、

「生きるとはなにか」

「自分とはなにか」

という問い。



医療の現場では、なおのこと、

強烈に問われていることだと思います。



次回は、医療の現場の声を。









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人間について (中公文庫)/司馬 遼太郎
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司馬 この前お会いした時、

 医学者には哲学が必要だ、という話になりました。


 医学というものが進んできて、

 ―以下多少の誤差のある言い方ですが―

 科学になった。

 すくなくとも膨大な経験から科学的に選択された経験則、

 といった段階から、科学になりました。


 科学は科学そのものが目的ですから、

 独り歩きして動きます。

 そうなると―すでになりつつあるのですが―

 医者は人間から離れるおそれがあります。


 人間の幸せを目的にしていたのが医療という技術である、

 という原点が忘れられるかもしれない


 当然ながら、

 医学者は人間というものを考える義務がある。

 知的に総合者としての立場を失うと、まずいことになる。



・・・



司馬 医学というのは文科系により近い学問だと昔から言われていて、

 そのことを医学者は認識してもらわなくては困るということが、

 いままでずっとあったんですが、これからいよいよそうですな。


山村 ええ、つまり、医学は人間科学的になり

 あるいは極端にいうと医者は宗教家みたいになりますな。


司馬 医学者や臨床家のひとりひとりが

 すぐれた哲学者でなければならないと思いますね。


・・・


司馬 いかに科学技術が進んでも、医学はやはり人間のものなんですね。


・・・


山村 ほんとうの意味での

 人間関係とは何かが問われる時期がきつつあるといえますね。


 テクノロジーが進んだために、サイエンスが大きな影響をうけて、

 それだけでなく人間の存在や尊厳というものが

 根底からゆすぶられる可能性が出つつある


 医学の倫理、生物学的に見た倫理――バイオエシックスと呼んでいるけれども、

 「たいへんだ、今のうちにちゃんとしなければいかんな」と思いながらも、

 いまのところどうしていいかわからないんです。


司馬 ははぁ。


山村 それから、医療に工学が入ってきたものだから、

 植物人間とか、ガンの苦痛などの場合でも医療の倫理が問われる。


 たとえば、安楽死が世界的に問題になっておりますし、

 だんだんと人間の尊厳・生存にかかわって

 問題の起こりそうな医学・生物学が

 進行中ではないかと思いますね。


 正しく受け止めるのは何か、というわけです。



(以下、wikipediaより)


司馬 遼太郎

(1923年(大正12年)8月7日 - 1996年(平成8年)2月12日)は、日本の小説家。

本名、福田 定一(ふくだ ていいち)。

大阪府大阪市生まれ。

産経新聞社在職中、『梟の城』で直木賞を受賞。

歴史小説に新風を送る。

代表作に『国盗り物語』『竜馬がゆく』『坂の上の雲』などがあり、

戦国・幕末・明治を扱った作品が多い。

また、『街道をゆく』をはじめとするエッセイなどで活発な文明批評を行った。



山村 雄一

(1918年7月27日 - 1990年6月10日)は、臨床免疫学者。

大阪府生まれ。

大阪大学医学部卒。

1956年に国立刀根山病院内科医長、

1957年に九州大学医学部生化学教授、

1962年に大阪大学医学部教授、

1967年に同大学医学部長、

1979年から1989年まで大阪大学総長となった。

癌の免疫療法であるBCG-CWSを作る。






1989年の本なので、もう20年前の話ですが、

ずばり今のことを仰ってますね。


先見の明というか、なんというか。。。。


今後も問われ続けることだと思います。

避けては通れないということですね。



次回、山村先生の指摘通り(?)

科学者の視点からの、

人間の尊厳を問う話を取り上げてみたいと思います。






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金持ち父さん貧乏父さん/ロバート キヨサキ
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●鏡を見て 己を知る




私が幼かった頃、

父は私たち子供によく、

昔、日本人が信じていたという「三つの力」の話をしてくれた。


それが「刀と玉と鏡の力」だ。



は武器の力を象徴している。
 アメリカは武器のために
 毎年何百億ドルもの金をつぎ込み、
 それによって世界最強の軍事国家の地位を保っている。

はお金の力を象徴している。
 「黄金律を忘れるな。黄金をもつものがルールを作る」
 という格言には確かに一理ある。


己を知ることの力を象徴している。
 日本の古くからの言い伝えによれば、
 この「己を知る」ことこそが
 
三つのうちで最も大きな力を持っている。



お金に困っている人や、

困ってはいなくてもそこそこの収入しかない人は、
たいていの場合、

お金に動かされるままになっている。


毎朝起きて一生懸命に働くだけで、

自分が今やっていること正しいかどうか自問しようとしない

毎日それを続けることは、自らを罠にかけているようなものだ。


お金のことを充分に理解していないために、

ほとんどの人が恐ろしいお金の力に身を任せてしまっている。

お金の力が彼らに敵対するものとして働いているのだ。



そういう人でも、

もし鏡の力を使うことができれば、

きっと「これでいいのだろうか?」自問することだろう。


それなのに、

多くの人は自分の内に潜む知恵、
自分の中にある天賦の才能を信じることなく、

みんなと同じ方法を選ぶ。


つまり、ほかのみんながそうしているから・・・という理由で行動するのだ。


こういう人は疑問を持つこともなく、

ただみんなと同じようにする。


また、何も考えずに、

自分がこれまで言われてきた通りのことをやり続ける

という場合も少なくない。



つまり

「安全な仕事を見つけろ」

「間違いをするな」

「危険を冒すな」

といった考え方をうのみにしてそのまま実行する。



悪い噂が立つことが

死ぬより怖いという人はけっこういる。


精神分析医によると、

悪い噂が立つのが怖いというのは、
仲間外れにされることに対する恐怖からきている。


つまり、

一人だけ孤立してしまう
一人だけみんなから後ろ指を差される

ばかにされる
村八分にされる

そういったことが怖いのだ。



多くの場合、

人と違ったことをするのを恐れるこのような気持ちが、
問題解決のための新しい道を見つけるのを難しくする。


高い教育を受けた私の実の父が、
日本人は鏡の力を最も重んじているといった理由はここにある。


つまり、私たち人間は

鏡を見てはじめて真実を知ることができるのだ。


たいていの人が
「安全な方法をとるのがいい」

という最大の理由は恐怖だ。


スポーツをやる場合でも、
人間関係においても、
仕事の上でも、

またお金の面でも、
何についてもこのことは当てはまる。


人間が他人と同じことをする傾向にあり、
一般に受け入れられている意見や世の中の流行にだまって従う理由も
いま言ったのと同じ、仲間外れにされることへの恐怖からだ。



私たちはときには鏡を見て、
恐怖ではなく自分の心の声に耳を傾ける必要がある。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




昔の日本人って、

そんな風に思って鏡を見てたんですかね?


日本文化の逆輸入というか、

灯台もと暗し、というか、

いろんな意味で、

内側に目を向けることで見えてくることは多そうです。



自問自答して、己を知ることで、

独立した人生が開け、


自問せず、周りに流され続ける我が身知らずは、

孤立を恐れて、罠にはまる、と。



「孤独」とは言われますが、


「孤立」「独立」は、だいぶ意味が異なりますね。



イメージとしては、


孤立 : 望まざる孤独、見捨てられてしまった悲しみが漂う・・・


独立 : 自ら望んだ孤独、自分自身の足で立つ意志が感じられます



これも、自分自身を知るか否かで別れる道。


自分を知るって大切です。



 孤独を知らない者に、看護はできない



という言葉を何かで読みましたが、


独立している人こそが、

孤立してしまっている人に

寄り添う強さを持ちうるようにも思います。


孤独の悲しさを知り、

孤独の中で生きていく強さを持たなければ、

看護、もとい、医療は務まらないということでしょうか。



「独立自尊」とは、福沢諭吉の言葉。


己を知り、自らを尊ぶ心を持って、

自分の足で、独りで立つ強さと、

周りの人を支える優しさを併せ持つ、


そんな医者になりたいものです。



ちょっと調べたら、

慶応大学って、創立150年も経つんですね。

ちょうど大河ドラマでやってる、

竜馬が生きてた時代と重なるのかな。

150年記念のコンセプトは、

「独立」と「協生」とのこと。


やはり、一身独立してこそ、

本当の意味で、

支え合い、協力して生きていける人

ということでしょうか。




最後に、「鏡」にちなんで一曲。




 あなたが誰で

 何の為に生きているのか


 その謎が早く解けるように
 鏡となり 傍に立ち 

 あなたを映し続けよう

 そう願う 今日この頃です


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金持ち父さん貧乏父さん/ロバート キヨサキ
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●感情に支配されず、頭でものを考える



考えるっていうのは、

ときには自分自身に問いかける為の時間をとることを意味する。



たとえば

『もっと一生懸命働くこととが

 この問題を解決するのに

 一番いい方法なのだろうか』

といった質問を自分にしてみるんだ。


たいていの人は、

自分自身に本当のこと-恐怖が自分を支配しているということ-

を言うのが怖くて考えることすら出来ない


・・・


「自分に見えていないことが何かあるんじゃないか」

というふうに自問すれば、
感情的な思考と断ち切って、

ハッキリした頭で物事を考える時間が出来るんだ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






感情に流されてしまうことは、

よくあります。


自分の心って、中々コントロールするのが難しいです。


試験勉強を始める前、

あまりの自分の出来なさを直視するのが怖くて、

中々、始められなかったりするのも、

こういうことなんでしょうか・・・。


あまりに情けない例ですが。



感情・情動は、

「大脳辺縁系」で生まれるとか何とか、

授業で教わった気がしますが、


人間らしさを司ると言われる「新皮質」で、

しっかりと考えたいものです。



欲望や恐怖に流されて、

大切なことを失ってしまっては、

あまりに残念だし、

残るのは後悔だけです。


医師が感情に支配されていては、

救える命も、救えなくなってしまうかもしれません。


目には見えないけれども大切なことを、

考え続けていきたいと思います。






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金持ち父さん貧乏父さん/ロバート キヨサキ
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「もし人生から教訓を学ぶことができれば

 きみは成功する。


 もし学べなければ、人生につつきまわされるばかりだ。


 人間には二種類ある。


 一つは、人生につつきまわされても、ただそのままにしておく人たち。


 もう一つは、怒ってつつき返す人だ。


 でも多くの人は、つつき返す時に相手を間違える

 上司や仕事そのもの、あるいは旦那さんや奥さんに向かってつつき返すんだ。


 みんな人生が自分をつついているとは知らないからなんだな。」



私には何の事だかさっぱり分からなかった。



「人間はだれだって人生につつきまわされている。


 中にはあきらめてしまう人もいるし、

 戦う人もいる。


 でも、人生から教訓を学んで先に進んで行く人はとても少ないんだ。

 そういう人は人生につつかれるのを喜ぶ。


 人生から何かを学ぶ必要があることを知っているからだ。


 それに、自分から学びたいと思っている。

 そういう人は人生からつつかれるたびに何かを学び、先に進んでいく。


 でも、ほとんどの人があきらめる。


 そして、君のような一握りの人間が戦う道を選ぶんだ。」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





まさに、因果応報って感じですね。


人生は自分が切り開くものであり、

人生とは、自分の歴史ですからね。


他人が勝手に作ったものではないし、

自分の行動の足跡だと思います。


あきらめちゃっても残念だし、

他人のせいにしても何にもならない。

かえって更なる不幸を生み出すタネにしかならないですよね。



人生は、自分自身との戦いなのかもしれません。



患者さんの人生に向き合える医者になろうと思ったら、

まずは、自分の人生に向き合わねば。







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●正反対のことを言う

 「金持ち父さん」と「貧乏父さん」


強い影響力を持った二人の父親に育てられたおかげで、

私はその両方から学ぶことができた。

また、一方の話をうのみにするのではなく、

両方の話を比較して、じっくり考えるチャンスも与えられた。


そして、そうする過程で私は、

人間の考え方人生に大きな影響を与えることを知った。


たとえば、

父のうち一方は

「それを買うためのお金はない」

と言うのが口癖だった。


もう一人の父にとってそれは禁句だった。

この父は、こんなときは

「どうやったらそれを買うためのお金を作り出せるだろうか?」

と言わなくてはいけないと私に教えた。


一方の父の言葉は断定的

もう一方の父の言葉は答えを要求する疑問文だ。


前者を口にすればことはそれで片付く。


もう一方はそのあと、

自分の頭で考えることを余儀なくされる。

のちに金持ちになった父親は、

自分にそれを買うだけのお金がないとき、

何も考えずに「それを買うお金はない」と言ってしまうと、

頭が働くのをやめてしまうのだと説明してくれた。


「どうやったらそれを買うためのお金を作り出せるだろうか?」

自問すれば頭が働きだす


この父は何も、

ほしいものは何でも手に入れろという意味で、

こんなことを言っていたわけではない。


世界で最も優秀なコンピュータ、

つまり自分の頭を使えと言いたかったのだ。



(以上)




あきらめるのは簡単。

でも、あきらめたら、そこで試合終了。


「どうせ無理」と言うのはラク。

それ以上、考えなくていいし、努力しなくていいから。



周りのせいにするのも同じ。


環境が悪いから、

あの人があんなことするから、

たまたまこんなことが起きたから。。。


自分を省みようとしなければ、

自分の行動を変える必要はないし、

自分の弱い心、欠点、至らない所は見て見ぬふりで流せるし。


でも、それでは何も変わらない。

愚痴って終わる。


自分の人生が。


そして、患者さんの命が。



金持ちを目指すわけではないけれど、

心の豊かな医者を目指そうと思って読むと

とても勉強になります。



しばらく続けます。







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光に向かって123のこころのタネ/高森 顕徹
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“ありがとう”の言葉



 自分が一番苦労していると、各自思っている。


 他人の良いところばかりが、目につき腹が立つ。


 ホントは、一番のんびりしているのが私。


 みんなは、ギリギリ一杯努力しているのだ。



 これが事実と思えないから、


 “おかげさまで” と感謝できず、


 “ありがとう” の言葉が出ない。






 こう思えたら、


 医者-患者間の信頼関係とかも、


 相当改善されそうな気がします。


 感謝の心と、


 それを相手に伝える言葉。


 大切にしたいものです。






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GIFT/Mr.Children



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一番きれいなものって何だろう

  一番光ってるものってなんだろう


 僕は探してた 最高のGIFTを

  君が喜んだ姿をイメージしながら






 ホントの自分を見つけたいっていうけど

  生まれた意味を知りたいっていうけど

 僕の両手がそれを渡す時、ふと

  謎が解けるといいな

   受け取ってくれるかな




 ・・・




  君とだから探せたよ

   僕の方こそありがとう








ーーーーーーーーーーーーーーーーーー






贈り物をすることで、相手が喜んでくれれば、

それがまた、自分の喜びとなる。




相手の幸せを、我が事として喜べる、そんな人間になりたいです。






 子供は、もらうことを喜び、


 大人は、与えることを喜ぶ




と、何かで読んだ記憶がありますが、

そんな大人に、医療人になりたいものです。






家族みんなのために一生懸命に仕事をして、

お金を稼いで、食べさせてくれる、

一家の大黒柱、家族を支えるお父さんは「旦那(だんな)」さん。




この旦那の語源は、

「donar」と同じなんだそうです。


ドナーと言えば、臓器提供者。

「提供する、与える」という意味で、同じなんですね。





解剖実習のためにご遺体を提供してくださる「しらゆり会」の総会では、


「解剖実習のため、未来の医学のために、

 献体することが、最期の希望なんです」




と語られる高齢の方々の話が、今も忘れられません。






逆に、


 ~をしてもらう、もらいたい、してくれなきゃイヤだ


 ~をしてやるから~をもらうよ




そんな風に、自分のことばかり考えて、

相手の苦しみは見て見ぬふりをするような餓鬼んちょには、

そんな人間にはなりたくないと、自戒もしておきたいです。






相手がいるから、「与える」ということができるのであって、

医療、奉仕、ボランティアが成り立ち、

病める患者さんがおられるから、

生きること、死ぬということ、命の大切さを考える機会があります。




こういう道を進もうとしなければ、

恐らく、自分が病気や怪我をするまで、考えなかったと思いますし。


医療・治療を通して、医療者側が教わることもたくさんあると思います。





臨床実習をこれまで何回か経験しただけでも、

(非力ながらも)お世話をさせていただくことで、

得難い経験をして、知らされることは多かったです。




多くの場合、それは、言葉ではなく、


むしろ、言葉にならないことを、その姿、生きざまを通して、

目には見えない、形にならない大切なことを

訴えておられるように思います。




それをしっかりと受け止められるように、

心の姿勢を正し、準備を整えておく必要があると思います。




治療などを通して、命とはなにか、生きるとはなにかを教わり、

「こちらこそありがとうございます。」

という気持ちを大切にする、そんな医者になりたいです!

















GIFT






1番きれいな色ってなんだろう?

1番ひかってるものってなんだろう?

僕は探していた 最高のGIFTを

君が喜んだ姿をイメージしながら




本当の自分を見つけたいって言うけど

生まれた意味を知りたいって言うけど

僕の両手がそれを渡す時 

ふと謎が解けるといいな

受け取ってくれるかな




長い間 君に渡したくて

強く握り締めていたから

もうグチャグチャになって 色は変わり果て

お世辞にもきれいとは言えないけど




「白か黒で答えろ」という難題を突き付けられ

ぶち当たった壁の前で 僕らはまた迷っている


迷ってるけど

白と黒のその間に 無限の色が広がってる

君に似合う色探して

やさしい名前をつけたならほら1番きれいな色

今 君に贈るよ





地平線の先に辿り着いても 新しい地平線が広がるだけ

「もうやめにしようか?」 自分の胸に聞くと

まだ歩き続けたいと 返事が聞こえたよ




知らぬ間に増えていった荷物も

まだなんとか背負っていけるから

君の分まで持つよ だからそばにいてよ

それだけで心は軽くなる




果てしない旅路の果てに 選ばれる者とは誰?

たとえ僕じゃなくたって それでもまだ走っていく

走っていくよ

降り注ぐ日差しがあって だからこそ日陰もあって

そのすべてが意味を持って 互いを讃えているのなら

もうどんな場所にいても  光りを感じれるよ





今 君におくるよ

気に入るかな? 受け取ってよ

君とだから探せたよ

僕の方こそありがとう





1番きれいな色ってなんだろう?

1番ひかってるものってなんだろう?

僕は抱きしめる  君がくれたGIFTを

いつまでも胸の奥で 

ほら ひかってるんだよ

ひかり続けんだよ




















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You Were Born for a Reason: The Real Purpose of.../Kentetsu Takamori
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French sociologist Emile Durkheim (1858-1917) showed

the incidence of suicide to be highest

among people of independent means,

and provided a wide array of statistics

to back his assertion that

"the possessors of most comfort suffer most."


Mere access to entertainment and labor-saving devices

cannot assuage people's deepest needs.

It is not ease that we crave, but meaning and purpose.


The renowned American psychologist Mihaly Csikszentmihalyi

has stated that without a profound purpose in life,

people cannot obtain true satisfaction,

no matter what conviniences and entertainment


may surround them.


The underlying cause of suicide is

failure to understand the importance of life's purpose


and the dignity of human life.

Overwhelmed with pain and despair,

the sufferer asks,

"Why go on living at such a cost?

What's the use?"

Under these conditions,

it is no surprise if

ignorance concerning the fundamental purpose of life


should lead many to choose self-inflicted oblivion.






生命の尊厳、

命の大切さ、

人生の根本的な目的、

生きる意味。。。


よく聞く言葉ではありますが、

その意味するところが、実は分かっていないのではないか。


言葉だけが踊らされ、

地に足付かぬ状態で、

どんなに命の大切さを叫んでも、

逆に空しくなるだけです。


これらの言葉が意味するところを、

よくよく知らねばならないんだと思いました。



そんなことを考えさせられるニュースが、最近ありました。



(読売新聞より)


説得5時間、「ごめんなさい」と男性投身自殺


19日午後3時5分頃、
静岡県西伊豆町安良里の黄金崎公園展望台近くで、
海に面した斜面の手すりの外側に
60~70歳くらいとみられる男性がしゃがみ込んでいるのを観光客が見つけた。

通報で駆けつけた松崎署員や町役場職員らに対し、
男性は「がんの痛みが続いて耐えられない。死にたい」
などと自殺をほのめかしたため、
同署員ら約30人がかりで説得。

 「生きていればいいことがある」

などと言葉をかけ続けたが、

男性は午後8時10分頃、

「ごめんなさい」

と言い残して約30メートル下のがけ下に身を投げた。

 漁船が出て、約1時間半後に岩場で倒れていた男性を収容したが、

全身を強く打ってすでに死亡していた。

 男性は、身長約1メートル70。

中肉で、黒色のナップサックを持っていた。

同署で身元を調べている。






なぜ、生命は尊厳なのか。


苦しくても生きる意味って、一体、何なんだ!







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