ONE PIECE THE 5th LOG (ワンピース・ザ・フィフス・ログ)
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◆サンジ


 とにかく おれが この船のコックである限り
 普段の栄養の摂取に関しては一切問題を起こさせねぇ


 だが…
 病人食となると、それには種類がある
 
 どういう症状で、何が必要なのか

 その診断がおれにはできねぇ





◆チョッパー


 生きてて ドクター…!!!


 …ドクター
 おれ 医者になりたいんだよ…!!!


 医者のやり方…
 教えてくれよ…!!!


 トナカイでも…
 やれるかな



◆Dr.ヒルルク


 やれるさ チョッパー
 お前はこんなに優しいじゃねえか…!!!






◆Dr.くれは


 覚えときな!!

 この世に万病に効く薬なんてモンはありゃしないんだ

 

だから医者がいるんだよ!!!


 いいかい
 優しいだけじゃ人は救えないんだ!!!


 人の命を救いたきゃ
 それなりの知識と医術を身につけな!!!



 腕がなけりゃ 誰一人救えないんだよ!!!!





◆ルフィ


 お前なんかに折れるもんか


 ドクロのマークは…


 ”信念”の象徴なんだぞォ!!!!



 

 これが一体どこの誰の海賊旗かは知らねェけどな・・・


 これは命を誓う旗だから

 冗談で立ってる訳じゃねぇんだぞ!!!


 お前なんかが へらへら笑って

 へし折っていい旗じゃないんだぞ!!!!




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ワンピース、面白いっす。



加えて、


「医師とは何か?」


本質的なことを教えてくれている気がします。




病気の原因を正しく診断する、知識医術


患者を思いやる優しい心



信念を持って、

チョッパーみたいなドクター目指して、がんばります!









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A BEST/浜崎あゆみ
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患者さんの、



心配かけまいとする「優しさ」


見通しの立たない「不安」


誰にも分かってもらえない「孤独」



の叫びに聞こえます。





【A Song for XX】



どうして泣いているの
どうして迷ってるの
どうして立ち止まるの
ねぇ教えて
いつから大人になる
いつまで子供でいいの
どこから走ってきて
ねぇどこまで走るの

居場所がなかった
見つからなかった
未来には期待出来るのか分からずに

いつも強い子だねって
言われ続けてた
泣かないで偉いねって
褒められたりしていたよ


そんな言葉ひとつも
望んでなかった
だから解らないフリをしていた

どうして笑ってるの
どうしてそばにいるの
どうして離れてくの
ねぇ教えて
いつから強くなった
いつから弱さ感じた
いつまで待っていれば
解り合える日が来る

もう日が昇るね
そろそろ行かなきゃ
いつまでも同じ所には
いられない

人を信じる事って
いつか裏切られ
はねつけられる事と
同じと思っていたよ
あの頃そんな力どこにもなかった
きっと 色んなこと知り過ぎてた

いつも強い子だねって
言われ続けてた
泣かないで偉いねって
褒められたりしていたよ


そんな風に周りが
言えば言う程に
笑う事さえ苦痛になってた


一人きりで生まれて
一人きりで生きて行く
きっとそんな毎日が
当たり前と思ってた


words:ayumi hamasaki
music:星野 靖彦
arrangement:星野 靖彦

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■理不尽な苦しみ



ホスピスの医師という仕事をしながら、
私はいつもこの難題と向き合うのです。


私の師匠の村田久行先生(京都ノートルダム女子大学教授)は、
この一連の苦しみのことを、

「スピリチュアルペイン-存在と意味の消滅から生じる苦痛」

と呼んでいます。



意味というのは、生きる意味です。
自分の存在そのものと、生きる意味を失うから苦しむわけです。

この苦しみを克服するためには、生きる意味を再構築しなければなりません。
再構築できるようなケアを考えていかなければならないのです。


自分の人生を、そしていのちそのものを失う。

あるいはそこまで極端な状況ではなくても、
会社からリストラされるとか、
部活動のレギュラーから外されるとか、
あるいはいじめなども、
「自分の居場所、存在意義を失う」という意味で言えば同じです。


居場所を失い、そこで生きることができない状態になった時、
それまでの生きる意味を奪われたときに、人間はいちばん苦しむのです。


そんなとき、人は遠くに逃げ出したくなります。

極端に思いつめれば、死んでしまいたくなります。


日本では年間3万人以上の人が自殺しています。
その背景にも、こういう苦しみが多分あるだろうと思います。

こういう苦しみを抱えたとき、人は自分を傷つけてしまったり、
あるいはその苦しみのはけ口を他人に向けて、人を傷つけてしまうのです。


単なる「うつ」で片づけてしまえる問題ではありません。


(以上)



以前、紹介した「なぜ生きる」の一節を思い出しました。



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 米国の著名な心理学者チクセントミハイは、


「生きる目的」がわからないから、

 どれだけ利便と娯楽に囲まれても、

 心からの充実が得られないのだ


と説明しました。


自殺の根本原因も、

「人生の目的の重さ」

「生命の尊厳さ」を、知らないからではないでしょうか。


「そんなにまでして、なぜ生きるのか」


人生の根底に無知であれば、ひとは死を選んでも決しておかしくないでしょう。

 一億円の宝くじの当選券を大事にするのは、

一生働いても得られぬ価値があると思うからです。

ハズレくじなら、ゴミ箱へ直行でしょう。


割れたコップや修理のきかないパソコンなどと同様に、

価値のないものは捨てられます。


 自分の生命が地球よりも重いと知れば、

「ハズレくじ」を捨てるように、

ビルからの投身も、他人の命を虫けらのように奪うことも、できるはずがありません。


「人生には、なさねばならない目的がある。

 どんなに苦しくても、生き抜かなくては」


と、生きる目的が鮮明になってこそ、生命の尊厳が知らされるのです。


子供の相次ぐ自殺やエスカレートする殺人に、世の中は騒然としています。

家庭の問題だ、教育の欠陥だ、少年法が悪い、病んでいる社会。
解説は十人十色です。


しかし「苦しくとも、生きねばならぬ理由は何か」

肝心の「人生の目的」が抜け落ちた議論が続くだけでは、

対策も立てようがないでしょう。


(以上)


終末期医療において、

実は一番大事な問題ではないかと思います。



「苦しくとも、生きねばならぬ理由は何か」



「ブラックジャックによろしく」


でも、患者が医師に問いかけるシーンがあります。



自分だったら、何と答えられるだろうか。


自問自答せねばと思います。



何も答えられない自分ではありたくないです。








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(車にひかれそうな子供を助けて)


なんか先生って、「最上の名医」って感じがするじゃないですかあ・・・


だってそうでしょ?

車に飛び込んじゃうような度胸はあるし、優しいし、

きっとどんな手術も余裕綽々な感じで・・・



やだな~

度胸なんかありませんよ。


いつも覚悟はしてますけどね。


だからこそ怖いモノは怖いんです。

手術だって危険な時は、もちろん余裕なんかありませんよ。



じゃ、じゃあどうしてあんな車に飛び込んだり・・・



フフ・・・

そりゃあ何倍も怖いからですよ。


自分が何もできなかった時の方が



そう考えると立ち止まってはいられない・・・


前に進む勇気がわいてくるでしょ。





(以上)



目の前で、怪我や病気で苦しむ人がいるのに、


何もできない自分ではいたくない。



そう思って、私も医者を志したのでした。



医療には限界があっても、


もう医学的には何も出来ないくなってしまう時があっても、


命ある人間に向き合う気持ちだけは失くしてしまいたくないです。



最後まで、生きることには意味があることを、あきらめない、


目の前の命から、目をそらさない、


やがて必ず訪れる死を、見て見ぬふりをしない。


そんな医者になりたいと思うのです。





この漫画、面白い~。







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 依存症の核にある問題


 「自分を大切にしないこと」



・助けを求めない

 物質使用で、あるいは自傷で苦痛に対処する



・自分の気持ちを隠す

 物質使用で自分の気持ちに「蓋をする」「秘密にする」



・親密性の障害

 生きることからの撤退、希望のなさ
 依存症者の高い自殺率





以前、精神科の学会で聞いたことです。


薬物依存、アルコール依存などの依存症の人に共通した、

根底にある問題と言われるそうです。


自分のことを、自分で大切だと思えない。


だから、助けてもらおうとも思わない。

助けてもらう価値がないと思ってしまう。


支えを必要としていても、その本音を出してはいけないんだと、

自分の気持ちに蓋をしてしまう、押し殺してしまう。

自分にウソをついてしまう。


誰かに頼りたい。

けれども、自分に誰かを頼る価値なんてない。

と思ってしまう。



生きてる価値なんてない、とさえ。


これ以上生きてても、意味なんてない。


どうせ、私なんか・・・。



アルコール依存症、

薬物依存症


この二つを併発していると、

自殺率が大きく上がってしまうそうです。


自分で自分を大切に思えない虚しさに耐えきれず、

現実逃避を繰り返し、

耐えられない苦しみから逃れる道は、一つしかない、と思いつめてしまうのでしょうか。



生きる意味、

自分という存在の意味を考えることは大切だと思います。


その答えを求めることも。



「考えすぎだよ」


と、答えをはぐらかしていい問題ではないと思うんです。


思いつめず、


だけども、考え抜く。



忍耐と、環境と、覚悟が問われます。




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これまた、恐ろしいタイトルでございます・・・。




●女性が男性をもっとも軽蔑する瞬間



男性のみなさん、

女性が男性をもっとも軽蔑する時とは、

どんな時だと思いますか?


それは、

「あら、この人、私より智恵がない」

と感じるときです。

女性がこう感じた瞬間こそ、

男性をもっとも軽蔑してしまう瞬間なのです。


ただし、逆もまた真なりで、

相手の男性に智恵と勇気を感じた時、

女性は、尊敬の念を抱きます。

「いい女」ほど、自分よりも智恵と勇気のある男性を求めます。

(ダメ女はダメ男を求めます)


(中略)



「いい男」とは、
学歴や地位、知識やお金のある男性のことではなく、
もちろん、ルックスがいい男性のことでもなく、
智恵勇気のある男性のことです。


 ここで言う智恵を勇気は、

未知なる問題に遭遇した時、
試行錯誤をしながら解決できる能力
のことです。

誰もやっていないことだからできないとか、
やったことがないからできないとか、
自信がないからできないとか、
そんな言い訳をする男性のことではありません。

果敢に未知なる世界で挑戦し続ける男性のことです。

ロマンに満ち溢れた男性のことです。



(中略)


さて、女性は、

男性よりも心の世界に敏感ですので、

人間関係については男性よりも智恵を持っていることが多いのです。


女性は、男性が見落としているような細かな表情を見ていますから、

相手の男性がホンモノの智恵をもっているかどうか正確に見抜きます

男性が見抜けないからといって、

女性も見抜けないと思ったら大間違いです。

女性は、智恵を求める力が強い分だけ、

男性を見抜く力もすごいのです。


女性を侮ってはいけません。


まして、今は情報が容易に手に入る時代です。

こんなご時世ですから、

きのう手に入れた知識をひけらかしても

女性に軽蔑されるだけです。



(中略)


智恵と勇気のある男性なら、

女性に安心リラックスを与えることができるのです。

何も言わなくても、ただ存在するだけで女性を安心させるのです。

本物の智恵と勇気とはそういうものです。



(以上)




そのまま男女の問題として読んでも、

(恐ろしいほどに)大変勉強になるわけですが、


「男性」を「医者」と置き換えて読んでみると、

これまた襟が正されます。


知識とはまた違う、

人間の本質を見抜き、

生きるとは何か、ということに向き合う智恵こそが、

患者さんに安心とリラックスを与えることが出来るのだと思います。


病気の不安が大きい方ほど、

医者の一言一言、あらゆる言動に敏感になっておられるでしょうから、

その点も、「女性」を読み変えても通じるのかもしれません。



智恵と勇気をもった医者を目指します!







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命には、限りがあるって知ってた?



…僕は、知らなかったのかもしれない。




限りがあるってことは、

終わりがあるってことだよね。


終わりがあるってことは、

終わるということ。


それがどんなことなのか、

今まで全然分かってなかったみたいだ。


いや、今もね、

まだ信じられないんだ。

信じたくないんだ。



僕に来年は無いんだって。

いや、正確には、分からないんだって。

来年の今ごろ、僕はどこでどうなってるのか、分からない。


そんなことは別に、今に始まったことじゃないのにね。

去年の今ごろも、僕が今こうしていることは知らなかったはずだし、

未来はどうなるかなんて、ハッキリしてないまま生きてきた。


けど、今はそのハッキリしないことが不安でしかたない。

僕はこれからどうなってしまうんだろう。


いつどうなるか分からないんだって。

僕の未来は保証できないって。


僕の未来のことなんて、誰にも分からないんだけどね。

最初から。


それを、無限の可能性と思ったこともあった。

希望に溢れていると信じていた。


けど、大事なことが抜けてた。

現実が見えてなかったんだね。

時間は有限だなんて、誰が考えても分かることなのに。


僕は何を見ていたんだろう。

節穴ってのはこういうのを言うんだろうな。




最近、周りの景色も違って見えるんだ。

見慣れたはずの景色が。


見えなかったものが見えるようになったのかな。


人の親切が嬉しくなった。

何気ない一言に喜びを感じられるようになった。

こうして僕はたくさんの人に支えられてきたんだね。

もっと感謝して生きないと申し訳ないと、強く思う。


対照的に、

自分の弱さ、醜さ、汚さも見えるようになった。

煩悩にまみれているってのはこういうことかな。

僕はずっと、こんな自分を見て見ぬ振りをしてきたんだ。

逃げていた。

こんな自分だと認めたくなかった。

でも、本当はどこかで認めていたのかも。

そうでなければ、逃げる必要もないしね。

僕は卑怯な人間だったんだな。

臆病で、小さな、弱い人間。




当たり前だと思っていたことって

当たり前じゃないんだね。


朝、目を覚ますこと。

太陽の光を暖かく感じること。

美味しい食事を摂れること。

笑顔で挨拶できること。

心臓が動いていること。


当たり前じゃないと気付くだけで、

これらのこと全てが有り難く思える。

感謝したくなる。

受け流すなんてもったいない。

今この時を大切にしたくなる。


みんなは、この幸せに気付いているかな。


命あることを有り難いことだと喜んでいるかな。


もしそうでなければ、あまりにもったいない。

せっかく人間に生まれてきたのに、

その有り難さに気付いていないなんて。


残された時間は大切さにしないと。




そう、残された時間は、

あとどれくらいだろう。




君なら分かってくれるだろうか、

この孤独の恐ろしさを。


君には気付いてもらえるだろうか、

この不安に耐え続けなければならない苦しさを。


分かってもらいたい。

君は医者になるんだろう。


だから、君にこの気持ちを伝えたいと思ってこれを書く。


そしてまた、

医療を志す仲間にも伝えてほしい。


世間では、優秀な医者、と言えば、

どう思われていると思う?


頭のいい、偉そうな、お金を持っている、

そんな風に思っている。



でも、本来そうではないはずだ。

「優秀」な医者とは、

「優しさに秀でた」医者ということだろう。

「優しさ」とは、「人の憂い」を知る心だ。





この前、こんな医者がいた。


学生時代は何をしていたのかを聞くと、こう答えた。


「もうバスケに夢中でしたよ。

 スラムダンクを読んで以来、ずっとやってるんで。

 特に僕らは、学生時代に遊ばないともう遊べないっすからね」


僕は笑顔を作りながら聞いていた。

彼は懐かしそうに、楽しそうに話していた。

僕がどんな気持ちで聞いているかも考えずに。


きっと、彼は順調な人生を歩んできたんだろう。

楽しい学生時代を過ごし、

これからもしっかり働いて、出世もして、お金も稼いで、

明るい未来を夢みているんだろう。


なんだか哀れに思えたよ。

彼もまた、ユメ幻ばかりを追いかけている、

そんな自分に全く気付いていない。


それで患者に慕われると思っているんだろうか。

信頼されていると思っているのだろうか。

学生時代に何をしていたかと聞かれて、

遊んでいたとしか答えられない医者に診てもらいたいと、

どれだけの患者が思うだろう。


命には限りがあるということも考えたことがないんだろう。

自分が死ぬだなんて、毛頭思わないんだろう。


その人の人生だといえば、それまでだ。



だけど、医者を志すなら、

どうか、病める患者の心に寄り添う優しさを育んでほしい。

孤独や不安な心を思いやる努力をしてほしい。



僕は、今、

自分の人生を振り返らずにおれない。


自分の人生には、どんな意味があったんだろうか。

僕は何をするために、生まれてきたんだろうか。


ひとは、何のために生きるんだろうか。



この問いの意味を理解してくれる人が、

僕の周りにはほとんどいない。


僕は、今、

これ一つが知りたい。

これ一つをはっきりさせたい。

誰かに相談に乗ってもらいたい。


君なら、分かってくれるかな。


君だって、この問いと無関係ではないし、

誰もが、ぶち当たる壁だと思う。


ならば、この問いに向き合ってほしい。

忙しいだろうけど、それを理由に後回しにしないでほしい。


病気を診るのではなく、

病人を診るのが医者なんだろう。


人間と向き合うってのは、

きっと、この問いに向き合うことだと思うよ。



そんな医療従事者が一人でも多く現れることを、

心から願っている。



僕のような人はきっとたくさんいる。



多くの人が、君に期待して待っている。



いい医者になれ。


君ならきっとなれる。



















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The practice of medicine is an art,

    based on science.


                  William Osler

 


Sir William Osler,

M.D.,C.M., 1st Baronet

(July 12, 1849 – December 29, 1919)

was a Canadian physician .


He has been called

one of the greatest icons of modern medicine

and described as the Father of Modern Medicine.

Osler was a pathologist, educator, bibliophile, historian, author,

and renowned practical joker.


(Wikipedia, the free encyclopedia より)




「医療は科学に基づいた芸術である」


「医学はサイエンスに基づいたアートだ」



有名な言葉ではありますが、

なんか意味がスッキリしてないので、
ちょっと考えてみました。



まずは英英辞書で。


■ art


・the use of the imagination to express ideas or feelings


・the subjects you can study at school or university
  which are not scientific,
   such as languages, history or literature


・an ability or a skill that
  you can develop with training and practice




それと、こんな言葉もあります。


「芸術はそれ自身、目的ではない。

 人間を表現する為の手段である」


  ムソルグスキー(ロシアの作曲家)




まず、医療そのものがアートなのではなく、
医療の実践が、アートであるといわれています。

(The practice of medicine・・・)



実践するのは、人間。
医療を施しているその人の姿こそが芸術であり、
その人の人間性人生観などが表れるものだ、と。


そしてこれは医学ですから、

科学的な根拠に基づく治療を通して、
医療人として、一人の人間としてのものです。



また、

芸術それ自身は目的でないということは、
医学それ自身もまた、目的ではないということ。


医学は、人のためにある。

人の命を延ばすため。

そして、幸せになるために。



医学の目的は、延命。

命を延ばして生きる目的は、幸せ。

では、その幸せとは。。。


そして、


あなたは、そういう医療を「実践」していますか?


と、問いかけられているような感じです。


こうやって、「考えさせられる言葉」こそが、

名言たる由縁でしょうか。




オスラー博士が訴えておられる全人的医療とは、

かくも深いものなんですね。


さすがに、近代医学の父と言われる方の言葉は、

深く、重い。









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なぜ生きる/明橋 大二
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●つらい思いをして病魔と闘うのは、幸福になるため


 医療の現場では、

命を延ばそうと懸命な努力がつづけられています。


日本発の脳死移植は三大学から医師が集まり、

氷詰めにした臓器をヘリコプターや飛行機で空輸。


とくに心臓は、四時間以内に体内に戻さなければならないので、

一分一秒を争う戦いです。


脳死判定から術後の管理まで、

費用はしめて一千万円を超えるといわれます。


 やがて必ず消えゆく命、

そうまで延ばして、何をするのでしょうか?


 心臓移植を受けた男性が、何をしたいかと記者に聞かれて、

「ビールを飲んで、ナイターを観たい」

と答えています。


多くの人の善意で渡米し、

移植手術に成功した人が、

仕事もせずギャンブルに明け暮れ、周囲を落胆させました。


「寄付金を出したのはバカみたい!」

支援者が憤慨したのもわかります。



命が延びたことはよいことなのに、

なぜか釈然としないのは、

延びた命の目的が、

曖昧模糊になっているからではないでしょうか。


臓器提供者の意思の確認や、

プライバシーの保護、

脳死の判定基準など、

二次的問題ばかりが取り上げられて、

それらの根底にある

「臓器移植してまでなぜ生きるのか

という確認が、少しもなされてはいないようです。



つらい思いをして病魔と闘う目的は、

ただ生きることではなく、幸福になることでしょう。



「もしあの医療で命長らえることがなかったら、

 この幸せにはなれなかった」


と、生命の歓喜を得てこそ、

真に医学が生かされるのではないでしょうか。



世の中ただ

「生きよ、生きよ」

「がんばって生きよ」の合唱で、

「苦しくとも生きねばならぬ理由は何か」


誰も考えず、知ろうともせず、問題にされることもありません。

 こんな不可解事があるでしょうか。



(以上)



なぜ、苦しくとも生きるのか。


それは、幸せになるため。


そう、言いたくても中々言えないのが

多くの人の本音のような気がしますが、

それを断言しているところが凄いです。



医療関係者には、ぜひ読んで頂きたいです。





見出しを一部紹介。(また後日、内容を紹介したいと思います)



・幸せはいとも簡単に崩れ去る


・なぜ生きるかがわかれば、人は苦悩すら探し求める


・人命は地球より重い。なぜそういわれる?


・「辛抱して生きつづけること」 それが人生の目的なのか?


・「どうしてボクは苦しむのか」「おまえが幸福だったからさ……」


・死は、突然にしかやってこない
  なのに、なぜ人々は、あくせく生きるのだろうか


・人生の目的を達成したとき、一切の苦労は報われ、
  流した涙の一滴一滴が、真珠の玉となって戻ってくる

・“どこにいるのか” 本当の私








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●命を支えるということ
たとえ手遅れの進行がんでも、
手術をしたり、抗がん剤で治療している時は、
どんなに淡い希望でも、
希望が命を支えているのである。

90パーセントは効かないと思います、と

主治医から正直な説明を受けた時も、

10パーセントの奇跡に、人は夢をたくす。


99パーセントダメだと言われた時ですら、

1パーセントに希望を見出す人もいるのだ。


だが、すべての積極的治療が

患者さんをかえって弱めてしまう。

すべての積極的治療を止めるとき、

患者さんはとてもつらい。

この時期は患者さんにとって

もっとも悲しく辛いときである。


医療者側に打つ手がにないから

といって投げ出してしまうのでは、

患者さんは浮かばれない。

このときが、支えがいちばん必要な時かもしれない。


しかし、日本の平均的な医療は、

このときの支え方を知らない。


二十世紀、日本の医療は想像を超える進歩を遂げた。

多くの医学者が、自らの命を投げ出して研究を進めたといっても

言い過ぎではないと思う。

がんばって、がんばって医学が進歩して、

得たものも大きかったが、

何か大切なもの

二十世紀の医学は置き忘れてきてしまったように思えてならない。


病気と闘い、勝ちにいく医療のときは、

二十世紀の進歩した医療はとても心強い。


しかし、医学がどんなに進歩しても、

死は永遠に回避できない。


必ず訪れる死。


病気と闘うときも、

死を受け入れるときも、

魂に寄りそってくれるような、

医療があったらいいなぁと思う。


患者さんは、そんな医療を待っているような気がする。


死を前にしたときも、敗戦処理をするのではなく、

その人の人生の舞台に、

後ろからあたたかな光をあててあげるような医療が必要なのではないだろうか。


敗戦処理に出たピッチャーが大逆転してもらい、

勝利投手となるような医療があってもいいように思う。

人生の大逆転を信じて、

ぼくらはピンチを乗り切れるようなピッチングをしたいと思っている。


希望は患者さんにとってだけでなく、

ぼくら医療者にも必要なのかもしれない。


どんなピンチにも、ぼくらは投げ出さない医療をしたい



(以上)




最期、いちばん支えを必要としている時に、

支えることが出来ないのは、

あまりに悲しすぎます。


投げ出さない。

あきらめない。

逃げ出さない。


そういう強さを持たなければならないと思います。


勝つのは、みんな好きです。

負けるのは、みんな嫌です。


だからといって、

嫌なことから避けていたら、

患者さんのための医療ではなってしまい、

医療本来の姿を失ってしまいます。


医療者側の自己満足にすぎないと

言われてしまうかもしれません。



医療者にも希望が必要だとありますが、

これは、

死を前にしても持ちうる希望

ということになります。


必ず死が訪れるのに、それでも生きる希望を持つ。


難しい問題です。


が、逃げてはいけない問題です。


ただの延命を目的とした「生かす」医療ではなく、

「生きる」とは何かを見つめる、

本当の意味での人間らしさが

求められているのだと思います。




ある遺族の方の言葉が紹介されていました。

(その一部を抜粋)



「医学の手の届かぬ病でも、

 本人、家族は、死の恐怖痛み苦しみ闘っています


 そんななか、たとえ積極的な治療を選択しなかったとしても、

 患者とその家族は心のサポートを必要としています。


 患者の苦しみや、家族の不安を理解してくれるお医者さんが、

 ひとりでも増えることを切に切に願っています。


 息子の悲しい死を無駄にさせたくない思いで

 発表させていただきました。」





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