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天の声(279) 日本国の再生(252) 光(245) 故郷(21) 現役寿命(12)

閃き!!!


震災復興 啓示二百三十六』(2014年第十四信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。

 

「伊勢神宮参拝へ“特別参宮章”を携えて」向かい、 思うこと。
そこには、 色々な素晴らしい出会いがあった。


1)まず、 伊勢神宮外での出来事


当日は天気が良かったので、 晴れ晴れとした気持ちで出発した。 近鉄大阪線の青山町駅で伊勢中川駅に向かう電車に乗り換えるため、 下車したとき、 プラットホームのベンチに座り、 ノートを開き、 単語帳(リングで束ねた)を繰っている外国人に目が止まった。 伊勢中川駅に向かう電車に乗り込んだとき、 その外国人も同じ電車に乗り、 私の対面の座席に座った。 そこで、 フランクに話し掛け、 彼の横に座り、 会話を始めた。 お互い何処に向かうのか、 伝え合い、 話を続けていった。


(1)環境汚染の問題


彼は現在「四日市」(三重県北部)で「英会話学校」を経営・生活しており、 水があまり良くないと言う。 そこで、 持参のペットボトルを取り出し、 これがベター(まだ、 まし)と言っていた。 私が、 「私もドイツ製の浄水器で水を浄化し、 更に、 ブラックシリカという石で、 浄水している。」と、 云うと、 「それでも、 バクテリア対応にはなっていないだろう。」と、 結構厳しい突っ込みをしてきた。 


理知的な一面を見せて来た。 「車窓から、 綺麗な新緑の木々が見えて来たので、 自然は素晴らしいですね。」と云うと、 「あれは自然ではない、 人間が植えたものだ。」と、 なかなかユニークな発想に感心した。


(2)彼がニュージランド出身と聞いたので、 「実は、 私は英詩を書くことが好きで、 私の英詩を読んだニュージランド詩人が私にOOOという英語のペンネームを付けてくれて、 気に入り使っている。」と、 云うと、 そのペンネームの意味は何なのだと、 聞いてきたので、 「人生で何を為すべきか知っている人」という意味らしい、 と云うと、 「ふうん ~ 」と言っていた。


(3)私の名刺を渡すと


名刺の上に「英語・中国語・ドイツ語が堪能」と書いていたので、 「何故、 ドイツ語が出来るの」と聞いて来たので、 「若い時に“哲学”に興味があり、 そのため“ドイツ語”を必要とした。」と、 答えた。 また、 出来たら名前を教えて欲しいと言うと、 それは出来ないと云う。 現在は日本人と結婚し、 お子さんが二人いるという。 男女で、 上の子は、 小学校2年生と言う。 過去に「名前を旅先で教えて、 良くない事があったのかも知れない」と思った。 


(4)かなり打ち解けた頃に、 日本語の読みを聞いてきた


ノートにある「疑念を抱く」という日本語の読みを聞いてきた。 教えるついでに、 これはなかなか「スマートな表現だよ」と、 付け加えた。 自分の英語学校で、 結構レベルの高い授業をしているのかも知れないと思った。 


(5)伊勢中川駅まで、 会話が途切れることはなかった(勿論、 全て英語で


別れる頃には、 相当打ち解け合い、 握手をし、 肩をたたき、 別れを惜しんだ。 ひょとすると、 名刺の上にあるメールアドレスにメッセージが入って来るかも知れない。 小旅行はこんな予期せぬ出会いもあり、 楽しい。 「今は忙しく、 大変だ」と言っていたのが、 少し気になる。 日本人妻とお子様二人の日本生活に幸あれと願う。 心地良い旅の始まりだった。


2)いつものように、 伊勢神宮手前の「月讀宮」に参拝


(1)月讀宮には、 天照大御神の弟神・月讀尊が祀られている。 他に、 月讀尊荒御魂、 ご両親(伊弉諾尊、 伊弉冉尊)、 計4つの御祭神が祀られている。 日本書紀(第四十四代元正天皇養老四年<720年奏進>の上巻に、 「伊耶那岐命・伊耶那美命二柱の御親神が、 天照大御神をお生みになられ、 次に月讀尊をお生みになられ夜之食国(よるのおすくに)をお治めになるようにと、 ご委任になられた」と記されている。 また、 日本書紀では、 「月讀尊はその光彩(ひかりうるわしいこと)が、 天照大御神に亜(つ)ぐものであると讃えられている。」 天照大御神の御神徳は、 「その光華明彩(ひかりうるわしいこと)、 六合(あめつち)の内に照り徹るほどでございます」と、 太陽にたとえて表わされているので、 月讀尊の御威徳は、 それにつぐものとして、 月になぞらえて、 お讃えしたものと拝される。


(2)伊勢神宮正殿の遷宮は平成二十五年10月に完了し、 月讀宮は本年・平成二十六年10月に遷宮予定で、 建設中であった。


3)公益財団法人 修養団 http://www.syd.or.jp/ise/  


2010年10月に「神嘗祭」に参加して以来、 公益財団法人 修養団との交流は続き、 伊勢青少年研修センター所長や講師の方々とも懇意にさせて頂いている。 今回も、 講師の一人の方とも面談し、 鍼灸師の国家資格を有する職員の方も紹介して頂き、 大変有意義なひと時を過ごすことが出来た。 「家族単位で、 本来の日本人に立ち戻ることが重要」という、 ご説明が心に残った。 そこで、 私は「“本来の日本人に立ち戻る”という『陽』の部分と、 「“核家族化し、 人間関係がバラバラになっている“『陰』の部分のバランスを取ることが重要」と申し上げた。 お互い日本国繁栄・国民のために努力していきましょう、 ということで、 再会を期して別れた。 今後とも交流を続け、 日本国のため誠を尽くしていきたく思う。


4)2010年10月に参加した際にまとめた「神嘗祭」考ご紹介


伊勢青少年研修センター訪問の後、 伊勢神宮正殿へ向かい、 “特別参宮章”を提示し、 記帳を済ませ、 御垣内参拝を行なった。 今回は、 お一人の神職の方と私の二人で恭しく「御垣内参拝」を行なった。 通常は、 グループ(見知らぬ参拝者と一緒になることもある)で行うが、 今回は先導の神職者1名と私の計二人であった。 日本国の繁栄を祈念した。


いよいよ、 “2010年10月に参加した際にまとめた「神嘗祭」考”をご紹介したく思う。


1)私の国作りへの思い(1) 2009年10月29日ブログより

国作りというテーマ、 余りにも高い次元の事と思われるかも知れない。 しかし、 現在のように社会の隅々で歪みが生じている中、 大枠で考えざるを得ないのではないだろうか。 一度しかない人生、 その中で人々は誠実に生きている。 色々な生きがいを求めながら。 国の誤った政策のため、 その人生が踏みにじられている有り様を只今我々は目の当たりにしている。 具体例を示す必要はないであろう。 数多く存在する。 今正に社会勉強ができるときである。 自分自身の存在を捉えるとき、 大枠から見ると真実が浮き彫りなってくる。 大枠とは、 宇宙 → 地球 → 国家 → 社会環境 → そして、 個人の生活環境ということになる。 有り難いことに、 我々の先達が各大枠に関する検証結果を文章で、 或いは映像で残してくれている。 勉強する資料は豊富にある。 それを個人が紐解いていけば、 あるべき姿が見えてくる。 勿論、 国家が、 その教育がしっかりしておれば、 自然に学べるのであるが、 現実にはうまく機能していない。 しからば、 後は各人が己の人生を責任を持って捉えることであろう。 歴史上の人物を紐解くとき、 皆一様に苦労をしている。 様々な障害を乗り越えている。 その中で大きく成長し、 社会に貢献している。 個々人が真摯に人生に目覚めるとき、 政治というデモンストレーションの外に確実なものを形作ることができると思うのである。 それが国作りにつながっていくと確信する。


2)私の国作りへの思い(2) 2009年10月29日ブログより

西洋にギリシャ神話があるように、 日本にも国作り神話があるのをご存知だろうか。 古事記、 日本書紀にしっかりと描かれている。 ギリシャ神話、 それは、 古代ギリシアの諸民族に伝わった神話・伝説を中核として、 様々な伝承や挿話の要素が組み込まれ累積してできあがった、 世界の始まりと、 神々そして英雄たちの物語である。 古典ギリシア市民の標準教養として、 更に古代地中海世界での共通知識として、 ギリシア人以外にも広く知れ渡った神話の集成を言う。


ローマ神話の体系化と発展を促進し、 両者のあいだには対応関係が生み出された。 またプラトーンを初めとして、 古代ギリシアの哲学や思想、 そしてヘレニズム時代の宗教や世界観に影響を与えた。 キリスト教の台頭と共に神話の神々への信仰は希薄となり、やがて西欧文明においては、古代人の想像の産物ともされた。 しかし、この神話は古代の哲学思想だけでなく、 キリスト教神学の成立にも大きな影響を与えており、 西欧の精神的な脊柱の一つであった。 中世を通じて神話の生命は流れ続け、 ルネサンス期、  そして近世や近代の思想や芸術においても、 この神話はインスピレーションの源泉であった。


一方、 日本の神話、 それは、 天孫降臨(てんそんこうりん)で始まり、 アマテラスの孫であるニニギが、 葦原中国平定を受けて、 葦原中国の統治のために降臨したという説話である。 アメノコヤネ、フトダマ、アメノウズメ、イシコリドメ、タマノオヤの五伴緒(いつとものお)を従えさせ、 天降りをすることになった。 さらに、三種の神器(八尺瓊勾玉、八咫鏡、草薙剣)と常世のオモイカネ、タヂカラオ、アメノイワトワケを副え、「この鏡を私(アマテラス)の御魂と思って、私を拝むように敬い祀りなさい。オモイカネは、祭祀を取り扱い神宮の政務を行いなさい」(「邇邇藝命者 此鏡者同我御魂 欲祭此者 當如拜吾前 尊崇而祭之 次 思金神者 取持前事 輔其為政」『古事記』)と言った。


アメノオシヒとアマツクメが武装して先導した。 アメノオシヒは大伴連らの祖神である。アマツクメは久米直らの祖神である。 ニニギは「この地は韓国(からくに)に向かい、笠沙(かささ)の岬まで真の道が通じていて、朝日のよく射す国、夕日のよく照る国である。 それで、ここはとても良い土地である」(「此地者 向韓國 有真之道通笠紗之御前 又此地者 朝日之直刺國 夕日之日照國也 故 此地甚吉地也」『古事記』)と言って、そこに宮殿を建てて住むことにした。


天孫降臨の地としては、九州南部の霧島連峰の一山である「高千穂峰」と、宮崎県高千穂町の双方で、古くから天孫降臨の言い伝えがある。 ただ、高千穂峰の場合は山の名称だけで付近に「高千穂」の地名が無いため、「宮崎県高千穂町の周辺が正しい」と見る向きもあるが、実際のところは、どちらの場所が正しいかははっきりしていない。 なお高千穂町には、アマテラスが隠れていた「天岩戸伝説」もあり、 実際にその伝説の洞窟も現存する。 ※注記.天岩戸伝説は高千穂町以外にも複数あり、必ずしも高千穂地区に限定されたものでは無い。 記紀によれば天の岩戸の洞窟は高天原にあり、天孫降臨後の場所にはない。


ギリシャ神話と日本神話をここに紹介する理由は、 今こそ人間の辿ってきた歴史をじっくり振り返り、 この世の中の向うべき方向性を各人が自らの頭で考えるべきときと思量するからである。 

悠久の昔、四季折々の変化に富む自然風土の中に神々の存在を見い出した日本人は、 家郷の村々に神々を祀り、 今日に至るまで連綿と祭りを続けてきた。 こうして祀られた神社は、全国津々浦々に約八万社を数え、 それぞれの地域で氏神さま(鎮守さま)として親しまれている。 氏神(鎮守)とは、主として地域の守り神を意味する。 また、氏神の神恩を戴いて生活している地域住民すべてを氏子という。 ここには、 近所隣の人々が神社を中心につながっており、 人間としての尊厳が保たれていると考える。
因みに、 神社の数は、 平安初期の「延喜式神名帳」に載せられた神社が2861社で、実数はその5倍だといわれている。 明治39年に約19万3千社、 その後町村合併などにより、 神社も合併されたものがあり、 現在はおそらく8万社前後であると推定されている。


2)私の国作りへの思い(3) 2009年10月30日ブログより


神社のイメージから、 何を連想するであろうか。 実は、 自給自足という観点から日本の歴史を振り返ってみると、 そこには稲作が見えてくる。 伊勢神宮の外宮と内宮との間に位置する神宮徴古館・農業館には、 稲作を含め、 日本の自給自足の有り様を物語る全ての資料が展示されており、 正に今に言うエコの原点がそこにある。 日本の最古の水田址は縄文時代晩期水田址で、約2500年前と言われている。 僅か2000年前には自然が豊かにあり、 海の幸、 山の幸を享受しながら人間らしい生活が営まれていたのである。 現在の非人間的な社会を嘆くよりも、 まだ残されている自然を大切にし、 エコを中心に置く国家像を描いてみてはどうだろうか。 確かに個人レベルでは、 農業回帰への流れは起きている。 しかし、 個人レベルでは限界があり、 社会逃避の中で細々という感は否めない。 農業・漁業・林業を国家プロジェクトで全体像を示すことによって、 国民の合意は十分得られると思うのである。 地球の危機が叫ばれている今、 日本から農業・漁業・林業に関するエコ提案を世界に示すことによって、 各国から注目され、 地球上全体の活性化につながると思うのだが、 如何であろうか。 勿論、 エコ提案に合わせ、 平和に関するもの、 経済システムに関するもの、 人間の生活を構成する全システムをひとつのパッケージとして纏め上げ、 人類の将来を展望するダイナミックなフレームワーク作りに着手してはどうだろうか。


2)私の国作りへの思い(7) 2009年11月2日ブログより


ここで物語るには限界がある。 でも伝えたい。 勇気を持って。 愛しい皆のために。 確かに皆夫々素晴らしい可能性を秘めている。 まずは与えられた環境から人生はスタートする。 しかし、 人は成長するに従って自ら環境に影響を与えるようにもなる。 私も日本の神話について詳しいほうではなかった。 あるきっかけで、 一挙に興味を持ち始めた。 それは古事記との出合いである。 そこに登場する神々を紹介したい。


第四十代天武天皇が稗田阿礼に命じて、 帝皇日継(帝紀)と先代旧辞(本辞)を誦み習わせられたことに始まり、 後に第四十三代元明天皇(第三十八代天智天皇の第四皇女)の勅命を受けて、 正五位上勲五等・太朝臣安萬侶(おおのあそんやすまろ)が和銅五年(712)正月二十八日に、 稗田阿礼の誦習する『帝紀』『旧辞』を筆録・編纂して史書を献上した。 古事記はこうして八世紀の初頭に成立したわが国最古の典籍である。


○ 古事記 上巻


  一 宇宙の初め
    =別天(ことあま)つ神五柱(いつはしら)独神(ひとりがみ)=


    ①天之御中主神(あめのみなかぬし)独神、天原の中心の神
    ②高御産巣日神(たかむすび)独神、生成力の神格化
    ③神産巣日神(かみむすび)独神、生成力の神格化
    ④宇摩志阿斯詞備比古遲神(うましあしかびひこぢ)独神
    ⑤天之常立神(あめのとこたち)独神


以上にあげた五柱の神は、 地上に成った神とは別であって、 これらは天神(あまつかみ)である。


  二 神代七代



    ①国之常立神(くにのとこたち)独神、国土の根源神
    ②豐雲野神(とよくもの)独神
    ③男神・宇比地邇神(うひぢに)と女神・須比智邇神(すひぢに)
④男神・角杙神(つのぐひ)と女神・活杙神(いくぐひ)
⑤男神・意富斗能地神(おほとのぢ)と女神・大斗乃辨神(おほとのべ)
⑥男神・於母蛇流神(おもだる)と女神・阿夜詞志古泥神(あやかしこね)
⑦伊邪那岐神と伊邪那美神男女の神、夫婦


以上に述べたところの国之常立神から伊邪那美神に至るまでを、 「神代七代(かみよななよ)」と言う。 これは最初の二柱の神はそれぞれ一代、 男神女神双(なら)んで現れた十柱は、 それぞれニ神を合わせて一代とする計算である。


  三 伊邪那岐命と伊邪那美命


    伊邪那岐命と伊邪那美命は次々に国を生んだ。

    ①淡道之穂之三別島(あわじのほのさわけしま):淡路島

    ②伊予の二名島(ふたなしま):四国

     一 愛比売(うるわしい乙女の意味): 愛媛県(伊予の国)
     二 飯依比古(いひよりひこ): 香川県(讃岐の国)
     三 大宜都比売(おおけつひめ): 徳島県(粟の国)
     四 建依別(たてよりわけ): 高知県(土佐の国)

    ③隠岐之三子島(おきのみつごのしま)=天之忍許呂別(あまのおしころわけ)

    ④筑紫島(つくししま): 九州
     一 白日別(しらびわけ): 筑前筑後・福岡県(筑紫の国)
     二 豊日別(とよびわけ): 豊前豊後・大分県(豊国)
     三 建日向日豊久土比沼別(たけひむかひとよくづひぬわけ):肥前肥後・佐賀県と、対馬と壱岐を除く長崎県(肥の国)
     四 建日別(たてびわけ): 鹿児島県(熊曾の国)

    ⑤伊伎島(いきしま)= 天比登都柱(あめのひとつはしら) : 壱岐

    ⑥津島(つしま): 対馬

    ⑦佐渡島(さとしま): 佐渡

    ⑧大倭秋津島(おおやまとあきつしま)= 天津御空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ): 本州


以上にあげた八つの島は、 伊邪那岐命と伊邪那美命が初めに生んだ島々なので、 これらを総称して特に大八島国(おおやしまくに)と呼ぶ。  

  

更に、 伊邪那岐命と伊邪那美命は次々に国を生んだ。(これらは瀬戸内海及び北九州沿岸の島々である。)

    ⑨吉備之児島(きびのこしま)= 建日方別(たてひかたわけ)

    ⑩小豆島(あづきしま)= 大野手比売(おおぬてひめ)

    ⑪大島(おおしま)= 大多麻流別(おおたまるわけ)

    ⑫女島(ひめしま)= 天一根(あめひとつね)

    ⑬知詞島(ちかのしま)= 天忍男(あみのおしを)

    ⑭両児島(ふたこしま)= 天両屋(あめふたや)


    徳島県の最初の水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)を合わせると、
    計十六島を生んだことになる。


    以上のような国を生む仕事が終わって、 今度は神を生むことになった。


    ①大事忍男神(おほことおしをのかみ)

    ②石土毘古神(いはつちびこのかみ)

    ③石巣比売神(いはすびめのかみ)

    ④大戸日別神(おほとびわけのかみ)

    ⑤天之吹男神(あめのふきをのかみ)

    ⑥大屋毘古神(おほやびこのかみ)

    ⑦風木津別之忍男神(かざけつわけのおしをのかみ)


    石土毘古神から風木津別之忍男神までの六神は家屋を守護するところの

    神々である。


    次に生んだのは海を統(す)べる神で、

    ①大綿津見神(おほわたつみのかみ)

    次は、 河口を統(す)べる神で、

    ①連秋津日子神(はやあきずひこのかみ)

    ②その女神である連秋津比売神(はやあきずひめのかみ)

    を生んだ。


    大事忍男神から連秋津比売神まで合わせて、 十柱の神となる。


    最後に生まれた連秋津日子神と連秋津比売神のニ柱の神は、 
    河から海に入る水戸(みなと)を統(す)べる神であるから、
    互いに河と海との片方ずつを分担し合って、 次のような神々を生んだ。

    ①沫那芸神(あわなぎのかみ)

    ②沫那美神(あわなみのかみ)

    ③頬那芸神(つらなぎのかみ)

    ④頬那美神(つらなみのかみ)

    ⑤天之水分神(あめのみくまりのかみ)

    ⑥国之水分神(くにのみくまりのかみ)

    ⑦天之久比箸母智神(あめのくひざもちのかみ)

    ⑧国之久比箸母智神(くにのくひざもちのかみ)


    沫那芸神から国之久比箸母智神まで合わせて、 八柱の神となる。


    伊邪那岐命と伊邪那美命のニ神は更につづけて次の神々を生んだ。

    ①風の神: 志那都比古神(しなつひこのかみ)

    ②木の神: 久久能智神(くくのちのかみ)

    ③山の神: 大山津見神(おほやまつみのかみ)

    ④野の神: 鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)=野椎神(のづちのかみ)


    志那都比古神から鹿屋野比売神まで合わせて、 四柱の神となる。


    最後に生まれた志那都比古神と鹿屋野比売神のニ柱の神は、 
    山野を統(す)べる神であるから、 互いに山と野との片方ずつを分担し合って、 次のような神々を生んだ。

①天之狭土神(あめのさずちのかみ)

②国之狭土神(くにのさずちのかみ)

③天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)

④国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)

⑤天之闇戸神(あめのくらどのかみ)

⑥国之闇戸神(くにのくらどのかみ)

⑦大戸惑子神(おほとまとひこのかみ)

⑧大戸惑女神(おほとまとひめのかみ)

天之狭土神から大戸惑女神まで合わせて、 八柱の神となる。


伊邪那岐命と伊邪那美命のニ神は更につづけて次の神々を生んだ。

①鳥之石楠船神(とりのいはくすぶねのかみ)=天鳥船(あめのとりふね)

②大宜都比売神(おほげつひめのかみ)

③火之野芸速男神(ひのやぎはやをのかみ)=火之炫毘古神(ひのかがびこのかみ)

 =火之迦具神(ひのかぐつちのかみ)

④金山毘古神(かなやまびこのかみ)

⑤金山毘売神(かなやまびめのかみ)

⑥波邇夜須毘古神(はにやすびこのかみ)

⑦波邇夜須毘売神(はにやすびめのかみ)

⑧弥都波能売神(みつはのめのかみ)

⑨和久産巣日神(わくむすびのかみ)

⑩豊宇気毘売神(とようけびめのかみ)


伊邪那美の女神は、 火の神(火之野芸速男神)を生む時に受けた傷が重くなって、

ついにこの世を去って黄泉国(よもつくに)へ旅立った。

鳥之石楠船神から豊宇気毘売神まで合わせて、 十柱の神となる。


3)国作りに対する思いを長々と綴ってきました。 これは私のDNAをご理解願うためでもありました。 そこで、 神嘗祭参加の前に書きました私の文章をご紹介したく存じます。


(1)神嘗祭参加を前にして


10月15日~17日の神嘗祭参加を前にして、 次々起こる事柄に深い思いを致しております。


遙か先祖に思いを致すとき、 大阪府柏原市大県4-6-1に鎮座する鐸比古鐸比賣神社(ぬでひこぬでひめじんじゃ)、 そこには第十一代垂仁天皇の皇子・鐸石別命が祀られており、 また、 伊勢神宮に天照大神を御杖代としてお連れしたのが、 垂仁天皇の皇女(第4皇女)・倭姫命(垂仁天皇の姉・豊鍬入姫命の後を受けて)であり、  身近な先祖・和氣清麻呂の和氣神社(岡山県)には垂仁天皇の皇子・鐸石別命が祀られており、 私の家(和氣家)の墓には、 和氣権之助豊勝(城主・和氣出雲守衆勝の長子)が眠っております。 この流れを私の体の中で感じ取ったのは、 奈良県尼辻の垂仁天皇陵を訪れたときです。 「五十九歳からあなたへ」という私の著述の中に、 「平成19年(2007年)5月9日(水)に近鉄橿原線尼ケ辻駅近くにある垂仁天皇の御陵を訪ねた。 すると、 前方後円墳の真正面にある鳥居の左側に社務所があり、 その蔭に若い男女二人がおり、 私を案内するために待っている風情であった。 名前は鈴木良太さんと滝本雅代さんで、 共に18歳であった。 お二人の案内で、 スムーズに御陵のまわりを一周することができた。 御陵を廻りながら、 何度も立ち止まり、 手を合わせた。 私は間違いなく垂仁天皇と関係があると、 身体が反応した。 とにかく、 周りの雰囲気が全て優しいのである。 例えば、 御陵の中で戯れている鳥たちも普通の公園にいるものとは明らかに違う。 どこか品がある。 また、 お堀で跳ねている魚たちも同じだ。 御陵全体が私を優しく包み、 歓迎してくれた。 全身全霊で私と繋がる人々と交流することができた。 この実感は考古学の学者にしても否定することができない。 これらの方々につながっていると身体が感じる確証である。 一周し、 元の鳥居の前に戻ったとき、 まだ二人の若者はおり、 私が鳥居の前で奉納太極拳を始めると、 役目が終わったようにおもむろにその場を去って行った。 只、 私が体で感じる第十一代垂仁天皇は、 神話時代の天皇であり、 紀元前69年にまで遡る話である。 私の思想にまで影響を与えるものではなく、 日本人として古につながるロマンを感じると言ったほうが適切であろう。 勿論、 高貴なお方に繋がるということで、 誇りに思うことではあるが。」とあります。 


そして、 この度、 神嘗祭参加。 先祖の流れなくして実現できなかったのは事実であろう。 ここで、 ご紹介したいメッセージがある。 『世の中の人は何とも言わば言え。 我が成すことは吾のみぞ知る。』坂本龍馬(幕末の志士)の心境である。 私のメッセージの中には、 一般には理解困難な部分もある。 しかし、 よくよく読んでいると、 「日本国」のことを、 或いは「人間社会」のことを真剣に考えていることがわかる。 


一部の人には既にご紹介済みであるが、 人間の歴史を大きくは、 『文明法則史学』で捉えている。 つまり、 800年ごとの文明交代期とこれを裏付ける理論である。 この“文明法則”によると、 21世紀から800年は日本が先頭に立って東方アジア文明をリードするときとある。 現在の日本・世界を見渡すと、 確かに確かな“文明法則”が求められているように思える。 先般、 CO2による地球温暖化の捏造の問題をご紹介したが、 色々な分野で再構築しなければならないこと山積である。 我々の生命をあずかるはずの「西洋医学の問題」、 血税をあずかる「国会議員或いはそのシステムの問題」、 「親が子を、 子が親を、 或いは無差別に人を殺める、 教育者が殺人遊びをする」等、 社会の根本から現システムが崩壊していることは紛うことなき事実である。 それでは、 誰がこの難問題に対峙し、 解決させていくのか。 それは志ある者である。 私も色々なリーダーとつながっているが、 各人団体を作って試行錯誤されている。 毎日メールが届き、 心に響くメッセージが多いが、 世の中を動かすまでにはなかなか至らない。 国民一人一人が真に目覚めるしかないのではと思う。 例えば、 日本国民を例に取った場合、 相当数(半分以上)世の中をよくする潜在能力を持っているのではないか。 そう強く思う。 本日炭鉱落盤事故被害者の救出が始まるが、 チリも立派に国民を救出する道を作った。 人間社会の根本に立ち戻れば、 人間の幸せに通じる新しいシステムを構築できるのではないかと思う。


今回の神嘗祭参加に先立ち、 色々な思いが体の中に湧き起こっています。 五十鈴川の水に浸かり、 身を清め、 社会に貢献できる何かを生み出したく思っております。 体験談を発信しますので、 また、 ご静聴願いたく存じます。 


4)神嘗祭参加体験報告


まずは、 伊勢青少年研修センター所長、 松下政経塾政経研究所所長、 修養団講師、 の方々、 事務室の方々、 ボランティアの方々(大学生)、 その他外部講師の方々、 神嘗祭参加の151名の皆様、 更には、 伊勢神宮の神職の皆々様、 神嘗祭関係者全員の皆々様に篤く感謝申しあげます。


(1)若きリーダー


先に、 私の国作りに対する思いを申し述べましたが、 修養団講師は“若きリーダー”としてご活躍願える人物と思いました。 今後もより多くの方々に接し、 その熱情とリーダーシップでこの国の発展に寄与願いたく存じます。 また、 伊勢青少年研修センター所長は“若きリーダー”をお育て願える人物と思いました、 その誠実なお人柄で、 つぎつぎと国作りに寄与するリーダーを育成願いたく存じます。


(2)初穂引き体験


五十鈴川に船を浮かべた“初穂引き”は、 首まで水に浸かることもありましたが、 念願の五十鈴川に身を浸すことができ、 至福のひとときでした。


(3)神嘗祭の本番


漆黒の夜に、 松明を燃やし、 白衣を身に纏い、 無言で黙々と行事が進行していく有り様を目の当たりし、 日本の魂或いは文化の何たるかを垣間見たような気が致しました。


(4)早朝の伊勢神宮参拝


早朝といっても、 まだ灯篭の明かりで周りが分かる程度。 神宮のお庭にただ一人という趣き。 そこで、 女性に出会った。 神宮の神域内でのみ可能な交流を行った。 共に五十鈴川の御手洗場で清流に手を浸し、 身を清め、 天を仰ぎ、 また、 森に向い、 気功を行った。 気が体に満ちていくのを感じた。 徐にその御手洗場を離れ、 正宮へと向った。 道中色々なことを語りあった。 魂が感応していた。 正宮への石段を登るとまだ正門は閉じられていたので、 荒祭宮を先に参拝することにした。 途中大きな木の幹に耳をつけ、 シューっと地下から水が上がる音を聞いた。 全てが神秘的である。 荒祭宮での参拝を終え、 また、 正宮へ戻り、 正宮参拝を行った。 そして、 帰りの道へと歩進めた。 途中池の鯉を眺め、 池の縁に佇むと大きな白い(薄緑色がかった)鯉が私たちを目がけてやって来た。 親愛の情を感じるような趣で。 そして、 彼女は鯉の頭に手をやり、 優しく撫でた。 鯉も嬉しそうだった。 神の世界での一齣ようでもあった。 垂仁天皇陵で出会った女性とも通じる何かがあった。 神宮の神域外でも今回出会った青年と共に交流できれば幸甚である。


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。


本日のメッセージ


心地よく 行動開始 進みゆく
言霊届き 世のため生きる


心地よく行動を開始してください。 今日の直感にはご神気が宿っています。 まずはその言葉を受け入れてください。 素晴らしい言霊であなたの心に届き、 すぐに行動に移すべき指針が届きます。 あなたの魂は確実に磨かれ、 素晴らしい人生の旅を歩んでいます。 再度、 感謝の念で、 世のため人のために恩返しをしてください。 あなたには体力・気力とも十分でその使命を果たせる環境が整いました。 直感を頂いた瞬間に素晴らしい行動へと開始してください。



Thackery




Ise shrine shouden 3



gateway to Tsukiyominomiya shrine


Tsukiyominomiya shrine


Tsukiyominomiya shrine 3


first gateway to Ise shrine


garden in Ise shrine



riverside for purifying hands



gateway to Kazahinominomiya shrine



bridge to Kazahinominomiya


Ise shrine shouden


Aramatsurinomiya shrine


Aramatsurinomiya shrine 3


venerable ancestor


Japanese flag in Ise shrine




天の声(278) 日本国の再生(251) 光(244) 故郷(20) 現役寿命(11)

閃き!!!


震災復興 啓示二百三十五』(2014年第十三信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。 


「25年振りに貴重な人物」と出会い、 思うこと。
そこには、 長い歴史が横たわっていた。


1)今では自動車業界を支える有能な技術者


http://astamuse.com/ja/granted/JP/No/5447191


その人物は、 私の分身である。 故あって、 25年もの長きに亘って離れ離れに生きて来た。 日本の一流大学を出、 オランダの名門工科大学に留学し、 今では、 自動車業界には無くてはならない人物にまで成長した。 「尊敬」という一言に、 私の思いを込めることができる。


2)将来


日本の将来を担える人物である。 今迄日本国のことを憂い、 現在も進行形であるが、 望むことは、 日本国は勿論のこと、 世界への貢献である。 日本を活気づけなければならない立場にいる輩の中に、 何とトンチンカンな者たちの多い事か。 我々の今に繋がる先には、 多くの「人物」と呼べる方々がいたが、 ここ数十年の間に色褪せてしまった。 勿論、 「輝く若者たち」も存在する。 


3)STAP細胞騒ぎ


一番の当事者の事はよくわからないが、 共同著者、 監督者、 国民の税金で成り立っている組織など、 誠に「OOの極み」と叫びたくなる輩の多い事。 研究も然ることながら、 「人物」と呼べる方々の少ない事。 これは、 日本の教育に起因するのではないか。 誰が立て直すのか。 今は誰もいない。 どこまで、 この惨憺たる有り様は続くのであろうか。


4)マスコミの影響


勿論、 いいテレビ番組も存在するが、 触れたくもない輩が大手を振って公の場に登場し、 ちやほやされ、 勘違いし、 一時的にせよテレビ画面を支配する。 マスコミもその後押しをする。 影響力だけが残り、 そこには、 望ましい教育環境は存在しない。 その状態が1年中を通して繰り返され、 新しい年を迎える。 そこには、 「人物が育つ」環境はない。 


5)不適格なリーダーが溢れている


その先頭に、 「政界」がある。 国民の税金を一番使っている輩が、 一番だらしない。 何故か。 それは、 自ら汗を流し稼いだお金で生活していないからだ。 そのような輩が国民のためになる社会など作れる筈がない。 一番いい例が今回の増税である。 社会福祉税といいながら、 福祉を受ける立場の人々がどれだけ困っていることか。 本物の誠実な発想なきところから、 「本物の望ましい社会」など生まれようがない


6)頭でっかちが産む悲惨


頭でっかち」とは、 机上の計算と言ってもいい。 「脳みそに皺がなく」「苦労体験もない平々凡々からは、 世のため、 人のためになることは生まれようがない。 しかし、 そのような輩が社会を動かしているのである。 その悪循環を如何に断ち切るか。 有識者を集める発想では解決しない。


7)隣の国宝さんという番組


好きな番組の一つである。 何故ならば、 数多くの人物に出会うことができるからだ。 芸術家であったり、 店の経営者であったり、 様々な業種のエキスパートが堂々たる人生を送っている。 権力を持たない庶民のほうが、 人のためになる生き方をしている


→「ネガティブな言葉使いをしないほうが良い」と一般的には言われるが、 今の日本程、 「ネガティブが似合う時代」はなかったのではないか。 私自身は、 「ネガティブにではなく、 超ポジティブに今の時代を生き抜きたく」思っている。


上記分身の話だが、 「25年間のブランク」を一生を通して、 埋めていきたく思っている。 また、 日本のため、 世界のために、 共に貢献していきたい。 楽しみである。


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。



本日のメッセージ


お一人と ご縁で繋ぐ 絆あり
引き寄せられて 一代築く


今日のご縁は家宝に勝ります。 今日のありがたいご縁に深く感謝しましょう。 多くの人に会う必要はありません。 ありがたくも深いご縁をいただいた「お一人」に多く会っていただきたいのです。 多くの人に会う喜びよりも一人の人に多く会える喜びを深めてください。 人のご縁は人生の宝です。 大切にすればするほどご縁の価値は高まり、 深く長く続くものです。 気づいてください。 ご縁が今日のあなたの価値を創造してくれたのです。 自らの力は、 ほんの少しです。 まわりの方々のありがたいご縁の力があなたの能力を引き寄せてくれたのです。



Thackery




what a beautiful world


spring beauty road


art of cherry blossom


beauty in spring Cherry


wonder of beauty pink Cherry


wonder of beauty white Cherry 2


breathtaking pink beauty 2

天の声(277) 日本国の再生(250) 光(243) 故郷(19) 現役寿命(10)

閃き!!!


震災復興 啓示二百三十四』(2014年第十二信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。 


「大坂城の石垣と桜花」に接し、 思うこと。
そこには、 広大なスペースと歴史があった。


1)大坂城と石山本願寺


大坂城は、 上町台地の北端に位置する。 かつて、 この地のすぐ北の台地下には淀川の本流が流れる天然の要害であり、 またこの淀川を上ると京都に繋がる交通の要衝でもあった。 元々古墳時代の古墳があったと言われ、 戦国時代末期から安土桃山時代初期には石山本願寺があったが、 1580年(天正8年)に石山合戦で焼失した。 石山合戦終了後、 織田信長の命令で丹羽長秀に預けられ、 後に四国攻めを準備していた津田信澄が布陣したこともあったが、 信澄は本能寺の変の際に、 丹羽長秀に討たれた。 その後、 清州会議で池田恒興に与えられるも、 ただちに美濃へ国替えとなり、 豊臣秀吉によって領有された。 そして秀吉によって大坂城が築かれ、 豊臣氏の居城および豊臣政権の本拠地となったが、 大坂夏の陣[慶長19年(1614年)]で豊臣氏の滅亡とともに焼失した。 徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改め再建した。 その後、 幕府の近畿地方、 および西日本支配の拠点となった。 姫路城、 熊本城と共に日本三名城の一つに数えられている。


→ 現在の大坂城の場所に、 「元々古墳時代の古墳」があり、 更に、 「戦国時代末期から安土桃山時代初期には石山本願寺」があった。 そして、 徳川政権は豊臣氏築造のものに高さ数メートルの盛り土をして縄張を改め再建した。 歴史の流れの中で、 古墳 → 石山本願寺 → 大坂城への変遷など、 生々しい人間の営みを感じる。 自分の足で辿ると、 その広大さに圧倒される。


2)大坂城の石垣と桜の美しさ


歴史的には色々な主(あるじ)の変遷があったが、 建造された石垣や植えられた桜木は、 訪れる者の心を和ましてくれる。 為政者と一般人民 いつの時代にも、 乖離し、 一体となることはまずない。 


3)石垣を構築する人間の力(技術力)


現在のような建設機材がない中、 巨大な石を遠方から運搬し、 完璧に組み上げる技術力・人間力、 ここに日本国本来のパワーを感じる。 また、 近々では、 戦後復興の中にも、 底知れぬ力強さが伝わってくる。 世界に君臨していた日本の輝かしい技術力の再興を期待したい。


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。



本日のメッセージ


静かなる 聖なる声に 身を任せ
心静かに 平静保つ


聖なる声の響きを聴いてください。 心静かに平常心を保ちましょう。 まずは、 気分を高めることなく、 静かな心境を保ちましょう。 聖なる沈黙の声が大事な情報として届きます。 平常心で心に届くことばを大事にして、 行動をおこしてください。 あなたは尊敬される存在として、 人のために役立ちます。 今日の発起は大事なものです。 周りの喜びを優先させ、 親切・丁寧な行動に専念してください。


Thackery




Osaka castle & cherry blossom


Osaka castle stone wall T3


Osaka castle stone wall T2


Osaka castle stone wall T


cherry blossom & Osaka castle stone wall


art of cherry blossom