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天の声(282) 日本国の再生(255) 光(248) 故郷(24) 現役寿命(15)

閃き!!!


震災復興 啓示二百三十九』(2014年第十七信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。 


「橿原神宮と飛鳥」に旅し、 思うこと。
そこには、 大和の歴史が脈々と流れていた


1)橿原神宮


橿原神宮は、 御祭神・神武天皇畝傍山の東南・橿原の地に宮を建てられ即位の礼を行われた宮址に、 明治23年に創建された。 第一代の天皇であり我が国建国の始祖となられた神武天皇と、 媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめ)皇后が祀られている。 神武天皇は、 皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)がこの国土に降られた日向(ひゅうが)国高千穂の宮におられたが、 天下の政治(まつりごと)を行うべくはるばる東遷の途に立たれた。 途中幾多の困難に遭われたが、 ついに大和の国を中心とした中つ国を平定され、 畝傍(うねび)の橿原の宮において即位の礼をあげて、 国の基をたてられた。


→橿原神宮は明治23年に創建されたので、 建築様式は伊勢神宮(唯一神明造)に比し、 近代的である。(橿原神宮の設計は、 東京帝国大学名誉教授を務めた伊東忠太によるもの。)


伊勢神宮の建築様式: ご正殿は唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)といわれ、 日本古来の建築様式を伝え、 ヒノキ(檜)の素木(しらき)を用い、 切妻(きりつま)、 平入(ひらいり)の高床式の穀倉(こくそう)の形式から、 宮殿形式に発展したもの。 屋根は萱(かや)で葺き、 柱は掘立、 全て直線的で、 屋根の両端には内削(水平切)の千木が高くそびえ、 棟には10本の鰹木(かつおぎ)が列び、 正殿を中心にして、 瑞垣(みずがき)・蕃垣(ばんがき)・内玉垣(うちたまがき)・外玉垣(とのたまがき)・板垣(いたがき)の5重の御垣がめぐらされている。


→橿原神宮の信仰 : 神武天皇は御年45歳で日向国を御進発になり、 6年の歳月を道中で費やされ、 最後に大和国に入られて、 畝傍の橿原に都を奠(さだ)められた。 その間、 実に言語に絶する艱難辛苦(かんなんしんく)を重ねられた。 通常の人間では到底不可能と考えられる九死に一生を得られたということは、 天皇が天神の御子として、 建国の大理想を達成される運命を担われていたために、 随所に天神の御神助を得られたものに外ならない。  天皇が非常な苦難の末に大業を完成せられたことは、 今日の言葉でいえば、 実に運勢強大なお方であったといえよう。 天皇は、 橿原の宮に即位されてより御在位76年、 日本建国の基礎を打ち立て、 政治の根本を定められて、 宝算137歳(日本書紀 127歳)の御長寿をまっとうされた。 このことは天皇がいかに御健康であられたか、 ということを物語るもので、 同時に延命と長寿を願う国民の理想を具現されたものと解される。 橿原神宮においては、 天皇の御長寿にちなんで、 年頭に当たり、 延寿祭を執行し、 皇室の弥栄(いやさか)と国民の延寿幸福を祈願している。


2)飛鳥へ向かう


橿原神宮の霊気を全身に受けて気怠くなった身深田池の畔で休め、 次の飛鳥に向かうことにした。 橿原神宮前駅から二つ目の駅が「飛鳥」駅で、 下車し「飛鳥総合案内所」に行き、 「大和三山(畝傍山・耳成山・天の香具山)」が一望できる高い処はどこにあるのか聞いた。 「甘樫丘」から全望出来るということで、 目の前に停まっている周遊バスに飛び乗った。 観光マップを見ていて、 途中に「石舞台古墳」があることに気付いた。 ここは、 22歳のとき、 アメリカの弁護士を観光案内した場所だった。 


ここ「石舞台古墳」でゆっくり時間を過ごすことにした。 この“石舞台古墳”に埋葬されていたと言われている「蘇我馬子」について、 少し説明することにする。


(1)始まり


第8代孝元天皇(父: 孝霊天皇 母: 細媛命) + 伊香色謎命(いかがしこめのみこと)


誕生 → 彦太忍信命(ひこふつおしのまことのみこと)


(2)彦太忍信命 + 女(具体名不明)


誕生 → 屋主忍男武雄心命(やぬしおしおたけおごころのみこと)


(3)屋主忍男武雄心命 + 影媛(かげひめ)


誕生 → 武内宿禰(たけうちのすくね)


(4)誕生 → 蘇我石川宿禰(そがのいしかわのすくね) 


(5)誕生 → 蘇我満智(そがのまち)


(6)誕生 → 蘇我韓子(そがのからこ)


(7)誕生 → 蘇我高麗(そがのこま)


(8)誕生 → 蘇我稲目(そがのいなめ)


(9)誕生 → 蘇我馬子(そがのうまこ)


(10)誕生 → 蘇我蝦夷(そがのえみし)


(11)誕生 → 蘇我入鹿(そがのいるか)


蘇我入鹿: 蘇我入鹿(そが の いるか、 推古天皇18年(610年) - 皇極天皇4年(645年)6月12日)は、 飛鳥時代の豪族。 大臣として大和朝廷の有力者であったが、 大化の改新(646年)の前夜乙巳の変において討たれ、 その後蘇我氏が凋落するきっかけとなった


蘇我氏は娘を天皇家に嫁がせ、 政治的影響力を持った


第29代欽明天皇 + 堅塩媛(蘇我稲目の娘) 

誕生 → 第33代推古天皇


②第29代欽明天皇 + 小妹君(蘇我稲目の娘)

誕生 → 穴穂部間人皇女


第31代用明天皇 + 穴穂部間人皇女(蘇我稲目の孫娘)

誕生 → 聖徳太子


④聖徳太子 + 刀自古郎女(蘇我馬子の娘)

誕生 → 山背大兄王


第29代欽明天皇 + 小妹君(蘇我稲目の娘)

誕生 → 第32代崇峻天皇


第32代崇峻天皇 + 河上娘(蘇我馬子の娘)


第34代舒明天皇 + 法提郎女(蘇我馬子の娘)

誕生 → 古人大兄皇子(娘は倭姫王: 第38代天智天皇の皇后


⇒上記の如く、 蘇我氏は天皇家に影響を持ち続けた。 その蘇我馬子が「石舞台古墳」に埋葬されていたと言われている。


3)「石舞台古墳」から「二上山」を遠望


「石舞台古墳」の遠方に「二上山」を見た時の感動は今でも蘇って来る。 大和三山を見る前に見た二上山。 二上山の雄岳に眠る「大津皇子」のことを思い、 カメラを向けた。


4)いよいよ、 甘樫丘に向かう


感慨深い「石舞台古墳」を後に、 徒歩で「甘樫丘」に向かった。 途中で「聖徳太子の誕生の地」と言われている「橘寺」の前にも通りかかり、 写真撮影した。 飛鳥は歴史的なモニュメントに満ち満ちている。 

約40分後に「甘樫丘」展望台に着き、 周りに目を向けると、 待ちに待った大和三山、 畝傍山、 耳成山、 天の香具山が一望出来た。 更には、 二上山までも。 感激の中、 太極拳も舞った。 甘樫丘で当日知り会ったカメラマンの方にその舞いを撮影頂いた。 その写真が届く日を心待ちにしている。


大和三山に囲まれた「藤原宮」: 藤原京(ふじわらきょう)は、 飛鳥京の西北部、 奈良県橿原市に所在する日本史上最初で最大の都城である。 また、 日本史上最初の条坊制を布いた本格的な唐風都城でもある。 また、 宮の主要建築物は礎石建築で、 はじめて瓦を葺いたと考えられている。  これまでの飛鳥の宮室は天皇の代替りごとに、 あるいは一代に数度移るのがならわしであったが、 藤原宮は持統、 文武、 元明の3代の天皇に継承された点(16年間)に著しい特色をみる


白鳳文化(はくほうぶんか)とは、 645年(大化元年)の大化の改新から710年(和銅3年)の平城京遷都までの飛鳥時代に華咲いたおおらかな文化であり、 法隆寺の建築・仏像などによって代表される飛鳥文化と、 東大寺の仏像、 唐招提寺の建築などによって代表される天平文化との中間に位置する。 


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。


本日のメッセージ


福のある 心が福を 引き寄せる
周りに及ぶ 幸せの波


福のある心が福を引き寄せます。 今日の環境に感謝でき、 あなたの幸せを確認することができれば、 素晴らしい運勢の流れが始まります。 あなたに与えられてきた恵みを少しでも周りに還元でき、 福を分かち合える志を実践にうつしてください。 あなたの幸せは周りを喜ばせる幸せへと変化して、 向上心に目覚める、 愛のある幸福感を感受できます。 寛容さも求められます。 愛の深さも求められます。 あなたには充分な素養がそなわっています。


Thackery




Kashihara shrine  2


Kashihara shrine & Mt. Unebi 2



hall roof of offerings 4



Pond Fukada & Mt. Unebi


gateway for Kashihara shrine 2


stone tomb for Umako Soga


Futakamiyama & stone tomb 2


inside for stone tomb



Mt. Futakamiyama from Asuka close to stone tomb


temple Tachibana 3


temple Tachibana 2


Mt. Amanokaguyama Miminashi



Mt. Unebi & Futakamiyama



Mt. Unebi Miminashi Amanokaguyama


天の声(281) 日本国の再生(254) 光(247) 故郷(23) 現役寿命(14)

閃き!!!


震災復興 啓示二百三十八』(2014年第十六信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。

 

「二上山(雄岳に大津皇子が眠る)」に登り、 思うこと。
朝に夕に手を合わせ遠望していた山に登り、 大和の歴史と今の日本国の姿を慮った


1)現代のリーダー達に欠けているもの


殊に顕著なのは、 現代のリーダー達の歴史感覚の欠如・浅さである。 「日本を取り戻そう」と言いながら、 その日本を歴史の中で捉えていない。 また、 それを批判する政治家達も同じである。 神社参拝問題で、 物議を醸しているが、 事の真相を正しく捉えていない。 例えば、 第二次世界大戦で失われた命に対し、 どのような思いを持っているのか。 「集団的自衛権」を論じると言っているが、 もし、 真摯に英霊に対峙しておれば、 「国民が再度血を流すような方向」に舵を取ることは出来ない。 誠にOOの極みである。


2)大津皇子の死


大津皇子大海人皇子の子であったが, 大津宮では天智天皇に愛されて育った。 風格もよく、 言語明朗、 漢詩文を好むなど学問好きであった。 成長するに従い、 才能が開花していく。 特に文筆に秀でたものがあったという。


683年2月1日、 大津皇子が21歳になった時、 初めて「朝政(ちょうせい:みかどのまつりごと)を聴こしめす」と日本書紀にあることから、 天武天皇政権の中心的な立場で政治の指示を出す役割を持っていた。 


しかし、 天武天皇が崩御した翌月の686年10月2日、 川島皇子の密告によって謀反の疑いをかけられ、 皇子の従者30余人とともに捕えられてしまう。 そして、 翌3日に訳語田(おさだ)の家で自害された。 24歳の若さであった。 これは鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)が自分の実の子の草壁皇子を次の天皇にするためにはかったことだとも言われるが不明。 大津皇子の妃の山辺皇女は裸足で髪をふり乱して駆けつけ同日殉死した。


大津皇子に従って行動していた従者の多くは罪なしとして解放され、 数人のみが伊豆や飛騨の国に流された。 このことからも大津皇子一人を失脚させるための何らかの力が裏で動いていたと推測される。


万葉集には大津皇子の辞世として次の歌がある。 磐余(いわれ)の池の堤にて皇子が涙を流して作った歌とされる。


百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隱去牟
(藤原宮朱鳥元年冬十月)


ももづたふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ
(磐余の池に鳴く鴨を見ることは今日までか。 私は死んでいくのであろうな。)


大津皇子は二上山に葬られた。 伊勢神宮の斎宮(さいくう:いつきのみや)であった大来(おおく)皇女は同母の弟が罪を犯したことから任を解かれ都に戻っていた


姉の大来皇女の歌

うつそみの人なる我や明日よりは 二上山を弟と我が見む


大津皇子が眠っておられるお墓の前で、 奉納太極拳を持参した刀(我土地より取った樫の木で、 友人・居合抜きの達人が制作したもの)と共に舞った


3)高名な神社での宮司さんとの語らい


神社の大広間の庭の見える部屋で、 日本の行く末について語り合った。 


(1)やはり出て来たのは、 日本のリーダー達を嘆く話題


「周りの者達に言わされているのだろうが、 最近調子乗って言いたい放題ですな。」 「何の苦労もなく育った人間の愚かさですね。」 「ここの部屋に連れてきて、 色々意見してやりたいですな。 薹が立ってしまった人間には手の施し様がないだろうが。」など、 ぼやく言葉が色々出て来た。 確かに、 周りに苦労してきたと思われる人物はいなく、 二世・三世の苦労知らずばかりである。 これで国作りとは、 呆れるばかりである

 

(2)理研の呆れる実体と税金の無駄使い


「開いた口が塞がらないとは、 このことですな。 いじめと言う意味では、 日本社会の縮図のようにも思える。」 「そうですね。 彼女もこのような変な団体には見切りをつけて、 ハーバードでも行って、 STAP細胞を作り、 見返してやったらどうでしょう。」 多額の国民の血税を注ぎ込み、 この体たらく。 国の中枢と五十歩百歩の様な気がしてならない。 早急に解体すべきではないか。


(3)現国政の実体では、 教育は出来ない


国の現状では、 全うな教育は成り立ちませんな。 子供達が上を見上げても、 全うな見習うべき大人達は存在しない。」 「そうですね。 日本には、 8万を超える鎮守の森(神社)が存在する。 古に立ち戻って、 国作りを再構築すべきではないでしょうか。 他国に学ぶのではなく、 自国の中に真の姿を見出すべきではないでしょうか。」


→日本の現状が如何に酷いか、 上記の話題だけでも、 わかるであろう。 一人一人に目を向ければ、 日本国民は優秀であり、 その歴史を持っている。 今の仕組みに大問題があることに国民が早く気づき、 いい方向に向かうことを望む。


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。



本日のメッセージ


真善美 貫き通し 清く生く
真の幸福(しあわせ) 光り輝く


公正なる判断を持って物事に対処しましょう。 今日は公正さを問われます。 胸に手を当て、 公正明大に対処して、 意識を正しいものへと集約してください。 正直に道を選び、 周りに迷惑をかけないで、 誠のココロで作業に取り掛かりましょう。 すべてが正しさに集約され、 正しい成長のもとに繁栄が保証されます。 真の幸福の継続は真善美を貫き清く生きるところにあります。


Thackery




Futakamiyama


view of Futakamiyama


torii gateway at Futakamiyama


solar clock at Futakamiyama


graveyard for Ohtsunomikoto


graveyard for Ohtsunomikoto 2


my sword 5


my sword 3


my sword 4


beauty of Futakamiyama at dusk


beauty of Futakamiyama


map Futakamiyama



Futakamiyama map


Futakamiyama map 2


Futakamiyama map 4


summit of Futakamiyama

天の声(280) 日本国の再生(253) 光(246) 故郷(22) 現役寿命(13)

閃き!!!


震災復興 啓示二百三十七』(2014年第十五信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。 


「日本国憲法擁護・改正論議」に接し、 思うこと。
そこから、 生命の重さに対する無感覚・底浅い認識レベルの驚くべき姿が見えて来る。


1)日本国憲法改正


「日本国憲法」を改正して、 一体どこに向かおうとしているのか。 日本丸という大型客船の船長の舵取りは、 日本国民という乗客を安全に目的地へと導くことができるのであろうか。 「集団的自衛権」という言葉の中に「血の臭いがする」、 この問題を論議している人々の身には危険が及ばない「血の臭いのしない安全地帯」で人生を送っている。 この真実を国民は知っているのだろうか。


2)何故国民の税金を使って海外視察に出かけるのか


(1)もし、 自らの考えが適正に確立していたら、 「海外視察」など必要ないだろう。 また、 「思考能力」を持っていないとしたら、 海外視察をしたとしても、 学ぶことはできないだろう。


(2)不信ではない、 「疑う」意味も、 価値もない


「疑う」意味も、 価値もない輩が、 国を動かしている。 そのことを国民の何割が知っているのだろうか。 他国に比べると、 まだ、 ましな部分が多いと思うが、 このような輩に血税が使われていると思うと、 遣る瀬無い


3)僅か100年足らずの人生


僅か100年足らずの人生。 まず、 自らを確立し、 社会貢献への道を歩むと、 皆に喜ばれ、 社会全体も豊かになり、 100年の人生も意味ある、 輝くものになると思うのだが、 何故に「人の迷惑になることを考え、 実行するのだろう。」 しかも、 余命、 10数年位になっても、 他者の迷惑になることをやり続ける。


4)夢ある人物


人気子役でフィギュアスケート選手の本田望結(みゆ)ちゃん」がロシアで、 「ソチ五輪で現役引退したロシアの皇帝といわれたフィギュアスケーター、 エフゲニー・プルシェンコさんと初対面し」、 女優かフィギュアスケート選手のどちらを選ぶか、 という局面に将来直面するという話題に接し、 頼もしくも思い、 また、 「真央ちゃん」のことも思った。 この二人は、 日本が誇りに思える人物であることに間違いない。


「夢ある人物」とは、 真反対に位置する「政界の人々」、 「国民の夢を潰すことだけは止めて欲しいと願う。 しかも、 国民の血税を使って」


今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。



本日のメッセージ


美しい 言の葉踊る 空間に
人は集いて 幸せ受ける


未来の開運は今日の美しい言葉から。 今日のあなたは心清らかで快活な精神にめざめます。 美しい心、 愛にあふれる心の根っこはあなたの未来の幸福へとつながっています。 優しく穏やかで美しい心を輝く言葉につなげてください。 まわりの空間を清らかなものへと導きましょう。 あなたの幸せは心の中にあり、 言葉の輝きとともに「増福」します。 今日の輝く言葉が未来の幸福への夢先案内人です。



Thackery


Naiku Mikedono Ise shrine



Isuzu riverside close to Kazahinominomiya


Tsukiyominomiya shrine 3


beauty of dogwood