天の声(375=1年+12) 日本国の再生(350) 光(343) 現役寿命(110)
閃き!!!
『震災復興 啓示三百三十四(平成28年熊本地震復興第五十一)』(2018年第十信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第十八弾
3月11日は、 2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒に発生した東日本大震災の月日である。 外国の友人から、 心配のメールを受信したことを記憶している。 また、 所属する国家にも復興に関するアドバイスを頂いた。
1) 震災復興状況
震災復興を願い、 当該ブログに『震災復興』を明記し、 今回で「震災復興 啓示三百三十四」となった。
(1) 震災発生当時は、 東日本大震災発生地域を産業振興拠点に変貌させようとの機運があった。 しかし、 理念を持たない復興大臣などの問題があり、 復興が思うように進展していないばかりか、 福島原発が齎した大問題の認識が持てない人物が復興の道を築けなかったという大問題が進行形として存在している。
(2) 今、 森友学園問題で国会が紛糾しているが、 この事も上述東日本大震災復興問題と源は同じである。 国民から吸い上げた血税の使い方が全く分からず、 国家運営の理念を持たず、 信じられない低次元で国家・国民を見ているという事である。
(3) 今回の平昌オリッピックで活躍した若者たちの迫力を見るにつけ、 「国家運営者たちの総入れ替え」により、 日本国の抜本的な変貌を期待したい思いに駆られる。 一般に人材は豊富に存在する。
2) 日本国の変貌を心より望む賢者たちの声
適時頂く賢者からのメッセージ(お二人)
(1)【綜學】現代文明の行き詰まりを救う全体学
◇後の時代になるほど、学者たちが小賢しく分類して分かり難くなる◇
本性(性)が発動して「意」になり、「意」が具体化して「情」が現れます。そして、これら性と意と情が合わさって「人の心」になるということを述べました。この説明で頭の中がスッキリ整理された人もいるでしょうが、何だか理屈っぽくて分かり難いと感じた人も多いことでしょう。
江戸時代初期の大学者であった山鹿素行も、同じことを感じたようです。そこで、理論的に考え過ぎたり、細かく分け過ぎて部分に囚われたりすることを戒めました。性や情は、無理に切り離さないで「心(しん)」の一字にまとめればいいという指摘です。
チャイナの宋代の学者であった朱子も、細かく分ける学者の一人でした。朱子は「心」と「理」を分け、心というものを五感に囚われ欲望に流され悪に染まる感情そのものと見、もっと奥深くにある本性(性)が本体(理)であるとしました。これが有名な「性即理」説です。
これに対して明代の学者である王陽明は、人間的な喜怒哀楽の感情を起こす心こそ本体であるということから「心即理」を唱えました。
そして、山鹿素行は素直に人間を観て、心の中に性も情も備わっているという考え方に立ったのです。孔子などの聖人は、性や情や理や心などの意味を、元々細かく分けてはいなかった。それなのに、後の時代になるほど学者たちが小賢しく分類したため、抽象化されて却って分かり難くなったと。そこで、孔子の教えの原点に戻ろうというのが素行の立場だったのです。
この部分に囚われることなく全体を観、それぞれの言葉の意味を生かしていこうとするあり方こそ、まさに綜學の立ち位置に他なりません。
◇正しい怒りを行動の種とせよ!◇
さて、「意」が「情」を起こし、情が使命感を導けば「志」となります。それが「意志」であり、大和言葉では「真魂(まみたま)」と言います。「ま」は誠・正に・学ぶの「ま」で真理を表しており、真魂は行動する意識のことです。
この行動する意識に至らなければ、勉学も学習も無意味で終わってしまいます。それどころか、どんどん増える知識に邪魔され、益々身動きが取れなくなっていくでしょう。
そういう人に起こして欲しい「情」が、喜怒哀楽の中の「怒」です。ただぼんやり思うだけの状態を打ち破り、すっくと立ち上がる自分を導くのが怒の情なのです。勿論、それは些細な事に対する個人的な怒りではなく、あくまで公憤や義憤といった怒りであるべきです。
が、どうも現代人には不感症が多く、怒があっても小怒や細怒に過ぎず、大怒と言うべき感情に乏しいように思います。正しい怒りを行動の種として、もっと世の中を変えていかなければ、生きていてもつまらないではありませんか。
人生、このまま為すところ無く終わるわけにはまいりません。こせこせ小さくまとまること無く、お互い殻を破って脱皮しましょう。
ときには安全地帯から抜け出すことも必要です。相手に斬られるところまで間合いを詰めなければ、こちらの刀の切っ先は全然届かず、相手を斬ることが出来ません。意志があれば、必要なときにきっと踏み込めるはずと思うのです。
(2)もうお一人の賢者の声
〇 塾では、心を養うために、平凡な日常生活をしっかりと励むことを最大の研修方法としています。普段の生活の中で、「他人を思いやり、他人に迷惑をかけない行動」を心がけるだけで、人は生まれ変わることができると確信します。
“凡事徹底”という言葉は、「生活を励む」ことと同じ意味です。普段の生活は、平凡の繰り返しです。平凡な日常生活は、私達の人格を磨く、最大の道場であります。
「厳しさの時代」に求められるものは、一人一人の人間的な強さ、すなわち”強い人間”である。もとより、”強い人間”とは、体力や腕力の強さではない。精神的な強さ、心の強さ、それが”強い人間”の意味するところである。 ”強い人間”、すなわち、”強い心を持った人間”になるためには、まず、何よりも自立することである。自分のことは自分でする、その当たり前のことができる人である。
〇 人に頼るのではない、自分の生活は自分でなんとかする、自分の会社は自分でなんとかする、すべて、自分の足で立つ。それが、”強い人間”の第一の条件である。
〇「若者の怒りが改革のエネルギーになる」と私は確信している。もしその表現に、より正確を期するならば、「大局観を持ち、正義感に基づく若者の怒りが世の中を変える」となる。
若者は、現実の枠組みに安住してはならない。現実の枠組みに自分をはめ込むような処世術に生きてはならない。現実社会は矛盾に満ち満ちている。君たちは目を見開き、激しく怒らなければならない。
〇今こそ、「まず、本物は必ず生き残れる」と信じることだ。
その次に、「本物に生まれ変わろう」と決心することである。
そして最後に、「それでは本物とは一体何だろうか」と考えることだ。
「特別な方法などありえない。誰でもが知っている当たり前のこと、誰でもが当たり前と思っていることを、徹底してやりきることができること」が、本物に生まれ変わる道である。
⇒ 賢者、 お二人のメッセージをご紹介した理由は、 現状打破の必要性をお考えになっている方は他にもいらっしゃるという事を伝えたかったものです。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇本日のメッセージ
清らかな 思いが開花 魂磨く
人は集いて 理想実現
実力発揮することは、あなたの魂を磨くことです。 今日の能力を存分に発揮してください。 あなたに与えられた使命は貴重でまわりの期待を一身に浴びています。 素晴らしい考え方のひとが集いあなたの理想を実現へと導きます。 あなた自身を信頼してください。 あなたが素晴らしい存在です。 ご縁がまた次のご縁を結びます。 人さまの助けとなるよう懸命につくしてください。 最後にはあなたのご褒美が素晴らしいご縁となって具体化します。 大きな清らかな力に必ずつながっています。
Thackery
牛子華画伯の絵画(善通寺画の一部)
天の声(374=1年+11) 日本国の再生(349) 光(342) 現役寿命(109)
閃き!!!
『震災復興 啓示三百三十三(平成28年熊本地震復興第五十)』(2018年第九信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第十七弾
1)山水画の巨匠・牛子華画伯との出会い
医療の友の紹介で、 山水画の巨匠・牛子華画伯に出会うことになった。 友人が載っている医療観光関連記事を示したところ、 ちょっと待って下さいと言って、 「牛子華山水画集」を持って来て、 私の名前を黒墨の筆で書き始め、 ご自分のサインを達筆で書かれた。 予期せぬ事の始まりだった。
その後、 自己紹介をし、 息子たちも「絵画が得意」ということを伝え、 結果、 翌日再訪し、 息子3人の絵画を見せ、 お褒め頂いた。 私自身、 芸術に対しては殊の外強い興味と縁があるので、 牛画伯との出会いは運命的なものと心得ている。
普通、 作品展での写真撮影は禁じられているが、 一番気に入った絵画の撮影許可を快く頂いた。 それは、 四国八十八ヶ所霊場の75番札所善通寺の絵画である。
四国八十八ヶ所霊場の75番札所善通寺
今後引き続き、 部分カットの絵画をご紹介するので、 ご鑑賞願いたく。
⇒ 牛子華画伯のYouTubeご参照(傑作を真近に見る事が可能)
https://www.youtube.com/watch?v=UQZpgvA80lQ
この四国八十八ヶ所霊場の75番札所善通寺の絵画は1年かけて完成したと言う。 四国遍路巡礼者たちを描く精密さには息を呑む感動がある。
※牛子華先生の「絵画の遍路」(“炎の里日記”より抜粋): 日本の一部の地方には、「遍路」という伝統がある。 それは、もともと一種の仏教信仰に基づく、聖地を巡って礼拝しながら心身の修練を行う旅であり、なかでも四国の「八十八ヶ所霊場遍路(以下、八十八ヶ所遍路)」は最も有名である。 「四国遍路」は、四国出身の弘法大師・空海と縁がある。 千二百年、空海は、仏法を修得するために命をかけて唐に渡り、長安の青龍寺の恵果和尚門下で密教を学び、帰国して日本仏教の真言宗を創立したのである。 四国は空海の故郷なので、空海逝去後に人々が相次いで四国まで足を運び、空海の「霊跡」を訪ねて参拝し、心身を修練したため、次第に遍路の伝統が形成された。 後に、四国遍路の場所は八十八ヶ所霊場として確定し、これらの寺院は、それぞれ空海大師の「発心」から「修行」、「菩提」、さらに「涅槃」までを代表する道場と見なされている。 四国遍路の道程は全部で千四百キロに及び、しかも四国は山が多くて辺鄙な土地でもあるので、八十八ヶ所を歩き通すことは、一種の苦行であると言ってもよい。 しかし、このような苦行を通じて、心の汚れを洗い清め、意志を鍛えあげ、心の境地を高めることができるのである。 仏教では、しばしば「因縁とは不思議だ」といわれる。 空海が修行した長安、今の西安市で一人の画家が育てられた。 愛媛在住の中国人画家・牛子華先生である。 先生は、空海を敬慕してやまず、中国の伝統的水墨画法を用いて、四国遍路の八十八ヶ所霊場を描くことを志し、四国の地に移り住まわれた。 その後、長期に亘る苦労を黙々と積み重ね、遂にこのたび創作の大半を完成されたので、その一部を公開することとなったのである。 牛子華先生はすべての寺院を描く前に必ず現地へ足を運び、実際に自分の目で見て写生をし、構想を吟味したうえで創作を行った。 こうした丹念な創作を通じて、数々の絵画は奥深い画境を呈し、人々を引きつけて夢中にさせることが可能となったのである。 これらの作品は、いずれも精巧緻密な作画、心血を注ぎ込んだ努力によって完成したものである。 しかし、その先生が実は経済的に恵まれず、制作費にすら事欠き、霊感を得るために現地で創作するとき、車の中で服を着たまま長い夜を過ごしたことを、誰が想像できようか。 牛先生は、こうした清貧に甘んじて、自分の人生の中で創作意欲が最も旺盛な時期に、崇高な志を抱き事業に邁進した。 彼の「遍路」の長い旅路はいつしか17年を過ぎたが、苦しい旅路はこれからもなお遠く、少なくともさらに数年の時間を要するであろう。 牛先生の創作事業はまさに「絵画の遍路」と言えるであろう。 古代から現代まで画家は数多くいたし、四国遍路を旅した人は更に数え切れないほど多い。 しかし牛先生のように貧困に安じて自ら信じる道を進み、理想の実現を目指して諦めることなく、ひたすらやり通している「画家お遍路」は何人いるだろうか。 もしも、天国にいる空海(弘法大師)が地上のことを分かっておられたら、牛先生のこうした壮挙に深く感動しておられるはずである。 中国仏教協会会長であった趙朴初居士は生前、「仏教は日中友好関係を結びつけたゴールデンベルト」と言われた。 牛子華先生は仏教徒ではないが、清浄な心を持っており、だからこそ、彼の画筆によって、数多の古刹静まりかえり、山河が麗しい仏の国を表わすことができたのである。 「字は人を表す」とよく言われるが、実は絵画もまた人を表すのである。 牛先生の絵画に表れた清浄な美しさは、まさに先生の清水のように澄んだ心を表現したものである。 牛先生の人柄は、正直、純朴、謙虚、温厚であり、巧言令色とも無縁、身勝手で高慢な芸術家風を吹かせることも一切ない。 それ故に、周囲の人々から深く敬愛され、私たち、愛媛在住の中国人たちはみな親しみを込めて「牛老子(ニュラォシ)」と呼んでいる。 牛子華先生の創作には、もう一つの深い意図がある。 それは日中友好への願いである。 四国遍路は空海と縁(ゆかり)をもち、その空海はまさに日中の文化交流と友好の象徴的存在である。 牛先生の作品は、この空海に対する心のこもった記念品でもあるのだ。 今回、展示された作品には、青龍寺を描いた二つの絵巻がある。 一つは西安市の青龍寺であり、もう一つは高知県の青龍寺である。 実は、西安の青龍寺には空海の像がまつられ、高知の青龍寺は空海の師の恵果和尚を偲んで建立されたのである。 牛先生の絵巻によって、この二つの青龍寺が一つの場所に集まるのは、日中関係が冷え込んでいる現在、意味深いことである。 絵巻に託された日中友好への願いは、まさに牛子華先生の菩薩のような慈悲心を示しているのである。
2)息子たちの絵画
長男 小学3年生のときの絵画
次男 小学1年生のときの絵画
三男 19歳(建築科に所属)のときの設計図
将来、3人の子供たちと一緒に牛子華画伯とお会いし、 絵画・芸術・人生について、 語り合うことが楽しみである。
3)前回ご紹介した「われわれは世界を感じとる度合に応じて自己を感じとる」
この「われわれは世界を感じとる度合に応じて自己を感じとる」は、 正に牛子華画伯(=世界)との出会いであり、 画伯の絵画を通じて、 また、 今後の交流を通じて、 自己の世界を掘り下げたく思っている。 四国八十八ヶ所霊場、 空海、 絵画、 芸術などに通じるご縁で深く繋がっていることに感謝すると共に、 人間力向上に向け精進していきたく。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇本日のメッセージ
心一(いち) 力団結 道拓く
光り輝く 未来創造
心一つにして団結しましょう。 あなたの周りの力を結集しましょう。 創意工夫して、一人ひとりの力を団結させましょう。 今日の前進は大切です。 進むことで未来が変わります。 光をいただき新鮮な心で、成就への道をひらきましょう。 あなたの総力は価値あるものとして周りから評価されます。 本氣・本心で完成へと歩みましょう。 今日の心が大事です。 全てが上手く運ばれます。
Thackery
天の声(374=1年+10) 日本国の再生(348) 光(341) 現役寿命(108)
閃き!!!
『震災復興 啓示三百三十二(平成28年熊本地震復興第四十九)』(2018年第八信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第十六弾
今の話題は、 オリンピック(平昌)。 全競技者は核に真実を持つ。 真実は人の心を打つ。 虚偽に塗れている人と比較すると、 輝きは太陽に近いものがある。
全競技者にお聴き願いたい歌がある。 それは、 栄光の架け橋(ゆず) YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=zEiBNdgHPjw 。
1)競技者の色々な想い
(1)トンガ代表ピタ・タウファトフア選手(Pita Taufatofua)
5歳の時にテコンドーを始める。 トンガの高校を卒業した後、オーストラリア(母はオーストリア人)へ渡り、ブリスベンの大学に通う。2000年卒業。 現在もブリスベンに住み、家の無い子ども達の自立を援助する施設で働いている。
⇒ 「家の無い子ども達の自立を援助する施設で働いている」ということもあり、 恵まれない子供たちに対する強いメッセージを持っている。 「雪とは無縁だったにも拘わらず、 練習開始1年半足らずで、 平昌オリンピックのノルディックスキー距離の選手に選ばれ、 何事も強い気持ちで臨めば可能となる」という事を子供たちに伝えたかったとのこと。
⇒ 彼自身のメッセージ。 「僕たちのあたたかさは内側からやって来るもの」 「みんな寒さを心配していたけれど、僕たちのあたたかさは内側からやってくるものなんだ」と名言を残し、「有名になることが目標なんかではない」と断言。 次の通りに胸のうちを明かしていた。 「己の名声のため、有名になるためだけになにかをするのは、とてもつまらないこと。 もっと大きくて、永遠に続くなにかのために行動したい」
彼がテコンドーからクロスカントリーに鞍替えしたのも、トンガの若者たちに挑戦する姿を見せたかったとのこと。 「トンガはラグビーが強いけれど、それだけじゃないはず。 みんなに、他の数多くのスポーツでも成功できることを知ってほしかったんだ。」
タウファトフア選手は7人兄弟だが、4、5歳のときに12歳の姉をガンで亡くしたという。 『The Guardian』で彼は、その悲しい経験から、人生を最大限に楽しみ、不可能だと思えそうなことにもチャレンジする姿勢を学んだとも話しているのだった。
(2)日本の競技者たちの想い
金メダルを獲得した羽生結弦さん、 小平奈緒さんたちを先頭に、 多くのメダリストたちが大活躍している。 十分な報道があるため、 ここでは触れない。 只、 羽生結弦さんは神に近い存在にあるように思える。 ファンたちも、 神社に参拝し、 羽生さんの勝利を祈願していた。
(3)日本の競技者たちの自己練習環境
漏れ聞こえて来る情報から推察すると、 資金的には個人負担となり、 一部のスポンサー援助を除き、 必要経費調達は相当大変な状況にあるようだ。 国民に与える好影響を考えると、 国からの援助も計画的に予算組みする必要があるのではと思う。
2)好成績者への待遇
好成績者の人間力は相当なものであり、 国の貴重な人材である。 スポーツ以外の分野での活躍の場も提供出来る斟酌も必要である。 特に、 国をリードする分野に於いて。
3)「人類最古の文明の詩(大岡信著)」に触れて
私の心に鋭く突き刺さったメッセージがある。 「われわれは世界を感じとる度合に応じて自己を感じとる。」
上記の言葉は「人類最古の文明の詩」に触れたことのある詩人から発せられた深い見識である。
更に、 続く。 「言葉は発明できるものではない。 言葉は発掘することによってしか新しい生命をそれに与えることはできないのだ。 言葉を発掘するということは、 いうまでもなく、 言葉が内に蔵している、 すぎ去った歴史や、 歴史を形造っていた自然や社会の体臭を、 新しい人間の嗅覚によってかぎわけ、 それをぼくらの生活の中へ置きかえることであり、 従ってわれわれの記憶内容を豊かにすることである。 だからこそ、 発掘は創造と一致するのだ。」
⇒ 「われわれは世界を感じとる度合に応じて自己を感じとる。」: 自己を感じるということは、 取り巻く環境を感じ取る度合に応じて、 可能となる。 その環境とは、 歴史であり、 世界全体であり、 宇宙である。 二十歳のとき完成した、 実体→価値→実行の弁証法哲学と一致する。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇本日のメッセージ
信念を 強め敬神 報いある
聖なる処 神威呼び込む
あなたの信ずる力を強めてください。 信じる心を備えてください。 神社に参拝して、熱心に敬神する美しい姿を実践してください。 あなたの深い信仰心は必ず神さまに通じます。 信じて敬う心が真摯(しんし)であればあるほど、より緻密なご神意が届きます。 神恩感謝の深まりとともに、あなたの天命が降(くだ)ります。 あなたの信ずる力を強めてください。 その力に応じてご神威は増していきます。 聖なる場所、聖なる時間を大切にして、今日の祈りの姿を固めてください。
Thackery





