天の声(384=1年+21) 日本国の再生(359) 光(352) 現役寿命(119)
閃き!!!
『震災復興 啓示三百四十三(平成28年熊本地震復興第六十)』(2018年第十九信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第二十七弾
社会の狂気に接し、 思う事。
1)至る処に狂気が
① まず、 高い(一般的に、 真実は地に落ちている)処、 国家運営所
これ程までに、 言葉の冒涜を犯している処はない。 事実を平気で折り曲げ、 自らの人格レベルに押し下げ、 平気に暮らしている。 国民の金を使って。
② 教育の場
上記①の環境下で、 如何なる教育が出来るのか。 例えば、 道徳教育、 それを強いられている教員が可哀そう。 子供たちは知っている。 大人の世界を。
➂年金の運営
国民に不確かな情報提供をさせ(手書きでは正しく伝わらないシステム)、 それを機械が読み違え、 結果として間違った年金が国民に届けられる。
④ 子供の命
親が奪う狂気。
⑤ 煽り運転
公の路上に狂気が一杯。 世の中でそれなりに生きてきた老人たちが若者を轢き殺している。 加齢による過ちでは済まされない。
⑥ 振り込め詐欺
若者たちが老人から財産を騙し取っている。 殺人に近い悪行。
⑦ 諸々の狂気は、 上記①と繋がっている
誰が正していくのか。 それは生活している国民自身である。 何故か、 国を支えているのは国民の血税によるものだから。
2) 賢者からのメッセージ
【綜學】現代文明の行き詰まりを救う全体学
◇人間の本性はどちら? 性善説と性悪説◇
中国思想の特徴の第五は、多面的人間観を持っているということです。 性善説と性悪説の双方を兼ね備えることで、人を善・悪どちらか一面に固定させません。 善い面と悪い面の両方を、多面的に観ているのです。
誰にでも、困っている人を見たら放っておけない「仁の心」があります。 目の前の人を見捨てるわけにはいかないと思う心に基づくのが、人間の本性を善と観る性善説の人間観です。 これを唱えた代表的な思想家が孟子です。
その一方で、人間にはダメな人を蔑んだり、弱い者をいじめたり、モタモタしている人間に怒りを感じたりする一面があります。 あるいは、嘘をついて人を騙し、平気で悪事を働き、社会の安寧を壊してしまう悪の性質を持っています。 この、悪を為す人間性を直視した観方が性悪説です。
チャイナでは、春秋時代から戦国時代に入って下剋上が激しくなりますと、社会の秩序は益々乱れていきました。 やがて儒家の中に荀子(じゅんし)という思想家が現れ、乱世を背景に性悪説を主張しました。
荀子は「人の本性が悪であることは明らかだ。それなのに社会が善を保っていられるのは、よく治まるよう人々が努力するからである」と述べます。 人間はそのままでは乱れて(悪となって)しまうが、秩序を維持するよう人為(じんい)に努めれば、社会の安寧は維持されるという考え方です。
人為は、調和のために人が意識して努力することです。 その行為を「礼」と呼びました。礼の旧字は「禮」で、「示」は祭壇に備えられた肉から血が滴り落ちている様子、「豊」は神前の祭器に豆を盛り付けた様子です。
つまり、お供えを上げて、ご先祖や神々をお祭りするのが礼なのです。 言い換えれば、心を形に示すことが礼であり、ご先祖や神々を敬うのも、その一つとなります。
それから、感謝の心を会釈や謝辞(お礼の言葉)で示すことや、敬愛の心を丁寧な態度やもてなしで表すことも礼です。 そうして礼法が整い、「こうすれば、こういう気持ちが伝わる」という、礼の通用する範囲が文化圏として形成されてまいります。
また礼は、それに外れると「恥ずかしい」という感情を起こさせます。 挨拶を忘れる、お礼を言えない、お詫びの一言もない、などということになると、礼儀知らずの未熟者と思われてしまって恥をかきます。 普通の人間ならば、恥知らずと思われたくありません。 この恥の心が、秩序を乱す悪に対する歯止めとなって、世の中を平和に治めることになります。 これを「礼治」と呼びます。
一番の理想は、人徳で治める「徳治」にあります。 でも乱世になると、殺すか殺されるか、騙すか騙されるかという、暴力と不信が蔓延(はびこ)ってきます。 そこで徳治に準ずるものとして礼治が唱えられたわけです。
さらに、恥を恥とも思わない世の中になりますと、礼治も効力を失ってしまいます。 学校の給食費であれば、我が子の食事にかかる費用なのだから納めるのが当然であり、感謝の心と共に納入するのが徳治。 本当は払いたくないのだが、未納入は親にとっても子にとっても恥ずかしいから渋渋ながらも支払うのが礼治。
問題は恥知らずです。恥も外聞もなく「頼んだ覚えは無いものは払わない」と決め込んで、ワガママを通そうとする輩がいます。 そういう者に対しては、ルールによってペナルティを科すしかなくなります。 法と罰です。 それが「法治」であり、その大成者である韓非子について、次に述べていきましょう。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇本日のメッセージ
清らかで 聖なる祈り 道照らす
不動の心 爽やかな朝
今日のあなたの祈りは清らかで聖なるものです。 あなた自身と神さまとのつながりが具体化しています。 祈りの後、静寂の中に響く聖なる声を確認してください。 具体的に書き留め、行動への準備を始めてください。 指針が決まります。 使命として受け止めてください。 人は神通力をいただき、ご神氣のなか行動に移せる瞬間が訪れます。 迷う必要はありません。 与えられた情報を、与えられる力のままに発心して行動してください。 ご神氣に照らされた陽光の道は拓かれました。
Thackery
天の声(383=1年+20) 日本国の再生(358) 光(351) 現役寿命(118)
閃き!!!
『震災復興 啓示三百四十二(平成28年熊本地震復興第五十九)』(2018年第十八信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第二十六弾
教育界の乱れに接し、 思う事。
1) 世の中を律する手立てを失った社会
1年以上も停滞した国会。 一日に要する国会運用費用は約3億円から4億円と言われており、 「国会には重要法案の審議時間は100時間超、一般的な法案は30時間程度といった暗黙の了解がある。」と言われている。
仮に130時間、 130 ÷ 8 = 16日として、 16 x 4 = 64億円、 仮に法案が10本あるとして、 計640億円。 国民の血税を使い、 真面な法案も成立しない。
この国の乱れ様が一般社会にも蔓延しており、 収集がつかなくなっている。 本来ならば、 世の中の乱れを監視し、 律していくのが国家運営者である。
2) 一般人の中には、 8割がた、 正常な人がいるのではないだろうか。
その一般人が社会を律することの出来るシステムが必要な気がする。 経済的にみても、 その一般人の経済行動が経済成長率に貢献している。
一般人でない輩(経済的苦労を知らない人々)が万人のためになる社会システムをと言っても、 実現するはずもなく、 源となる発想そのものが存在しないのである。
3) 嘘発見機が使用されない訳
ひと昔前、 「嘘発見機」という言葉が存在し、 使用されていた。 「嘘発見機」が最も必要な今、 姿を消している。 「忖度」がなされているのだろうか。 AI技術が発達した今、 精度は相当上がっているはずである。
⇒ 「嘘発見機」から生まれた発想。 国家運営という国民の人生を左右する仕事をする人物たちの適性をチェックするため、 AIロボットに「国家運営」の正しい考え方・あり方を教え込み、 各国家運営者並びに官僚(地方行政運営者も含む)と面接させ、 合否を判断させては如何であろうか。 そうしないと、 国が滅んでしまうような気がする。
4) 知恵者からのメッセージ
【綜學】現代文明の行き詰まりを救う全体学
◇自分が変わらなければ国は変わらず、天下も良くならない…◇
中国思想には、いくつかの特徴があります。 それらを知りますと、思想の全体像を掴めることになります。
その第一は、今述べた通り経世的、現実的であるということです。 例えば『論語』に、「民から信頼を受けることなら出来るが、民に情報をしっかりと知らせるのは難しい」と書かれた箇所があります。 指導者が民衆に対して、自分という人間を信じて貰うことは可能だが、伝えたい内容を細かく知らせるのは不可能に近いという意味です。
確かに役所などが市民に何かを告知する場合、広報紙やホームページなど、いろいろな媒体を使って繰り返し伝達に努めていくのですが、いざそれが実施される場面になると「そんな話、聞いてないよ」とか、「いきなり言われても困るじゃないか」とかいった反応が返ってくるようです。
その伝達役が議員なら、街頭演説や政治報告会、SNS、あるいは地区を足で回って啓蒙します。もうこれ以上、お知らせする方法が無いというくらい尽力するのですが、やはり「知らなかった」という反応が多いことに、いつも苦労させられるのだそうです。
でも、人間を信じて貰っているならば、「細かい点までは分からないが、あなたがやろうとする事ならば賛成するよ」という返事を頂くことが出来ます。 だから、何よりも信頼関係が重要になるわけです。
そもそも「民」は、天下国家の本体です。 常に民を意識することで、経世的かつ現実的であろうとするのが中国思想の第一の特徴なのです。
第二は、自己確立から入るということです。 儒学の経典である『大学』に、「修身斉家治国平天下」という言葉があります。 まず身を修め、家をととのえ、国を治め、天下を平和にするという意味です。 『大学』には、この逆も書かれています。 「平天下」のためには「治国」が、「治国」のためには「斉家」が、「斉家」のためには「修身」が必要であると。
こうして、修身や斉家という自己確立から始めることで、治国と平天下が達成されていくのが儒学の基本です。 自分が変わらなければ国は変わらず、家庭が円満でなければ天下も良くならない。 それが、中国思想が教える指導者の心得という次第です。
第三は、「天」の思想です。 天は、「人(=大)」と「一」を組み合わせた漢字です。 「一」は、人の頭上にあるものを示しています。 即ち人の上に存在する大いなるものが天であり、人と天を結ぶことで東洋人は成長していきます。 この考え方によって、中国思想は偉大さを増しました。
孔子の後継者とされる孟子は、「自分の本性や個性を知れば、天の意志を知ることになる。 我が本性や個性を養うのは、天の期待に応えるためである」と教えています。 この自分の本性を「天性」と言います。 天性は、天から頂いた我が個性のことです。
もしも天の意志を知りたければ、自分の本性・個性を知るのが一番の方法です。 本性や個性は天分とも言い、天から頂いた「我が持ち分」が天分となります。
⇒ 「国家運営者」の姿勢を問うと同時に、 「国民自らの姿勢」も問う必要があるようですね。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇本日のメッセージ
平凡な 些事(さじ)に魂 込めながら
誠心誠意 王道歩む
誠心誠意の心根(こころね)で、本領を発揮しましょう。 日々継続される作業は、とても大切です。 継続の中にご神氣は宿り、継続の中に奇跡は生まれ起きるのです。 平凡な些事(さじ)にも魂を込め、の心根で物事に取り組み、完成を目指しましょう。 倦(う)まず弛(たゆ)まず、日々努力する事こそが、神さまの喜ばれる姿であり、あなたの本領を発揮できる王道なのです。 コツコツと今日の使命を果たし、積み重ねていく努力を楽しみましょう。
Thackery
天の声(382=1年+19) 日本国の再生(357) 光(350) 現役寿命(117)
閃き!!!
『震災復興 啓示三百四十一(平成28年熊本地震復興第五十八)』(2018年第十七信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
真実を核に置き、 「この世界の矛盾」を解いていきたい。 第二十五弾
日本社会の乱れに接し、 思う事。
1) 厚顔無恥
記者会見で、 国民を前にし、 「厚顔無恥」でよくもまあ言えるものだなあと言うのが、 正直な話。 このような人物が望ましい「教育」など出来るはずもない。
国民に影響力のある「コメンテーター」(学者から官僚経験者等様々)の発言。 体制に阿る(おもねる)ものだったり、 理念・哲学が無いものだったり、 様々。 テレビ局そのものの問題だったり、 全て「今日の日本社会の乱れに繋がっている。」と、 考える。
その中で、 最も懸念されるのが安全保障。 「日本も核を持つ必要がある」等と言い出したら、 お仕舞い。 「世界平和」等という理念はもうそこには無い。 物質のみが存在し、 そこに正常な精神は存在しない。
2) 坂本龍馬心酔者との出会い
坂本龍馬は、 天保6年11月15日(新暦・1836年1月3日〉に生まれ、 慶応3年11月15日(新暦・1867年12月10日)に、 宿にしていた京都河原町の蛸薬師で醤油商を営む近江屋新助宅母屋の二階で暗殺された(当時満31歳)、 江戸時代末期の志士、 土佐藩郷士。
坂本龍馬心酔者は元高校教師(陸上部監督)で、 坂本龍馬の辿った道を自分の足で歩き回っておられる。 東日本大震災の時は、 援助に駆けつけ、 避難所となっていた学校で援助活動をしていたとき、 被災者からは「当初、 不審者扱いをされていたが、 それでも極寒の川で体を洗う等、 必死に援助していたところ、 学校の生徒から『この人は本気で援助活動をしている』との噂が広まり、 最終的には受け入れられた。」とのこと。
この元高校教師の体を張った生き方に感銘を受けた。 2種類の名刺を頂き、 大切に保管している。 ここで言いたい事は、 心の中に「歴史を動かし、 歴史の礎となった偉人の精神」を持つことの意味・重要性と、 現在の世の中の精神の荒廃振りである。 今の時代に模範となる人物が存在しない場合は、 歴史の中に見出すのも、 一つの知恵ではないかと思う。
3) 自立
個人の自立から国の自立等、 人間にとって重要な成長ステージにリーダー不在、 構成員不在等、 最悪の環境下にあるような気がする。 日本の未来の年齢構成の問題もさることながら、 自立無き環境に国の発展は望めない。
4) 知恵者からのメッセージ
◆中国思想概論◆
◇インドは宇宙的、 チャイナは政治的、 日本は綜合的◇
本章では綜學の各論として、中国思想と仏教思想について述べます。 まず中国思想からですが、既に武士道のところで朱子学などに触れています。 ここでは中国思想の全体像を、概論的に解説することにします。
同じ東洋の思想でも、インドの思想とチャイナの思想とでは、その基盤に大きな違いがあります。暑さ厳しいインドの場合、現世を厭う気分が生じ易くなります。 そのため、人間社会を飛び越えて思想が宇宙に拡大されたり、一転して意識が自己の内側(内なる宇宙)に向かったりします。
厳しい現世から救われたいという、「解脱」を求める気持ちが起こるのも同じ理由からでしょう。 俗世の束縛から解放され、迷いや苦しみから脱出することを解脱と言い、それがインド人の人生最大のテーマとなりました。 つまり、目の前の現実を超越し、内面・裏面を強く追求する「裏観」が働き、宇宙的で超現世的な傾向を持つようになったのがインド思想の特徴というわけです。
それに対して中国思想は、政治的・社会的・現世的な性格が目立ちます。 広い大地に黄河や揚子江が流れるチャイナでは、大河の氾濫を鎮めることが第一の課題となりました。 治水なくして人民の生存は有り得ず、そのために必要となるのが、強固な統治力と、それを行使する統治者でした。 従って、常に政治がテーマとなり易く、思想自体が政治性を帯びることになるのです。
そうして政治が前面に出れば、地位や名誉、権力などへの関心が高まり、それらを手に入れようとする野望が強まります。 名利に敏感な「表観」が大きく働くのは当然でしょう。 名利を否定しているはずの裏観的な老子の思想ですら、政治への積極的な発言が見られるほどです。
その強固な統治力への希求は、チャイナに「一人の天子」という存在を生み出しました。 天子は、この地上世界でたった一人、天と結ばれた存在です。 天の命ずるところ(天命)によって、この世の支配者となる人物です。 人民は、この天子を通して天と繋がることになります。 この点、インドはどうかというと、一人ひとりが宇宙と結ばれます。 それを「梵我一如」と言います。 「梵」は宇宙の真理、「我」は自己の内なる真理です。 両者は一つに結ばれているというのがインド人の考え方であり、そのためにヨガなどの修行が起こりました。
また、チャイナは政治的な国ですから、歴史と年号の記述がしっかりしています。 インドは宇宙的な国ですから、チャイナほどには歴史を記録しません。
では、我が国の思想はどうかというと、日本思想には綜合的な性格があり、外来思想をよく受容し日本化させてきました。 儒教の日本儒教化、仏教の日本仏教化がそれです。 チャイナでは指導者層の思想であった儒教を、国民全体の道義心を育成する思想に変えました。 インドでは否定と諦観(あきらめ)の思想であった仏教を、現世を肯定し国体(国柄)を鎮護する積極思想に転換させたのです。
それから、ミナカ(中心)を尊ぶことや、タテイトの連続性を重んずること、大きな和(輪)を求めることや、その大和(だいわ)を言葉で起こそうとすることなども日本思想の特徴です。
このように、インド思想には宇宙的、 中国思想には政治的(現世的)、 日本思想には綜合的であるという、それぞれの特徴があります。 その上で、三者に共通している思想が「共生」であるということを申し添えておきます。 インドでは梵我一如という宇宙と自己の共生思想が、チャイナでは陰陽論における二極共生思想が、日本には「お陰様」や「お互い様」という自他共生思想があるのです。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
〇本日のメッセージ
発揮する 力に合わせ 世は動く
難事取り組み 世と人のため
難度の高い事象に取り組んでください。 今日のあなたが発揮できる能力は、高度なものが保証されています。 脳も活性化し、体力も充実しています。 大きく羽ばたいてください、あなたに任された範囲は広く、期待値も高くなっています。 実力を発揮するのは今です。 世のために、あなたの培った力を発揮してください。 その力は才分として評価され、大きく広がっていきます。 難しい事象でも必ずクリアーできます。 見事に今を活かしてください。 最善の結果が待っています。
Thackery






