宇宙(12)
若者達は、 ええっ、 縄文時代と思われるかも知れない。 今の時代を捉えるために、 視点を古に置こうというものである。 そこに日本人の原点があるとしたら、 耳を傾けてみようではないか。 わかりやすく言えば、 お母さんの胎内に戻るようなものである。 私も若いときは、 まず海外に飛び出した。 私はアメリカ派ではなく、 ヨーロッパ派であった。 当時は国際学生証を持ち、 美術館廻り等も安くできた。 ドイツ・ミュンヘンの街角に立ったとき感動した。 両手でフレームを作り、 街並みを眺めると、 ひとつの絵画として目に映った。 また、 美術館には原画が柵もなく自由な雰囲気の中で展示されていた。 そこには欧州文化があった。 彼らも現在問題なく人生を送っている訳ではない。 時代の錆びに苦悩している部分もあるだろう。 でも社会福祉の分野では、 北欧、 特にスウェーデンがうまくいっているという。 他国の成功例を学びながら、 自分たちの国を良くしていこうではないか。 勿論、 外国から日本にやって来、 日本の文化に魅せられ、 日本人以上にその伝統文化(例えば染めもの)を勉強し、 生活している方々もいる。 外国人も含め、 日本再生に興味を持つ方々にオープンにし、 日本の国作りに向い、 前進していきたく思っている。
― - - つづく
宇宙(11)
時代の流れのリセット。 中国古武道の達人、 居合い抜きの達人と私の三人で緑多い公園の中で歓談していたとき、 時代の流れのリセットという発想が生まれた。 食の貧しい時代の話、 精進料理しか食べていない修行僧が雪山を猪より早く駆けるのを見た話、 茸(きのこ)さえ避ければほとんどの植物は食べられる話等々、 自然回帰につながる話題の数々であった。 今正に誰もが自然の中の生活に戻ることを望んでいると、 感じた。 現政権は今何を望んでいるのだろうか。 「国民の皆様のために」を連呼している。 それは大変結構なことだ。 しからば、 「自然回帰」資金なるものを設け、 各種問題を解決すべく、 億円単位(庶民感覚の千円単位の気軽さで)で血税を投入している中で、 国民のためになる提案を国民より募集し、 純粋に国民志向のプロジェクトを立ち上げてはどうだろうか。 「自然回帰」に貢献する識者は国民の中に数多存在すると考える。 後期高齢者呼ばわりされたシルバー層の中にも。 少子化問題等と机上で考えるのではなく、 子供、 両親、 祖父母のパワーを一つに収斂させ、 全世代一体の人生設計を皆で生み出していくべきではないだろうか。 その発想をするとき、 前回も述べたように、 稲作が始まった「縄文時代の発想に立つのが、 一番わかりやすい。」と考えるのである。 100年未満に起こったこと、 或いは腐敗したことを、 その時代枠の中で考えても、 抜本的な解決にはならないと思う。 大きく原点に還れである。 それは決して難しいことではない。 人間は「超未来のこと」が考えられるように、 「古の時点」に頭の中で還ることは可能である。
― - - つづく
宇宙(10)
神社のイメージから、 何を連想するであろうか。 実は、 自給自足という観点から日本の歴史を振り返ってみると、 そこには稲作が見えてくる。 伊勢神宮の外宮と内宮との間に位置する神宮徴古館・農業館には、 稲作を含め、 日本の自給自足の有り様を物語る全ての資料が展示されており、 正に今に言うエコの原点がそこにある。 日本の最古の水田址は縄文時代晩期水田址で、約2500年前と言われている。 僅か2000年前には自然が豊かにあり、 海の幸、 山の幸を享受しながら人間らしい生活が営まれていたのである。 現在の非人間的な社会を嘆くよりも、 まだ残されている自然を大切にし、 エコを中心に置く国家像を描いてみてはどうだろうか。 確かに個人レベルでは、 農業回帰への流れは起きている。 しかし、 個人レベルでは限界があり、 社会逃避の中で細々という感は否めない。 農業・漁業・林業を国家プロジェクトで全体像を示すことによって、 国民の合意は十分得られると思うのである。 地球の危機が叫ばれている今、 日本から農業・漁業・林業に関するエコ提案を世界に示すことによって、 各国から注目され、 地球上全 体の活性化につながると思うのだが、 如何であろうか。 勿論、 エコ提案に合わせ、 平和に関するもの、 経済システムに関するもの、 人間の生活を構成する全システムをひとつのパッケージとして纏め上げ、 人類の将来を展望するダイナミックなフレームワーク作りに着手してはどうだろうか。
― - - つづく