天の声(124) 散歩(124) 日本国の再生(97) 光(90)
閃き!!!
『震災復興 啓示八十一』(2012年第三十一信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
「福島原発近距離の避難住民の方々のライブ映像」(2)に接し、 思うこと。
1)この映像を流し続けることはできないものか
ふるさとを奪ったのは、 「東電と国」以外の何物でもない。 これを如何にわからせるか。 地震と津波は天災である。 しかし、 放射能汚染は明らかに人災である。 為政者はこの「人災」という面を明確に捉える必要がある。 何故ならば、 「人災」の場合、 裁かれる「人間と組織」と「補償を受けるべき」被害者が存在するからだ。 もし為政者側に「被害者に補償すべき財源」がある場合、 躊躇なく提供すべきである。 例えば、 不要な国会議員は即首である。 議員数の大幅減は当たり前。 東電は解体し、 財産は全て没収。 全て、 被害者補償に充当する。 勿論、 法律を介在させてもいいが、 特別立法で、 対処すべきである。
⇒ 今朝のテレビ番組で、 吉川晃司さん(歌手・俳優)も言っておられたが、 「もっと、 もっと怒ろう!!」である。
2)現政権・現体制の対応
論外の対応である。 上記1)にある『裁かれる「人間と組織」と「補償を受けるべき」被害者』を前提にした対応がなされていない。 指針なきまま、 右往左往しているだけ。 まず、 最初にすべき、 原発の実体を明らかにせず、 「再稼働云々」を未だに主張する無能者が為政者に存在する。 国会では、 問題解決に繋がらない次元で、 自己保持を前提とした議論を展開している。
3)リーダーの不在
人間力のあるリーダーが存在しない。 高望みはできないにしても、 肚を持つが人物が絶対に必要である。 国民の心を捉え、 問われる前に問題解決の道を示し、 一つ一つ解決していく。 利権亡者に囚われることなく、 正義に基づき全て対処していく。 真実は一つしかない。 その一つに絞り込んで、 突き進んでいく。 因みに、 物理学者でもあるドイツのメルケル首相は、 “福島原発事故を見て、 原発は終わったと即断した”ということだ。 しかも、 後世に負の遺産を残すべきでないという“倫理的判断”から。 更に、 新エネルギー政策に関しても、 中央集権ではなく、 地方分権に切り換えて。 ドイツの例を見ても、 リーダーの判断力の重要性がわかるだろう。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
●本日のメッセージ
王道は ブレることなく 続く路
一意専心 我道を行く
あなたの能力を磨いてください。 思いをブレさせることなく、 本当のあなた自身を具体化してください。 周囲や他人のことで心揺れてはいけません。 一切の誘惑を断ち切り、 あなたの本心を見つめてください。 あなたはあなた自身でしかありえません。 真似ごとや一時の思いに誘われても邪道を歩むだけです。 あなた自身の能力を発揮して王道を歩みましょう。 時間がかかっても、 本領を発揮できる機会は必ず訪れます。 焦ることブレルことはダメです。 あなたの足元には着実に開運の力が集まっています。 自分の力を信じ、 あなたの能力を磨いてください。
Thackery
天の声(123) 散歩(123) 日本国の再生(96) 光(89)
閃き!!!
『震災復興 啓示八十』(2012年第三十信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
「福島原発近距離の避難住民の方々のライブ映像」(大熊町)に接し、 思うこと。
1)この映像を見て、 原発の再稼働を口にできる政治家がいるのだろうか
一番分かり易いのは、 この地域に自分を置いてみることだ。 それでも尚、 「原発の再稼働を口にできる」政治家がいるとしたら、 その方々は政治家を辞め、 日本を去って何処かに消え失せて欲しく思う。 存在自体が悪である。 また、 東電を含め、 原発推進関係者は司法で裁かれないのだろうか。 国家の存在意義をも問われる、 現在進行形の問題である。
2)他の原発48基(福島原発6基除く)の取扱い
司法は何も判断できないのか。 誰が日本国民を守れるのか。 ここでもまた、 国家の存在意義が問われる。 政治家達は、 正義のため立ち上がれないのか。 判断能力のない政治家達は全員去れ、 である。 政治家としての存在意義はゼロ以下である。 中央で国民の血税で生きる資格があるかどうか、 自らに問い、 身の処し方を考えて欲しい。 血税を無駄に使うべきでないと考えるからである。
3)国会審議(参院)
「原発の再稼働は政治判断で行う」、という発言、 しかも国のトップの言である。 肚をどこに置いて、 日本国を捉えているのか。 自らに責任があるとの認識なき言動である。 教育の恐ろしさを感じる。 どういう教育を受け、 かような考えを持つに至ったのか。 無責任という世界の下で生きて来たのか。 原発に関して言うならば、 福島原発で保安院が無責任という証明がなされたにも拘わらず、 従来の組織の中で原発を捉え、 運用しようとしている。 指針なきまま、 或いは無責任な組織のまま物事を進めようとしている。 天から間違いなく鉄槌が下されるであろう。
4)福島原発肉体労働者と自衛隊の救援活動の中に真実を見る
上記1)・2)・3)の問題点が「福島原発肉体労働者と自衛隊の救援活動の中に真実を見る」によって明らかとなった。 前リーダーの東日本震災地訪問でもわかるように、 無神経極まりない言動が身体全体から滲み出ている。 人間力の欠如から来るものである。 そのような輩が国を治められようがない。 「命の保証はできないが、 働いてみないか」と送り込まれた、 福島原発肉体労働者、 「正に国民を救う」ために送り込まれた、 自衛隊の方々、 そこに真の人間の姿がある。 世界が日本人として称賛しているのは、 その国民力である。 決してリーダーと称する輩ではない。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
●本日のメッセージ
役に立つ 行動規範 整理する
得意分野で 誠を尽くす
行動すべき順位の整理をしましょう。 あなたの願いや欲することの重要度を整理しましょう。 今日のあなたは重要度の高いものから順に行動すべきです。 その順位も、 あなたの本意に添うもの、 あなたの得意分野に属するものを優先すれば、 本領を発揮できます。 不得意な事や、 初めから無理が生じるものを優先すべきではありません。 また、 周りの人にも役立ち、 他人にも利益があるものを優先してください。 周りのためになる願いは優先的に成就していきます。 このことは行動規範として大切な基準です。 ぜひ、 行動の順位を整理してみてください。 本当に役立つ人間としての効率が上がっていきます。
Thackery
天の声(122) 散歩(122) 日本国の再生(95) 光(88)
閃き!!!
『震災復興 啓示七十九』(2012年第二十九信)として、 日本国民の皆様にお伝えします。
「中島敦『名人伝』のアニメ作品 『不射の射』」に接し、 思うこと。
1)弓道を極める物語
「趙(ちょう)の邯鄲(かんたん)の都に住む紀昌(きしょう)という男が、 天下第一の弓の名人になろうと志を立てた。」
● “弓の名人”を“人生に於ける目標”と置き換えると、 自らの物語とすることができる。
「己(おのれ)の師と頼(たの)むべき人物を物色するに、 当今弓矢をとっては、 名手・飛衛(ひえい)に及(およ)ぶ者があろうとは思われぬ。 百歩を隔(へだ)てて柳葉(りゅうよう)を射るに百発百中するという達人だそうである。 紀昌は遥々(はるばる)飛衛をたずねてその門に入った。」
● “人生に於ける目標”を極めるには、 その道の達人の門を叩くとよい。
「飛衛は新入の門人に、 まず瞬(またた)きせざることを学べと命じた。 紀昌は家に帰り、 妻の機織台(はたおりだい)の下に潜(もぐ)り込(こ)んで、 そこに仰向(あおむ)けにひっくり返った。 眼(め)とすれすれに機躡(まねき)が忙しく上下往来するのをじっと瞬かずに見詰(みつ)めていようという工夫(くふう)である。 理由を知らない妻は大いに驚(おどろ)いた。 第一、 妙(みょう)な姿勢を妙な角度から良人(おっと)に覗(のぞ)かれては困るという。 厭(いや)がる妻を紀昌は叱(しか)りつけて、 無理に機を織り続けさせた。 来る日も来る日も彼(かれ)はこの可笑(おか)しな恰好(かっこう)で、 瞬きせざる修練を重ねる。」
● 達人は多くを語らず、 弟子は師匠の一言から全てを学び取る必要がある。 弓の達人・飛衛の一言は、 「瞬(またた)きせざることを学べ」であった。 弟子・紀昌は「眼(め)とすれすれに機躡(まねき)が忙しく上下往来するのをじっと瞬かずに見詰(みつ)めていようという工夫(くふう)」を考えた。
「二年の後(のち)には、 遽(あわた)だしく往返する牽挺(まねき)が睫毛(まつげ)を掠(かす)めても、 絶えて瞬くことがなくなった。 彼はようやく機の下から匍出(はいだ)す。 もはや、 鋭利(えいり)な錐(きり)の先をもって瞼(まぶた)を突(つ)かれても、 まばたきをせぬまでになっていた。 不意に火(ひ)の粉(こ)が目に飛入ろうとも、 目の前に突然(とつぜん)灰神楽(はいかぐら)が立とうとも、 彼は決して目をパチつかせない。 彼の瞼はもはやそれを閉じるべき筋肉の使用法を忘れ果て、 夜、 熟睡(じゅくすい)している時でも、 紀昌の目はカッと大きく見開かれたままである。 ついに、 彼の目の睫毛と睫毛との間に小さな一匹(ぴき)の蜘蛛(くも)が巣(す)をかけるに及んで、 彼はようやく自信を得て、 師の飛衛にこれを告げた。」
● 二年後に、 師匠の第一次要求レベルに達した。
「それを聞いて飛衛がいう。 瞬かざるのみではまだ射(しゃ)を授けるに足りぬ。 次には、 視(み)ることを学べ。 視ることに熟して、 さて、 小を視ること大のごとく、 微(び)を見ること著(ちょ)のごとくなったならば、 来(きた)って我に告げるがよいと。 紀昌は再び家に戻(もど)り、 肌着(はだぎ)の縫目(ぬいめ)から虱(しらみ)を一匹探し出して、 これを己(おの)が髪(かみ)の毛をもって繋(つな)いだ。 そうして、 それを南向きの窓に懸(か)け、 終日睨(にら)み暮(く)らすことにした。 毎日毎日彼は窓にぶら下った虱を見詰める。 初め、 もちろんそれは一匹の虱に過ぎない。 二三日たっても、 依然(いぜん)として虱である。 ところが、 十日余り過ぎると、 気のせいか、 どうやらそれがほんの少しながら大きく見えて来たように思われる。 三月目(みつきめ)の終りには、 明らかに蚕(かいこ)ほどの大きさに見えて来た。 虱を吊(つ)るした窓の外の風物は、 次第に移り変る。 煕々(きき)として照っていた春の陽(ひ)はいつか烈(はげ)しい夏の光に変り、 澄(す)んだ秋空を高く雁(がん)が渡(わた)って行ったかと思うと、 はや、 寒々とした灰色の空から霙(みぞれ)が落ちかかる。 紀昌は根気よく、 毛髪(もうはつ)の先にぶら下った有吻類(ゆうふんるい)・催痒性(さいようせい)の小節足動物を見続けた。」
● 更なる師匠の要求は、 「瞬かざるのみではまだ射(しゃ)を授けるに足りぬ。 次には、 視(み)ることを学べ。」 弟子は、 忠実に師匠の指導に応えようとした。
「その虱も何十匹となく取換(とりか)えられて行く中(うち)に、 早くも三年の月日が流れた。 ある日ふと気が付くと、 窓の虱が馬のような大きさに見えていた。 占(し)めたと、 紀昌は膝(ひざ)を打ち、 表へ出る。 彼は我が目を疑った。 人は高塔(こうとう)であった。 馬は山であった。 豚(ぶた)は丘(おか)のごとく、 雞(にわとり)は城楼(じょうろう)と見える。 雀躍(じゃくやく)して家にとって返した紀昌は、 再び窓際の虱に立向い、 燕角(えんかく)の弧(ゆみ)に朔蓬(さくほう)の(やがら)をつがえてこれを射れば、 矢は見事に虱の心の臓を貫(つらぬ)いて、 しかも虱を繋いだ毛さえ断(き)れぬ。 紀昌は早速(さっそく)師の許(もと)に赴(おもむ)いてこれを報ずる。 飛衛は高蹈(こうとう)して胸を打ち、 初めて「出かしたぞ」と褒(ほ)めた。 そうして、直ちに射術の奥儀秘伝(おうぎひでん)を剰(あま)すところなく紀昌に授け始めた。」
● 「視(み)ることを学び始めてから」、 三年が経過し、 「人は高塔(こうとう)に馬は山に、 豚(ぶた)は丘(おか)のごとく、 雞(にわとり)は城楼(じょうろう)の如く」見え始めた。 師匠・飛衛に伝えると、 「直ちに射術の奥儀秘伝(おうぎひでん)を剰(あま)すところなく紀昌に授け始めた。」
「目の基礎訓練に五年もかけた甲斐(かい)があって紀昌の腕前(うでまえ)の上達は、驚くほど速い。 奥儀伝授が始まってから十日の後、 試みに紀昌が百歩を隔てて柳葉を射るに、 既(すで)に百発百中である。 二十日の後、 いっぱいに水を湛(たた)えた盃(さかずき)を右肱(ひじ)の上に載(の)せて剛弓(ごうきゅう)を引くに、 狙(ねら)いに狂(くる)いの無いのはもとより、 杯中の水も微動だにしない。 一月(ひとつき)の後、 百本の矢をもって速射を試みたところ、 第一矢が的(まと)に中(あた)れば、 続いて飛来った第二矢は誤たず第一矢の括(やはず)に中って突き刺(さ)さり、 更(さら)に間髪を入れず第三矢の鏃(やじり)が第二矢の括にガッシと喰(く)い込む。 矢矢(しし)相属し、 発発(はつはつ)相及んで、 後矢の鏃は必ず前矢の括に喰入るが故に、 絶えて地に墜(お)ちることがない。 瞬く中に、 百本の矢は一本のごとくに相連なり、 的から一直線に続いたその最後の括はなお弦(げん)を銜(ふく)むがごとくに見える。 傍で見ていた師の飛衛も思わず「善し!」と言った。 二月(ふたつき)の後、 たまたま家に帰って妻といさかいをした紀昌がこれを威(おど)そうとて烏号(うごう)の弓に衛(きえい)の矢をつがえきりりと引絞(ひきしぼ)って妻の目を射た。 矢は妻の睫毛三本を射切ってかなたへ飛び去ったが、 射られた本人は一向に気づかず、 まばたきもしないで亭主(ていしゅ)を罵(ののし)り続けた。 けだし、 彼の至芸による矢の速度と狙いの精妙さとは、実にこの域にまで達していたのである。」
● 「目の基礎訓練に五年もかけた甲斐(かい)があって紀昌の腕前(うでまえ)の上達は、驚くほど速い。 奥儀伝授が始まってから十日の後、 試みに紀昌が百歩を隔てて柳葉を射るに、 既(すで)に百発百中である。」 五年に亘る修練の結果、 紀昌の腕前は著しく上達した。 何事も修練、 継続である。 師匠・飛衛もようやく紀昌の上達を認めた。
「もはや師から学び取るべき何ものも無くなった紀昌は、 ある日、 ふと良からぬ考えを起した。 彼がその時独りつくづくと考えるには、 今や弓をもって己に敵すべき者は、 師の飛衛をおいて外(ほか)に無い。 天下第一の名人となるためには、 どうあっても飛衛を除かねばならぬと。 秘(ひそ)かにその機会を窺(うかが)っている中に、 一日たまたま郊野(こうや)において、 向うからただ一人歩み来る飛衛に出遇(であ)った。 とっさに意を決した紀昌が矢を取って狙いをつければ、 その気配を察して飛衛もまた弓を執(と)って相応ずる。 二人互(たが)いに射れば、 矢はその度に中道にして相当り、 共に地に墜ちた。 地に落ちた矢が軽塵(けいじん)をも揚(あ)げなかったのは、 両人の技がいずれも神(しん)に入っていたからであろう。 さて、 飛衛の矢が尽(つ)きた時、 紀昌の方はなお一矢を余していた。 得たりと勢込んで紀昌がその矢を放てば、 飛衛はとっさに、 傍なる野茨(のいばら)の枝(えだ)を折り取り、 その棘(とげ)の先端(せんたん)をもってハッシと鏃を叩(たた)き落した。 ついに非望の遂(と)げられないことを悟(さと)った紀昌の心に、 成功したならば決して生じなかったに違(ちが)いない道義的慚愧(ざんき)の念が、 この時忽焉(こつえん)として湧起(わきおこ)った。 飛衛の方では、 また、 危機を脱(だっ)し得た安堵(あんど)と己が伎倆(ぎりょう)についての満足とが、 敵に対する憎(にく)しみをすっかり忘れさせた。 二人は互いに駈寄(かけよ)ると、 野原の真中(まんなか)に相抱(あいいだ)いて、 しばし美しい師弟愛の涙(なみだ)にかきくれた。(こうした事を今日の道義観をもって見るのは当らない。 美食家の斉(せい)の桓公(かんこう)が己のいまだ味わったことのない珍味(ちんみ)を求めた時、 厨宰(ちゅうさい)の易牙(えきが)は己が息子(むすこ)を蒸焼(むしやき)にしてこれをすすめた。 十六歳(さい)の少年、 秦(しん)の始皇帝は父が死んだその晩に、 父の愛妾(あいしょう)を三度襲(おそ)うた。 すべてそのような時代の話である。)」
● 飽くなき弓道の追求、 しかし、 師匠に手を掛けるとは、 言語道断。 剣の達人・宮本武蔵を思い起こす。
「涙にくれて相擁(あいよう)しながらも、 再び弟子(でし)がかかる企(たくら)みを抱くようなことがあっては甚(はなは)だ危いと思った飛衛は、 紀昌に新たな目標を与(あた)えてその気を転ずるにしくはないと考えた。 彼はこの危険な弟子に向って言った。 もはや、 伝うべきほどのことはことごとく伝えた。 (なんじ)がもしこれ以上この道の蘊奥(うんのう)を極めたいと望むならば、 ゆいて西の方(かた)大行(たいこう)の嶮(けん)に攀(よ)じ、 霍山(かくざん)の頂を極めよ。 そこには甘蠅(かんよう)老師とて古今(ここん)を曠(むな)しゅうする斯道(しどう)の大家がおられるはず。 老師の技に比べれば、 我々の射のごときはほとんど児戯(じぎ)に類する。 おぬしの師と頼むべきは、 今は甘蠅師の外にあるまいと。 紀昌はすぐに西に向って旅立つ。 その人の前に出ては我々の技のごとき児戯にひとしいと言った師の言葉が、 彼の自尊心にこたえた。 もしそれが本当だとすれば、 天下第一を目指す彼の望も、 まだまだ前途(ぜんと)程遠(ほどとお)い訳である。 己が業(わざ)が児戯に類するかどうか、 とにもかくにも早くその人に会って腕を比べたいとあせりつつ、 彼はひたすらに道を急ぐ。 足裏を破り脛(すね)を傷つけ、 危巌(きがん)を攀じ桟道(さんどう)を渡って、 一月の後に彼はようやく目指す山顛(さんてん)に辿(たど)りつく。 気負い立つ紀昌を迎(むか)えたのは、 羊のような柔和(にゅうわ)な目をした、 しかし酷(ひど)くよぼよぼの爺(じい)さんである。 年齢は百歳をも超(こ)えていよう。 腰(こし)の曲っているせいもあって、 白髯(はくぜん)は歩く時も地に曳(ひ)きずっている。」
● 紀昌は更なる武者修行の道を与えられた。 「年齢は百歳をも超(こ)えていよう」と思われる老人。 仙人の域に達している人物であろう。
「相手が聾(ろう)かも知れぬと、 大声に遽だしく紀昌は来意を告げる。 己が技の程を見てもらいたいむねを述べると、 あせり立った彼は相手の返辞をも待たず、 いきなり背に負うた楊幹麻筋(ようかんまきん)の弓を外して手に執(と)った。 そうして、 石碣(せきけつ)の矢をつがえると、 折から空の高くを飛び過ぎて行く渡り鳥の群に向って狙いを定める。 弦に応じて、 一箭(いっせん)たちまち五羽(わ)の大鳥が鮮(あざ)やかに碧空(へきくう)を切って落ちて来た。 一通り出来るようじゃな、 と老人が穏(おだや)かな微笑を含(ふく)んで言う。 だが、 それは所詮(しょせん)射之射(しゃのしゃ)というもの、 好漢いまだ不射之射(ふしゃのしゃ)を知らぬと見える。 ムッとした紀昌を導いて、 老隠者(ろういんじゃ)は、 そこから二百歩ばかり離(はな)れた絶壁(ぜっぺき)の上まで連れて来る。 脚下(きゃっか)は文字通りの屏風(びょうぶ)のごとき壁立千仭(へきりつせんじん)、 遥か真下に糸のような細さに見える渓流(けいりゅう)をちょっと覗いただけでたちまち眩暈(めまい)を感ずるほどの高さである。 その断崖(だんがい)から半(なか)ば宙に乗出した危石の上につかつかと老人は駈上り、 振返(ふりかえ)って紀昌に言う。 どうじゃ。 この石の上で先刻の業を今一度見せてくれぬか。 今更引込(ひっこみ)もならぬ。 老人と入代りに紀昌がその石を履(ふ)んだ時、 石は微(かす)かにグラリと揺(ゆ)らいだ。 強(し)いて気を励(はげ)まして矢をつがえようとすると、 ちょうど崖(がけ)の端(はし)から小石が一つ転がり落ちた。 その行方(ゆくえ)を目で追うた時、 覚えず紀昌は石上に伏(ふ)した。 脚(あし)はワナワナと顫(ふる)え、 汗(あせ)は流れて踵(かかと)にまで至った。 老人が笑いながら手を差し伸(の)べて彼を石から下し、 自ら代ってこれに乗ると、 では射というものをお目にかけようかな、 と言った。 まだ動悸(どうき)がおさまらず蒼(あお)ざめた顔をしてはいたが、 紀昌はすぐに気が付いて言った。 しかし、 弓はどうなさる? 弓は? 老人は素手(すで)だったのである。 弓? と老人は笑う。 弓矢の要(い)る中はまだ射之射じゃ 。不射之射には、 烏漆(うしつ)の弓も粛慎(しゅくしん)の矢もいらぬ。 ちょうど彼等(ら)の真上、 空の極めて高い所を一羽の鳶(とび)が悠々(ゆうゆう)と輪を画(えが)いていた。 その胡麻粒(ごまつぶ)ほどに小さく見える姿をしばらく見上げていた甘蠅が、 やがて、 見えざる矢を無形の弓につがえ、 満月のごとくに引絞ってひょうと放てば、 見よ、 鳶は羽ばたきもせず中空から石のごとくに落ちて来るではないか。 紀昌は慄然(りつぜん)とした。 今にして始めて芸道の深淵(しんえん)を覗き得た心地であった。」
● いよいよ、 この物語は佳境に入る。 つまり、 「不射之射」である。 「不射之射には、 烏漆(うしつ)の弓も粛慎(しゅくしん)の矢もいらぬ。 ちょうど彼等(ら)の真上、 空の極めて高い所を一羽の鳶(とび)が悠々(ゆうゆう)と輪を画(えが)いていた。 その胡麻粒(ごまつぶ)ほどに小さく見える姿をしばらく見上げていた甘蠅が、 やがて、 見えざる矢を無形の弓につがえ、 満月のごとくに引絞ってひょうと放てば、 見よ、 鳶は羽ばたきもせず中空から石のごとくに落ちて来るではないか。」
「九年の間、 紀昌はこの老名人の許に留(とど)まった。 その間いかなる修業を積んだものやらそれは誰(だれ)にも判(わか)らぬ。 九年たって山を降りて来た時、 人々は紀昌の顔付の変ったのに驚いた。 以前の負けず嫌(ぎら)いな精悍(せいかん)な面魂(つらだましい)はどこかに影(かげ)をひそめ、 なんの表情も無い、 木偶(でく)のごとく愚者(ぐしゃ)のごとき容貌(ようぼう)に変っている。 久しぶりに旧師の飛衛を訪ねた時、 しかし、 飛衛はこの顔付を一見すると感嘆(かんたん)して叫(さけ)んだ。 これでこそ初めて天下の名人だ。 我儕(われら)のごとき、 足下(あしもと)にも及ぶものでないと。 邯鄲の都は、 天下一の名人となって戻って来た紀昌を迎(むか)えて、 やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧返った。 ところが紀昌は一向にその要望に応(こた)えようとしない。 いや、 弓さえ絶えて手に取ろうとしない。 山に入る時に携(たずさ)えて行った楊幹麻筋の弓もどこかへ棄(す)てて来た様子である。 そのわけを訊(たず)ねた一人に答えて、 紀昌は懶(ものう)げに言った。 至為(しい)は為(な)す無く 、至言は言を去り、 至射は射ることなしと。 なるほどと、 至極(しごく)物分(ものわか)りのいい邯鄲の都人士はすぐに合点(がてん)した。 弓を執らざる弓の名人は彼等の誇(ほこり)となった。 紀昌が弓に触(ふ)れなければ触れないほど、 彼の無敵の評判はいよいよ喧伝(けんでん)された。 様々な噂(うわさ)が人々の口から口へと伝わる。 毎夜三更(さんこう)を過ぎる頃(ころ)、 紀昌の家の屋上(おくじょう)で何者の立てるとも知れぬ弓弦の音がする。 名人の内に宿る射道の神が主人公の睡(ねむ)っている間に体内を脱(ぬ)け出し 、妖魔(ようま)を払(はら)うべく徹宵(てっしょう)守護(しゅご)に当っているのだという。 彼の家の近くに住む一商人はある夜紀昌の家の上空で、 雲に乗った紀昌が珍(めずら)しくも弓を手にして、 古(いにしえ)の名人・(げい)と養由基の二人を相手に腕比べをしているのを確かに見たと言い出した。 その時三名人の放った矢はそれぞれ夜空に青白い光芒(こうぼう)を曳きつつ参宿(さんしゅく)と天狼星(てんろうせい)との間に消去ったと。 紀昌の家に忍(しの)び入ろうとしたところ、 塀(へい)に足を掛(か)けた途端(とたん)に一道の殺気が森閑(しんかん)とした家の中から奔(はし)り出てまともに額(ひたい)を打ったので、 覚えず外に顛落(てんらく)したと白状した盗賊(とうぞく)もある。 爾来(じらい)、 邪心(じゃしん)を抱く者共は彼の住居の十町四方は避(さ)けて廻(まわ)り道をし、 賢(かしこ)い渡り鳥共は彼の家の上空を通らなくなった。 雲と立罩(たちこ)める名声のただ中に、 名人紀昌は次第に老いて行く。 既に早く射を離れた彼の心は、 ますます枯淡虚静(こたんきょせい)の域にはいって行ったようである。 木偶のごとき顔は更に表情を失い、 語ることも稀(まれ)となり、 ついには呼吸の有無さえ疑われるに至った。 『既に、 我と彼との別、 是と非との分を知らぬ。 眼は耳のごとく、 耳は鼻のごとく、 鼻は口のごとく思われる。』というのが、 老名人晩年の述懐(じゅっかい)である。」
● 弟子・紀昌が師匠・飛衛を超えた瞬間である。 「九年の間、 紀昌はこの老名人の許に留(とど)まった。 その間いかなる修業を積んだものやらそれは誰(だれ)にも判(わか)らぬ。 九年たって山を降りて来た時、 人々は紀昌の顔付の変ったのに驚いた。 以前の負けず嫌(ぎら)いな精悍(せいかん)な面魂(つらだましい)はどこかに影(かげ)をひそめ、 なんの表情も無い、 木偶(でく)のごとく愚者(ぐしゃ)のごとき容貌(ようぼう)に変っている。 久しぶりに旧師の飛衛を訪ねた時、 しかし、 飛衛はこの顔付を一見すると感嘆(かんたん)して叫(さけ)んだ。 これでこそ初めて天下の名人だ。 我儕(われら)のごとき、 足下(あしもと)にも及ぶものでないと。」 達人にして分かる奥義である。
「甘蠅師の許を辞してから四十年の後、 紀昌は静かに、 誠に煙(けむり)のごとく静かに世を去った。 その四十年の間、 彼は絶えて射を口にすることが無かった。 口にさえしなかった位だから、 弓矢を執っての活動などあろうはずが無い。 もちろん、 寓話(ぐうわ)作者としてはここで老名人に掉尾(ちょうび)の大活躍(だいかつやく)をさせて、 名人の真に名人たるゆえんを明らかにしたいのは山々ながら、 一方、 また、 何としても古書に記された事実を曲げる訳には行かぬ。 実際、 老後の彼についてはただ無為にして化したとばかりで、 次のような妙な話の外には何一つ伝わっていないのだから。 その話というのは、 彼の死ぬ一二年前のことらしい。 ある日老いたる紀昌が知人の許に招かれて行ったところ、 その家で一つの器具を見た。 確かに見憶(みおぼ)えのある道具だが、 どうしてもその名前が思出せぬし、 その用途(ようと)も思い当らない。 老人はその家の主人に尋(たず)ねた。 それは何と呼ぶ品物で、 また何に用いるのかと。 主人は、 客が冗談(じょうだん)を言っているとのみ思って、 ニヤリととぼけた笑い方をした。 老紀昌は真剣(しんけん)になって再び尋ねる。 それでも相手は曖昧(あいまい)な笑を浮(うか)べて、 客の心をはかりかねた様子である。 三度紀昌が真面目(まじめ)な顔をして同じ問を繰返(くりかえ)した時、 始めて主人の顔に驚愕(きょうがく)の色が現れた。 彼は客の眼を凝乎(じっ)と見詰める。 相手が冗談を言っているのでもなく、 気が狂っているのでもなく、 また自分が聞き違えをしているのでもないことを確かめると、 彼はほとんど恐怖(きょうふ)に近い狼狽(ろうばい)を示して、 吃(ども)りながら叫んだ。 『ああ、 夫子(ふうし)が、 ―― 古今無双(ここんむそう)の射の名人たる夫子が、 弓を忘れ果てられたとや? ああ、 弓という名も、 その使い途(みち)も!』 その後当分の間、 邯鄲の都では、 画家は絵筆を隠(かく)し、 楽人は瑟(しつ)の絃(げん)を断ち、 工匠(こうしょう)は規矩(きく)を手にするのを恥(は)じたということである。」
● さて、 長々しき物語をお伝えした理由を述べるまとめのタイミングがやってきた。 皆様もお思い当たる節あるだろう。 私の例を二つほど述べてみたい。 一つは、 上海での経験。 中国政府お抱えの気功師がホテルの一室で患者治療を披露した後、 「あなたも、 3年間山に籠って修行すれば、 患者を治療できる外気功が出来るようになる可能性がある。」と言い放った。 もう一つは、 世に色々な本を出版している作家。 「経営というのは普通に西洋式の発想からすれば、 競争であり、 弱肉強食の世界である。 おそらく全世界の、 あらゆる民族の人たちがそう思っていることであろう。 プラグマティックで、 合理的で、 科学的で、 闘争的なものと。 しかし、 その経営の世界でもっとも成功した人が、 なぜ成功したのかとその核心を追究していくと、 『素直な心』、 すなわちお釈迦様の言われる囚われのない、 無私の心に行き着く。 すなわち西洋の近代合理主義の行き詰まりも、 全て突き詰めると、 東洋の心で解決出来るという、 その秘密の扉の入り口まで来たということである。 『お金儲け』は突き詰めるとお釈迦様の悟りの世界という、 一見あい矛盾する、 正反対のものに突き当たる。 その二つを結ぶものが私の師匠とお釈迦様で、 私が『橋、ブリッジ』の役割が出来れば、 全人類が救われるかもしれない。 という大きな夢が見えてくる。」 この世には、 色々な達人が存在する。 今の日本は、 国作りの達人を必要としている。
⇒ 「中島敦『名人伝』のアニメ作品 『不射の射』」のyou-tubeは http://www.nicovideo.jp/watch/sm9199061 をご参照。
今回は以上です。 ご静聴誠に有り難うございました。
●本日のメッセージ
夢の中 辿る道筋 明らかに
心に勇気 希望沸々
夢はあなただけに与えられた神さまの予言です。 夢を明確にして、 心に勇気と希望を湧かせる時間をもってください。 夢はあなただけに与えられた神さまの予言です。 夢を通して伝えられるメッセージには、 神さまのあなたへの願いが込められています。 夢を実現しましょう。 小さな一歩でも確実に前進しましょう。 大きな夢、 壮大な夢をあなた自身に語りかけてください。 そして行動を具体化して挑戦してください。 確固たる信念で前進すれば、 実現への協力者も集います。 前進させましょう。
Thackery


