「ボクシング映画にハズレなし」。それは映画ファンとしてうなづけるもの。ただこれまで多くの優れたボクシング映画、また日本映画でも近年少なからずの秀作ボクシング映画が輩出している中で、それらを越える作品を作るにはかなりハードルの高い題材となっているように感じる。
瀬々監督の現時点での最新作は、豪華なキャスティングに加え丁寧な映画作りをしているとは感じたが、エンターテイメントに振り過ぎてる感は否めなかった。ストーリー及びキャラ設定は既視感満載。
才能ある若手がかつて活躍していた老トレーナーの元で研鑽して頂点を目指す設定はボクシング映画「あるある」。このパターンの最優秀作品の双璧は、『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)と『クリード チャンプを継ぐ男』 (2015)だろう。そのパターンでのお決まりの設定は、その老トレーナーはもう過去の人でありうらぶれているもの。それに対してこの作品の主人公、佐藤浩市演じる広岡はボクシングを辞めた後、渡米してビジネスマンとして成功したかのように描かれている点は、若干の新奇さはあるが、彼のキャラクターの掘り下げ方が、実に中途半端であるのがこの作品の欠点の一つ。また多くのスポーツにおいて科学的な解析技術が進歩して、昔のメソッドは通用しなくなっている。自分はボクシングに関しては門外漢だが、ボクシングにおいても例外ではないだろう。「昔取った杵柄」のロートルに指導を仰いで、精神論で頂点を目指すというのは、もうプロの世界では現実味がないのではないだろうか。
また会長の娘がジムを仕切っているのは「白木葉子か?」なのだが、『スワロウテイル』以来27年ぶりの実写映画出演となる山口智子の演技は今一つ。そして小澤征悦と哀川翔はいらないキャラクターだったろう。
ボクシング映画としてのディテールも難あり。10ポイント・マスト・システムからすると、大概のラウンドは「10-10」ないし「10-9」で、どちらかがダウンすれば「10-8」(KO寸前あるいは2度ダウンで「10-7」)なので、ジャッジが112対111や、まして110対108にはなりようがない。また、ジャッジ2人の判定結果がコールされた後、3人目の判定結果ですぐに勝ち負けが分かるはずなのに、「新チャンピオン」とコールされて初めてリアクションするというのは謎だった(まさか点数合計してる?)。
ストーリーやキャラ設定の陳腐さは置いておくとすれば、ボクシング映画としての出来の良し悪しはやはりファイティング・シーンの迫力に寄るところが大きいだろう。その点においてリング上の二人の演技は演技を越えていた。窪田正孝もとてもよかったが、特に横浜流星の格闘技に対する理解度と体の切れ味はプロ裸足だった。さすが中学の時に国際青少年空手道選手権大会で優勝し世界一になっただけのことはある。
彼らのファイティングシーンが迫力満載であり、それがボクシング映画としてのキモであるのに、それは11Rまで。この作品の最大の欠点は、12Rのお互いノーガードの打ち合いのナンセンスさとそれをハイスピードカメラで撮ったかのようなシーンが長過ぎること。あまりに安っぽい演出でそれまで本当のボクシングの試合を見ているかのような緊張感が一気に白けてしまった。マンガを通り越して「新春かくし芸大会」の出し物レベル。
良かった点を加えれば、奥野瑛太のクズぶりは地についていた。
娯楽作品としては十分楽しめるのだが、「もっといいボクシング映画あるのにな」という鑑賞感。日本映画で言えば『アンダードッグ』(2020)、『あゝ、荒野』(2017)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022)を三傑として『百円の恋』(2014)を次点として挙げておこう。ただ横浜流星のボクサーとしての演技は観る価値十分。
★★★★★★ (6/10)
