『アンダードッグ』(2020) 武正晴監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

『あしたのジョー』をこよなく愛する自分だからか、ボクシング映画には評価が甘くなるというわけでもないだろうが、ボクシング映画にはいい作品が少なくない。比較的最近の作品でも、『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年)は、『ロッキー』シリーズの系譜を継承する作品でありながら、『ロッキー』シリーズを越えた(個人的には、あの名作の『ロッキー』ですら)作品だったし、アントワン・フークア監督の『サウスポー』(2015年)は「ボクシング映画」というジャンルがあるなら、その中では歴史に残る名作だろう。日本の作品でボクシングを扱った映画では断然『百円の恋』(2014年)が面白く、元気をもらえる映画だった。脚本・監督がその『百円の恋』と同じ、足立紳・武正晴とあれば期待しないわけにはいかなかった。

 

しかし、当初から拡大版がABEMAで配信されることが決まっており、劇場公開はそれに先行する形だったが、そうした事情から公開する劇場が非常に限られていたため、なかなか観る機会がなかった。現時点でABEMAを契約するつもりもないし、やはり大きなスクリーンで観たかったので機会をうかがっていたのだが、ようやく観ることができた。果たして『百円の恋』以上の作品だろうかという心配は、結論から言えば杞憂に過ぎなかった。それも、『百円の恋』を軽々と越える面白さだった。

 

『百円の恋』は32歳で引きこもりの一子(安藤サクラ)が、家から飛び出し、社会の底辺の人々の中で自活を始め、引退寸前のボクサーと出会って、彼女自身がボクシングに目覚める物語だった。足立紳は、一旦は人生を転落した人間が再生する物語が得意なのだろう。そしてその物語には、ボクシングというスポーツのもつストイックさが合っているのだと思われる。

 

主人公は、一旦タイトル戦挑戦まで登りつめながらそこで破れてから、その栄光にしがみつくかのように、「かませ犬」となっても現役を続けるボクサーの晃(森山未來)。前篇では、その「人生の転落者」が、お笑い芸人の宮木という素人相手にエキシビションマッチをするところがクライマックス。そこで無様な戦いをすることでどん底の更にどん底まで落ちていくのが前篇。ほかのスポーツと比較してもフロックが少ないと思われるボクシングで、プロがアマに「無様な戦い」をするのはマンガと言えばそうなのだが、そこはある程度目をつむることができる説得力があった。前篇では、宮木を演じる勝地涼のキャラ設定がとてもよかった。「前髪クネ男」を彷彿とさせながらも、その裏にあるドラマをしっかり作りこんでいたからこそ、映像の中のスタジアム観客の「宮木コール」は、映画を観ている観客のそれでもあっただろう。

 

前篇を晃の堕落篇とすれば、後篇は再生篇となるのだが、あまりにも前篇が面白かったので、10分の休憩の間、後篇はこれを越えるだろうかと思っていたのだが、それまた杞憂。しかも前篇以上に深みのあるドラマが用意されていた。

 

前篇では少々宮木に食われ気味だった晃だったが、彼に憧れてボクサーになった龍太とのボクサー生命を賭けた一戦に至る後篇では主人公の面目躍如といった存在感だった。そのクライマックス中のクライマックスが、リングの上で晃の言う「やっぱこれだよな」。

 

ボクシングを軸に男三人の物語が描かれているのだが、惜しむらくは彼らの周りの女性がいささか類型的に描かれていたこと。前・後篇合わせて276分という長尺の中に盛り込みに盛り込んだドラマの数々は、比較的整理されていたのだが、瀧内公美演じるデリヘル嬢の明美のエピソードが若干未消化な印象だった。拡大版となるドラマ版では、ほかの登場人物にもスポットを当てた群像劇になっているらしいので、彼女たちの物語はそちらに期待すべきということだろう。

 

2本分の時間が短く感じられるほど素晴らしい出来だった。昨年末の公開時に観ていれば、間違いなく昨年のベストの作品と言っていただろう。必見。

 

★★★★★★★★★ (8/10)

 

『アンダードッグ』予告編