『ミッシング』 (2024) 吉田恵輔監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

進化し続ける吉田恵輔監督最新作。デビュー作で蒼井そら主演の『なま夏』(2005)を撮り、2作目の『机のなかみ』(2006)でも女子高生に対する偏愛を見せていたが、3作目の『純喫茶磯辺』(2008)でほのぼの路線に乗ってからは長編7作目『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)までその路線を踏襲していた。その彼が「化けた」のが2015年の『ヒメアノ~ル』。新たな「勝利の方程式」を見出した彼は、その後『犬猿』(2017)、『愛しのアイリーン』(2018)と「毒のある」ブラック・コメディの秀作を世に送り出した。中学生の頃からボクシングをしていた吉田監督のボクシング愛を映し出したある意味私的な『BLUE』(2021)をはさんで、再度新境地を見せたのが『空白』(2021)。コミカルな要素を封印して実に骨太の人間ドラマを描いた。「毒のある」系に戻った前作『神は見返りを求める』(2022)をはさんで、本作は『空白』の延長線上にある作品と言える。

 

テーマが愛する者を失った喪失感と抗う主人公の生き様であり、創作のモチベーションに『空白』では不寛容な社会や誤った正義感、本作ではメディアのあり方、SNSの非人間性といった社会問題に対する意識があることが共通項としてある。

 

主役の沙織里を演じるのは石原さとみ。誰もが知るタレントだが、女優としては個人的には『シン・ゴジラ』の大根ぶりしかイメージがなかった。その彼女の演技が高く評価されているのが本作。やはり現実に母となったことは、この役を演じる上で大きく寄与したことだろう。幼い子供が失踪した母親を全身全霊で演じている印象を受けた。彼女が作品の中で幾度か口にする言葉が「温度が違う」。それは彼女の目からは少し引いた夫や事件を取材するテレビ記者に対して吐く言葉だが、まさに彼女はこの作品の熱源として圧倒的な存在感を放っていた。特に素晴らしいと感じた瞬間が、娘が失踪後2年経って同様の少女失踪事件が起こった後、その少女が見つかったと聞いた時。「よかった」と涙する彼女だが、その心中は本当に少女が見つかってよかったという希望と自分の娘の手掛かりが消えたことの絶望が共存する複雑なものであったに違いない。その心境が観ている者にもこちらにも伝わってきた。敢えて彼女の演技で難を言えば、テレビカメラの前でも「女優」だったこと。テレビカメラの前では一般人と演じ分けることができたら完璧だったろう。

 

娘の失踪に翻弄される両親の物語がメインプロットだが、サブプロットにはその事件を取材する地方テレビ局の記者のドラマがある。担当記者砂田を演じているのが中村倫也。彼は、報道の正義とは真実をそのまま伝えることだと信じて行動していた。そして主観的な報道を偏向報道として忌避していた。真実をそのまま伝える報道に「派手」や「地味」などありようがないが、その彼が上からの圧力や成功する後輩に対する焦りから少しずつ自分の報道を「地味」と考える変化がうまく描かれていた。

 

圧倒的な熱量の存在である沙織里に対して、感情を常に抑えながら沙織里を支える夫の豊。演じる青木崇高はおいしいところを持っていっていた。石原さとみ、中村倫也、青木崇高といった主役、準主役のドラマは物語の核であることは間違いないが、個人的に非常に面白かったのは、沙織里の弟圭吾のドラマ。いかにも怪しい存在の描き方から「多分彼はシロだな」と思って観ていたが、彼のドラマがどのように展開するかは予想がつかなかった。そして終盤、彼が路肩に停めた車の中で感情を解き放つシーンが、個人的にはこの映画の中で一番持って行かれた。演じた森優作が見事に全部かっさらったというのが個人的な感想。

 

少女失踪という大事件を描きながら、警察で文句をつけるおっさん、スーパーでヤクルト1000が売り切れてるとクレームする主婦、歩きスマホでぶつかったぶつかってないとケンカする男女という日常の実にしょーもないいざこざを背景に置いて、世の中の現実味を出す描き方はうまかった。笑うところは少ない作品だが、THE 虎舞竜のくだりは吉田恵輔監督らしい遊びだったか。

 

吉田恵輔監督には、ほかの誰にもできない「毒のある」ブラック・コメディを期待したいところ。シリアス路線でも『空白』を上に取るというのが個人的評価。

 

★★★★★★ (6/10)

 

『ミッシング』予告編