『関心領域』 (2023) ジョナサン・グレイザー監督 | FLICKS FREAK

FLICKS FREAK

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

アウシュヴィッツ強制収容所初代所長ルドルフ・ヘス(ナチ党副総統とは日本語表記は同じだが、ドイツ語表記は異なる別人)と彼の妻ヘートヴィヒを描いた作品。

 

ジョナサン・グレイザー監督の作品としては前作『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』から10年を経ての新作。カンヌ国際映画祭で第二席のグランプリとアカデミー国際長編映画賞を受賞。そうした高い国際的評価に値する作品だった。

 

ホロコーストを題材としながら悲惨な現場を直接的に描かない手法は『オッペンハイマー』に通じるものがある。そうしたこちらの視覚に頼らず想像力をかきたてるには、音響が実に効果的だった。一見平穏な家庭の風景に、時にはかすかに時にははっきりと壁の向こうの音が混じり込む。それは人の悲鳴・怒号、銃声そしてバイクのエンジン音(それは史実に基づいていて、ヘスは壁の向こうの音をかき消すため、バイクのエンジンを吹かす者を置いていた)。そしてこの作品はアカデミー音響賞を受賞している。

 

壁の向こう側の見えていないおぞましい世界と壁のこちら側に見えている牧歌的な世界との対比が、この映画の基調だが、「一見平穏」なこちら側に置いても、ヘス家族の非人間的な状況が細かな描写で描き出されている。彼らは壁の向こう側で虐待や虐殺が日常的に行われていることを知らずに関心を払っていないのではなく、理解していてもなおそれを受け入れている。彼らのそうした悪魔性が顕著なのはヘスよりも妻ヘートヴィヒと子供たち。例えば、ヘートヴィヒが毛皮のコートをまとって鏡の前で自分の姿を映し、ポケットの中に入っていた口紅をつけるシーンや、兄が金歯をコレクションして夜ベットの中で眺めるシーンや、弟が窓の外から聞こえる収容者を虐待する看守の口真似をするシーンや、兄が弟を温室に閉じこめてガスを流す音を真似るシーンに表れている。そうした壁のこちら側の異常な状況に耐えられなかったのがヘートヴィヒの母。訪れてきた当初は箱庭的な壁のこちら側の完璧な環境をほめそやしていたが、聞こえてくる音や煙突から立ち上る煙を見てその状況を理解し、何も告げずに突然立ち去っていった。それがなぜなのかをヘートヴィヒが理解しないのも、彼女の悪魔性を浮き彫りにしていた。

 

そしてヘスはと言えば、勿論彼も善良な心を持っているとは描かれていないが、唯一収容所内のシーンが収容所内での虐待をながめる彼の横顔の大写し(ここでもその虐待シーンは直接映し出されず、人の叫び声がこだまするだけ)。その表情は間違っても喜々としたものではなく、複雑なものだった。彼は、強制収容所の所長からの転属を希望していた。その理由や彼の心情を明らかに描いていないのもジョナサン・グレイザー監督のうまいところ。そしてその転属が叶えられた時のヘートヴィヒのリアクションが、やはり彼女の悪魔性を物語っていた。

 

更に印象的だったのは、エンディングでアウシュヴィッツ=ビルケナウ博物館の現代の映像が挿入され、ヘスがえずくシーン。彼の行為がいずれ時代に裁かれることになることを感じていると観客に想像させた。

 

映画の中では「洗う」シーンが象徴的に使われいる。ヘスのブーツを洗うシーン、川遊びをしていた子供の体を洗うシーン、ヘスがユダヤ人女性と性交渉した後に局部を洗うシーンなど。それが民族浄化(ethnic cleansing)を暗示していることは明らかだろう。そして、民族浄化を指向する紛争が今日においても行われ、我々は壁のこちら側のヘス一家と同じくその状況を知りながらも無関心でいるというのがジョナサン・グレイザー監督の強烈なメッセージだろう。観るべき価値は高い。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『関心領域』予告編