『悪は存在しない』 (2023) 濱口竜介監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

本作でベネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)を受賞し、世界三大映画祭全てとアカデミー賞を受賞した日本人映画監督としては黒澤明以来二人目という快挙を成し遂げた濱口竜介監督。カンヌ国際映画祭脚本賞とアカデミー国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』 (2021)の次作として世間の注目を最大限に集めるであろう新作は、そうした周囲の期待を全く意に介さない作品。彼の評価をもってすれば大きな予算を得ることは難しいはずがなく、有名俳優を配して大作を作ることもできただろう。それでこの作品である。あっぱれとしか言いようがない。

 

映画の予告編ほど当てにならないものはないと思っている。配給会社としては、観客を動員するためにはまず興味を惹かなければならず、予告編は撒き餌であり、予告編以上に本編が面白いということはまずないだろう。この作品の予告編を観て、これが濱口竜介監督作品でなければ、関心を惹かれる人は稀有なのではないだろうか。自分もその一人であり、この作品が濱口竜介監督作品でなければ、まず足を運ばなかっただろう。そして結論から言えば、予想していたよりもはるかに面白い作品だった。それでも濱口竜介監督の過去作を越えるものではなかったという印象。

 

この作品の制作のきっかけは、『ドライブ・マイ・カー』で音楽を担当した石橋英子氏のライブパフォーマンス用の映像を撮ることだった。それは『GIFT』という作品になったのだが、その作品の別バージョンで俳優のセリフを入れて再編集した作品が本作。本作においては音楽が劇伴以上の存在感を持っているのはそのため。そして長回しのショットが多用されているのも、PV的な性格の作品と考えれば納得できるもの。こうした作家性を強烈に前面に出し、商業的な成功を全く望まないかのような思い切りのよさは才能ゆえだろうが、それが許されていることは多くの映画制作者にとっては羨ましいことなのだろうと想像する。

 

テーマは「自然と人間」。そして自然と切り分けられた人間と自然と融合する人間を登場させ、その間の緊張関係がこの作品の肝となっている。前者はコロナ助成金目当てに流行りのグランピング施設を山村に造営しようとする人々、そして後者はその山村で日々営む人々。比較的分かりやすい対立構図なのだが、それが歩み寄るかのような展開を最後に完全に破綻させるところがこの作品の妙であり、濱口竜介らしい「裏切り方」だったと言える。

 

作品によっては、物語を一から十まで説明するのではなく、観客の想像が補完することを期待したり、場合によっては様々な解釈を観客に委ねて正解を持たないということはある。あまり映画文法を理解していない一般人に訴求しなくてはいけないテレビドラマでは受け入れられない自由度が映画には許されている。最近の作品で、それが遺憾なく発揮されたのは『PERFECT DAYS』のエンディングだろう。この作品のエンディングは、まさに観客にそれぞれの解釈を考えさせるものであり、そうした映画文法を最大限に活用した作品と言える。そしてそこには正解はなく、観客一人一人が感じたままでいいというのがお約束だろう(個人的な解釈は、スリーパーホールドという技は柔道や総合格闘技では反則ではないということがヒントになっている。タイトルからの連想でもあるが、それは「殺意」という絶対悪ではなく、巧の行動は安易に近づく高橋を拒絶するものと受け止めた)。

 

タルコフスキーやゴダールといった濱口竜介の映画的素養を感じさせる作家性の高い作品。それでも自分は濱口作品では『寝ても覚めても』を最上位に取り、続いて『ドライブ・マイ・カー』、『偶然と想像』としたい。

 

★★★★★ (5/10)

 

『悪は存在しない』予告編