『PERFECT DAYS』 (2023) ヴィム・ヴェンダース監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

ヴィム・ヴェンダースとの相性はあまりよくないと思っていた。「思っていた」と過去形なのは、この作品を観る前に『ベルリン・天使の詩』を三度目に観返して今までの印象が変わったことと、決定的にこの作品に出会えたこと。

 

ヴィム・ヴェンダースの作品では、劇場公開時に観た『パリ、テキサス』(1984)もその後追いで観た『都会のアリス』(1974)もよかったのだが、期待していた『ベルリン・天使の詩』(1987)が全く面白くなかった印象。あまりの評価の高さに二度目に観直して、やはり面白くないとそれ以来遠ざかっていたのがヴィム・ヴェンダース。それが本作の予習として三度目に観直して「なるほど、これは人魚姫の天使バージョンで、人間賛美の物語なのだ」と理解して少し見直したところ。それでも前半2/3のモノクロパートが単調過ぎて、ネガティブな評価がニュートラルになった程度だった。

 

この作品は素晴らしいの一言。但し、観る人を選ぶという印象。この作品のコピーは「こんなふうに生きていけたなら」なのだが、それは言うが易し。この作品の主人公平山の生き様を「今日一日いい日だった」と思えるようになるためには、どれだけの挫折や苦難があっただろうと想像すると、それほど簡単ではないと考えさせられる。

 

平山は、スカイツリーが見える古びたアパートで独り暮らしをする、中年の寡黙な清掃作業員。映画の前半1/3は彼の日常のルーティンを淡々と描き出す。そのストイックな修行僧のような作業は確かに興味深いのだが、「これが2時間続くのか?」という『ベルリン・天使の詩』のトラウマは杞憂に過ぎなかった。

 

彼の平穏な日常なパターンは姪の出現で一旦は揺らぐ。そして観客は、彼の妹の立ち居振る舞いから、彼がいいところの出であり、父親との確執から今の隠遁生活を送っていることを知る(妹が持ってきた袋は、うちの近所の鎌倉紅谷のもので、「クルミッ子」が好物とはなかなかハイソな育ち)。その姪と妹が去った夜、彼は何を思ってか慟哭するのだが、その複雑な心境を推し量ろうとすることはエンディングの平山の悲喜こもごもの表情が何を物語っているかを推し量ることにつながる。

 

この作品では平山がカセットテープで聴く音楽が印象的だが、個人的に刺さったのが、平山の使っているラジカセが、自分が小学校の時に生まれて初めて買ったラジカセのSONY「スタジオ1980」だったこと。ヴィム・ヴェンダースがいかに日本通とはいえ、さすがに当時人気を博したラジカセは知らないだろう。

 

ヴィム・ヴェンダースが小津安二郎ファンであることは有名だが、主人公平山の名前は『東京物語』『秋刀魚の味』で笠智衆が演じた役名。東京国際映画祭の舞台挨拶では「ドイツ人の私に日本の魂があると感じました」と述べていた。舞台が東京であり全ての出演者が日本人なのだが、この作品を観て純日本的というよりどことなくヨーロッパ的な雰囲気を感じ取ったのは監督がヴィム・ヴェンダースと知っているからの思い込みだろうか。平山の精神は諦念によるものだが、禅の削ぎ落された美学というよりキリスト教的な清貧に近いものを感じた。

 

この作品を好むか好まざるかは、孤独を選択する生き様をよしとするか否か。平山のような境遇を否応なしに受け入れざるを得ない人は少なくないだろう。そしてその人たちが「ああ、今日もいい一日だった」と日々を送ることはそれほど容易ではないが、それ以上に容易でないのは、その境遇に自分を置かなくてもいい者がその境遇を自ら選択して、かつ「今日もいい一日だった」と毎日を過ごせること。

 

いい映画の中には、観客に解釈を委ねて考えさせることでより作品に近づけるものがある。この作品はその典型。ラストに映し出された平山の心に去来するものが何であるかを考えることは、この作品を観客の心に焼き付けることになるだろう。役所広司の演技は、最近の作品では西川美和の『すばらしき世界』(2021)で「やはり素晴らしい役者だ」と感じたが、この作品でも「やはり」と感じさせてくれた。

 

個人的に難をつけるとすれば、木洩れ日(=一期一会的な邂逅)が重要なモチーフであることは理解するのだが、それをイメージさせるのだろうと想像する田中泯演じるホームレスの存在がすとんと来なかったこと。あと、役所広司はトイレ掃除をリアルではしたことがないだろうなという所作があったこと(素手でゴミを拾うとか、ゴム手袋のままボールペンで三目並べを書くとか)。ただそれは作品のよさを削ぐほどではない。 

 

この作品は、魅力的な「東京映画」としてソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)と双璧をなす。アカデミー国際長編映画賞の日本代表作品に選ばれているが、過去の受賞作と比較しても遜色のない出来であり、受賞も期待できるだろう。そして渋谷区のトイレが「聖地巡礼」として多くの人が訪れることは間違いない。

 

大晦日に観たこの作品は、今年のベスト3に入れるかどうか迷うほどのレベルだったが、間違いなく今年の日本映画のベストであり、ヴィム・ヴェンダースの最高作だろう。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『PERFECT DAYS』予告編