『寝ても覚めても』 (2018) 濱口竜介監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~


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珠玉の恋愛映画。先に観た『きみの鳥は歌える』が、生活感に満ち溢れたリアリティのある作品とすれば、この作品はその対極にあると言える。映画の中でしかあり得ない設定なのだが、それがなぜか説得力を持って心に響く。

 

爆竹がはぜる中、振り返った二人が一目で恋に落ちる。そしてその瞬間にキスをして、二人の恋が始まる。絶対に映画でしかない設定だろう。

 

麦(東出昌大)と朝子(唐田えりか)は、そうして一生に一度という恋に落ちるのだが、麦は半年後、靴を買いに行くと言って出かけたまま帰って来なかった。2年後、大阪から東京に引っ越していた朝子は、偶然に麦とそっくりな亮平(東出昌大)と出会う。麦を思い出させる亮平を拒絶していた朝子だったが、亮平は朝子に好意を抱いていた。そして東日本大震災の日、彼らの心は一気に近づく。

 

恋愛とは理性ではなく、感情なんだと再認識させられる作品。朝子の、あまりに理不尽かつ非常識な行動に、嫌悪すら示す人もいるであろうが、それは「自分ですら自分をコントロールできない、ましてや他人のことなど気にしていられない」という激情が恋愛の本質だからである。

 

人物設定として、亮平や彼らを取り巻く友人たちのリアルな人生に対して、麦と朝子の「二人の世界」的な設定の対比がとてもよかった。特に朝子は、東京に出てからカフェで働いているというリアルな生活感を与えられているようだが、彼女の家族は一切描かれておらず、そして亮平を拒絶するために、カフェをあっさりと辞めている。そうした彼女の素軽さ、身軽さが、一見普通に見えながら、実は恋愛至上主義体質という人物像を際立たせている。「二人の世界」で好きなシーンは、バイクで車と衝突した後、笑いながらキスするシーン。事故の現場そして彼らを見つめる周りの人の現実感と、彼らとのギャップがとてもよかった。

 

原作にない東日本大震災というモチーフは効果的だった。亮平を拒絶していた朝子が彼を受け入れる契機となり(いわゆる「吊り橋効果」)、また震災地支援に度々東北を訪れる朝子の設定は、麦といる朝子と亮平といる朝子のキャラクターの違いを浮きだたせていた。

 

顔が似ているといっても、小説では、他人の空似レベルだということもできるが、映像で同一人物が演じるとなると、どう見ても同じであるという二人が別人という不自然感が懸念された(『冬ソナ』では実は同一人物というオチなのだが、この作品ではあくまで別人)。しかし、それを感じさせない東出の演技は素晴らしかった。特に、久々の再会シーンで朝子の家に訪れる麦と、その直後に帰宅した亮平。麦が現れた瞬間に「あ、麦だ」と感じ、亮平が現れた瞬間に「あ、亮平だ」と感じた。

 

ラストシーンは、水かさが増す川を眺める亮平と朝子。二人の将来にある不安を、水かさが増す川が暗示している秀逸なもの。

 

同じく恋愛をテーマとする秀れた近作である『きみの鳥はうたえる』との比較では、良し悪しは同じくらいに優れた作品、そして好き嫌いは、好みの問題だが、自分はこちらの方が好きだと感じた。是非観てほしい。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『寝ても覚めても』予告編

 

 

 

 

 

 

 

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