『夜明けのすべて』 (2024) 三宅唱監督 | FLICKS FREAK

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いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

今、最も注目すべき監督の一人、三宅唱。『きみの鳥はうたえる』(2018)は佐藤泰志原作の素晴らしい作品だったし、前作『ケイコ 目を澄ませて』(2022)はその年の邦画の中では石川慶監督『ある男』と1、2を争うほどの出来だった。そして本作もその二作と甲乙つけがたい秀作。2024年初頭にして今年の邦画では三本の指に入ることは確定の素晴らしい作品。

 

作品のよさは、原作と脚本のよさによるところが大きいだろう。原作は瀬尾まいこの同名小説。瀬尾まいこは『そして、バトンは渡された』で第16回本屋大賞を受賞したが、その後大きな期待を持って迎えられた新作がこの作品。

 

一言で言って「優しい映画」。観る人全てが優しい気持ちになって劇場を去ることができる作品。但し、扱っている題材はメンタルヘルスであり、ゆるふわ系の甘っちょろい作品とは一線を画す。それでも優しくなれるというのが作品の力だろう。 

 

重度のPMS(月経前症候群)で月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢美沙は、前の会社をそのために辞めていた。再就職した会社は子供向けの科学教材を製作販売する会社。その会社に最近転職してきたばかりの後輩・山添孝俊のやる気のなさに、ふとした行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。山添もまたパニック障害を抱え、生きる気力を失っていた一人だった。最初はやりにくさを感じていた二人だったが、やがて恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。そして、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。

 

作品の中で、パニック障害を抱える人のブログが引用されていた。「生きるのは辛い。それでも死ぬのはいやだ」そのように生きづらさを感じながら生きている人がいることは頭では理解できても、どれほどの辛さかはやはりリアルには感じられてはいなかった。しかし藤沢や山添を見て、「自分が好きではない」という人生は相当しんどいのだろうと少しは分かったような気がする。そしてこの作品は、そうした人であっても、自分の痛みが分かっているだけに人の痛みを理解してその人の助けにはなることができるという希望を描いていた。そして、全ての人は人の助けによって生きているということを思い知らされる作品だった。そうした作品に接して、優しい気持ちにならないはずがない。

 

主人公は二人ともメンタルヘルスに問題を抱える人間。主人公が共に問題を抱えているというのは、通常こうした題材の作品が障害を抱えた者とそうでない者との物語というのとは少し趣を異にしていた。山添の彼女が「そうでない者」として描かれていたのだが、彼女がキャリアを優先して、海外転勤を機に別れを切り出すのは厳しい現実なのかもしれない。勿論、彼女を責めることは誰もできないが、主人公二人の物語に添えられたサイドストーリーとして重要な意味があったと感じた。

 

とにかく藤沢を演じた上白石萌音と山添を演じた松村北斗が素晴らしかった。普段は人に気を使い過ぎるほどの藤沢がいらいらで豹変する姿や、第一印象はほぼほぼ最悪の山添がエンディングの自らのモノローグで「人は第一印象では分からない」というのを地で行く「結構いい奴じゃん」という姿は、彼ら以外では演じられなかったのではというほどハマっていた。また彼らの周りの人々もいい人ばかりで、山添の前職の先輩を演じた渋川清彦や藤沢と山添の会社の社長を演じた光石研は、「この作品の難点は、周りがいい人ばかり過ぎることなのではないか」というくらいに観ているこちらの気持ちを温めてくれた。

 

原作では藤沢と山添の働く会社は小さな金属加工会社だったが、それを子供向け科学教材の会社に改変したのは三宅唱のアイデア。つまり原作にはプラネタリウムの話はでてこない。登場人物の皆が最後に移動プラネタリウムに集って星空を眺める一体感や、失われた人を想う人々のどことなくノスタルジックな人のつながりと500光年遠くの星の光は500年前にその星が放った光だというイメージが重なることなど、その改変が作品に与える影響は小さくないと感じた。

 

音楽も実に心地よく、監督がこだわる16mmフィルムの映像も美しかった。ささやかだけれど人の心の支えになるお守りみたいな映画だと感じた。是非この作品を観て、優しい気持ちで劇場を去る一人に加わってほしい。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『夜明けのすべて』予告編