『ひとよ』 (2019) 白石和彌監督 | FLICKS FREAK

FLICKS FREAK

いやぁ、映画って本当にいいもんですね~

 

どしゃぶりのある夜、母こはるは、最愛の子供たち三兄妹の幸せを願い、彼らを虐待する夫を殺してしまう。そしてこはるは、15年後の再会を子供たちに誓い、自首をする。たった一晩で、その後の家族の運命を変えてしまった夜から15年の時が流れる。長男・大樹、次男・雄二、長女・園子の三兄妹は、心の傷を抱いたまま大人になっていた。そんな彼らの元に、15年前の約束を守るかのようにこはるが突然帰ってきた。

 

映画愛に溢れる白石和彌作品はいつも気になるのだが、必ずしも全ての作品を観て自分にハマるわけではなかった。ハマらないものも(『サニー/32』を除いて)それほど悪いわけではないのだが、ちょっとしたずれを感じてしまう。考えると、彼の映画愛が少々暑苦しいと感じてしまうのだろう。『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)しかり、『止められるか、俺たちを』(2018年)しかり、『凪待ち』(2019年)しかり。そうした直球系の作品に対して、彼の作品の中でもエンターテイメント寄りの作品は自分にハマった。『日本で一番悪い奴ら』(2016年)は、警察史上最大の不祥事である北海道警察の不法行為(稲葉事件)の実話に基づく抜群に面白い作品だったし、ヤクザ以上にヤクザな広島県警マル暴が主役の『狐狼の血』(2018年)は、更に完成度を高めたエンターテイメント作品だった。

 

アウトロー感を抑え、疑似家族をモチーフとして人間ドラマを描いた前作『凪待ち』が、個人的にはイマイチだったので、その延長線上にあるかのような本作を観ることには二の足を踏んでいた。しかし、自分と相性のいい毎日映画コンクール「日本映画大賞」候補作に選ばれたということで、あわてて観ることに。

 

映画が始まってかなり進んでも、自分の中ではかなり批判的な見方だった。リアリティの欠如があまりにも気になったからである。

 

作品では、加害者家族が社会的にバッシングを受けることが背景になっている。実際に、加害者家族が苛烈なバッシングを受けることはある。例えば、宮崎勤の父親や加藤智大の弟はその結果自殺に至っている。それは、人々が正義漢ぶって加害者のみならずその家族にまで社会的制裁を加えようとすることによって起こる。そして、人は情に流されやすいので、凶悪な犯罪であればあるほど、その魔女狩りは苛烈になる。この作品で、こはるの取った行動にそれほど反社会的な臭いを感じるだろうか。週刊誌の記事のタイトルは「聖母は殺人者になった」であり、結局母を恨むことになった次男がフリージャーナリストとなって「間違いだらけ」だった記事を訂正する記事(そのタイトルは「聖母は殺人者だった」)を書いたというのであれば、事件当時の記事はむしろお涙頂戴物だったのだろう。それで、あれほどひどい嫌がらせに会うというのは少し解せなかった。

 

更に、こはるが戻ってきてからの嫌がらせの加害者が全く見えないことにも違和感があった。姿を表さないのは、具体的な個人ではなく抽象的な社会がそうしているという記号なのかもしれないが、社会がそれほどこはるを憎悪しているのはむしろ不自然だと感じた。

 

また、舞台はどことは特定されていない地方都市。地方都市を舞台にするのは白石和彌監督のお得意だが、それは都会にない「昭和感」や地縁=しがらみといった空気を大切にするからだろう。であれば、長男の嫁が事件のことを全く知らないというのはあり得ない。そして、事件のことを隠して結婚しようとする長男(見知らぬ土地に行って、過去と決別するというのならまだしも)に全く共感することはできなかった。

 

そうした「うーん、やっぱりハマらなかったかな」という感覚が180度逆転するのは、後半も押してから、こはるがある事件を起こしてから。橋の上でこはるが三兄妹に大見得を切るシーンで、「あれ、これって笑っていいんだよね」とこの作品に少なからずコメディの要素があることを理解した。シリアスなテーマを扱いながら、それでグイグイ押すだけではなく、ふっとはずしてくる軽妙感。そう言えばそれまでもそうした「はずし」を見せてくれたなと気付いた時には、ハマっていた。

 

それに続く三兄妹の裏庭でタバコを吸いながらの会話も実によかった。「デラべっぴん」を小道具に使う白石和彌監督のセンスはさすがである。

 

佐々木蔵之介演じる脇役の訳ありタクシー運転手のサイドストーリーも、「これっていらなくね?」と思わせながら、最後にメインストーリーに絡んでくる展開も絶妙だった。

 

役者の演技は、主役、脇役共に秀逸。特に、三兄妹の中のメインである次男を演じた佐藤健。緩んだ腹回りにフリージャーナリストのやさぐれ感を出すところは役者根性があると思わせた。切れのあるドロップキックも見せてくれたし。そして田中裕子はさすが大女優。先に挙げたシーンのように「やり過ぎ感」を出す場面と、抑えた演技の緩急が素晴らしかった。そして、苦難を軽々と飛び越える役回りはさすが『おしん』を演じただけのことはあると思わせた。

 

これまでの白石和彌作品では、個人的にベストの作品。

 

でも、バックでぶつかったくらいじゃ人は死なないし、逆に全速力の車2台が衝突して、誰も傷一つ負わないってのもなあ。それもコメディの要素と考えるとしよう。

 

★★★★★★★ (7/10)

 

『ひとよ』予告編