ミヒャエル・ハネケ監督は本作と次作『愛、アムール』で二作連続パルム・ドール受賞。『愛、アムール』を観た時には感じなかったが、この作品では『ファニーゲーム』を観た時と同じく、言いようのない後味の悪さを感じた。それがミヒャエル・ハネケらしさなのかもしれない(ちなみに、『ファニー・ゲーム』はハネケ監督本人によりハリウッド・リメイクされており、自分が観ているのはナオミ・ワッツ、ティム・ロス主演による2007年リメイク版。今度、1997年オリジナル版を観てみようと思っている)。
舞台は第一次世界大戦前夜のドイツ北部の小さな村。その村では中世からの影響を色濃く残す荘園制の下、プロテスタンティズムが人々の倫理規範であった。宗教的には教会、経済的には領主である男爵家が絶対的な権力を持ち、厳格なヒエラルキーの中に人々は生活していた。映画は、その村に赴任してきた教師の回顧で始まる。作品のところどころに教師の視点があり、彼の立場は、村人(搾取する側とされる側)の外にある。即ち彼の視点が、観客と同じであるところが特徴的。そして、やはり特権的な存在であった医者の乗る馬が、何者かによって張られた針金に脚を取られ、医者が大怪我をする事件から、一連の不穏な事件が次々と村に起こる。
その一連の事件の犯人が誰であるかは、明かされないままストーリーは展開していく。一見、ミステリーのようなのだが、犯人の手掛かりはかなり明示的に(教師によって)示されているため、ミステリー要素は少なく、監督の意図はそこにあるのではないことが分かる。
タイトルの白いリボンは、牧師が自分の子供を戒めるため、「無垢・純潔」の証しとして結びつけたリボンのこと。しかし、その無垢や純潔を強要する村の大人はすべからく欺瞞に満ち、堕落していることが描かれている。特に、医者の最低の人間性は唾棄すべきほど(個人的には、牧師ももっと悪意に満ちているように描いた方がよかったと思う。十分に嫌な奴なのだが)。
つまり、一連の事件は大人の欺瞞や堕落に対する反抗であるのだが、その反抗が、(医者を例外として)欺瞞や堕落の対象そのもの(男爵、助産婦や牧師)ではなく、彼らに関係する弱者(男爵・助産婦の子供や牧師の飼う鳥)に向けられているところに大きな悪意を感じる。そして、その悪意が第一次世界大戦後のナチズムの台頭の背景になるというのが、この作品の持つ大きな構図だろう。
この作品の評価の高さは、いかに人間の悪意が醸成されていくかという過程(そしてそれは実際に起こった事実に裏打ちされている)を見事に純粋培養して描いていることによると思われる。作品のそうした精神性の高さは理解しつつも、作品のテンポ(特に前半、一連の事件が起こる淡々とした描写)の悪さに、終始入り込めないものを感じた。そして観終わった後の、後味の悪さ。パルム・ドールの出来にないとは思わないが、個人的には、到底面白いとは言えない作品だった。
★★★★★ (5/10)
近年のカンヌ映画祭パルム・ドール受賞作の個人的評価
2009年 『白いリボン』 ★★★★★ (5/10)
2010年 『ブンミおじさんの森』 ★★★★ (4/10)
2011年 『ツリー・オブ・ライフ』 ★★★★★ (5/10)
2012年 『愛、アムール』 ★★★★★ (5/10)
2013年 『アデル、ブルーは熱い色』 ★★★★★★★ (7/10)
2014年 『雪の轍』 ★★★★★★ (6/10)
2015年 『ディーパンの闘い』 ★★★★★★★ (7/10)
2016年 『わたしは、ダニエル・ブレイク』 ★★★★★★★ (7/10)
2017年 『ザ・スクエア 思いやりの聖域』 ★★★★★★ (6/10)
2018年 『万引き家族』 ★★★★★★★★ (8/10)