君に逢いたくなったら…⑨
「雨…ひどくなってきたね」
急遽出かけることになって、Taxiに乗り込んだ途端、
今までの穏やかな雨脚が嘘みたいに激しくなってきた。
「…遣らずの雨ですかね」
「ヤらずの雨?」
チャンミンを指差したら、心底嫌そうに、眉をひそめて僕を睨みつけて言った。
「…酔ってるとは言え、品が無いにも程がありますよ」
「は~い」チャンミンは真面目だな…ジュンスなら絶対ノッてくるのに、と思う。
時間は23時を回ってるだろうか…すぐに帰るからと言われて、
時計も携帯電話も置いてきたから、時間が判らない。
飲んだ後に食洗器に食器を突っ込んで来ただけの
後片付けとは言え、バタバタしたせいかな…少し、眠い。
「遣らずの雨っていうのは…」
「…うん」チャンミンの声音が、心地好い。
「逢瀬の後に…眠いですか?」
「ううん」
激しくなった雨音も、車の振動も…隣に座るチャンミンの匂いも…心地好くてつい、目を閉じる。
「どうぞ…もたれて」
「大丈夫」頭を振り、目を閉じたままシートに深く座りなおした。
チャンミンとドライバーが二言三言
言葉を交わしている…やっぱり、眠い…というか、誰かがいると安心する…。
ユノ…。
ユノもこんな風に、気を抜いたりする瞬間って有るのかな。
チャンミンといる時がそう?
それとも…僕の知らない、他の誰か?
ユノ…。
「…着きましたよ」
チャンミンはそう言うけど、着いた場所は普通より少し瀟洒なマンションに見えた。
「ここ?」訝る僕に、
「支払いがあるから、先に降りてください」とチャンミン。
言われるがまま、Taxiから降りたものの、どうも腑に落ちない…。
不意にTaxiのドアが閉まり、発車しかけている。
チャンミンはまだ、車内にいるのに…!
まさか!
「チャ、チャンミンちょっとこれどういうこと?」Taxiを叩いて、とりあえず止まって貰う。
窓を開けて、憎たらしいほど落ち着いてチャンミンは答えた。
「僕からのお礼です」
「な、何の事?何言ってるの、なんで置いてくの」
「大丈夫、ユノヒョンには連絡しておきますから」
「もう、意味がわからないよ!」
「大丈夫ですよ」
そう言うとチャンミンは窓を閉めてしまった。
そして…Taxiは発車し、僕はひどい雨の中どこだかわからないところに一人取り残された。
君に逢いたくなったら…⑧
「ユノ、…どうしてる?」
あまりにもストレートに聞かれて驚いた。
僕は…いつも、どんなステージでも、隣にいるはずの
《ヒーロー》ジェジュンを探してて…《ヒーロー》不在のステージが
とても淋しかったんです。
でも、あなたが《ヒーロー》ジェジュンじゃなくても、同じステージに立てなくても…
あなたが一番誰よりも…好きです…。
そんな間抜けなことを口走らなくて本当に良かった。
「大丈夫ですよ」
軽口と憎まれ口を叩き、また、『マンネ』を演じているうちに食事も終わってしまった。
「…まぁ、良いでしょう。それより、ご馳走様でした」
僕はあなたが好きだけど、僕を愛して、と愛を乞いたくはない…。
つまらないプライドが、僕を笑顔にさせる。
「あ…」
ジェジュンヒョン、お別れです。
「美味しかったですよ」
「…まだ、全然飲んでないよ」
「十分、頂きましたよ。ありがとうございました」
「…待って!」慌てて、僕に背を向けて席を立つ。
別室…おそらく、寝室に飛び込んで、何かを掴んで出てきた。
「…これ!」
「何…ですか?」
黒いキーケース…。
「この家の鍵。いつでも来て良いから」
「…ありがとうございます。頂いていいんですか?」
「うん。いつでも、チャンミンの好きな時に来て良いよ。…あ、でも」悪戯っぽいウインク。
「僕の留守中に女の子、連れ込んだりしちゃダメだよ~。紹介したいなら別だけど」笑いながら、僕を叩く。
ジェジュンヒョン独特の笑い声。
ずっと聞いていたかったな。
「こんなに素敵なご褒美を頂いて…僕も、お礼がしたいです。ジェジュンヒョン」
「なーに?」
「ちょっと、出れませんか?」
「今から?」きょとんとしてる。
「はい。いけませんか?」
「いけなくはないけど…」
「じゃあ、支度してください」
僕は、Taxiを呼ぶべく、携帯電話を操作しながら、ジェジュンヒョンに心の中で詫びた。
…ヒョン、これから、僕がするつもりのこと、怒らないでくださいね…と。
君に逢いたくなったら…⑦
相変わらず、どんな料理もきれいに平らげてくれる様子に、思わず目尻が下がるのが自分でも判る。
ただ、その食べる様を見てたら胸の奥が痛くなった。
…聞きたいな。
ちゃんと食べてる?
どんな風に過ごしてるの?
何を話してるの?
そんな言葉が口から飛び出しそうになるたびに、グラスを空けた。
ピッチが早いのは判ってたけど、止められなかった。
ユノ…。
今、何を思ってるの?
何を考えてるの?
僕はいつも君のことを考えてる。
無理ばかりしてないだろうか。
周りに、困った時に助けてくれる人がいるんだろうか。
僕は君に逢いたくなるたびに、胸を張って逢えるような自分になりたいと…その日まで頑張る自分でいたいと、ずっとそう思ってたけど…。
「ユノ、…どうしてる?」
チャンミンがびっくりしたように、食事の手を止めた。
「ごめん…」
「大丈夫ですよ」そして、再び、食べ始める。
僕は、ほとんど空になったワインを手元のグラスに最後まで注いだ。
「朝も、僕がちゃんとご飯炊いて食べてますし、仕事もきちんとして、深酒もしないで、夜はちゃんと寝てます」
チャンミンは、僕の手元をちらっと見て悪戯っぽく笑った。
「そう言うジェジュンヒョンはどうなんです?」
「ちゃんと寝て食べてます」
思いもしないチャンミンの逆襲に、つい被せ気味に答える。
「…今夜の様子を見てると、とてもそうは思えませんが…」
「良いんだよ、僕は」話を反らされてちょっとムッとして答えると、チャンミンは大袈裟にため息をついた。
「…まぁ、良いでしょう。それより、ご馳走様でした」
「あ…」
テーブルの上は、見事に平らげられていた。