お宝映画・番組私的見聞録 -66ページ目

戦国ロック はぐれ牙

今回は「戦国ロック はぐれ牙」(73年)である。主演は梶芽衣子で、設定等を見るとウケてもよさそうに見えるのだが、1クールもたずわずか9回で終了。明らかな打ち切りである。
誰も引き受けないような危ない仕事をやる連中を「牙」といい、その一匹狼が梶の演じる「はぐれ牙の冴」である。漢字で書くとわかりづらかったりする。一匹狼と言いながらも、その周囲には牙仲間がおり、夏木陽介演じる「竜の左門」や峰岸徹(当時は隆之介)演じる「虎の兵衛」がいる。兵衛の配下が大前均、山谷初男などで、これがレギュラー陣の顔ぶれである。そんな彼らが時には反目、時には協力しながら仕事を遂行していくのである。どんな仕事かといえば、「百姓衆に頼まれて、悪代官や野盗の手から隠し銀山を守る」という「七人の侍」を多少パクったような仕事や、駆け落ちする武家の男女の逃走を手助けするとか、多種に及ぶ。
主演の梶も気合が入っており、革の甚平に革のパンタロンといった衣装は自分で考案したといい、髪型も時代無視で、いつもの真ん中分けロングである。しかし、フタを開けて見れば視聴率は低迷し、早々と打ち切りが決定してしまう。梶も人気の高かった頃だし、製作サイドも誤算であったであろう。何が悪かったのかは断定できないが、梶の色気に欠ける衣装が良くなかったという話もある。これは、あながち間違ってはいないかもしれない。
実はこの数カ月前「戦国ロック」をタイトルにする映画があった。日活の「戦国ロック疾風の女たち」(72年)がそれで、この頃の日活はイコール「ロマンポルノ」なのである。主演は田中真理、山科ゆり、相川圭子などで、こちらは「牙」ではなく「疾風組」という七人の女たちで、男顔負けの暴れっぷりだったが、天魔党の前に山科、相川など四人が犯されたうえ、惨殺されていく。監督は長谷部安春で「戦国ロック」のタイトルは自身が監督で梶が主演だった「野良猫ロック」シリーズから来ているようだ。
映画の存在を知っていた人には、テレビ版「戦国ロック」はセクシーさがない、色気がない、と思われる可能性は大いにあり、特に男性視聴者からはそっぽを向かれたのかもしれない。しかし、最大の原因は裏番組が「必殺仕置人」だったことだろう。「戦国ロック」の放送時間はフジテレビ系で土曜22時30分から23時25分まで。「必殺仕置人」はTBS系で土曜22時から22時55分までとかぶっていた(後にテレビ朝日系金曜21時に移動)。「仕置人」が終わって残りの時間をチャンネルを変えてまで見る人は少なかったのだろう。これは「戦国ロック」の前々番組であった「木枯し紋次郎」が「必殺仕掛人」に視聴率で抜かれてまもなく終了したのと同じことなのである。この時点では、まだ「必殺シリーズ」に同じ時代劇で勝負を挑んでいたわけである。もし、放送時間帯が違っていれば、最低でも1クール分は続いたのかもしれない。

 

姫君捕物控 その2

前回の続きである。13回の短い期間ではあるが、毎回出演は主演の加賀まりこと主水介役の前田吟のみ。牢内で霞がスカウトしたお熊(姫ゆり子)も毎回出演していたが、11話にて「殉職」する。牢名主お紺役は春川ますみ。いかにもという感じだが、お熊とお紺の名前は逆の方がしっくりくる。春川ますみは「お熊」という感じなのである。
六人の真犯人たちを演じるのは、小栗一也、高城淳一、穂積隆信、睦五朗、清川真吾、服部哲治といった顔ぶれ。毎度おなじみの人もいるが、意外なのは小栗一也(小坂一也ではない)。人のいい爺さんとか、被害者の娘の父親とか悪役で見た記憶がない。当時でもかなりの年配に見えるのだが、じつはまだ49歳であった。
高城淳一は悪役も多いのだが、当時は「部長刑事」で主役の城部長刑事を演じていた時期でもある。後に「大都会PartⅢ」で加川課長、「西部警察」の佐川係長などを演じており、警察の中級管理職役のイメージも強い。本作では暴れまわる高城淳一を見ることができる。この人も年配に見えるが当時47歳である。
服部哲治は子役出身で、テレビの創成期から活躍していた。実は本作の数年後に藤山寛美に誘われて松竹新喜劇に入団したという。その活躍の程は不明だが、77年から10年近くドラマへの出演記録が見当たらない。舞台に打ち込んでいたということであろうか。
そんな彼らを影で操っていたのが天一坊一味である。実際の天一坊事件とは、簡単に言うと山伏の天一坊改行が、八代将軍徳川吉宗の落胤と称して浪人を集めていたという事件だそうだ。
天一坊は団次郎、伊奈に高松英郎、赤川に勝部演之、天忠(漢字が正しいか不明)に天草四郎。この四人が首謀者で、実質的なリーダーは高松英郎演じる伊奈であった。しかし、伊奈は霞の追及に計画の失敗を感じ、一人自害してしまう。残された三人はそれでもやるしかないと将軍との面会を強硬しようとしたが、待っていたのは多くの捕方であった。天一坊一味はあえなく捕らえられてしまうのであった。
団次郎といえば、この当時は「帰ってきたウルトラマン」(71~72年)で、一年間ヒーローを演じ終わったばかりの頃である。まだCMモデルのイメージが強く、二枚目であることは間違いないが、何故か悪役も似合ってしまうのである。そういえば「ウルトラマン」の前でも、「江戸川乱歩シリーズ明智小五郎」(70年)においては黄金仮面を演じている。
二谷英明演じる大岡越前は切腹寸前まで追い込まれるが娘の活躍によって回避される。めでたしめでたし。といった内容であった。「大岡政談」などでは天一坊事件は越前と結び付けられているが、実際は一切関わっていなかったのが事実だという。

 

姫君捕物控

今回は「姫君捕物控」(72年)である。これは、つい先日までCSで放送されていたが、全くの初見であった。
主演が加賀まりこでこのタイトルだと、どこかの城の姫さまが庶民のふりをして市井の事件を解決する、というパターンを想像する人も多いかと思うが、かなり違う。
実はこれ原作が山田風太郎の「おんな牢秘抄」なのである。山田風太郎といえば、忍法帖のイメージ、伊賀と甲賀の忍術合戦みたいなイメージが強いと思うが、もちろん忍術の出てこない時代小説もある。自分は不勉強で知らなかったのだが、山田は時代小説だけでなく伝奇小説、推理小説の3分野で名を馳せていたのであった。その3分野以外にもユーモア、官能、戦争、ショートショートなどあらゆる分野で作品を残している。
やはり忍法帖シリーズが最も有名で、他の作品群は正当には評価されていなかったという。その再評価の先陣をきったのが「山田風太郎傑作大全・全24巻」で、入手困難だった作品が多く収められているという。この発売は96年からで、それまではその存在を知られていない作品も多かったということだ。
さて「姫君捕物控」に話は戻るが、基本的には原作に沿っているようだ(原作は未読なので)。一時間ではなく30分枠の放送で、基本は前後編となっており、6エピソード+最終話の全13話である。これらは実は1つにつながっているという構成になっている。
加賀まりこ演じる霞は大岡越前守(二谷英明)の娘であり、お姫様ではない。剣術だけではなく体術も使えるという設定だ。そんな彼女が「武州無宿お竜」と名乗り、小伝馬町の女囚の牢屋敷に入牢してくる。ここにいる六人の女死刑囚に接触するためであり、彼女たちには無実の可能性があったのである。お竜というのは女スリで、霞に瓜二つだった、そしてその二つ名が「姫君お竜」だったのである(由来は不明だが、美人だからということだろうか)。
六人はいずれも人殺しの罪で服役していた。結論から言えば全員無実なのだが、自分がやったと思い込んでいたり、男を庇っていたりするケースもあった。
霞は同心・巨摩主水介(前田吟)の協力を得て、牢を出たり入ったりしながら真犯人を見つけ、事件を解決していくのである。ちなみに、霞と主水介は好き合っているという設定。しかし、主水介は身分違いだからとあくまでも「お嬢様」として接している。もちろん腕もたち、霞の危機にはさっそうと現れるのだ。
女たちが殺した(ことになっている)男たちには共通点があった。漢字一文字の刺青をしていたのである。繋げると「無妙法蓮華経」となっており、先頭に「南」がくれば「完成」となる。前述のとおり、事件は一つに繋がっていたのである。その真相には「天一坊事件」が絡んできたりするのである。次回に続く。

 

肝っ玉捕物帳

60~70年代というのは実にバラエティに富んだ時代劇が作られている。「水戸黄門」「遠山の金さん」といった王道から、「必殺シリーズ」「木枯し紋次郎」といったアウトロー系とでも言うのだろうか。自分は子供の頃から後者をよく見ていたのだが、さすがにこれは見たことがない、または知らんというものも沢山存在する。
今回はそういう中から「肝っ玉捕物帳」(73年)である。「肝っ玉」が代名詞といえば、「肝っ玉母さん」こと京塚昌子である。そう、これは京塚昌子を主人公とした時代劇なのである。個人的には、ホームドラマ系はほとんど見なかったこともあり、「肝っ玉母さん」を中心とした京塚昌子ものも、あまり見たことがない。当然この番組も、たぶん20年くらい前まで存在すら知らなかった。CSあたりでも恐らく放送されていないと思われる。
「肝っ玉母さん」で京塚の娘役をしていた沢田雅美が本作でも娘役を演じている。「母さん」はTBSの番組だったが、「捕物帳」はフジテレビでの放送である。
その内容は神田の火消し「か組」は未亡人のお京(京塚)が仕切っている。彼女の義理の弟(津川雅彦)は岡っ引きだが、捕物の腕はいまいちでつい義姉に頼ってしまうことから、捕物が発生するわけである。ふくよかなおばさん(当時43歳)である京塚に立ち回りが出来たのか、という疑問はあったが、ちゃんと立ち回りもこなしていたようである。しかも、武器は手ぬぐいだったという。ちなみに彼女は当時、既に糖尿病を発症していたようである。
他のキャストだが、娘は前述のとおり沢田雅美で、その婿が伊吹吾郎。「か組」の若い衆に田辺靖雄、左とん平。お京の息子役は郷ひろみ。そこに何故か絡んでくる高杉晋作にあおい輝彦、千葉周作に丹波哲郎。役柄はよくわからんが津川の奥さんである朝丘雪路も出演していたようだ。こうして並べると中々豪華なキャストが揃っていたといえる。
水谷豊、三ツ木清隆、紀比呂子などがゲストで出演していたようで、主題歌は美空ひばりで、本人もゲストで出演したという情報もあるが、確認の方法がないのが実情である。
京塚は80年代になると突然消えてしまったような印象があったが、83年に脳梗塞で倒れ、一時復帰したが86年には休業宣言して闘病生活に。復帰することがないまま94年に亡くなっている。64歳であった。

 

めくらのお市

さて松山容子と言えば代表作がもう一つ、「めくらのお市」(71年)である。タイトルでわかると思うが、「座頭市」の女性版である。本作には映画シリーズ全4作が先にあり、その後にテレビ版が放送されている。しかし、タイトルがあまりにも直接的過ぎて、陽の目を見ることがなくなり、封印作品の一つとして語られることがあるくらいではないだろうか。地上波では今後も放送されることはないと思う。いちいち、ピー音(又は消音)処理をしなければならないだろうし。しかし、映画版については、CSでは近年放送されたことがあったのである。CSは「当時のオリジナルのまま」が原則なので、そのまま放送されたはずである。
しかし、ハンディキャップ時代劇の一つ若山富三郎主演の「啞侍 鬼一法眼」(73年)については、CSで放送された際、タイトルは「鬼一法眼」に改題されている。そかも、OPに映像処理が施され、若山富三郎のクレジットをどアップにして、役名「啞侍(鬼一法眼)」の部分を「侍(鬼一法眼)」にしてしまったのである。これはファミリー劇場での話だが、次に放送された時代劇専門チャンネルでは、タイトルこそ「鬼一法眼」だったが、映像はに加工はされていなかったという。
「めくらのお市」は映画版こそ改題せず、そのまま放送されたが、テレビ版だとやはり改題が必要となってくるのかもしれない。テレビ版についてはCSでも放送実績はないはずである。自分は71年当時もさすがに見ていなかったと思うので、本作は一度も見たことがないといえる。
数少ない情報では、松山容子は目は開けたままでお市を演じていたようだ。テレビ版では松山容子以外にレギュラーがいたかどうかも不明である。出演者としてドラマデータベースに名が挙げっているのが鈴木やすし、菊ひろ子、藤岡弘、丹波哲郎、そして子役の矢崎知紀、高野浩幸などである。この中ではやはり鈴木やすしが相方役には適しているような気がする。
スタッフに目を向けると、監督に石井輝男の名前があるが、どうやら三分の一(全24話)は石井の担当だったようである。脚本は大野靖子、小山内美江子といった女性陣が目立つ。原作は「くれないお仙」と同じ棚下照生である。実はこの71年に松山容子と棚下照生は結婚したのである。これ以降、松山は芸能活動を縮小していったので、主演としては本作が最後だと思われる。引退ではなく、ふとドラマに顔を出すこともある。
前々回に書いたが、棚下照生は寺田ヒロオを上京に導いた人物である。トキワ荘のリーダーと親しい関係にありながら「まんが道」などトキワ荘関連の話に棚下照生は一切登場しない。しかし、映画「トキワ荘の青春」(96年)では、寺田(本木雅弘)が主人公ということもあってか棚下(柳ユーレイ)も登場している。そう言えば寺田にも「暗闇五段」という盲目の柔道青年を描いた作品がある(千葉真一主演でドラマ化)。

 

緋剣流れ星お蘭

「旅がらすくれないお仙」の後をうけて始まったのが「緋剣流れ星お蘭」(69~70年)である。10年くらい前にも、同じ流れで同作品を取り上げているので、似たような内容になりそうだが容赦願いたい。
大信田礼子のかみなりお銀は残留したが、主演は松山容子から花園ひろみに交替した。「お仙」はモノクロだったが、本作はカラー作品である。
「お仙」の最終話で、お仙と別れたお銀だったが、その直後に侍姿の女剣士・お蘭と出会い、二人で旅をすることになるというもの。これは「素浪人月影兵庫」→「素浪人花山大吉」と全く同じ流れである。もっともこちらは、兵庫も大吉も見知らぬ瓜二つの男という設定で同じ近衛十四郎が演じている。これはタイトルを変える必要があったための措置だからだ(「月影兵庫」の原作者・南条範夫が内容が原作から逸脱しすぎているとクレームを入れた)。
この「お蘭」も松山容子がOKすれば、瓜二つの女という設定で続投していたかもしれない。逆に制作サイドで交替を考えたのかもしれないけれども。
花園ひろみは当時29歳。松山容子より3つ若いのだが、当時の人気はどうだったのだろうか。東映ニューフェイス同期だった山城新伍と62年に結婚し、一度引退しているのである。66年に復帰しているが、基本はゲストでの出演で、ここでの主役起用は唐突に見える。前述の「月影兵庫」や「花山大吉」、前作の「くれないお仙」全てにゲスト出演しており、起用しやすかったということもあるかもしれない。
花園ひろみは40年生まれで、本名は花沢浩美という。花園ひろみとはいかにも芸名くさい名前だが、本名をベースにしていたわけである。58年にデビューし、61年までに時代劇中心に60本以上の映画に出演していた。
基本的にはレギュラーは二人だけなので、ゲストに目を向けると第1話に里見浩太朗、第3話と6話に若山富三郎の名がある。同じ役かどうかは不明だが、スパンが短いので同じ役である可能性が高い。ゲスト一覧を見て、特に目立つのが織本順吉で、最低でも5回は出演している。これらが同じ役かどうかは不明だが、16話~19話にかけては3回出演しているようなので、ここは同じ役での出演と予想する。佐々木功も2回出演しているが、主演だった「妖術武芸帳」(69年)が打ち切られた直後のようである。
さて、番組は予定どおり?半年26話で終了。お蘭の正体はある藩のお姫様であったというものであったが、あまり意外性はないと思う。松山容子だったら定番の設定だし、花園だってお姫様役は多かったはずである。このシリーズは一度ここで終了している。

 

旅がらすくれないお仙

話が松山容子に戻るのだが、彼女が主演でヒットした時代劇と言えば「琴姫七変化」よりも、「旅がらすくれないお仙」(68~69年)を挙げる人も多いのではないか。
女渡世人のくれないお仙を松山容子、旅の相方である女スリのかみなりお銀に大信田礼子。基本レギュラーはこの二人のみで、これは同じ東映制作の「素浪人月影兵庫」「素浪人花山大吉」と同じフォーマットであり、要するにこれらの女性版なのである。ただし、本作には原作がある。「週刊漫画サンデー」に連載されていた棚下照生の漫画である。棚下はタナカと読む。つまり本名は普通に田中である。棚下は元々は少年誌に書いており、あの寺田ヒロオをプロ漫画家に誘い、上京を勧めたのは棚下だという。ただ、仲間でつるむのを嫌い、トキワ荘グループとの親交はなかったようだ。66年頃から青年誌で女侠客物を書き始めている。主演の松山と本作で知り合い、71年には結婚に至っている。これは、松山の方が棚下を気に入ったということらしい。
ところで「くれないお仙」に限っては、松山よりも大信田礼子目当てで見ていた人も多かったのではないだろうか。大信田礼子は48年生まれ。高校三年だった66年に米で開催されたミス10代女王コンテスト世界大会で優勝。それをきっかけに芸能界入りしている。ちなみに、京都の小中高校での同級生に沢田研二がいた。
東京でモデルデビューしたが、芸能界にあまり興味が持てず、実家の火事などもあって京都に戻っていたという。京都で撮影所を見学している時に「出ないか」と声をかけられ、出演が決まったという。提示された月給が良かった(当時で25万円)ということもあったようだ。
「くれないお仙」の時は丁度20歳になったばかりで、松山は既に大スターだったが、大信田は素人に毛が生えたようなもの。格差の大きなコンビであり、大信田の方からは怖くて話かけたりできなかったという(松山が彼女をいじめていたわけではない)。
かみなりお銀といえば、ミニの着物というイメージだが、当初は普通に長い着物だったという。しかし、ローアングルからの撮影が多かったため、「だったら最初から短くしましょう」と大信田の方から提案したのだという。髪についても、かつらではなく、自分のをアップにしてやらせてくださいと提案したという。これらが功を奏したのか、当初は1クールの予定だったのが延長され、最終的に4クール1年の放送となったのである。
既にカラーのドラマも多くなっている中、本作はモノクロ。東映はモノクロドラマ(の保存)には冷たい傾向があり、本作は第5話のみが発見されており、残りは所在不明らしい。その第5話がCS東映チャンネルで放送されたが、お銀は既にミニ着物姿だったように記憶している。
資料によれば、第1話のゲストは若山富三郎、山城新伍、山本豊三という豪華版。出演回数で目立つのは中村竹弥、工藤堅太郎、坂口祐三郎といったところである。

 

若いいのち

土曜19時からの大塚製薬一社提供枠だが前回の「噂の錦四郎」(63~65年)と「009!大暴れ、とんま天狗」(65~66年)の間には、実はもう一番組挟まっている。時代劇でもコメディでもない「若いいのち」(65年)というドラマである。内容は太平洋戦争末期の海兵学校を舞台に、その生徒たちの日々を描いた物語である。原作は菊田一夫で、脚本は藤本義一など。同じスポンサーの同じ枠の番組とは思えないようなラインナップである。
内容の詳細はほぼ不明だが、兵学校を舞台とした映画は結構あるので、その辺から大きく違うようなものではないだろうと勝手に思っている。
主演は歌手の梶光夫で、他の生徒役は近藤正臣、高峰圭二、頭師孝雄、頭師正明、賀川浩延、松山光などである。
梶光夫は当時20歳。本作のように映画やドラマへの出演もあるが、基本的には歌手である。本作の主題歌、副主題歌とも梶が歌っている。梶は活動期間が短かったので、馴染みのない人も多いかもしれない。ただ、人気がなくなったから辞めたのではなく、元々期限付きの芸能活動だったのである。梶の実家は宝石商で、父親は梶に後をついでほしいと芸能界入りを反対。「5年で辞めるから」と説得してデビュー。人気者になったにも関わらず、約束通り70年には引退してしまうのである(実際は7年ほど活動したようだが)。「あの人は今」的な番組で、現在は宝飾デザイナー、宝石鑑定士として活躍する梶の姿が流れているのを自分もたまたま見ている。
近藤正臣は当時23歳、この中では一番有名だと思うが当時はまだ無名の存在であった。実際に人気が出るのは70年になってからである。高峰圭二は当時19歳。「ウルトラマンA」が有名だが、デビュー作「竜巻小天狗」(60年)でも主役なのである。近藤とはこの番組で親交を深め、後に同じ事務所となる。
頭師正明と頭師孝雄は兄弟である。三兄弟というのはよく聞くが、子役の頭師兄弟は四兄弟(実際は五兄弟)なのである。長男を除き、正明が次男、孝雄が三男、満が四男、佳孝が五男である。正明と満はそれぞれ高校と中学で引退し、孝雄と佳孝のみ俳優を続けた。頭師佳孝は黒澤映画「どですかでん」で主役を演じるなどしたが、結局一番印象に深いのは「飛び出せ青春」の柴田役であろう。孝雄と佳孝は意外と共演も多いのだが、話題になることはなかった。おそらく頭師(ずし)という名前が読みづらいのが、頭師兄弟があまり浸透しない要因ではないだろうか。
ところで頭師正明は資料等によれば、61年には引退したことになっている。出演者に名があるのだが、本当に出演していたかどうかは何とも言えない。
他の出演者だが、高桐真、中真千子、土田早苗、南道郎などである。

 

噂の錦四郎

「琴姫七変化」と「009!大あばれ、とんま天狗」の丁度、中間くらいに放送されたのが「噂の錦四郎」(63~65年)である。この番組についても以前、取り上げたことがるが、土曜夜7時からの大塚製薬一社提供枠ということは書いてなかった気がする。
主演はタイトルにもなっている松本錦四郎。「琴姫七変化」では琴姫の従者である大塚四郎を演じていた役者であるが、ここに来て単独主演を得たわけである。
松本錦四郎についても何度か書いたことがあるが、また改めて書くと33年生まれで、本名を植田浩安という。56年に第三期ニューフェイスとして日活入社。同期に二谷英明、小林旭、筑波久子などがいた。本名もしくは穂高渓介の芸名で「幕末太陽傳」(57年)などに出演したが、58年には歌舞伎役者を志し、八代目松本幸四郎の門下となっている。そこで、松竹の社長・大谷竹次郎に認められ松竹入りし、同年の「七人若衆誕生」で松本錦四郎の名で林与一、花ノ本寿らと売り出されたのである。しかし、松竹が時代劇映画の制作から撤退を打ち出したため、60年からはテレビ中心の活動となっていた。
さて、「噂の錦四郎」だが、「金四郎」だったら「遠山の金さん」ということになるのだが、こちらは10代将軍家治の弟・松平錦四郎のことをいう。実際にはどうかというと、家治の弟は徳川重好(松平萬次郎)がいるのみで、松平錦四郎は架空の人物である。「琴姫七変化」の時の11代将軍家斉といい、その背景が一般的には知られていない将軍をチョイスしているのだろう。ところで、家治が亡くなった際、本来ならば弟の重好が将軍職になるところを、家治の養子となっていた家斉が就くことになったのである。
番組の大筋は、幼くして江戸城を飛び出し、市井で育った錦四郎が老中・田沼意次の悪政と闘い、悪を斬るというもの。実際に家治は田沼意次を老中に抜擢し、幕政をまかせ、自らは趣味等に没頭していたという。家治が亡くなった際も田沼が毒を盛ったのでは、という噂もあったようだ。重好を錦四郎と置き換えてみることもできたかもしれない。
松本錦四郎以外の出演者だが、田沼役に石黒達也、松山容子も百合姫という役で助演した。他に秋葉浩介、伊吹友木子、永田光男、石黒美代子、有田紀子、そして栗塚旭などである。
番組は1年半にわたり放送されたが、松本にとっては本作がピークとなってしまったのである。歌舞伎界の若手御曹司が次々と台頭してきたことや後ろ盾でもあった大谷社長の死去もあり、以降に主役を張ることはなかった。「特別機動捜査隊」へのゲストなど現代劇にも出演するなどしたが伸び悩み、73年ガス自殺により生涯を終えた。39歳であった。

 

009! 大あばれ、とんま天狗

「崑ちゃんのとんま天狗」終了から約4年、その続編として制作されたのが「009!大暴れ、とんま天狗」(65~66年)である。前作と同枠でスポンサーも同じ大塚製薬だが、制作会社は前作の東宝テレビ部から東映京都撮影所に変更となっている。また、前作は完全なスタジオ収録であったが、今回はスタジオ内に客席と舞台を設けた公開形式で制作された。
出演者も大村崑、芦屋小雁以外は入れ替えとなっている。これは脚本の花登筐が主宰していた「劇団 笑いの王国」が64年に解散してしまったことによるもの。
「人気の大村崑、実力の雁之助」という図式が成立していたが、雁之助は二番手扱いになっていることに不満を感じるようになり、花登や大村から距離を置くようになっていったという。これに弟の小雁らも追随する形となっていた。さらに、花登の妻である由美あづさの存在。由美は元宝塚の娘役出身であり、プライドが高く看板女優としての座にこだわり、横暴であったという。大村も孤立化していき、64年花登は劇団の解散を決め雁之助・小雁兄弟らは花登のもとを離れていった。しかし、小雁は今回の「009~」には出演。後の「どてらい奴」にも出演しているところを見ると、さほど拘りはなかったのかもしれない。
他の出演者だが左とん平、柴田昭彦、森山加代子、ルーキー新一などで手塚しげお、花村菊江、東山明美なども出演したようである。タイトルにある「009」は「007」を始めとする当時のスパイブームに乗じたものだが「オロナイン」やこの年に発売を開始した「オロナミンC」にかけたものでもある。石ノ森章太郎の「サイボーグ009」は、64年に連載がスタートしているが、無関係である。しかし、この「009!大暴れ、とんま天狗」のコミカライズが石ノ森によって行われている。
芦屋小雁といえば、思い出すのは87年の斉藤とも子との結婚。当時、小雁は54歳で斉藤は26歳という28歳差のカップル誕生であった。小柄な冴えないオジサンと美人女優の組み合わせに、特に彼女のファンではなかったが、なんか勿体無い気がしたものである。このカップル長持ちしていたようなイメージだったのだが、8年後には離婚していたことを今回初めて知った。その原因の一端となったのが小雁の趣味であるホラー映画収集だという。斉藤はこれをひどく嫌って映像を処分させたりしたことから破局に繋がっていったらしい(無論それだけではないだろうが)。
95年に二人は離婚したが、翌96年小雁は今度は30歳年下の女優・勇家寛子と結婚している。たいしたものである。