お宝映画・番組私的見聞録 -166ページ目

黒の駐車場

弓削太郎は田宮二郎の主演映画も結構監督している。有名な「黒」シリーズの「黒の駐車場」(63年)もその一つ。共演は藤由紀子、中田康子、小沢栄太郎、千波丈太郎、中条静夫など。この「黒」シリーズに田宮ともども、その半分以上の出演した藤由紀子は、この二年後田宮と結婚することになる。
藤由紀子は61年に松竹からデビューしたが、62年末に大映に移籍し、63年に再デビューという形で大映作品に登場したばかりであった。結局、2年程の活躍で結婚引退していく。
「黒の駐車場」に関しては以上。
この63年は、大映関係はいろいろあった年である。田宮二郎が大映社長永田雅一に怒りを買い、五社協定をたてに映画に出演できなくなった事件は以前にも書いたが、田宮よりそれを先にやられたのが山本富士子である。
山本はこの63年、契約切れを持ってフリーを主張するが、永田は五社協定にかけると脅した。山本は真っ向から対決し、「自分の立場は自分で守る」とフリー宣言。怒った永田は五社協定を使い彼女が一切映画に出れないようにした。この永田の行為は世間でも非難の声があがったという。山本はテレビや舞台に活路を求め、この年以降一度も映画には出演していない。
前項の大辻伺郎の主演ドラマ「赤いダイヤ」がヒットしたのもこの63年で、大映の大部屋俳優だった丸井太郎主演のドラマ「図々しい奴」がヒットしたのもこの年だ。
丸井にはテレビドラマのオファーが殺到したらしいが、ここでも五社協定が立ちふさがり、「人気スター」のドラマ出演は許されなかったのである。仕方なく映画に戻った丸井だったが、大映側が彼に何か作品を用意していたかというと、そんなこともなくほとんど飼い殺し状態になってしまったのである。丸井が自殺したのは67年のことである。
本項に登場したうち男4人が自殺(太郎、二郎、伺郎、太郎、みんな○郎だ)。藤由紀子や山本富士子は現在もたくましく生きているようだ。

いそぎんちゃく

大映の所属ではないが、大映に多く出演した役者に大辻伺郎がいる。個人的には、大辻を初めて認識したのは「ハレンチ学園」のヒゲゴジラ役だったりするので、それはもう怪優というイメージしかない。
そのイメージどおり、私生活でも奇行の目立つ人だったようで、それほど稼いでいないのに高級車を何台も買って借金に負われたりとか、役に凝りすぎて、それがエスカレートすると行方不明になっていたりしていたという。
大映での映画出演も60年代前半に集中しているが、そういった奇行ぶりがたたって仕事が減っていたようである。
そんな中、69年「いそぎんちゃく」に出演している。大映にはほぼ四年ぶりの出演で、大映でのほぼ最後の仕事となっている。
本作は渥美マリ主演の第1作で、シリーズ化(軟体動物シリーズ)されるほどの人気を呼ぶことになる。簡単に言えば、渥美が色んな男と関係を持ちながら、たくましく生きていくといったような話なのだが、本作で渥美と関係を持つのが、高原駿雄、牟田悌三、平泉成(当時は征)、そして大辻である。まあ、平泉と大辻はわかるが、高原とか牟田はどちらかといえば、当時はいいお父さん的なイメージだったと思うのだが。
話は飛ぶが、大辻が自殺したのは73年5月21日のこと。原因は借金苦によるものだった。そして、この前日である5月20日に白骨化した自殺死体として発見されたのが弓削太郎。本作の監督である。大映東京の監督として長い間活躍したが、大映が倒産した翌72年から行方不明になっていたという。動機は不明だが、やはり映画が撮れなくなったことと無関係ではないだろう。

ぽてじゃこ物語/スイートポテト

本郷功次郎といえば、「特捜最前線」の橘警部のイメージという人も多いだろう。個人的には、本郷がレギュラー入りした時、消えた俳優の復活という感じに思えた。もちろん消えていたわけではないのだが、70年代に入ってほとんど見かけた記憶がなかったのも事実だ。
大映には倒産した71年まで在籍していたようだが、映画によく出演していたのは69年までで、70年代からはテレビに活躍の場を移していた。
79年に特捜入りするまで、何に出ていたか調べると、時代劇の単発ゲストも多かったが、花登筐のドラマに結構レギュラー出演していたことがわかった。
60年代すでに「堂島」「船場」といった花登ドラマに顔を出していたが、71年の「ぽてじゃこ物語」「すーいとぽてと」、74年の「おからの華」などが代表的で、「どてらい奴」にも顔を出していた。
自分は、意識的に避けたわけではないのだが花登筐のドラマで見ていたといえるのは「あかんたれ」くらいなので、本郷が花登ドラマの常連だったとは全く知らなかったのである。
「ぽてじゃこ物語」はあの「細うで繁盛記」と「細うで繁盛記」(続編)の間に挟まれて放送されたドラマ。アイディア商売に成功する女の半生を描いたというもので、主演は三田佳子で、他にミヤコ蝶々、田中春男、船戸順、そして本郷功次郎など。「すいーとぽてと」は、戦前に「大学いも」を売り出した女性の根性ドラマで、主演は和泉雅子。他に中村メイコ、浜田光夫、フランキー堺、そして本郷など。ちなみに本作は途中でタイトルが「大学いも物語」に変更されたようだ。
とまあ、花登ドラマファンなら、本郷は「特捜」前もコンスタントに見かける俳優だったのかもしれない。

海のGメン 太平洋の用心棒

さて、「ガメラ対バルゴン」だけでなく「ガメラ対ギャオス」や「ガメラ対バイラス」などにも出演した66~68年あたりの本郷功次郎だが、もちろん特撮専門になったわけではなく、今までとおり現代劇、時代劇の両方をこなす大映の主力俳優の一人として活躍していた。
その中から1つ適当にチョイスしたのが「海のGメン 太平洋の用心棒」(67年)である。東映に「太平洋のGメン」(62年)という作品があり、多少ややこしい。
これは、国際密輸団の陰謀の摘発を巡るGメンたちの活躍を描いたアクション映画だが、このGメンを演じるのが宇津井健、藤巻潤の「ザ・ガードマン」コンビ。そしてその「ガードマン」では、何度も悪役として登場している成田三樹夫、そして本郷功次郎という顔ぶれ。ちなみに宇津井が班長で、成田が主任という役柄だ。当時のポスターにもこの四人がドーンと写っている。
密輸に関係する貿易会社の社長秘書役が江波杏子で、彼女に近づくのが成田だったりする。このコンビといえば、前年の66年に放送された成田主演のドラマ「土曜日の虎」のコンビでもある。例外もあるが、基本的には悪役なので、成田は途中で裏切るのではなどと思っていた人もいるかもしれない。
他の出演者だが、成田同様にGメンでも悪人でもおかしくない待田京介はじめ、北原義郎、姿美千子、木村元、それに前項の「バルゴン」にも出演していた早川雄三、藤山浩二、夏木章なども顔を見せている。

大怪獣決闘ガメラ対バルゴン

唐突というか、前項で話題にしたので「大怪獣決闘ガメラ対バルゴン」(66年)を取り上げてみよう。
本作はガメラシリーズの第2作で、前年の「大怪獣ガメラ」の大ヒットを受けて制作された。ガメラシリーズというと、個人的には子供向け過ぎるイメージがあるのだが、本作はシリーズで唯一子供が全くからまない大人向けともいえる作品となっている。
第1作では船越英二が主演だったが、興行収入が期待できる作品に看板スターは必要だろうと考え、本郷功次郎にオハチが回ってきたのだろう。前項でふれたとおり、本人はかなり抵抗したらしいが。
ヒロイン役は江波杏子で、他にも藤岡琢也、北原義郎なども出演しているが、目立つのは藤山浩二の悪人っぷりだろう。悪役として活躍した役者で、名前を聞いてもピンとこないかもしれないが、その外国人っぽい顔を見れば分かる人も多いかも。ニューギニアで早川雄三を見殺しにし、本郷を爆殺しようとし、日本でも本郷の兄夫婦(夏木章、若松和子)をも殺害する。夏木章は終戦の45年から大映に在籍するベテラン脇役だが、彼的にはかなり目立つ役だったのではないだろうか。ちなみに「木枯らし紋次郎」の第3話の冒頭で酔って道を塞ぎ、紋次郎に殴られる浪人を演じているのが夏木章だ。
スタッフは本作は子供は楽しめない内容だったため、次作より子供を重視した内容にシフトしていったようだが、前述のとおり、回を重ねるごとにあまりにも子供向けになりすぎていった感が個人的にはある。
自分も子供だったくせに、子供が中心となるような映画(番組)は嫌いと言う妙な?子供だったのである。
なお、本作の併映作品はあの「大魔神」であった。特撮映画の二本立ては東宝でも実現できてなかった快挙であった。こちらの方も「ガメラ」シリーズとともに、当時の大映を支えたドル箱シリーズとなっていくのであった。

青春気流、その他

川口浩の復帰作となったのはNHKのドラマ「青春気流」(67年)だったようである。どんなドラマか詳細は不明だが、主役である法学部助教授を演じていたようだ。
他の出演者は広瀬みさ、松村達雄、加藤嘉、南原宏治、久保菜穂子、津坂匡章(秋野太作)、田村正和と、出演者の顔ぶれからすると古巣の大映とはかかわりがなく、おそらく松竹のドラマっぽい。
そして、その終了直後にスタートしたのが、等ブログでもかなり初期に取り上げた「秘密指令883」(67年)だ。これはもろに古巣である大映のテレビ室の作品で、31歳にして秘密捜査官のリーダー速水を演じた(883は速水のことだろう)。部下の一人が前項の「秦・始皇帝」でも共演した本郷功次郎で、大映の一線スターとして活躍を続けていた。この頃の本郷は「大魔神」など特撮映画への出演が目立つようになっていたが、最初に「ガメラ対バルゴン」(66年)の出演を通達された時は、数日雲隠れするほど、嫌がったという。
この「秘密指令883」はわずか19回で終了し、同じ大映テレビ室のアクションドラマ「ザ・ガードマン」の影に隠れる結果となった。その「ガードマン」のプロデューサーが野添ひとみの姉・野添和子である。その縁もあってか、川口もゲストで二度ほど出演している。もう少し復帰が早ければ、「ガードマン」のメンバーになった可能性もあったのではと思ったりする。ちなみに和子とひとみは双子だそうである。
以降、ほとんど大映のドラマに顔を出すことはなくなったかわりに東映ドラマへの出演が多くなる。そして「キイハンター」のレギュラーに60話(69年)より加わわるのである。すでに何度かゲスト出演しており、確か野添ひとみと一緒にゲスト出演したエピソードもあったはずである。
自分の世代では川口浩は「キイハンター」で知った人がほとんどだろうと思う。

秦・始皇帝

話はいつの間にか、川口浩の話題になっているのだが、川口と野添ひとみは60年に結婚し、イメージ的には60年代前半は大映で活躍していたと思っていたのだが、川口は62年に大映を退社しているのである。
で、何をしたのかといえば、不動産業の経営などを始め、芸能活動は休止してしまったのである。休止の予定だったのか、そのまま引退するつもりだったのかはわからんが、復帰したのは67年のことで、休止期間は丸四年であった。
で、その大映時代のラストに出演したのが、「釈迦」に続く70ミリ映画(大映スーパー・テクニラマ)の第2弾「秦・始皇帝」(62年)であった。大映スター総出演で二時間半を越える超大作である。
主役の始皇帝を演じるのは勝新太郎で、若手スターでは「釈迦」では主演を務めた本郷功次郎をはじめ、川崎敬三、宇津井健、高松英郎、大瀬康一、そして川口浩、他にも根上淳や東野英治郎、そして市川雷蔵、長谷川一夫も顔を出す。女優陣も山本富士子、若尾文子、中村玉緒、弓恵子、そして山田五十鈴といった顔ぶれが並んでいた。
興行収入的にはその年の1位だったようであるが、「釈迦」ほどの成果は得られなかったようである。
川口浩は復帰後は、そのイメージどおりテレビを中心に活動するようになる。映画は復帰後は三本ほどの出演に留まっている。

セクシー・サイン 好き好き好き/嫌い嫌い嫌い

今回も田宮関連の話は続くのだが、等ブログでは何故か大映の作品を取り上げることが少なかったので、まあちょうどいいかなと思っている。
今回の二本はタイトルのみで選んだ。まずは「セクシー・サイン 好き好き好き」(60年)。なんか大映末期のダイニチ作品のタイトルみたいだが、別にエロい作品ではないようだ。
主演は川口浩で共演は当然のように野添ひとみだ。このコンビっていつから付き合っていたのか、なんてことはわからないが、元々野添は松竹の女優(15歳でデビュー)であった。57年に大映に移籍したのだが、この時すでに川口浩と交際しており、川口が父・松太郎(作家、大映の重役でもある)に頼み込んでの移籍だったという。
野添の大映での一作目である「くちづけ」(57年)でいきなり二人は共演している。原作は川口松太郎だ。
話は戻るが「好き好き好き」には、他にも、田宮二郎、船越英二、叶順子、宮川和子、金田一敦子らが出演している。
「好き好き好き」の翌月に公開されたのが「嫌い嫌い嫌い」(60年)である。この二作に繋がりがあるのかといえば、全くないようである。出演者は田宮、金田一、叶、宮川など結構かぶっているけれども。
これはコンツェルン会長(菅井一郎)の孫娘(金田一敦子)の婿を傘下の社員六人から選ぼうとする騒動を描いた話。その花婿候補が田宮の他、三田村元、三角八郎、石井竜一、松本幹二、そして伊丹一三(後の十三)である。この顔ぶれなら順当に田宮だと思わせておいて、伊丹の大逆転であった。他にも菅原謙二、早川雄三、左卜全、左幸子なんかが出演している。

薔薇の木にバラの花咲く/私の選んだ人

田宮二郎の話は続く。この田宮二郎という芸名が、この59年に永田雅一がオーナーを勤める大毎オリオンズに阪神から移籍してきた田宮謙次郎に肖ったものでるというのは有名であろう。もし、謙一郎だったら田宮一郎、謙五郎だったら、本名とあまりかわらない田宮五郎になっていたのだろうか。
関係ないが、大毎オリオンズの正式名称は毎日大映オリオンズで、略称だと何故かひっくりかえって大毎となる。
永田による半ば強制的な改名だったようだが、まあ期待していたということなのだろう。
「薔薇の木にバラの花咲く」(59年)から田宮二郎となり、準主役的な役が多くなる。この作品ではヒロイン若尾文子の相手役というポジションを得ている。しかし、結婚かというところまでいきながら結局は別れることになり、川崎敬三に持っていかれるという結末だったりする。
で初主役となったのが「私の選んだ人」(59年)という作品。未見だし、あらすじを読むと主役かどうか微妙な感じもするのだが、キネマ旬報の「日本映画俳優全集」には、初主演だと書かれているのでそれに準じよう。
この作品では野添ひとみと結ばれることになるが、彼女とその両親(信欣三、村田知栄子)がある意味主役かも(あらすじを見るかぎりでは)。
野添ひとみは現実には川口浩と結ばれるが、これが田宮だったとしても悲劇が待ち受けていたということになるな、と思ったりした。
とまあ、主役も得るようになった田宮だが、すぐにスター街道が待っていたわけではなく、注目を集めるのにはまだ二年くらいかかるのであった。

九時間の恐怖/おーい中村君

そういえば、田宮二郎のデビュー当時というのを気にしたことがなかった。
最初から田宮二郎だったわけではなく、デビューから1年半くらいは本名の柴田吾郎で活動しており、16,7本は本名名義で出演している。
デビュー作は「九時間の恐怖」(57年)。これはダム建設で起こった実話をもとに描いたせみ・ドキュメンタリー作品で、大映東京の俳優部147名が出演したという。とはいっても、スターといえるような人は出演しておらず、個人的に名前を知っている役者を挙げると、浜口喜博、杉田康、藤山浩一、石井竜一、星ひかる、月田昌也、南方伸夫、夏木章、高田宗彦といったところか。浜口や石井は主役経験もあるし、高田は「少年ジェット」のブラックデビルだ。
もちろん、女優陣も大勢出演しているがよくわからない名前ばかりだ。柴田吾郎こと田宮は巡査Bという役柄であった。
この柴田吾郎時代は端役ばかりだったわけではない。準主役を得たのが「おーい中村君」(58年)である。若原一郎のヒット曲をもとにした50分たらずの歌謡映画である。
本作には三人の中村が登場するが、それを大映スターの川崎敬三、船越英二、そして当時はほぼ無名であろう柴田吾郎が演じるのである。川崎の中村君はオクテで、柴田の演じる中村君はプレイボーイである。他にも潮万太郎、市川和子、若松和子、近藤美恵子、もちろん若原一郎本人も出演している。チンピラを演じている伊藤直保とは、後の三角八郎だ。
柴田吾郎は翌59年、大映社長永田雅一より田宮二郎の名を与えられるのである。