お宝映画・番組私的見聞録 -144ページ目

涙を、獅子のたて髪に

前項で加賀まりこの話題が出たので、その映画デビュー作「涙を、獅子のたて髪に」(62年)について取り上げてみたい。
本作は監督が篠田正浩、脚本に寺山修司の名があるが、加賀まりこは高校在学中にこの二人によって路上スカウトされたのだという。正式なデビューはテレビドラマである。
加賀は六本木野獣会のメンバー(田辺靖雄、峰岸徹、大原麗子など)が集まっていたレストラン「キャンティ」に、よく出入りしていたことから野獣会のメンバーだったと思われているが、無関係だったという。
さて、本作で主役を演じたのは藤木孝。悪役のイメージが強く意外な感じもするが、当時は歌手として人気もあり「ツイスト男」などと呼ばれていた。恐らく唯一の主役作品(舞台を除く)だったのではないだろうか。
主役といっても、キャラはダニのような男という設定なので、合っているといえば合っているかも。加賀はその相手役だが、最初からイメージの小悪魔だったわけではなく、本作では普通に可愛い娘だったようである。
藤木の兄貴分に南原宏治、二人(藤木と南原)と関係を持つ女に岸田今日子となるが、あくまでも個人的にだが岸田今日子は若い頃を見ても、年をとってからのイメージとそれほど変わらないので、藤木が溺れていくような妖艶な女という役柄が失礼ながらピンとこない。
他の出演者だが山村聰、小池朝雄、早川保、神山繁などで、十朱久雄、細川俊夫、丹波哲郎なんかがチョイ役で登場するようだ。丹波などヨッパライの役で数十秒の登場で、特別出演扱いになっているという。
ところで、藤木孝だが本作の直前に芸能界からの引退宣言をして渡米したが、帰国後撤回してからの出演であった。俳優に転身し、文学座の研究生にもなっている。一時期、藤木敬士と改名し「夜明けの刑事」などに出演していたが、現在は藤木孝に戻っている。

独立美人隊

もう一つ、弘田三枝子が出演した映画の中から「独立美人隊」(63年)を。タイトルはやはり「独立愚連隊」から来てるのだろうが、もちろん本作は戦争映画ではない。タイトルどおり中々の美人女優、当時の人気歌手が揃って出演している作品なのである。
正直、未見なので、あらすじやポスターから類推するしかないのだが、ヒロインは弘田三枝子ではなく、仲宗根美樹のようである。この二人以外にも「歌手」は五月みどり、そして江利チエミも登場し、四人とも歌を披露する(もしくは挿入歌が流れる)ようだ。
女優陣も前項の牧紀子に加えて、香山美子(当時19歳)、加賀まりこ(当時20歳)、榊ひろみ(当時21歳)といった松竹期待の美人女優が並んでいる。
香山美子は後に銭形平次の女房を十数年務めることになるし、加賀まりこは説明不要だろう。前年に映画デビューしたばかりで、松竹とは五年契約だったという。加賀の父は大映のプロデューサーだが、加賀の大映映画出演は1本だけのようである。榊ひろみは、この中ではネームバリューは低いかもしれないが、松竹歌劇団の出身の美人女優である(同期に倍賞千恵子、加藤みどり=サザエさん)。70年代から80年代前半までは、さまざまなテレビドラマでよく見かけたものである。
河津清三郎を中心とする悪との攻防を繰り広げるタイトルの「美人隊」となるのは、仲宗根、弘田、加賀、香山、榊といったところのようで、江利と牧はそれを見守る芸者、五月はそのまま歌手といった役柄のようである。
もちろん、女優ばかりだけでなく相手役も存在し、吉田輝雄、宗方勝巳、山本豊三といったハンサム勢が登場。どうやら吉田と榊、宗方と加賀、山本と仲宗根というカップルになるらしい。ちなみに、ポスターで名前が先頭なのは美人たちを差し置いて吉田輝雄なのである。どうやら吉田は美人隊を率いる立場となるようなので、主役扱いなのだろうか。不遇なのは榊ひろみで、吉田と結ばれる役でありながら、先のポスターに名前が唯一載っていないのである。この辺りから、加賀や香山には差をつけられていたのかもしれない。
他にも志村喬、藤間紫、古今亭志ん朝、沢村貞子などが出演している。

女弥次喜多 タッチ旅行 その2

前回の続きである。主演の三人のことを書いていたら、結構長くなってしまったので、今回は共演者について触れておこう。
本作は主演の三人が行く先々で、男にめぐりあうのだが、その顔ぶれは宗方勝巳、吉田輝雄、松原浩二、そして渥美清といったところ。
宗方は映画よりもテレビで活躍しており、「バス通り裏」などで既にお茶の間には知れていた顔だと思われる。この63年には「高杉晋作」で主役の高杉を演じたりしている。吉田輝雄は小林旭のパロディかギターを持って登場。61年に新東宝がつぶれ、ハンサムタワーといわれた四人(吉田、高宮敬二、寺島達夫、菅原文太)は揃って松竹に移籍しているが、一番活躍したのが吉田である。本作には高宮も新婚カップル役で出ているが、この高宮や文太にはあまり松竹はあわず、東映に移ってから本領発揮といった感じであった。まあ、吉田も結局は東映に移り「異常性愛シリーズ」などに出演することになるのだが。松原も新東宝末期に松原緑郎の名で主演スターとして活躍したが、どうやら彼も松竹に移っていたようである。この時、名乗っていたのが松原浩二であるようだ。個人的には、この名義での作品を初めて見た。そして、「特別機動捜査隊」登場の66年には松原光二となっていた。
まあ、渥美清は説明不要だと思うが、当時既に主演スターの地位を得ていた。「寅さん」はまだ先の話である。本作では特別出演扱いで何故か虚無僧の格好をしていた。
本作には喜劇系の人も多く出演しており、三木のり平、藤原釜足の東宝勢や、脱線トリオの由利徹や八波むと志、若水ヤエ子、千葉信男なども顔を見せている。ちなみに八波はこの半年後の交通事故で死去。この63年は10本もの映画に顔を出しており、波に乗っていた時であった。千葉も66年に心臓発作で死去。八波は37歳、千葉は42歳の若さであった。

女弥次喜多 タッチ旅行

例のごとく、月が替わったので話題を変えようと思ったのだが、例のごとく特にネタも思いつかないので、先日CS放送されたばかりの「女弥次喜多 タッチ旅行」(63年)という作品を取り上げてみたい。
これは三人組のBG(ビジネス・ガール=現在のOL)が、知人を訪ねリレー式に友人を紹介してもらって旅をするという「タッチ旅行」を繰り広げるお話である。バラエティの企画で似たようなのを見た気がするが、50年近く前のアイディアだったということか。しかも舞台となるのは東北で、松島やら花巻温泉やら恐山、男鹿半島、秋田と各地の景色が見られる。
その三人組を演じるのが弘田三枝子、岩本多代、牧紀子である。弘田三枝子は、他の二人が23歳なのに対して当時16歳。いわずと知れた「ポップスの女王」である。本作でも挿入歌を歌っている。この頃はまだ丸顔のアンパン娘といった感じだが、70年代になる頃には、化粧と髪型のせいもあるだろうが、別人のような顔になっている。
岩本多代は(新人)とついていたとおり、映画はこれが2本目のようである。アラフォーくらいになってからの岩本多代しか知らなかったが、若い頃の彼女は見た目が見覚えのある彼女と全然変わっていない。つまり、美人ではあるがとても20代には見えないのである(失礼ながら)。十数年が過ぎた頃年齢のほうが追い抜いたようである。
一方、同じ年の牧紀子はこれが40本目くらいの映画出演。2本目からヒロインに抜擢され、以後ほぼ主演、準主演級である松竹の看板女優の一人であった。しかし、この翌年結婚のため松竹を退社。66年に女優復帰する。自分が「特別機動捜査隊」のゲストでよく見かけたのは、この頃の牧紀子である。美人だが、犯人だったりすることが多かった。弘田三枝子はこの63年は三本の映画に出演しているが、すべて牧と共演している。
ちなみに、彼女は高校時代、早実にいた王貞治とラブレターのやり取りをしていたという。それもダンボール一杯になるくらい。彼女が女優にスカウトされなければ、王夫人となっていた可能性もあったということだ。弘田、岩本はいまだ現役だが、牧紀子は73年頃に引退し、既に故人であるらしいが、いつ頃亡くなったのかはわかっていない。

日活第3期ニューフェース

映画会社には、やはりニューフェースとして入社するのが、一番華々しいと思うのだが、日活はニューフェース入社の活躍率が低いような気がする。ここに紹介してきたように石原裕次郎を筆頭に、長門裕之、川地民夫、和田浩治、渡哲也、浜田光夫、南田洋子、吉永小百合、松原智恵子、和泉雅子といったところはニューフェース入社ではない。
日活ではニューフェース募集というのは第8期まで行われたようだが、その中で個人的に面白いメンバーが揃っているなと感じるのは56年入社の第3期である。
小林旭、二谷英明を筆頭に、筑波久子、福田文子などがいるが、日活ではあまり活躍しなかった松本錦四郎(日活時は穂高渓介)、加藤博司、伊藤孝雄などもいたらしい。
伊藤孝雄なんかは、そのプロフィールにも載っていないが、おそらく合格しただけ活動(入社)はしなかったのではないだろうか。経歴を見るとこの前年に早稲田大に入学、宝塚映画と契約とうのがあるので、そこがネックになったのではないだろうか。59年に大学中退と同時に宝塚映画も退社するが、翌年俳優座養成所に入所と同時に日活と本数契約を結んだとある。実際、日活映画に出演していたのは60年代の前半である。63年に劇団民芸に入り、現在も在籍しているようだ。
加藤博司はNHKドラマ「月下の美剣士」で主役に抜擢されるが、当時のNHK会長が暴力的シーンをすべて追放する方針を打ち出したため3カ月で打ち切りとなってしまう。翌61年に大映に移籍すると成田純一郎と改名し、大映時代劇では準主演級で活躍している。しかし、64年再び加藤博司に戻してまもなく姿を消してしまう。
穂高渓介は、58年に松本幸四郎門下となり、同年歌舞伎座プロと契約し松本錦四郎となる。松竹の七人若衆の一人として売り出し、63年には「噂の錦四郎」というドラマも作られ1年半に渡り放送された。しかし、何度かここでも触れたとおり73年に自ら命を絶っている。
日活ではあまり活躍できなかった錦四郎と加藤だが、60年代前半には輝いてた時期があったのである。
そんな二人と日活スターとなる旭、二谷の全員が出演している映画が川島雄三監督作品として有名な「幕末太陽傳」(57年)である。全員、デビューまもないこともあってか旭、二谷、錦四郎は長州藩士、加藤は仏壇屋の息子というほぼ同レベルの役柄であった。小林旭はこの二月後には初主演作「青春の冒険」が公開されることとなる。

初恋カナリヤ娘

今回は岡田眞澄である。この人は日活が再開したばかりの54年10月に入社している。どうやら、水の江滝子のスカウトだったらしいが、実は東宝の第6期ニューフェースだったことが知られている。
東宝演技研修所に通い、53年にニューフェース合格というのは宝田明、佐原健二らと一緒である。06年に岡田が亡くなった際、宝田が弔辞を読んだりしていたので、その時から付き合いは続いていたようである。
しかし、日活に行くまでのわずかな期間に東宝で活動した形跡は見つからなかった。岡田はこれら以前より実兄のEHエリックらと日劇ミュージックホールの舞台に立っており、日活に行く直前までこちらで活動していたようなのである。本人の回想によれば「ファンファン」の芸名で立っていたとのこと。岡田の愛称として有名だが、芸名としても使っていたようなのである。
ここで師匠として慕っていたのが本ブログでも話題にしたことのあるボードビリアンの泉和助である。名前だけ見ると年配の人を想像してしまうが、この時点ではまだ30代前半の人物である。エリック・岡田兄弟以外にも玉川良一、関敬六、ミッキー安川らにも芸を仕込んだという。しかし、泉本人がギャグをやると全くウケなかったらしく、本人にはあまりスポットがあたらないまま、50才の時に急死してしまっている。
話を岡田眞澄に戻すと、そのデビュー作となるのが「初恋カナリヤ娘」(55年)である。ヒロイン役も新人の神楽坂浮子(当時17歳)で、岡田はその相手役を演じる。神楽坂浮子は神楽坂はん子に憧れ、高校を中退して芸者になり、芸者歌手としてデビューしたばかりであった。一度引退したが、復帰し現在も二本歌手協会唯一の芸者歌手として活動中のようである。他の出演者は丹下キヨ子、清水一郎、牧真介などで、小林桂樹、フランキー堺が特別出演扱いとなっている。あと、ノンクレジットだが植木等がマラカスも持って踊っているシーンがあるらしい。

高原児/真昼の誘拐

先日、「必殺仕事人2012」で高橋英樹が俳優生活50年目にして初の悪役を演じた。何となく見てしまったが、演出なのかよくわからんが、何もいかにもおれは悪役だといったわざとらしい大芝居をする必要はないと思ったのは私だけではないだろう。
そんなわけで、今回は高橋英樹である。この人の場合は第5期日活ニューフェースとして61年に入社している。これは、赤木圭一郎らの4期からは三年振りの募集であった。高橋はこれはその赤木が亡くなったこと、石原裕次郎が大ケガをしたことによる急遽の募集だったのだろうと語っている。だから、赤木が元気だったら日活に入るチャンスはなかっただろうとも語っている。
同期生は高島史旭こと竜崎勝。しかし、前回書いたとおり竜崎は日活ではほとんど活躍することなくすぐに俳優座養成所へ行ってしまったので、日活の同期という感覚はあまりないかもしれない。今では有名な話だが、高島彩、高橋真麻とその娘はともにフジテレビのアナウンサーになっている。中尾彬は、プロフィール上では、第5期日活ニューフェースとなっているのだが、当時の「日活映画」という広報誌で紹介されているニューフェースの中に中尾の名前がないので、ややこしいのである。しかも高橋とは1年遅れの62年入社となっている。しかし、高橋によれば、日活のニューフェースは入社後に提携している劇団民芸に研修に行かされるのだが、その時一緒だったのが中尾彬だったと証言しているので、同期と考えてよいのではと思う。
高橋のデビュー作は小林旭主演の「高原児」(61年)で、高橋はヒロイン浅丘ルリ子の弟という役柄である。高橋は小林や赤木も経験した、俗に言う仕出し(ようするにエキストラ)の経験がないとう。これは入社の際、高橋の父親が日活側にそういう条件をつけたためだという。
ちなみに、中尾のデビュー作となるのは高橋はデビュー二作目で主演の「真昼の誘拐」(61年)である。五年ほど前にこのブログでも取り上げたのだが、高橋、中尾、川地民夫、杉山元らが扮する不良少年たちが少女を誘拐?する話なのである。この時の記事では中尾はこれがきっかけで翌年、日活に入社すると書いてしまったのだが、それだと前述の話とは矛盾する。何が正しいのか本人たちもわかっていないかも。

石合戦/ガラスの中の少女

今回は浜田光夫である。映画初出演は「石合戦」(55年)で、12歳のときであり、つまり子役出身かというと、経歴を見てみるとそうもいいきれない感じである。小6のとき、劇団東童に所属したこともあるらしいが、すぐに退団しているようだ。しかし、劇団民藝の若杉光夫に見出され、前述の「石合戦」に出演している。ちなみに民藝映画の制作で、配給は日活である。出演は山田五十鈴、宇野重吉、小沢栄(栄太郎)、内藤武敏、奈良岡朋子(現・民藝代表)、佐野浅夫、下元勉、下条正巳、鈴木瑞穂、草薙幸二郎という後に重鎮となる役者陣が顔を揃えている。浜田は小沢と山田の息子という役で、主役だったりする。本名の浜田光曠(戸籍上の本名は斌=あきら)で出演している。
次の映画出演は60年のことであり、中学・高校時代は玉川学園演劇部で活動していた。しかし、この間にも劇団四季の舞台に出演したりすることもあったようだ。
そして60年、浜田はまた若杉に声をかけられ、「ガラスの中の少女」に出演することになる。ヒロインは、この年に日活に入社した吉永小百合(当時15歳)で、浜田はデビュー2作目にしてはやくも吉永とコンビを組むことになる。とはいっても、ここでコンビが確立されたわけではなく、本格的にコンビとなるのは62年からの話である。本作も制作は民藝映画で、他の出演者は信欣三、轟夕起子、大森義夫、草薙幸二郎、佐野浅夫などで、現在のもう一人の民藝代表である大滝秀治も顔を出している。
浜田は本作がきっかけで、日活と専属契約を結ぶこととなる。60年の途中までは本名で出演していたが、「舞妓の上京」という作品から若杉監督の名前をもらい、浜田光夫が誕生したのである。

暗黒街の静かな男

前項で、ちょこっと触れたが、和泉雅子の日活入りは中学二年、なんと13歳のときだったという。10歳のとき、劇団若草に入った和泉は、その後何故か金語楼劇団入りして喜劇を目指したのだという。そしてNHKの人気番組である「ジェスチャー」に柳家金語楼の鞄持ちとして着いていったところ、共演者でもあった水の江滝子(日活プロデューサー)にスカウトされ、入社することになったのであった。1961年7月のことである。
その前年60年に吉永小百合が入社、61年1月に松原智恵子が入社。そして今回の和泉雅子で、俗に言う「日活三人娘」が結成されたのである。ちなみに、この年の2月に赤木圭一郎が事故死している。
和泉のデビュー作は、以前ここでも取り上げた気がするが「七人の挑戦者」という作品で、主演は昨年亡くなった二谷英明で、共演は葉山良二、小高雄二、杉山俊夫、沢本忠雄、吉行和子など。和泉は沢本の恋人といった役柄で18歳という設定なので、メイクやら衣装やらで見えるように頑張ったという。
その三ヵ月後、やはり二谷主演の「暗黒街の静かな男」(61年)が公開されたが、ここで和泉は梅野泰靖の娘役で出演している。他の出演者は芦田伸介、杉山俊夫、白木マリ、垂水悟郎、井上昭文などだが、ここではチョイ役に注目したい。

芦田扮する高岡の部下Cを演じたのが高島史旭。後の竜崎勝である。同時期に公開された「真昼の誘拐」では、日活ニューフェースの同期となる高橋英樹や中尾彬がけっこう大役をやっていたりするのである。そのせいかどうかは知らないが、高島こと竜崎は63年には俳優座養成所(花の15期生)に入所してしまっており、日活の高島史旭としては数本に出演したのみで終わってしまったようである。

そして、もう一人子役として出演している織茂政男。のちのおりも政夫(当時8歳)である。同じフォーリーブスでは江木俊夫は子役として有名だったが、おりもも当時は劇団若草に所属していたのである。フォーリーブスが結成されるのは、この6年後で、そんなに遠くなかったりするのである。

雲に向かって起つ

昨年亡くなった山内賢も、日活青春スターの一人であった。
元々は子役・久保賢として東宝を中心に活動していたが、62年に18歳のときにスカウトされ日活に入社し、山内賢(当時の本名・山内賢晁)に改名した。兄は東宝特撮などで知られる久保明である。
入社第一作が「雲に向かって起つ」(62年)で、主演は石原裕次郎、浅丘ルリ子のコンビで、山内は浅丘の弟である歌手の役を演じている。
この時、裕次郎は山内に「マコが君を気に入ってなあ」と、本作には出演していない北原三枝が、山内のスカウトを進言したことを告げたという。
本作には「事件記者」で人気のあった永井智雄、大森義夫がやはり記者の役、山田吾一は記者志望の学生役で出演している。他にも東野英治郎、滝沢修、佐々木孝丸、三津田健といったベテラン勢、水谷良重、田代みどり、渡辺美佐子といった女性陣が出演している。ちなみに、田代みどりはこの前年に「パイナップル・プリンセス」をヒットさせた歌手で、後に三原綱木と結婚し、「つなき&みどり」としてもヒット曲を出している(数年後に離婚)。
あと、本作には後に山内と日活俳優バンド「ヤング・アンド・フレッシュ」を結成することになる木下雅弘、杉山元も出演している。本作では歌手の役ということもあり「復讐の歌」という挿入歌も披露している。作詞は石原慎太郎である。
日活退社も歌手に専念したいというのが理由であったが、うまくいかず、俳優タレントとしてテレビに活躍の場を移すことになる。
山内賢といえば和泉雅子だが、彼女はこの前年である61年、まだ13歳にして日活入社をはたしている。南極に行くために自ら進んで太った以降のイメージが強いが、山内の訃報にコメントしている写真を見ると随分痩せたように見える。ほぼ同時期入社でほぼ同世代の吉永小百合、松原智恵子が、まだ美貌を保っているのに比べると(一番若い)和泉は年相応に老けてしまってはいるけれども。