お宝映画・番組私的見聞録 -112ページ目

コードナンバー108 七人のリブ その2

前回の続きで「コードナンバー108 七人のリブ」(76年)についてである。
まずタイトルだが、当時はウーマンリブが全盛の時代であった。そんなわけで、番組の予告ナレーションは中ピ連の榎美沙子が当初担当していた(今回の放送では予告部分はない)。
「ナンバー108」の意味だが、煩悩の数というわけではない。放送時間が火曜の夜10時で8チャンネル(フジテレビ系)だから108ということだったようだ。金曜8時だから「金八先生」と似たようなものだろう。
個々のメンバーについてだが、野際陽子は今でこそ実年齢よりずっと若く見えるが、若い頃は老けて見えるタイプだったと思う。当時40歳だったが、それ以下には見えない。
ジュディ・オングは当時26歳。この番組では髪型のせいもあるのかひときわ頭が大きく見える。七人が並んでいる当時の写真などを見ると実際に大きいのである。現代劇向きの顔立ちだと思うのだが、当時は時代劇で見るほうが美人に見えた。
前田美波里は当時28歳。大柄で宝塚の男役といった感じ(宝塚出身ではない)。別に男っぽいわけではないが、個人的にはあまり女を感じなかった。
牧れいは当時27歳。宣弘社作品では「スーパーロボットレッドバロン」(73年)にレギュラー出演しており、その流れでの出演であろう。特撮やアクションドラマへの出演が多く、アクション女優のイメージがあるが、東宝ニュータレント6期生(当時は本名の宮内恵子、同期に菱見百合子、高橋厚子など)であり、アクション専門の人ではない。
この後も、やはり七人組の女探偵が活躍する「ザ・スーパーガール」(79年)に野際とともに出演しており、この番組と混同してしまう結果になっている。
毬杏奴は「まりあんぬ」と読む。正確な年齢は不明だが、麻衣ルリ子の名で「アテンションプリーズ」(70年)にレギュラー出演していたので、26~27くらいだったのではないだろうか。宝塚出身らしいが、詳細はやはり不明である。真理アンヌという有名女優がいるのに、わざわざ同じ読みの名を芸名にした意味も不明である。いろいろ謎の多い人である。
山内えみこは当時23歳。個人的な主観もあるがメンバー1の美女。東映のお色気映画「ネオンくらげ」(73年)で主演デビュー。池玲子や杉本美樹ほど売れなかったのか、本人が嫌がったのかは不明だが主演作は3本にとどまる。加山雄三主演のドラマ「高校教師」(74年)ではメインとなる女生徒を演じ、実質主役のようにも見えた。このドラマには牧れいも彼女のライバルの女生徒役でゲスト出演していた。
「えみこ」の表記をえみ子、恵美子、絵美子と変更しているようだが、「七人のリブ」を含めここで挙げた作品では全て「えみこ」名義である。
ミッチー・ラブは当時まだ16歳。沖縄で千葉真一にスカウトされ、JACの一員になったという。当初はポニーテールだったが、5話くらいで切ってしまいモンチッチ頭になっている。翌年東映の戦隊シリーズ第2弾の「ジャッカー電撃隊」にレギュラー出演。主演の丹波義隆(哲郎の長男)と付き合っていたという。
一番若いが、おそらく一番速く芸能界から姿を消したのは彼女だと思われる。

コードナンバー108 七人のリブ

4月になったので、興行ベストテンは中断し、全く別の話題にしたいと思う。久々のテレビドラマである。
以前ここでも取り上げたことはあるのだが、先日CSにおいて「コードナンバー108 七人のリブ」(76年)という番組が放送された。自分の知っている限りでは、本放送以来一度も再放送されず、ソフト化もされていなかったので(昨年末にDVD-BOXが発売された)、個人的にはというか大半の人は約38年ぶりの視聴になったはずである。
見ていた番組は結構記憶に残るほうなのだが、今回見て記憶とは違った部分が多々あったことが改めてわかった。
主演の七人は野際陽子をリーダーに、ジュディ・オング、前田美波里、牧れい、毬杏奴、山内えみこ、ミッチー・ラヴという面々。
当時、野際は40歳、最年少のミッチーはまだ16歳であったが、他のメンバーはみんな20代であった。
女性メンバーによるアクションドラマといえば、老舗は「プレイガール」(69~74年)だろうが、その後番組である「プレイガールQ」も76年3月に終了。その半年後に登場したのが「七人のリブ」であった。
その決定的な違いは「色気のなさ」ではないだろうか。ミニスカパンチラのお色気アクションで人気を呼んだ「プレイガール」であったが、それを期待して「七人のリブ」を見ると肩透かしを食らうことになる。基本的にはシリアスで、面白みに欠けていたこともあり、それらが不人気につながり、わずか1クールで終了することになった要因の1つではないかと思う。
メンバーで唯一お色気を期待できそうなのが山内えみこであったが、如何せん出番というか活躍場面が少なかった。
この番組の製作は「月光仮面」「隠密剣士」などで知られる宣弘社なのである。基本的には子供向けヒーローを中心にやっていた会社ということもあり、こういった大人向けでしかも女性中心というドラマの描き方のノウハウも低かったと思われる。
メンバーを見ると野際、ジュディ、前田が女優としての格は上という扱いになると思うが、劇中でもこの三人のみ拳銃携帯が許され、場合によっては相手を殺すこともできる。他の4人はサポートメンバーという感じで、どうしてもジュディか前田が主役となる回がほとんどになってしまう。女優としてのキャリアが浅く、年齢も若い山内とミッチーの出番は前述のとおり少なく、主役になることもなかった。
国際秘密捜査機関という設定もあり、毎回多くの外国人がゲストで出演しているが、たどたどし過ぎる日本語ばかりで聞きづらい。途中から吹き替えを使い始めるのだが、最初から使うか字幕で統一するかにしたほうが良かったと思える。
加えて、プロデューサーであった田村正蔵の話では、キャセイ航空とタイアップしているのに飛行機が落ちる場面を撮ってしまい、気付かずにオンエアして大目玉をくらい、残りの予算が入らなくるという大失敗を犯してしまったという。普通、気付くだろうと思うのだが、終わるべくして終わったという感じである。
そのせいかどうか、現状この「七人のリブ」が宣弘社最後の製作作品となっている。

1961年の興行ベストテン

引き続き、1961年度(61年4月~62年3月)の興行ベストテンである。
1位「椿三十郎」(東宝)、2位「赤穂浪士」(東映)、3位「あいつと私」(日活)、4位「用心棒」(東宝)、5位「宮本武蔵」(東映)、6位「幽霊島の掟」(東映)、7位「銀座の恋の物語」(日活)、8位「堂堂たる人生」(日活)、9位「アラブの風」(日活)、10位「世界大戦争」(東宝)。
説明不要の黒澤明の三十郎もの二本が堂々1位と4位にランクイン。これはキネ洵のベストテンでも61年2位(用心棒)、62年5位(椿三十郎)に選出されている。
そして、東映の時代劇3本がランクイン。この頃の東映は2~3年に1度の割合で忠臣蔵をやっており、58年度の「忠臣蔵」も興行5位にランクインしている。今回の「赤穂浪士」は「東映創立十周年記念作品」だが、内容は基本的に同じはずだしオールスターの顔ぶれも前作とあまり変わらないが、片岡千恵蔵(大石内蔵助)と大川恵子(あぐり)以外の配役は入れ替わっている。
市川右太衛門は千坂兵部、中村錦之助は脇坂淡路守、大川橋蔵は浅野内匠守、月形龍之介は吉良上野介といった具合である。新規参加では、近衛十四郎(清水一角)、松方弘樹(大石主税)の親子が目立つ。60年に近衛は松竹から東映に移籍し、歌手志望だった松方も俳優として東映からデビューしている(身分は岡田茂の個人預かりであった)。
この翌年より東映時代劇は製作を縮小されていくことになり、東映忠臣蔵は78年の「赤穂城断絶」まで製作されないことになる。
「宮本武蔵」は中村錦之助主演の第1作目。三船敏郎の東宝版武蔵は3部作であったが、こちらは5部作となっている。
「幽霊島の掟」は大川橋蔵、美空ひばり、北大路欣也、松方弘樹、丘さとみ、東千代之介、鶴田浩二といった若手スターが顔を揃えた作品である。
日活の4作品はやはり裕次郎映画である。4年連続で3作以上の作品がベストテン入りしており、裕次郎人気恐るべしである。
10位の「世界大戦争」は東宝お得意のSF特撮映画である。元々は第三次世界大戦を題材とした橋本忍による脚本での製作準備を行っていたが、東映でも「第三次世界大戦四十一時間の恐怖」を製作していることが判明。東宝の脚本は先に完成した東映側との類似を指摘され、製作は中止されてしまう。その後、内容を一新して製作されたのが本作である。SFものが興行収入でランクインするのは、54年度の「ゴジラ」以来である。
核ミサイルによって世界の大都市が破壊されるシーンは「ノストラダムスの大予言」や「ウルトラセブン」の最終回にも流用されている。

1960年度の興行ベストテン

引き続き、1960年度(60年4月~61年3月)の興行ベストテンである。
1位「天下を取る」(日活)、2位「波濤を越える渡り鳥」(日活)、3位「闘牛に賭ける男」(日活)、4位「喧嘩太郎」(日活)、5位「娘・妻・母」(東宝)、6位「あじさいの歌」(日活)、7位「水戸黄門」(東映)、8位「名もなく貧しく美しく」(東宝)、9位「太平洋の嵐」(東宝)、10位「新吾二十番勝負」(東映)。
見てのとおり、日活が1~4位までを独占。またしても5作中4作は裕次郎映画である。裕次郎といえば、北原三枝というイメージだが、「喧嘩太郎」と「あじさいの歌」では芦川いづみである。
そして2位に小林旭の渡り鳥シリーズが初のランクイン。このシリーズは全8作あるらしいが、「波濤を越える渡り鳥」はその6作目となる。波濤(はとう)なんて、ほとんど耳にしない言葉だし、タイトルで有名なのは「ギターを持った渡り鳥」とか「赤い夕陽の渡り鳥」だと思うが、興行ベストテン入りしているのは「波濤」だけである。
ちなみに2作目は「口笛が流れる港町」であり、タイトルに「渡り鳥」はつかない。主人公の名は滝伸次だが、「渡り鳥故郷へ帰る」(62年)は何故か滝浩なので、シリーズには加えないという意見も多いが、これを入れるとシリーズ9作、原型となっている「南国土佐を後にして」(60年)を加えて全10作という意見もある。
5位の「娘・妻・母」は、当時「豪華17大俳優の競演」と言われた成瀬巳喜男監督の作品だ。
母親役が三益愛子で、その息子と娘が森雅之、原節子、草笛光子、宝田明、団令子である。森の妻が高峰秀子、草笛の夫が小泉博、宝田の妻が淡路恵子だ。他にも仲代達矢、加東大介、杉村春子、上原謙、笠智衆と列記するだけでも豪華さが伝わってくる。
三益愛子は劇中還暦を迎えたという設定だが、実は当時50歳。息子役の森雅之は49歳で1歳しか違わないのである。原節子も40歳、草笛、宝田、団は26~24歳で、やっとそれらしい年齢という感じである。
しかし、原節子と笠智衆が出ていると松竹っぽいし、三益愛子と森雅之がいると大映っぽいが東宝の作品である。
興行ベストテンでは日活、東宝、東映の作品しかないが、キネ洵のベストテン1位は大映の「おとうと」で、三益の息子・川口浩が主演である。3位は森も出ている黒澤作品「悪い奴ほどよく眠る」で、4位5位はいずれも松竹の「笛吹川」(主演・高峰秀子)、「秋日和」(主演・原節子)で、こちらは松竹や大映が強いようである。

1959年度の興行ベストテン

引き続き、59年度(59年4月~60年3月)の興行ベストテンである。
1位「任侠中仙道」(東映)、2位「日本誕生」(東宝)、3位「血斗水滸伝 怒涛の対決」(東映)、4位「世界を賭ける恋」(日活)、5位「男が命を賭ける時」(日活)、6位「鉄火場の風」(日活)、7位「人間の条件・第3・4部」(松竹)、8位「天下の副将軍」(東映)、9位「男なら夢を見ろ」(日活)、10位「天と地を駈ける男」(日活)。
1位の「任侠中仙道」は56年度1位の「任侠清水港」、57年度5位の「任侠東海道」に続き、千恵蔵が清水次郎長を演じる東映オールスターキャストの正月映画である。
市川右太衛門、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、大友柳太郎、月形龍之介、大河内伝次郎といった面々が顔を揃えるのだが、千恵蔵以外は毎回役柄が違っている。
たとえば、右太衛門は大前田栄五郎→吉良の仁吉→国定忠治というようになっている。ちなみに、実際の吉良の仁吉は28歳で亡くなったらしいのだが、当時の右太衛門は51歳であった。「任侠中仙道」では、次郎長と国定忠治の共演ということになるが、実際に顔を会わせているかどうかはわからない。
「中山道」は本作のように「中仙道」とも表記されることもあるが、彼らの時代(つまり幕末)の頃は「中山道」にするよう幕府が決めていたらしいので、正確には「任侠中山道」ということになるのではないだろうか。
3位の「怒涛の対決」は、夏の東映オールスターキャスト映画でこちらは右太衛門が主役(笹川繁蔵役)で、千恵蔵が演じるのが国定忠治だったりするのでややこしい。
2位の「日本誕生」は『東宝映画1000本記念作品』であり、上映時間も180分という大作である。主演は三船敏郎で、原節子との共演も珍しい(3本くらい?)。鶴田浩二、宝田明、久保明、司葉子、香川京子、上原美佐、小林桂樹、志村喬、杉村春子、田中絹代、三木のり平、榎本健一、柳家金語楼などに加え、人気横綱だった朝汐太郎も出演している(ちなみに映画公開時は休場中であった)。
日活のラインクイン5作は、またしても全て裕次郎映画である。しかし、タイトルに「かける」とあるのが3作、「男」とあるのも3作ありかなりややこしい気がする。当時のポスターを見ても、既に顔が丸くなりはじめている裕次郎のアップばかりで、どれも同じに見えてしまう。
ちなみに裕次郎と赤木圭一郎の共演は6位の「鉄火場の風」とランク外の「清水の暴れん坊」の2作のみである。

1958年度の興行ベストテン

今回は、58年度(58年4月~59年3月)の興行ベストテンである。
1位「忠臣蔵」(大映)、2位「陽のあたる坂道」(日活)、3位「紅の翼」(日活)、4位「忠臣蔵」(東映)、5位「隠し砦の三悪人」(東宝)、6位「明日は明日の風が吹く」(日活)、7位「風速40米」(日活)、8位「日蓮と蒙古大襲来」(大映)、9位「人間の条件」(松竹)、10位「彼岸花」(松竹)。
みてのとおり、「忠臣蔵」が2作もランクイン。実は前年である57年度の第6位にも「大忠臣蔵」(松竹)がランクインしている。
「忠臣蔵」といえば、オールスターキャストが定番であり、当時は確実に客の呼べる話だったのである。
まあこれらの忠臣蔵モノがキネマ旬報のベストテンに入ることはない。ちなみに58年のキネ洵のベストテンは1位「楢山節考」(木下恵介)、2位「隠し砦の三悪人」(黒澤明)、3位「彼岸花」(小津安二郎)となっており、黒澤や小津は評価が高いだけでなく、客も呼べているわけである。
日活の裕次郎映画なんかもキネ洵のベストテンでは無視されがちだが、上記のランクインした日活4作品は全て裕次郎の主演作であり、その人気のすごさが窺える。興行2位の「陽のあたる坂道」はおしくも次点の11位であった。しかし同3位の「紅の翼」は評論家1名が3点を入れただけ。ちなみにその評論家は淀川長治である。
興行1位である「忠臣蔵」は、大映にとって初めての「忠臣蔵」本伝の映画化だったという。年末ではなく58年4月の公開であった。大石内蔵助役は長谷川一夫で、長谷川はNHK大河の「赤穂浪士」でも同役を演じることになる。
主だったところでは、勝新太郎(赤垣源蔵)、鶴田浩二(岡野金右衛門)、市川雷蔵(浅野内匠頭)、滝沢修(吉良上野介)、川口浩(大石主税)、他にも京マチ子、山本富士子、若尾文子、中村玉緒、船越英二、川崎敬三、根上淳、品川隆二等大映スターがずらりと揃っている。
監督は早撮りで知られる渡辺邦男が初めて大映京都に迎えられている。本作で黒川弥太郎(多門伝八郎)がかなり目立っているのは、渡辺のお気に入り役者だからということらしい。渡辺は黒川を戦前の日活時代から、東宝京都、大宝映画、新東宝と所属が変わっても使い続けていたといい、今回も予定されていた役(片岡源五右衛門)からの変更だったというが、渡辺の監督特権だろうと言われている。
東映の「忠臣蔵(櫻花の巻・菊花の巻)」は、59年正月明けの公開で、大石内蔵助はやはり御大の片岡千恵蔵で、大石主税役はもう一人の御大・市川右太衛門の息子北大路欣也が演じている。その右太衛門は脇坂淡路守で、主だったところでは、中村錦之助(浅野内匠頭)、大川橋蔵(岡野金右衛門)、進藤英太郎(吉良上野介)、里見浩太郎(徳川綱吉)、他にも美空ひばり、丘さとみ、東千代之介、大河内伝次郎、大友柳太朗、榎本健一等こちらも新旧スターが揃っている。ただ女優陣は大映のと比べると影が薄いようである。

1956年度の興行ベストテン

前回で「映画ファン」ネタは終了してしまったのだが、「キネマ旬報ベストテン」の興行ベストテンの話題が出たところで、客を呼んだ映画とは何かを他の年についても取り上げてみたい。
予想通り、評論家諸氏の選ぶベストテンと興行ベストテンはほぼ一致しない。しかも興行の方は、4月~3月という単位で集計しているためその年の1~3月までに公開された作品は前年度のランクインしてしまうことになる。
前回、57年度の1位は「米」と書いたが、実は興行では56年度の9位にランクインしていた。評判を聞きつけ見に行った人も多かったのかもしれない。
で、その56年度(つまり56年4月~57年3月)の日本映画の興行ランキングは次のとおり。
1位「任侠清水港」(東映)、2位「蜘蛛巣城」(東宝)、3位「恐怖の空中殺人」(東映)、4位「曽我兄弟・富士の夜襲」(東映)、5位「謎の幽霊船」(東映)となっている。
見てのとおり、5作中4作を東映が占めている。残る1作がお馴染み黒澤作品の「蜘蛛巣城」である。これは57年度のキネ洵ベストテンの4位にランクインしているが、東映の4作品はタイトルで予想できると思うが、いずれも50位にすら挙がっていない評論家には無視されるタイプの作品群である。
1位の「任侠清水港」は57年の正月映画で、オールスターキャスト作品。片岡千恵蔵(清水次郎長)、市川右太衛門(大前田栄五郎)の両御大を中心に若手は中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、伏見扇太郎、ベテランは月形龍之介、大友柳太郎、進藤英太郎、東野英治郎、女優陣は千原しのぶ、高千穂ひづる、長谷川裕見子、植木千恵(千恵蔵の娘)といった人気者をずらりと揃え、「蜘蛛巣城」を1億円以上離しての1位であった。
3位の「恐怖の空中殺人」も主演は千恵蔵だが、江利チエミ、そして新人だった高倉健が出演。つまり後に結婚することになる二人が出会った作品でもある。
本作には、巨人などで通算303勝を挙げた大投手ヴィクトル・スタルヒンが顔を出している。スタルヒンは55年に現役引退したばかりで、これが「怒れ!力道山」(56年)に続く映画出演となっている。俳優に転向したわけではないだろうけれども。
「恐怖の空中殺人」は56年年末の公開だったが、その約3週間後である57年1月12日、スタルヒンは車を運転していて列車に衝突し、この世を去った。40歳の若さであった。飲酒運転ではあったが、直前に同乗者を降ろし、目的地とは逆の方へ向かっているなど不可解な部分があったという。

1957年の映画世界社ベストテン

さて前回に続き、「映画ファン」で発表された映画世界社ベストテンだが、昭和32年度(1957)で最後である。以前書いたように、59年には休刊してしまうからである。そのベストスリーは次のとおりである。
日本劇映画…1位「米」、2位「喜びも悲しみも幾歳月」、3位「純愛物語」
外国劇映画…1位「道」、2位「戦場に架ける橋」、3位「抵抗」となっている。
日本映画の1位と3位はいずれも、監督は今井正、出演は江原真二郎、中原ひとみなのである。「米」では兄妹役だった二人は、「純愛物語」では、恋人同士の役を演じている。中原は東映のニューフェースであったが、江原は大部屋俳優でしかなかった。しかし、この大抜擢で一気にスターダムにのし上がり、60年に二人はは結婚するのである。
ちなみにキネマ旬報でのベストテンでは、1位「米」、2位「純愛物語」、3位「喜びも悲しみも幾歳月」と顔ぶれは同じだが、今井作品が1、2位を独占した。
出演者で東映の作品だとわかるが、とても東映っぽくない作品である。実はこういった雑誌のベストテンで、東映の作品が入ってくるのは珍しいことだったのである。東映作品といえば、映画評論家などが好まないであろう娯楽作品が多く、松竹や東宝の作品が好まれ易いのである。
それが、この57年はこの二本以外にも、「どたんば」(内田吐夢監督)「爆音と大地」(関川秀雄監督)という東映作品がキネ洵では7位と8位にランクインしているのである。
以前、「米」で親子の役だった加藤嘉と中村雅子が後に結婚したと書いたが、じつは「どたんば」と「爆音と大地」にも二人は出演している。加藤は「純愛物語」にも出ているので4本全てに出演しているのだ。
「米」と「純愛物語」は同じ今井作品だから出演者が似ているのはわかるが、江原は「どたんば」の主演でもあるし、前述の二人に加え波島進、風見章子、飯田蝶子、東野英治郎も監督の違う「どたんば」と「爆音と大地」の両方に出ているのである。後、岡田英次、藤里まゆみも4本中3本に出ている。これが東映名作キャスティングということだろうか。
評価の高い映画=ヒット作にはならないのはおわかりだと思うが、松竹の「喜びも悲しみも幾歳月」は興行収入も第2位である。上記の東映4作は興行ではベストテンにはいずれも入っていない。ヒットしたかどうかは不明瞭なのだが「米」というタイトルで客が呼べるかというと疑問に思ってしまう。
ちなみに57年の興行第1位はダントツで新東宝の「明治天皇と日露大戦争」であった。

1955年の映画世界社賞と56年の映画世界社ベストテン

前回に引き続き、今回は昭和30年度(55年)の映画世界社賞の発表である。
作品賞:「浮雲」、監督賞:豊田四郎(「夫婦善哉」)
男優主演賞:森繁久弥、女優主演賞:淡島千景
特別賞:八千草薫(「蝶々夫人」の主演)、楠田浩之(木下作品の撮影)、岩波映画製作所、故・早坂文雄
アメリカ映画賞:「エデンの東」、欧州映画賞:「旅情」
外国映画特別賞:エットレ・ジャンニーニ
「浮雲」は成瀬巳喜男監督で、主演は高峰秀子、森雅之、岡田茉莉子。米兵役でロイ・ジェームスが出演している。チーフ助監督は岡本喜八である。映画世界社は木下作品、成瀬作品が好みのようである。
森繁・淡島ともに「夫婦善哉」の主演に対する受賞であり、監督の豊田と合わせて三冠である。
早坂文雄は、「羅生門」「七人の侍」など黒澤映画や「近松物語」など溝口映画の音楽で知られるが、55年に41歳の若さで亡くなっている。若い頃から病気がちで、死因は結核だったらしいが、黒澤はショックで一週間仕事を休んだという。
エットレ・ジャンニーニって何ぞやと思ってしまったが、イタリアの監督・脚本家であった。
昭和31年(56年)だが、「今年から映画世界社賞に代わり第一線映画評論家諸氏の御協力の下に、権威あるベストテンを選考することになった」という発表があった。要するに「キネマ旬報」でもやっているベストテンを「映画ファン」でもやるということだ。
日本劇映画:1位「ビルマの竪琴」、2位「真昼の暗黒」、3位「猫と庄造と二人のをんな」
外国劇映画:1位「居酒屋」、2位「必死の逃亡者」、3位「ピクニック」
ちなみに「キネマ旬報」のベストテンでは、1位「真昼の暗黒」、2位「夜の河」、3位「カラコルム」となっており、4位が「猫と庄造と…」、5位が「ビルマの竪琴」である。
一方外国映画の方は、1位~3位までまったく一緒である。正直言えば、こちらの3本については個人的にはほぼ知らない作品である。
「真昼の暗黒」は、八海事件という実際に起こった冤罪事件を描いた作品。単独犯でありながら、知り合いの4人を共犯だと偽証した事件で、映画公開時はまだ審議中だっため、映画も上告するところで終了する。4人の無罪が確定したのは12年後の68年のことである。
出演者は草薙幸二郎、松山照夫、矢野宣など渋い面々である。

1953、54年の映画世界社賞

前回の続きである。映画世界社賞、昭和28年度(53年)の発表である。
作品賞:「にごりえ」、監督賞:成瀬巳喜男
男優主演賞:なし、女優主演賞:久我美子
特別賞:溝口健二、市川昆、乙羽信子、東和映画株式会社宣伝部
アメリカ映画賞:黒白映画「探偵物語」、色彩映画「静かなる男」
その他の外国映画賞:黒白映画「禁じられた遊び」、色彩映画「赤い風車」
「にごりえ」の主演女優は久我美子だが、監督は今井正で、相変わらず監督と作品はリンクしない。男優主演賞は三年連続でなし。「毎年候補者は数名いるのだがこれぞというものなしで選び得なかったのは、まことに遺憾である」だそうだ。
ちなみに「にごりえ」は、樋口一葉の短編「十三夜」「おおつごもり」そして「にごりえ」という三篇のオムニバス構成で、主演は順に丹阿弥谷津子、久我美子、淡島千景になる。他に杉村春子、山村聡、芥川比呂志などが出演しており、ノンクレジットでは仲谷昇、岸田今日子、北村和夫、小池朝雄、神山繁、加藤武といった当時文学座の若手だった面々や、子役として河原崎健三、松山省二らも顔を出している。
昭和29年度(54年)の映画世界社賞は次のとおりである。
作品賞:「二十四の瞳」、監督賞:木下恵介
男優主演賞:長谷川一夫、女優主演賞:高峰秀子
特別賞:山村聡(「黒い潮」の監督)、田中絹代(「月は上りぬ」の監督)、永田雅一
アメリカ映画賞:黒白映画「波止場」、色彩映画「バンド・ワゴン」
その他の外国映画賞:黒白映画「恐怖の報酬」、色彩映画「ロミオとジュリエット」
この年初めて、作品賞、監督賞、女優主演を「二十四の瞳」が独占した。キネマ旬報ベストテンでも第一位であり、黒澤明の「七人の侍」は第三位であった。ちなみに二位も木下恵介監督、高峰秀子主演の「女の園」であった。
映画で高峰秀子演じる大石先生の夫を演じたのは天本英世で、これが映画初出演であった。
映画世界社賞初の男優主演賞は「近松物語」の長谷川一夫であったが、個人的には「七人の侍」に加え、やはりこの54年に第1作が公開された「宮本武蔵」の三船敏郎が良いと思ってしまう。
「ゴジラ」もこの年だし、さほど「名画」を見ていない自分でも上記の「恐怖の報酬」や「ロミオとジュリエット」は見ているし、面白い映画の多い年だと個人的には思う。