すっかり桜が満開となりました。
こちらは今日、たまたま通りかかった千鳥橋あたりの桜です。
公園では桜の下でお花見をしている家族がいました。
私も桜を眺めながら、弁当を広げました。
最近、母性と性が結び合わさること、あるいは母親が性的な主体であるとすることについて、尋常ならざるほどの拒否反応があると感じている。それも家族回帰を説く保守派に限らず、左派やリベラル派にまで根強いものがあることに驚きを隠せない。
そうした人たちの多くは、本人が自覚しているか否かはともかく、おそらく母性というものを、聖母マリアに象徴される神聖性を帯びたものとする刷り込みがあるのだろうと思う。
すでに1970年代には、フランスの社会学者、心理学者、哲学者のエリザベート・バダンテールが著書『母性という神話』(鈴木晶訳、ちくま学芸文庫)の中で、母性神話を近代に構築されたイデオロギーとして述べ、賛否両論の反響を呼んでいる。
バダンテールによる論旨は、母性愛は本能ではなく、母と子の日常的な触れ合いの中で育まれるものである。それを本能とするのは父権制にもとづく近代のイデオロギーであり、そのイデオロギーは、女性を自立した存在とは認めず、母親の役割に押し込めるものである、という批判である。
それまでヨーロッパにおけるジェンダー/セクシュアリティ観は、プラトンは男女は雌雄同体の存在から切り離されて誕生したと述べたが、アリストテレスは女性を「男性より動物に近い」「劣った男性」とみなす見方、あるいは古代末期のキリスト教教父である聖アウグスティヌスは、人間の原罪を「肉から生まれたこと」つまり母親の胎内から生まれたことに求めた。
他方、アンシャン・レジーム期以前のヨーロッパでは、近代以前は子供の養育は乳母に任せることが一般的で、捨て子や孤児院も多かった。
ちょうど18世紀末には、フランスの劇作家で啓蒙思想家のジャン=ジャック・ルソーが教育論書『エミール(全3巻)』(今野一雄訳、岩波文庫)を刊行している。同書は、エミールという架空の人物の教育をもとに、ルソーが理想とする自然主義的な教育について述べた本であり、今日に至るまで強い影響を持っている。
ルソーは、自身は5人もの子供を孤児院に送ったにも関わらず、同書の中では、乳幼児からの母親による育児を、「自然」なモデルとし、献身的な育児を説く。そればかりか、かつ女性は受動的であれと説く。
そこでのルソーの教育論とは、すなわち、手つかずの女性(処女)を所有して自分の子供を産ませるという、男性的な文化表象そのものであるジェンダー/セクシュアリティ観が、近代の<知>の体系の下に編制されることを意味する。
今日の見方では、まったくのセクシズム(性差別主義)そのものであるが、ルソーはそれを「自然」とみなしている意味で、悪質としかいいようがない。
またルソーに限らないが、ルソー的な教育論を黎明期とする近代教育とは、国家と資本の要請に適合した身体の訓育、すなわちミシェル・フーコーが「生政治(biopolitique)」という概念で批判的に言及した、個々人の身体に対する統治技法につながる問題が見いだせる。
あるいはダラ・コスタ姉妹(マリアローザ・ダラ・コスタとジョヴァンナ・フランカ・ダラ・コスタ)やアントニオ・ネグリら1970年代以降のマルクス主義者が強調した、資本制下における労働力の再生産の場としての「家庭」という問題にもつながるといえる。
そうした人たちの多くは、本人が自覚しているか否かはともかく、おそらく母性というものを、聖母マリアに象徴される神聖性を帯びたものとする刷り込みがあるのだろうと思う。
すでに1970年代には、フランスの社会学者、心理学者、哲学者のエリザベート・バダンテールが著書『母性という神話』(鈴木晶訳、ちくま学芸文庫)の中で、母性神話を近代に構築されたイデオロギーとして述べ、賛否両論の反響を呼んでいる。
バダンテールによる論旨は、母性愛は本能ではなく、母と子の日常的な触れ合いの中で育まれるものである。それを本能とするのは父権制にもとづく近代のイデオロギーであり、そのイデオロギーは、女性を自立した存在とは認めず、母親の役割に押し込めるものである、という批判である。
それまでヨーロッパにおけるジェンダー/セクシュアリティ観は、プラトンは男女は雌雄同体の存在から切り離されて誕生したと述べたが、アリストテレスは女性を「男性より動物に近い」「劣った男性」とみなす見方、あるいは古代末期のキリスト教教父である聖アウグスティヌスは、人間の原罪を「肉から生まれたこと」つまり母親の胎内から生まれたことに求めた。
他方、アンシャン・レジーム期以前のヨーロッパでは、近代以前は子供の養育は乳母に任せることが一般的で、捨て子や孤児院も多かった。
ちょうど18世紀末には、フランスの劇作家で啓蒙思想家のジャン=ジャック・ルソーが教育論書『エミール(全3巻)』(今野一雄訳、岩波文庫)を刊行している。同書は、エミールという架空の人物の教育をもとに、ルソーが理想とする自然主義的な教育について述べた本であり、今日に至るまで強い影響を持っている。
ルソーは、自身は5人もの子供を孤児院に送ったにも関わらず、同書の中では、乳幼児からの母親による育児を、「自然」なモデルとし、献身的な育児を説く。そればかりか、かつ女性は受動的であれと説く。
そこでのルソーの教育論とは、すなわち、手つかずの女性(処女)を所有して自分の子供を産ませるという、男性的な文化表象そのものであるジェンダー/セクシュアリティ観が、近代の<知>の体系の下に編制されることを意味する。
今日の見方では、まったくのセクシズム(性差別主義)そのものであるが、ルソーはそれを「自然」とみなしている意味で、悪質としかいいようがない。
またルソーに限らないが、ルソー的な教育論を黎明期とする近代教育とは、国家と資本の要請に適合した身体の訓育、すなわちミシェル・フーコーが「生政治(biopolitique)」という概念で批判的に言及した、個々人の身体に対する統治技法につながる問題が見いだせる。
あるいはダラ・コスタ姉妹(マリアローザ・ダラ・コスタとジョヴァンナ・フランカ・ダラ・コスタ)やアントニオ・ネグリら1970年代以降のマルクス主義者が強調した、資本制下における労働力の再生産の場としての「家庭」という問題にもつながるといえる。
今夜の夕食。水菜とツナのスパゲティでした。
奥は千切りキャベツのサラダです。
作り方は、スパゲティをゆでて、その間にボウルにアンチョビ代わりの魚醤、EXヴァージン・オリーヴオイル、粉チーズ、ツナ缶、水菜、ペッパーソース、スパゲティのゆで汁を加えて混ぜ、ゆであがったスパゲティをしっかり湯切りをしてから入れて混ぜれば完成です。
ちなみにツナと水菜のスパゲティは時々つくりますが、味付けは、ポン酢やマヨネーズを用いることもあります。その時の気分次第です。
このスパゲティは、水菜のシャキッとした歯触りが大切です。
だが水菜が生のままだと食べにくいので、生でもなく、熱が通り過ぎてくたくたにならないよう、注意しながら混ぜるようにしましょう。
《五山送り火 舟形万灯籠》
紙に青墨、顔彩
F4(色紙)(333mm×242mm)
2016年。
しばらく昔の作品の木枠張り直しが続きましたが、こんどは直近の作品です。
それも昨日描いたばかりです。
京都では毎年8月16日に五山送り火という行事が行われます。
我が家に迎えた精霊を送り出すための、盆行事です。
京都の北側三方を囲む山々の5カ所に、東山如意ヶ獄の大文字、松ヶ崎西山・東山の妙法、西賀茂船山の船形、衣笠大北山の左大文字、嵯峨鳥居本蔓茶羅山の鳥居形の順に点火されます。
そして舟形万灯籠は、wikipediaの記述では、「船の形は、承和14年(847年)、唐からの帰路に暴風雨にあった、西方寺の開祖・慈覚大師円仁が「南無阿弥陀仏」と名号を唱えたところ無事到着できたという故事にちなむ」そうです。
昨年、東京から関西に移住して落ち着き始めた頃、京都の出町柳という、大文字と舟形が両方見られる場所で五山送り火を迎えました。
送り火を見ながら、ようやくこちらで生活をしているという実感が持てるようになってきました。
とくに舟形は、運命の歯車が回り始め、海図にも載っていない大海原を行く、二度と帰ることのできない永遠の旅路を行く、導きを感じました。
そして、その旅路で私が何を目指しているのかといえば、「最期に笑って死ねる人生」とだけ言っておきましょう(笑)
さて、絵画表現としては、暗闇の中にかがり火の光の舟がぼうっと浮かぶ光景をどう表現するか考えながら描きました。
そこで、近景である鴨川の流れや川岸の草むらは省略して描き、中景の橋も橋があると別れる程度に浮かぶように描き、遠景の山の稜線に浮かぶ舟を目立たせるようにしました。
ちなみに関東では箱根の大文字焼きが有名ですが、京都の人に大文字焼きと言うと怒られます。
かくいう私自身、先斗町の飲み屋で大文字焼きといって、怒られました(笑)
正しく、「五山送り火」と言いましょう。
紙に青墨、顔彩
F4(色紙)(333mm×242mm)
2016年。
しばらく昔の作品の木枠張り直しが続きましたが、こんどは直近の作品です。
それも昨日描いたばかりです。
京都では毎年8月16日に五山送り火という行事が行われます。
我が家に迎えた精霊を送り出すための、盆行事です。
京都の北側三方を囲む山々の5カ所に、東山如意ヶ獄の大文字、松ヶ崎西山・東山の妙法、西賀茂船山の船形、衣笠大北山の左大文字、嵯峨鳥居本蔓茶羅山の鳥居形の順に点火されます。
そして舟形万灯籠は、wikipediaの記述では、「船の形は、承和14年(847年)、唐からの帰路に暴風雨にあった、西方寺の開祖・慈覚大師円仁が「南無阿弥陀仏」と名号を唱えたところ無事到着できたという故事にちなむ」そうです。
昨年、東京から関西に移住して落ち着き始めた頃、京都の出町柳という、大文字と舟形が両方見られる場所で五山送り火を迎えました。
送り火を見ながら、ようやくこちらで生活をしているという実感が持てるようになってきました。
とくに舟形は、運命の歯車が回り始め、海図にも載っていない大海原を行く、二度と帰ることのできない永遠の旅路を行く、導きを感じました。
そして、その旅路で私が何を目指しているのかといえば、「最期に笑って死ねる人生」とだけ言っておきましょう(笑)
さて、絵画表現としては、暗闇の中にかがり火の光の舟がぼうっと浮かぶ光景をどう表現するか考えながら描きました。
そこで、近景である鴨川の流れや川岸の草むらは省略して描き、中景の橋も橋があると別れる程度に浮かぶように描き、遠景の山の稜線に浮かぶ舟を目立たせるようにしました。
ちなみに関東では箱根の大文字焼きが有名ですが、京都の人に大文字焼きと言うと怒られます。
かくいう私自身、先斗町の飲み屋で大文字焼きといって、怒られました(笑)
正しく、「五山送り火」と言いましょう。







