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Ternod Official blog

哲学思想研究、文人画。 反緊縮行動(Anti-Austerity Action)〔生ー政治(Bio-politique)に抵抗する自律労働者(Autonomia Operaia)〕。 ブラック・ミュージックをこよなく愛す。レコード/CD店、古本屋、美術館などで出没することが多いです。

一週間と短い期間でしたが、無事に個展を終えました。
コンセプチュアルな内容の現代絵画から水墨表現への展開という、前例のない展示でしたが、それはそれで意味のある展示だったと思います。
ご来場いただいたみなさま、ありがとうございました。
とくに作品を購入された方には、感謝いたします。
すでに今後に向けて頭がいっぱいです。

南画_竹・梅_絵手紙


マンゴツリーキッチン


JR大阪駅ビル・グランフロント大阪にあるタイ料理店「マンゴツリーキッチン“カオマンガイ”(泰鶏麵飯)」にて、カオマンガイ(海南鶏飯)とバーミーガイ(鶏麵)を食べました。
なんでもタイ・バンコクに本店があるそうです。

ご飯がジャスミン・ライスで、テーブルに置かれたソースが4種類もあるのがうれしいです。

実は、だいぶ前から海南鶏飯が食べたくてしょうがなかったのです(笑)

ちなみに私は海南鶏飯を初めて食べたのはヴェトナム・サイゴンのショロン地区にある中華料理店で食べた「コム・ガー」でした。
この間、個展の告知をしている時、あるいは個展を訪れたお客さんの反応から、文人画あるいは南画というものの存在をまったく知らないという方が多いように見受けられます。
もっとも、文人画というジャンルは、明治以降の日本の美術教育からも排除されていますので、美術関係者ですらよく知らないという方も少なくないと思います。
そこで、個展会場に掲示した解説文を、ブログにも出しておきます。

個展03


文人画とは何か?

   輝野 洪瑞

 文人画は、紀元11世紀、宋代以降の中国において誕生した、文人が余技として描く絵画に始まった。それは宮廷や権力者のために絵を描く職業画家と異なり、書・詩・画が一致する画風形式をめざし、老荘思想にもとづく俗世からの自由を理想とする。のち、明代の文人画家で文人画論を論じた董其昌は、技巧に走る職業画家の絵画よりも、教養を積んだ文人画家が描いた絵画の方が格調が高いと述べた。
 水墨画と呼ばれる水墨による絵画表現は、文人画家のめざす表現に合致したものとして、彼らによって磨かれてきた。
 文人とは科挙の合格者を指し、彼らは官職に就いて赴任先の地方の名士、画家、詩人などの間で集まったり絵を贈りあったりしてサロンを形成した。
 また文人画家は必ずしも官職に就く者だけに限らない。宋代の蘇軾のように失脚や左遷によって中央を追われた官僚が絵を売って食いつないだり、王朝交代期に新王朝への忠誠を拒否した前王朝の側近らが、遺民画家といって、地方で自給自足の生活をしながら絵を売って小遣い稼ぎをしたりしていた。あるいは明代の沈周のように、科挙を受験しなかった文人画家すらいる。つまり、文人画とは、職業画家の絵画に対する趣味で描いた絵画ということよりも、文人精神が体現されている絵画である、といった方が正確である。
 日本では室町時代には中国より文人画は伝わっていたが、当時は長谷川等伯や狩野永徳らの大和絵に取り込まれる形で受容された。本格的には江戸時代に「南画」として広まって行った。祇園南海、池大雅、浦上玉堂、谷文晁、渡辺華山らが代表的である。だが明治以降、質の低い南画が乱造されていたこともあり、フェノロサや岡倉天心は文人画を排除した。それ以降、芸大・美大を中心とする美術教育及びその出身者らで構成される美術界から、南画は在野・傍流に追いやられたばかりか、あたかも存在しないがごとく抹消された。
 だが近代以降も富岡鉄斎、小川芋銭、小川千甕(せんよう)、また洋画家の岸田劉生や藤田嗣治も南画風の作品を遺している。とくに藤田嗣治がエコール・ド・パリの画家として認められるようになった、「乳白色の美」で裸婦や猫の絵画において、墨を用いた輪郭線を「無念無想」に描くと述べている。これは南画の描画法である。
 さきに触れた董其昌は、文人画家のあるべき姿について、「万巻の書を読み万里の路を行けば自ずと胸中に自然が映し出ようになる」と述べた。日本でも、江戸時代の浦上玉堂は全国各地を放浪し、近代日本の富岡鉄斎が座右の銘としていた言葉である。

 私は絵画を描いて行く中で、文人画と出会い、水墨表現を学ぶようになった。
 現代美術なるものが先細りして終焉し、文系教養の崩壊、日本の美術大学を中心とする美術教育システムの問題という暗澹たる状況の中で、私は文人画の復権こそが必要であると考えている。
個展がはじまりました。
17日まで、大阪・中崎町のTrico Galleryにて開催中です!

個展01


初日は夕方からのオープンにもかかわらず、すでに多くの方に来ていただきました。

個展02


こちらは水墨画です。

個展03


個展04


早くも初日に作品が売れました。
画像にはありませんが、ポストカード大の水墨画を2点展示しており、そのうち1点です。
お買い上げいただき、ありがとうございます。

個展05


お花をいただきました。
水墨画教室の先生からです。
ありがとうございます。

個展06


個展の開催日時・場所は、こちらをご覧ください。
在老日程は、Twitterにてご確認ください。
塩鯖


今夜は塩鯖です。 他は総菜のチキンカツ、胡瓜の醤油漬けです。
今まで、塩鯖や鰆の西京焼などの焼き物は、オーヴンレンジのレンジ機能で焼いていましたが、
今回初めてガスコンロのグリルで焼きました。

焼き具合はどちらも大差ありませんが、
ガスコンロのグリルは鯖2匹、真鯛1匹くらいは焼ける大きさがあるので、分量やサイズで使い分けることになると思います。
桜01


まだ桜が咲いています。
満開の桜を下から眺めていると、心が落ち着きます。
鳥の糞が落ちてきてジャケットにかかりましたが(笑)
すぐティッシュで拭いて、鳥に怒ってもしょうがない、と。
以前ならぶち切れていたでしょうが、
心に余裕ができてきたようです。

今の自分に、それだけの余裕があったとは、自分でも思いも寄りませんでした(笑)
たぶん東京を離れて8ヶ月もたったからでしょう。
4月3日(日)は、遠出して姫路まで行ってきました。
阪神電鉄・神戸高速鉄道・山陽電気鉄道で行きましたが、須磨を超えたあたりから、急に瀬戸内海・山陽の雰囲気がしてきました。

姫路_明石海峡大橋


これは帰りに撮った写真ですが、明石海峡大橋と淡路島です。

けっこう時間がかかりましたが、なんとか姫路に着きました。
姫路といえば、姫路城よりも、まずはこれです!

姫路_モノレール公団01


モノレールの駅と直結した公団の建物です。
いまはモノレールは廃線、公団も廃屋です。
廃墟の雰囲気がして、近未来の夢の跡のようです。

姫路_モノレール公団02


イメージとしては、超高層ビルにエアカーのチューブ帯が貫通していて、高層階からエアカーに乗ってチューブ帯を通るようなイメージといったら言い過ぎでしょうか。
でも、そういう近未来の夢の跡を感じさせます。

姫路_姫路城


姫路城です。
花見客と観光客で人が多く、小雨が降ってきたので、今回は見るだけにしました。

さて、今回、姫路に来た目的は『ガマ人間あらわる』というミュージカルを見ることが目的でした。
原発事故による避難生活、沖縄戦、非正規雇用などの現代の雇用など、複雑な問題がひとつの作品の中に込められています。
見に来ていた方にも、いわゆる母子避難と呼ばれる、母と子での原発事故避難者が多く来ていました。
私の場合は、原発事故避難というと、半分は当たっていますが、半分は違います。
むしろ、3・11での「リセット」から、社会秩序の「原状回復」としての「復興」に対する堪え難い嫌悪感、居心地の悪さから、新天地を求めて旅立ったという意識です。
そこで流れる底流は、大航海時代、開拓時代、ノマディズム、海賊ユートピアといった方向性でしょうか。その上で反攻のため備えているといったところです。

その上でいえば、この「反攻」を行うことができる前提条件は、東京首都圏を離れて西日本に移住することです。

姫路_鹿肉の串カツ


ちなみにこの画像は、姫路城を望むアイメッセ前の広場に並んでいた屋台で食べた、鹿肉の串カツです。鹿肉は淡白でコクがあるので、美味しいです。
なお姫路名物といえば、おでんを生姜醤油に浸けて食べる姫路おでんがありますが、食べ逃しました。関西に住んでいれば、そのうち食べる機会があるでしょう。
先日に続いて、またカレーをつくりました。
カレーばかり食べているとキレンジャーのようですが(笑)
美味しいし、やはり食べてしまいます。

鶏手羽元のカレー


今度は鶏手羽元に、あめ色玉ねぎ、人参、じゃがいも、オクラとオーソドックスな野菜を使ったカレーです。
コツは、30分近く煮込み、鶏手羽元の肉が骨から離れやすく、かつ野菜が煮くずれないこと。
翌日まで寝かせると野菜が溶けやすくなりますが、それでも鶏手羽元の肉が骨離れしやすい方が良いかと思います。
すっかり桜が満開となりました。
こちらは今日、たまたま通りかかった千鳥橋あたりの桜です。

千鳥橋_桜01


公園では桜の下でお花見をしている家族がいました。

千鳥橋_桜02


私も桜を眺めながら、弁当を広げました。