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をゆっくりと読んでいます。今回は、IIIの後半の

 

精神科治療環境論           (18)

 

ここで取り上げられるのは

 

⑥治療環境(病棟、診察室)を変えれば病状や治り具合や社会復帰はどう変わるか

 

です。結論からいうと、環境を意識して変えれば、よく変わる。

 

私たちの身近にある環境といえば、まず家ですが

家を建てた知人によると

 

家は3軒建ててようやく満足できるものができる

 

のだそうで、よく考えたつもりでも、

いざ住み始めると不便なところが出てきて、

ああすればよかった、こうすればよかったと後悔が残るのだとか。

 

中井久夫さんは、大学精神科病棟、公立総合病院精神科、

リハビリテーション病棟、大学精神科外来、

個人外来診療所など計6回以上も設計に携わられたから、

その意味では十二分に満足できる治療環境が作れるまでになった方である

と言えます。

 

以前、私が学童保育に勤めた時、新しい建物へ移ることがありました。

その際、保育士が

動線(その場へやってくる子どもたちの時間による大まかな動きの流れ)を

考慮してロッカー、テーブル、など配置し、

また必ず、他から目隠しになるような畳の場所も作っていました。

ちょっと落ち着けるスペースがあると、

子どもたちの喧嘩やトラブルを減らすことができるのです。

 

このように人が入る以前のその場の構造、

ノン・ヒューマン環境が

そこで過ごす人のストレス度に影響するのはあたり前で、

使う目的に即し、使う人が過ごしやすい場の構造を

改めて問い直してみるのは大切だろうと考えます。

 

そうしてみると、学校の教室なども小中高と

教壇の高い位置から教師が約40人の生徒を

隈なく見渡せるようになっており、

集団管理には適しています。

けれど逆に日中、何時間も同じメンバーでそこに座らされている

生徒からしたら、四六時中人の目に晒されているのだから

ストレスフルな場かもしれない。

 

「学校は終わったらそれ以上1秒でも長くいたくない」

 

(面白い授業や、憩えそうな図書室もあるのに...)

 

と息子が言うのを聞くにつけて...

 

ふとそんなことが頭をよぎりました。

 

ただ息子の卒業した公立中学では、

築何十年の古い校舎の建て替えはもちろん、

雨漏りといった基本的環境整備でさえも予算の関係でなかなか。

(PTA会長さんが市にかけあって理科室の雨漏り修繕は

 されたのだけれど)

市内学校の順番で十年以上は待つと聞きました。

 

中井さんはこんな風に書かれています。

 

私の精神科医の生涯の相当時間は、患者のためでなく、不十分な病棟、時には劣悪な病棟との戦いに空費され、その闘いの片手間に患者を診ていたともいえるのではないかと思った。同僚やナースなどの職員との摩擦も、多くは病棟ゆえの摩擦でなかったか。何という、目まいを催すような虚しさであろう。科学の進歩を待たずには実現できなかったという部分はあってもごく僅かである。この悲哀あるいは虚しさを今後の精神科医たちが少しでも味わわずに済めば、私の実に虚しい生涯も多少は救われるというものである。

                        

                         1 治療環境の意味と意義 より

 

(18)は

 

1 治療環境の意味と意義

 

2 外来のノン・ヒューマン環境

     1待合室 2面接室 3病棟

 

という構成になっており、

1では、かつての精神科病棟がどのようであったか、

そして著者が新しく設計した病棟ではどのような変化が起きたかに触れ、

ノン・ヒューマン治療環境の重要性が述べられています。

 

2では、

ノン・ヒューマン治療環境の具体的なあり方が

一般的原則を前景にして細やかに述べられいきます。

 

治療環境が変わることで、著者の得た実感は以下の事です。

 

患者同士、患者と職員のトラブルが減る→患者の薬物量が減る

睡眠問題が少なくなる

救急の処置がてきぱきできる

入院当初の退院要求が減る

入退院をめぐる悶着が少なくなる→新規入院の待機時間が少なくなる

 

以下にまとめました。

 

一つの環境整備にこれだけの観点や配慮がある、

というのは参考になります。

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2−1 待合室

 

*待合室に入ることによって、緊張がほぐれ、脈拍が下がるようである必要がある。

 

*待合室は廊下を通る人の目から扉によって隔離されている必要がある。

 

*椅子は、画一的でなく、同じ方向を向いて椅子が並ぶ部分と共に、

 壁が少し凹んだ部分があってそこの椅子にごく少人数が目立たずおれるように

 してあるのが望ましい。

 

*花や植物、絵やモビールを飾り

 三等船室ではなくて品のよいホテルのロビーをモデルにするとよい。  

 

*シニアの医師は時々待合室にさりげなく顔をだすとよい。

        中で何が行われているかわからない患者の不安をやわらげる。

 

*外来にも二床程度の本式のベッドがある部屋を設けることが必要である。

              緊急患者、器質・症候性疾患患者、疲労しやすい患者、注射後の安静あるいは

          安全性確認のために活用性が高い。

 

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2−2 面接室

 

*使用する医師の裁量に任せるのがいちばんよい。

         医師の働き心地と疲労度も治療に影響する。

 

*面接室は個室であることは最低条件である。

 

*椅子が重要

 椅子は医師と患者が同じものがよいだろう。

 背もたれと肘掛があり、姿勢保持の努力が最小限

 かつ適度の心身緊張を保つ硬さをもつ、車つきの回転椅子を勧める。

     姿勢保持の努力が必要だと、患者の発言が制限される 

        回転椅子      →180度面接(距離を置いた相談に適する)

                 90度面接(通常の面接)

                 平行面接(親密関係的な面接あるいは描画制作)

                 への移行やメモをとるのが自然にできる

 

*治療者が窓を背にする位置が一般に望ましく、

 窓には最低4分の1に緑系統の色が入っていることが必要。

 

*診察室の入口と出口を別にするとよい。

 診察後の患者が待合室を通らずに帰れるようにするともっとよい。

 

*初めて使用する薬物を、診察室で服用してもらい看護婦の目の届くところに

必要時間いてもらう場合のスペースが必要。

 

*医師・職員のコーヒー・ブレイクのための待機所が必要。

            狭くとも居心地よく作る必要がある

 

*外来から入院する際、

 外来主治医が病棟に案内して職員を紹介するのがベストで、

 次善は病棟職員が外来に迎えにきて、主治医の紹介を受けることである。

            引き継ぎは非常に重要で治療的とも外傷的ともなりうる。

               外来と病棟があまり離れているのは感心できない。

 

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2−3 病棟

 

目標:開放感のある、拘束感の少ない病棟

   

<玄関>二段ガラス扉(向こうに働いている職員が見える)

    →向こうの見えない鉄扉を開けて入る場合と比べて入院の外傷性が減る

 

開放病棟か閉鎖病棟か

  開放:患者の選択肢の幅が減り、薬物量が増加する傾向にあった

                    (薬理学的拘束:目に見えない閉鎖病棟)  

     開放病棟でやれる患者→大部分が外来治療できるのではないか。

                しかし地域施設(ホーム等)の連携が必要。

 

独立病棟か一般病棟か

  大学病院の場合には独立病棟を目指すのが望ましい

         →学生(研修医)へ精神医療を目に見えるようにする

          教育効果のため

 

<病棟全体>

 患者と家族が入院初日中に頭にはいり、

 短時間で馴染めるような単純なレイアウトが望ましい。

 

 通風と採光と色彩管理

   

  通風:レイノルズ効果によって縦長の窓が良い

     一般にはストッパーをつけた通常の窓の隙間からの通風

            →精神科病棟特有といわれる臭気の発生を防止

 

     細菌、塵埃は床上30cm以下に集中するので、床のすぐ上の通風窓も一案

     

  採光:中庭、光庭が通風の煙突効果を示すようにすると良い。

     現在の強化ガラス、プラスティックの強度から鉄格子は不要。

                   かつての鉄格子→精神病院への偏見

 

  色彩:色彩見本ではごく白に近い淡い色に見えたものが

     大面積に適用すると適度の濃さになる。

     鮮やかな色はどこか一点だけに使う。

       天井パネル:小孔が等間隔に並んでいるのは避ける

             →視覚誘発性てんかん発作を起こした例あり

 

 

   絵:おだやかな風景画、静物画が良い

     避けるべき絵→人物画、特に眼がこちらを向いている絵

 

       ディフィ ...患者が選んだ絵1位

      クレー  ...一般に好まれるが避けるべきものもある

      印象派  ...無難

      抽象画  ...一般にインパクトが強すぎ、

            患者が身に迫るように感じることがある

 

 睡眠を促すような設計と内装

   廊下:夜間はフットライトだけで十分すぎるほど明るい

 

<個室>

 個室(大部屋に対して)の比率が増える傾向にある

 

 身体合併症患者を診察する設備+伝染病の隔離病室の規定を備えたものが良い

                  ↓

            病棟内に伝染病が発生した場合、病棟全体を閉鎖しなくて済む

 

<大部屋>

 四人が限度だろう。

 カーテン:上部をレース様にして体重がかかると落下するようにする

                            自殺の防止

 病室をひろやかにすることで患者同士の相互作用を緩和できる

 

<休憩室>

 テレビのある室とない室の2つほしい。

 読書室:スタンドランプがあり周囲から隔絶している

     筆者は「 嫌人権」を行使できる「嫌人部屋」を 作ったことがある

 

<廊下>

 規定より広く作る→簡易応接セットを置ける

 小さな凹み部→患者の憩いの場

 

<隔離室(保護室):重要>

壁紙:ビニールマットを使い1年に1回程度の張替えがよいだろう

通風:外側と廊下側にスリット(スリットは会話にも便利)

彩光:少なすぎず、ギラギラ照りつけもしない  

   筆者の工夫↓

   強化プラスティックの向こう→ 障子→廊下→大きな窓(カーテン)→外の緑

窓:時計やカレンダーをつけるのも有意義

その他:小部屋

    床に少し隆起した部分

    壁そいに寝る方が安全感が高い?

    控え室には洗濯機、シャワー

 

<喫煙>

病棟は禁煙が望ましい。

 

<面接室>

多すぎるくらいあると良い。医師も患者も待ち時間なしで面接ができる。

面接時間を医師が守るのが信頼の基礎。

 

<職員のアメニティ>

婦長:個室

      (事務仕事、部下への注意、相談、時々孤独になる必要がある)

一般職員:ゆったりした休憩室、更衣室

      (更衣室は病棟入り口と違う入り口から入れるように)

病棟医師待機室:コンピューター、通信機器を備える

      (デスクワークができるようにすれば医師は病棟近くにとどまる)

宿直室:シャワー、暗くできよく休息が取れるように

    男女別の二室の他に予備の当直室

       (上級医と研修医の同室は相互に気詰まり)

 

自己完結型の災害時中枢機能もあるとよい:炊事設備等...

           神戸大学精神科病棟が阪神淡路大震災で災害精神保健医療の一中枢となった

 

<庭>

「自分で自分の面倒をみられる庭」→芝よりクローヴァ

    神戸大学精神科:地中海庭園を目指す ハーブなども良い

 

 

ー設計ー

 

 建築の素人である精神科職員が関与し、討論し、意見を述べることは

 絶対に必要である。

 パース図(特に斜め上から見た図で内装などを描き込めるもの)を求めるべき。

       専門家の設計図はイメージできない

 

 はじまり

 I

 II

 II 戦時下一小学生の読書記録

 III 前半

 III 赤と青と緑とヒト 

 III 記憶について

 III 後半