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考える道具を考える

The instrument which I think

BShiで放映が始まったNHK「100年インタビュー」の番組趣旨は‥‥。

  ‥‥100年たっても色あせない、100年後の日本人にも見てもらいたい、
     という願いをこめた90分サイズの大型インタビュー番組。
     その人の経験に基づく人生哲学、苦悩、挫折、今をどう生きているのか?
     何をめざしているのか?次の世代へのメッセージなどを、各界のエキスパートに聞きます。

この番組の再放送が総合テレビで昨夜放映された。登場したのは将棋の羽生善治名人。(聞き手は坪倉善彦アナウンサー)

映像がほとんどない、完璧なロングインタビュー。
聞き手のポイントは、将棋という真剣勝負の世界に登場した羽生名人の広い意味での人生観、勝負観などについてだった。

特に、史上初めて7つのタイトル戦と言われる棋戦全部を獲得した羽生名人が、その後タイトルを失っていき1冠になり、さらに、再びタイトルを奪還し始めて現在の4冠までになる軌跡を辿りながら、その時々の心情などをきくあたりは、興味深いものでしたね。

外から見ていると、25歳の時の天才羽生さんは「羽生マジック」が冴え渡り、次々とタイトルを獲得していく。獲得した時の心象風景は、「特に感動があったわけではなく、一つの勝負が終わった」という感覚でいる。失った時の心象風景は、「厳粛に敗戦と向き合い、次の勝負に生かす」といったことを発言されていました。

勝つか負けるか真剣勝負。勝負にかかわっている人は、結果ではなく、取組の姿勢に関心があるようです。

そして、羽生再生のポイントとなったキーワードは、

   ‥変化。

印象に残った言葉は、

   ‥将棋は勝った時から衰退が始まる。
    勝利した時の勝負手は、勝った瞬間から古くなる。
    だから、常に時の変化に対応する柔軟性を持って対応することが求められる。

というような意味と解釈しました。これが、勝ち続けることのコツなんです‥と。

   ‥自ら変化を求めること。
    勝利の美酒に酔うことはあっても、
    その勝利を徹底的に否定して、
    次の新しい手順を考察すること。

なかなかできるものではありませんね。
「変化」という言葉。英語でいえば、changeですね。
この言葉には、確かに真理が隠されているように思えました。

ありがとうございました。
100年後まで、残る言葉だったと思います。

いろいろ噂のあった再来年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」の主役にシンガーソングライター、俳優の福山雅治さんが決定した。(キムタクに期待していた地元はがっかり?)

作品は幕末の志士、龍馬の33年の生涯を幕末の経済人、岩崎弥太郎の視点から描く(ニュースより)という。

この紹介から見ても、経済的視点で龍馬とその時代を描いていこうとする意図が見えますね。革命児龍馬ではなく、政治体制の変革と経済の変革を同時に創造した龍馬というのも面白い視点で、またどんな風に料理してくれるのか楽しみです。福山さんは、龍馬ゆかりの地、長崎の出身でもありますね。

私は、長崎という町が好きですね。
急勾配の丘が、深く切れ込んだ長崎港の入り江を囲むように連なっている。その高台からみる海の向こうに、未知の海外が広がっていたことも容易に想像できる。当時の人々は、海外との交流を活発に展開し、長崎は、日本の鎖国からの脱却を演出する舞台となった。グラバー邸から見下ろす港の風景は、今も、わくわくする感動を与えてくれます。

龍馬が日本最初の株式会社と言われる亀山社中を創設したもの、長崎。

高台に設置されている巨大なブーツのブロンズ像の前から見る空もまた魅力的ですが、大河ドラマは私たちにどんな夢を運んでくれるのでしょうか?

それにしても、再来年の話なんですね‥。


当初の予測以上の差でアメリカ大統領選挙はオバマ候補が勝利した。

一年近くに及ぶ選挙戦がどのように続くのか、日本人の私には想像がつかない。しかし、そこで重視されるのが、「言葉」なのはよくわかる。

    歴史的な金融危機を経済政策として乗り越えるために、
    我々は「変革」(change)しなければならない。
    そう、「私達はできる!」(yes we can)。

これが一貫した主張。分かりやすく、何かを感じさせるメッセージだった。
日本の政治家にも欲しい「言葉」。


    我々の前には大きな仕事が待っている。
   (イラク、アフガンの)二つの戦争、危機に直面した地球、世紀の金融危機だ。
    新エネルギーを開発し、仕事を創出し、学校を建て、脅威に対処し、
    各国との同盟関係を修復しなければならない。

    道は長く険しい。坂は急だ。
    だが、私は今夜ほど希望に満ちたことはない。
    私は約束する。
    我々は一つの国民として目標に到達するのだ。(訳・佐藤賢二郎)


政治家が国民の上に立っているのではなく、国民と共にあるのだという文脈が生きている。
involvement‥という動機付けのキーワードには、参画する、巻き込むという意味のほかに、深い関係という意味もある。主役が誰かを訴求する言葉には、期待と国民の苦境からの脱出のための決意が込められる。
involvementという言葉には、やる気、熱意という意味も込められているのですね。インボルブされたんですね。これがアメリカの強さなのでしょう。

さぁ、私達はどうする?

昨日の続きです。

茂木健一郎先生の「脳科学の講義」、第10日目講義に関心のあるテーマが展開されています。

この日のタイトルは「知性の本質は渋谷でナンパすることにある?」という刺激的なもの。実際の中身は、天才脳を作るには、実践こそ大切で、箱庭で学習する環境より、現場で学んだほうが効果的だという意味ですが‥。

その中で、脳の機能の中の「ワーキングメモリー」という前頭葉にある働きが面白い。

私達は、膨大な記憶を脳に蓄積させている。しかし、ものを考える時は、局在化している情報、特に、考えるテーマに即して記憶されている情報を抽出してきて、いわばパソコンのデスクトップ上に関連する情報を置き、ワークするような感じで、考える活動をするという機能ですね。

  ‥このところ情動系と記憶のシステムの関係が分かってきた。
   長期記憶として安定した記憶があっても、いまの行動に使うためには、
   ワーキングメモリーに引き出す必要がある。

  ‥ワーキングメモリーは一度に一個、ひとつの塊のものしか蓄えられない。(中略)
   だから、膨大な記憶の中から自分が何を思い出しているかは重要で‥(中略)
   その引き出すものを決めるのが情動のシステムです。

情動のシステム。簡単に言えば、好きとかき嫌いとか‥。

例えば、過去のこんな思い出を引き出すと、とてもいいことがあるというような欲望や動機付けが強ければ、そのテーマがワーキングメモリーに引き出されるということ。自分の興味があることに強い関心を持ってイメージすることで、そのことをしっかりと考えることができる。

これがワーキングメモリーの役割となるわけですね。

だから、自分が何になりたいか‥どんな仕事がしたいか‥どんな趣味があるか‥自分の情動、趣味趣向を大切にして、そして、現場で体験して、自分の記憶に追加の記憶をどんどんインプットし、誰かに話したり書いたりしながらアウトプットしていくことが大切だということかな?

この流れを反復することで、自分の脳が活性化するといえるわけですね。

   ‥一言でいえば、自分の好きなことを、
    現場体験しながら、つまり芝居がすきならば劇場に行く、
    野球やサッカーが好きならば競技場に行く、プロに会う、プロの指導を受ける、
    あめいは丁稚に入るなどが一番効果的なんだということでしょうか?(私の解釈です)

さぁ、だから、現場に出かけましょう。


茂木脳科学講義茂木健一郎先生が脳科学について講義をする「脳科学講義」(ちくま文庫 2008年10月刊 2004年7月柏書房より出版された「脳の中の小さな神々」に加筆して出版)を読んでいる。

この本は速読できない。そんな予感がして、じっくり一つひとつの章をマインドマップに書き写しながら読んでいる。

今日の日本で脳科学という分野を最もポピュラーにした立役者の代表が茂木先生だ。しかし初期の出版物、例えば2005年度小林秀雄賞を受賞した画期的論考集「脳と仮想」 (新潮社 2004年9月刊)の頃の専門用語満載の論文では、素人が簡単に読み進めるほど分かりやすい内容ではなかった。

その後、対外試合というマスコミなどへの登場によって、脳科学を日常の中で分かりやすく語る出版物が茂木先生自身の手によって矢継ぎ早に登場し、脳のテーマが急激に身近になつたのは嬉しかった。

本著の中で、特に印象深いのは、脳科学という分野が、まだまだ始まったばかりの研究分野であり、解読不明な諸問題を沢山かかえている現実と、科学的検証の領域が人間心理、いわば「心」の問題抜きに研究できない要素があること、そして、文化、芸術、心理学、哲学、音楽など多様な研究分野との関係性の中で脳科学の課題は解明されていくだろうということでした。

科学というからには、数学的な答えが求められる。しかし、脳の科学的解明のためには、数値だけで解明できない領域や不可解な現象は沢山ある。そのあたりにこの講義の面白さがあるようにも思えました。

とはいえ、学校の講義ノートのような形態をもって構成されている本書ではありますが、聞き手の歌田明弘さんの聞き出し方が上手で、まったく退屈することなく楽しく学習することができます。

それが本著のクオリアなのでしょうか?


さて、後半の授業を受けに行かなければ‥‥。