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考える道具を考える

The instrument which I think

いつも誰かに問われている‥‥感じがする。

もし、私が、此処ではない何処かを歩いてきたとしたら‥‥
果たして、私は誰と出会っていただろうか?

  風のように、
  清々しい記憶の中にいる少女の面影が、
  こんなに遠くに来てしまった今もなお、
  記憶の何処かに住んでいて‥‥

私に静かに囁くのだ!

  何故あの時、一緒に歩こう!と言ってくれなかったの? ‥‥と。


記憶の声を聞くとき、
私は、慌てて後ろを振り向くようになった。

  そこに居る「おまえ」は、「私」ではない!

それが私の答‥‥の筈だ‥‥



※つい最近、こんな詩を頂きました。記憶の不思議は、今も私の関心事です。
 誰から頂いたのかって? 「おまえ」という人からです。

 もう直ぐ師走。頑張りましょう‥ね。



神戸5
この写真は、一昨年の神戸のイルミネーションです。

今年もこんな奇麗に輝くのでしょうか?

でも、今年は、何故か哀しそうに見えます。
時代の変化によって、
イルミネーションは変わらなくても、
人の心がかわっていくのでしょうね。

あなたは、誰と、この輝きを共有する時間を持ちますか?


NHKの番組「爆問学問」のワイド版として放映された
爆笑問題vs早稲田大学の討論会。10月30日に収録された。

これまで、東大、慶應、京大の三つのキャンパスを訪れて、
大学の人気教授と学生を相手に様々なテーマで激論を戦わせてきたシリーズの第四弾だった。

東大、京大、早慶といえば、受験生の最大の目標。
そして現代のアカデミックな世界でも、最も注目される大学ですね。

そこに、純粋庶民の視線と、芸人という専門能力の両面を持つ爆笑問題の二人が、
いわば「つっこみ」を入れるこの番組は、確かに面白い。

京大でのテーマは「独創力」でしたね。先日再放送が流されていたので改めて見て見ましたが、とても面白かった。ノーベル賞学者を続々輩出する京大の個性が感じられた。独創性とは何か? 難しい課題でした。

早稲田大学との討論のテーマは「突破力」。
番組では、残念ながらほとんどこのテーマに接近できなかった。当然早稲田のバンカラが話題に上ったものの、この概念自体が風化してしまった今、どこかから回りの展開でしたね。

社会に対する大学、アカデミズムの役割が、時代の変化と共に大きく変わっている実感がありました。
太田光さんの指摘する「不安に対する潜在意識」の問題も、早稲田の学生には直接的には響いていなかったようです。確かに、ここには社会の底辺にうごめく人々の慟哭は聞こえていない。

議論が微妙にかみ合わないまま、討論は終わった。
番組の意図は、爆笑問題の「つっこみ」にあうことができるだけの確固とした良い意味での「権威」が、早稲田にはなかったからかも知れない。もともと、自由で独立性の高い大学なのだから、権威も存在しないのかもしれない。このことは、本当に幸福なことなのだろうか?

でも、この特集は、続けていただきたいと思いました。


村上龍さんと小池栄子さんがインタビューアーとして登場するテレビ東京の番組「カンブリア宮殿」に、品川女子学院(80年以上の歴史を持つ中高一貫教育の女子校)の校長 漆紫穂子(うるし しほこ)氏が登場した。

1980年代には、一学級5人という廃校の危機に見舞われた同校。その危機を救ったその教育現場の改革とは何か? 大変興味深い内容でしたね。


校舎をモダンなものに改修、制服も髪型も校則も、ほとんど壁になるものを徹底して撤廃。まさに「チェンジ」の一大改革。そのコンセプトは、「28プロジェクト」と呼ばれるものでしたね。このネーミングもとても上手です。

このプロジェクトは、生徒が「ヤル気のスイッチ」をオンにするチャンスを様々に配置する試みといえます。この「28プロジェクト」とは、28歳という年齢を目標地点として、それまでの自分のライフプランを生徒個々が策定し、その到達目標から逆算して今を学ぶという発想ですね。


大学受験は一つの通過点でしかない。28歳の自分をイメージし、どんな自分でありたいのか目標設定する。そこから逆算した時に、今なすべきことは何か‥それを自分で決める。化学の研究に興味を持てば大学院に行き研究する。そんな目標を立てれば、目標とする大学に入学する必要がありますから、受験のための勉強ではなく、目標達成のための勉強を必然的に実践する必要があるわけですね。

強制されるのではなく、自分で作った目標を達成するための行動計画。それを支える様々な学習機会の提供。公認会計士を講師に招き「決算報告書」の勉強をする高校生の姿は、とても印象的でした。

  ‥学習意欲が高まるとは、自分の中でスイッチがオンになる状態。

この言葉は、村上龍さん曰く、「普遍性がある」と思う。
私も同感でした。


NHK大河ドラマ篤姫も、いよいよ官軍の江戸城総攻撃のタイミングになりました。
そして、あの有名な篤姫から官軍参謀の西郷隆盛に向けて書簡が届けられます。

徳川家の存続を願った篤姫の必死の説得の手紙は、その後の江戸無血開城を実現させ、日本の近代化を促進させる歴史的な書簡となったといわれています。

つい、100年少し前の現実のお話しです。

‥‥

一通の手紙の重み。
コミュニケーションの極意は、こうした意思の伝達手段によって、歴史をも変えていったのだと‥‥。

さて、現代。
携帯電話が発展し、多くの人がコミュニケーション手段として欠かせない時代の中にいます。
このメディアは、とても便利ですね。

特に、生活でもビジネスでも、時間の概念を大きく変えてしまった。
情報の収集だけでなく、情報の交流という視点で欠かせない。
しかしながらコミュニケーションの手段としての利便性は、当然「光と闇」の両面を持ちますね。
使い方を間違えると、とんでもない被害にすらあうことになります。

新しいメディアが登場するときは、この「光と闇」が同時に成立するという現実を分かって対応する必要があるのですね。

メールを出したら、リアルタイムに返信がないと「不安」を生み出すのも、この便利なメディアの特性でもあります。子供達の世界では、そのこと自体がいじめの契機にすらなる。ビジネスの世界でも、24時間以内の返信は暗黙のルールとなっています。

利便性は、新しい不条理を生み出すという図式は、今に始まったことではないのでしょう。

‥‥

もし、江戸末期に携帯電話があったら、篤姫の歴史的な手紙の存在はなかった? そうかもしれませんね。しかし、それ以上に一通の手紙が持つ価値の大きさを考えると、メディアを使う現代の私達が、何に価値を感じるかに関心を持つ必要があるのでしょうね。

    ‥何を伝えるのかではなく、
     伝えること自体に焦点が当たってしまう現代メディアの特性を、
     十分に分かり合うという共通の認識が必要です。

携帯の返信が遅れても‥崩れることのない信頼関係を築きたいものです。


    ‥おっと、携帯にメールが入っている。
     早く返信しなきゃ!