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考える道具を考える

The instrument which I think

1970年を前にした東京の街には、
どの広場でも駅頭でも大学のキャンバスの中でも、
反戦フォークの歌声が溢れていた。

その頃、「♪自衛隊に入ろう!自衛隊に入ろう!」と歌う不思議な音色のシンガーが、三鷹・吉祥寺界隈に居た。

高田 渡。
その人は、伝道師、歌う詩人などと呼ばれていた記憶がある。

アグレッシブな叫びの曲ではなく、
自然で朴訥とした歌声。
何故か心に沁み込んでいくその詩は、
ただ攻撃的な風潮の世相とは別の位相で、
一人ひとりの内面に語りかけてくるようでもあった。


NHK教育テレビ。
特集で組まれた高田渡のシリーズを、
薄めの焼酎お湯割りを飲みながら、
静かに見続けていた。


歌を聴くのではなく、
詩を吟味するのでもなく、
ただ、そこにそうして生きてしまった一人の詩人の、
静かな死までの道筋を見続けていた。

そうか! 意味を問うてはいけないのだ!

同世代の一人の詩人の生と死。
私はこの男の何を、次の世代に伝えればいいのだろう?


19年間増収増益を続けた企業の代表。その本人が成長の秘訣を明かした「吉越式会議」(吉越浩一郎氏著 講談社 2009年11月刊)を読んだ。

日経ビジネスオンラインでも連載している同氏のコラムで、この「会議術」ノウハウを知ったのがキッカケでしたが、単行本になっているので取り寄せてみたわけです。

ここで明らかにされている会議術のノウハウは、そうですね、意外なものではなく、むしろ極めて基本的なことを毎日実行したことによって得られたノウハウとも言えそうです。

その毎日実行のステージが「会議」という場であったと解釈したほうがよさそうで、逆に、会議を効果的に活用することによって、従業員の事業に対する参画意識、責任意識が圧倒的に高まり、結果として業績に反映されるといえそうです。

実施する内容は簡単で、毎日毎日、従業員から提出される「問題カード」(1日40枚以上とか)を、代表の吉越氏がその場で評価し、判断し、決裁するというもの。

恐らく、この基本的なコミュニケーションは、代表者がどの程度覚悟を決めて実施するかで決まると言っていいもの。従業員から提出された問題点を、即時決裁することは簡単ではない。

しかし、吉越氏は、それを19年間続けた。だから業績は向上し続けたということなのでしょう。

本著は、会議術のノウハウ書であると同時に、経営者の意識改革の書でもあると思いましたね。

継続は力なり。頑張りましょう!


本日は教訓的なお話。

ニーチェの「悦ばしき知識」(白取春彦監訳版)に「独創的な人物とは?」というテーマに関して、こんな一節がある。

 ‥何か奇抜なことをして衆目を集めるのが独創的な人物ではない。
  それは単なる目立ちたがり屋だ。

  たとえば、独創的な人間の特徴の一つは、
  すでにみんなの目の前にあるのにまだ気づかれておらず
  名前さえ持たないものを見る視力を持ち、

  さらにそれに名称を新しく与えることができる、
  ということだ。

 ‥名称が与えられて初めて、
  それが実際に存在していることに人間は気づくものなのだ。

  そうして、
  世界の新しい一部分が誕生してくる。

独創性は、知の創造にとって欠かすことのできないスキルだ。
しかし、その独創は、多くの人々が独創的だと認識しなければ存在しない。

つまり、既にそこにある小さなモノ。
そこにあるのに誰も気づいていないモノにネーミングを施し、
その存在を明らかにすることこそ、本当の独創性だと言うのですね。

99パーセントの努力と1パーセントの才能。
天才がその開発のために費やした日常の努力の方向性とは、
今ここにあって誰でも知っていそうで知らない何かを発見する努力だったのではないかと、そう思うのです。

この独創の構図に気づくということが、
独創的な生き方の第一歩なのかもしれませんね。

「日本経済復活 一番かんたんな方法」(光文社新書 2010年2月20日刊)は、新進気鋭の若手経済学者 飯田泰之さん、テレビでもお馴染みの評論家宮崎哲哉さん、それに勝間ブックスで有名な経済評論家勝間和代さんの3人が、日本の現在のデフレ経済下における諸問題を分りやすく解説している興味深い一冊だ。

デフレが日本の産業や生活や様々な場面で、どのような影響を与えているかを鼎談し、主に経済学の視点から日本の現在の政策の課題を指摘し、近未来の政策を提言するというのが本書の趣旨。

要は、デフレ経済は、我々国民にとって僅かなメリットはあるものの、全体的には市場や発想を萎縮させ、経済的な未来への希望や夢を失わせていくものであり、早々に2%程度の緩やかなインフレ経済に移行するよう政治家も官僚も経済学者もマスコミも一体となって努力すべし、という提言になっているといえそうです。

私の理解でも、一見生活者にとってデフレは歓迎すべき側面もあるわけです。
モノやサービスの値段が落ちて安くなる。買い物好きの人々にとっては、これは歓迎したい状況。だけど、今日、薄型ハイビジョンテレビを買うと、明日はさらに値段が下がると分っている人は、慌ててテレビを買い換えることはしない。

すると、モノやサービスの購買力は鈍るわけですね。
不動産バブルの時も、身近な人々で投資に走って痛い目にあった人を沢山みている国民は、その逆の現象であるデフレの中ではますます購買しない選択肢が賢いと認識される。

モノやサービスが売れないと、さらに価格は下落してデフレは進行する。
結果としては企業経営からみると、モノやサービスが売れなければ利益を失い、企業業績が伸びないので、帳尻を合わせるためにリストラや賃金カットなどで対応しようとする。そうすると失業者が増えて、結局は日本の経済力が落ちていく。値段が安くなっても、モノやサービスを買うお金がないという現象すら生んでいく。住宅ローンが払えなくなる。

結局、国民も不安の中で暮らすはめになり、誰も幸福にはなれない。

これがデフレの悪い側面。こんな図式の背景や根拠を教えてくれるのが、本著の優れたところ。素人でも分る。

そして、では、どうすればこの図式から脱却できるか。

緩やかなインフレ経済に戻すこと。デフレが続くと、日本の地方経済は殆ど再生できない状況が続くという指摘。規制緩和は日本のホワイトカラーからすべしという提言‥などなど。

様々な鼎談の言葉の中に、確かにヒントがたくさんあるように思えました。
でも、こういう時代は、転職などせずに、じっとしているのが一番ということになりはしないか? という印象もぬぐえない。そんなに簡単に、今の閉塞感から脱却できるなら、何故、日本の政治家はそのようにしないのか? 単純ですが、そんな疑問もわいてきました。

誰が悪いんだ! という前に、自分で成すことは何か? そんな問いを頂いた本著でした。
一読をお勧めします。

ゴルフの世界のスーパースター、タイガー・ウッズ。
彼の存在が、比較的地味なゴルフというスポーツを大衆に浸透させ、多くの新しいファンを創造していったのは疑いのない事実でしょうね。

日本では、石川遼さんが、その軌跡を辿りながら、国内で衰退しつつあったゴルフにまたファンを呼び寄せている。

スーパースターという高みに到達したアスリートが、どのような精神状態で日常生活を送っているかは、想像できないですね。どこを歩いていても「スター」であることで、多くの人間の眼に注視され続けることは確かでしょう。

また本業のゴルフというプロスポーツの大会では、常に優勝を争う位置に居なければ、即座にスランプだの限界だのと騒がれる。

そんなスーパースターに対しては、ファンは「全能」を、知らず知らずのうちに期待する。全てにおいてスーパースターであることが義務づけられるようでもある。当然、スターであるからには、多くの「富」を手に入れ、そして、手に入らないものはないと思ってしまっても不思議ではない。もしスターが自分のあるがままの姿と、虚像として作られたあるべき姿とのギャップを感じてしまったら、深い心の闇の中にもぐりこんでしまうことになるのかもしれません‥。

‥‥

3ヶ月ぶりにテレビの前に登場したタイガーは、実に誠実に真摯な態度で、現在の自分の状況と家族や周囲やファンの期待を裏切ってしまったことを詫びた。

その言葉の中で気になったのが、「いつしか、自分では何でもできるという思いあがった意識が生まれていた」ということと、そしてタイ出身のタイガーの母親の影響で信仰してきたという「仏教」の話だった。

彼が仏教信者であるということは、十分予測されることではありますが、仏教が持つ「自己の内面性」への問いかけが、スターとどのように共存しているかは興味深いことでもあったので、タイガーの口から「仏教」の教義である「欲」に対する戒めの言葉が発せられたことには説得力があったと見て言いと思いましたね。

「知足」‥足るを知る。

そして、タイガーが本当に仏教の心を理解し、自己鍛錬を始めたら、どんなに強くなってしまうのだろうということも、新たな関心ごととして興味が沸いたのも事実でした。

近々、ゴルフの世界に戻ってくるでしょうが、その時の彼の表情がどんなものか、楽しみが増えましたね。