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考える道具を考える

The instrument which I think

考える道具を考える-黒澤明の夢本日はお雛祭り。桃の節供。

お雛祭りというキーワードから私は、黒澤明監督作品「夢」が連想されてしまう。

幻想の中の少女を追っていくと、桃畑のシーンに入り込んでいく少年。
田舎の細道。その先に広がる自然の丘陵。

その丘陵に桃の花びらが舞い上がり、雛壇が見えてくる。
雅楽の音色の中で、雛人形となって整列し、踊る人間? 妖怪?。

写真(映画紹介スナップから転用です)のシーンが延々展開される。

‥‥これは、子供の頃の夢?

雛人形とその姿の中にかくれんぼする少女幻想。


‥‥今日は、そんな日なんだ!
  夢幻の世界に遊んでいい日なんだ!

皆様にとって、本日が良い1日でありますように‥‥。

ルーム・セラピスト磯馴勇司さんの「人生の模様替え~輝く自分になる為の部屋創り」というレポートを読んだ。

セミナーの記録をダウンロード。その要点が纏められたレポートだ。磯馴さんは、同名のブログも書いている。曰く部屋を片付ける3つのポイントとは、①空間を意識する、②一気にやろうとしない、③完璧を求めない。なんと優しい響きでしょう。さらに「部屋と心の法則」では、①捨てる法則、②磨く法則、③循環の法則があるのです。磨き、循環させる。気づきですね。

自分の部屋、家の中は、自分の心の反映と‥‥その通りですね。
部屋の整理整頓は、実は脳の活性化にとって極めて重要との指摘も納得。


とはいえ、どうも私は、かつての無頼派の作家達の創作の姿に、昔からいたく共感しているものですから、心の葛藤が部屋の乱雑さに中に表現されているシーンが比較的好きでした。

例えば、坂口安吾。和室での執筆の様子を写した一枚の写真が今も記憶に残っています。はだけた浴衣と太い万年筆。両切りの煙草。散乱する原稿用紙。作家の唸り声が聞こえそうなこのショットに、私は創作活動の全てを見たように思えたのでした。

汚くていいんだ! いや、汚いほうがいいのだ!


だからというわけではありませんが、
私の書斎は、本と紙で溢れています。
いつ倒れてもおかしくないほど積みあがった本は、もう直ぐ天井に到達し、それが一本の柱になりそうな気配。自分の部屋が安心安全の住処ではなく、最も危険な場所にしておくことに、密かな快感を覚えているのか?

だからなんでしょうね。気がつけば、部屋の整理整頓の類のノウハウ本、雑誌が溢れている。不思議だ。整理整頓の本ばかりが積み重なって整理整頓できていない状態ではないか!

そうなんだ。

知的雑然が好きなんだ! 

磯馴さんのレポートは、でも、参考になりまた‥。本当です。ありがとう。


宮里藍さんがLPGAツアー開幕2連勝を飾った。
この数年間の彼女の試行錯誤が、いきなり実った優勝で、その精神力の凄さに感心する。

スポーツのプロの試合には、選手の潜在的な能力の高さと、ある程度の経験が必要だといわれている。もともと世界レベルで戦える選手の能力があってこその世界での活躍ではあるのだが、それにしても、世界で戦い、勝ち抜いていくには、相当の心が強さが必要になるのでしょうね。

それでも海外で互角に戦える人とそうでない人の差の根本に、「言葉」があるように思えてならない。宮里選手の優勝インタビューは流暢な英語。石川遼くんが海外で戦えそうだと思うのも、彼が既に英語で対話しているシーンを何度も見ること。

日本と世界の差は、この「言語感覚」の違いにあるのではないだろうか?

勿論日本語が良いの悪いのと言っているのではない。日本語は世界の中でもひときわ高度な言語体系を持ち、日本という社会の独自性を表現している素晴らしい言語だ。

しかし、世界で戦おうとする時、その世界に共通する言語を持ち合わせているかどうかということは、極めて重要な要素だといえるようですね。

オリンピックでも、英語で戦っている選手は比較的上位に来ているのでは? などというリサーチをしてみたくなりました。

それにしても宮里藍ちゃんの快挙に、乾杯です!

1日に3回の食事をするというのは誰が決めたのでしょうね?

確か江戸時代までは、庶民は1日2回の食事であったと記録に残っていた記憶があります。

朝、昼、夜。

食事は、空腹になったから摂取するのであって、
時間が来たから摂取するのではない。

と思っていても、どうやら、1日に2回から3回は、何らかの食事をしないと、人間は栄養失調になるものらしい。

そういえば、時計が普及し始めたのは、近代の工業化時代に伴ってのものだという話を聞いたことがあります。農業時代は、お天道様が「時を知らせた」。しかし、工業化することで、時間の管理が必要になり、それに伴って「時計」が必要になったという。

時間は時計が示すものではあるが、12時になったからランチの時間だと、皆一斉に定食屋やレストランに向かうのも違和感を感じるわけですね。

知識社会が、個々人の時間を社会の共通した時間にあわせる必要のない社会だとしたら、ランチの時間が12時からというのも変わっておかしくないのでしょうね。

お腹がすいたら食事をする。
猛獣だって空腹にならなければ狩猟はしないし‥。
時間が来たから食事をするのは、やっぱり変なのでしょうね?



確かに大きな変化の波の中に、私達は今存在しているのでしょうね。

西武百貨店有楽町店、松坂屋名古屋駅前店、伊勢丹吉祥寺店、松屋浅草店‥‥。
いわば街のシンボルであった「百貨店」が閉鎖されていきます。

こうした百貨店の閉鎖は、10年前、地方から始まっていました。
地方都市の中心地の象徴であった地域資本の百貨店が次々閉鎖。

その後、三越と伊勢丹、阪急と阪神、大丸と松坂屋などの統合再編の波が訪れ、その結果として不採算店が閉鎖されていきます。

市場は需要と供給の関係で成立している。
当り前か‥‥。
日本の企業発展の構図は、競争を基盤として、旺盛な需要に対応して供給されていく過程がずっと続いていた。それがゼロサムなどという市場の変化に伴って、今度は供給過剰の時代に入り、生き残り戦争が企業間競争を加速させた。

そして最後に生き残るために企業は過当競争を止め、一緒になって巨大化して市場の独占を目ざすことになる。こうした流れは自然なんでしょう。それが市場の成熟という本当の意味なのでしょう。

規格化された商品を買う時代の象徴が消えていく。
それが百貨店の消滅という記号で私達はリアルに見続けていく。

だからといって、私達の消費意欲が完全に消え去るわけではない。
とって変わって登場してきた象徴が、楽天であり、ZOZOTOWNなのでしょう。

ZOZOは楽しい。
バーチャルオーダーショップが絵の中に軒を連ねる。
自分が好きなファッションを注文生産してもらい、
私だけの洋服を買うことができる。

しかし自分のオリジナルな洋服を着て出かけるのは、
リアルな街であることも確かですね。

街に買い物に出かけるのではなく、
街に、私を見せに行く。そんな時代が訪れてきているのでしょう。

  ‥東京に住んでいて、東京が変化していく空気を感じる。
   きっと混沌としての魅力を持った東京が、
   落ち着きの在る文化の町に衣替えする時が来ているのだ!

さぁ今日は、どんな服を着て、何処に行く?