独創とは? | 考える道具を考える

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本日は教訓的なお話。

ニーチェの「悦ばしき知識」(白取春彦監訳版)に「独創的な人物とは?」というテーマに関して、こんな一節がある。

 ‥何か奇抜なことをして衆目を集めるのが独創的な人物ではない。
  それは単なる目立ちたがり屋だ。

  たとえば、独創的な人間の特徴の一つは、
  すでにみんなの目の前にあるのにまだ気づかれておらず
  名前さえ持たないものを見る視力を持ち、

  さらにそれに名称を新しく与えることができる、
  ということだ。

 ‥名称が与えられて初めて、
  それが実際に存在していることに人間は気づくものなのだ。

  そうして、
  世界の新しい一部分が誕生してくる。

独創性は、知の創造にとって欠かすことのできないスキルだ。
しかし、その独創は、多くの人々が独創的だと認識しなければ存在しない。

つまり、既にそこにある小さなモノ。
そこにあるのに誰も気づいていないモノにネーミングを施し、
その存在を明らかにすることこそ、本当の独創性だと言うのですね。

99パーセントの努力と1パーセントの才能。
天才がその開発のために費やした日常の努力の方向性とは、
今ここにあって誰でも知っていそうで知らない何かを発見する努力だったのではないかと、そう思うのです。

この独創の構図に気づくということが、
独創的な生き方の第一歩なのかもしれませんね。