バイクで岡山から横浜まで走った。ものすごく疲れたが、走っている間は、絶え間なく変わる景色に触発され、いろんな考えやアイデアが湧いてきた。
旅行の効用はここにあるだろう。日常の見慣れた景色では、目から入るあらゆるものが、新しいアイデアを生む「刺激」としては、入ってこない。
旅にでるなりして、「場」を変えることにより、いつもと同じようなものでも脳を刺激するものに変化してくれる。
今日はいろんなことを一日中考える時間があったことになる。様々なアイデアを忘れないようにメモしておく。
「危機管理」「アトラクション」「保険」「夜の森の出来事」「故障車」「機械への愛着」「個人の情報管理法」「体と心のバランス」「意識と無意識」「ストレス」などなど・・・。
これら思ったことを繋げて考える機会がまたあるだろう。
中公文庫。加地伸行 著。
論語の語句の解説というよりは、人物孔子が生きた時代背景を書いていた。興味深く読むことができた。
歴史とは「今」の価値観で「過去」をみてしまうと、見誤る。孔子が生きていた時代の「常識」が「今」と異なれば、「今」の価値観から考えて善し悪しなりの判断を下すことはしてはならないことだと思う。そういう意味で、孔子が生きた戦国時代の時代背景やその当時の常識を知ることができて面白かった。
「温故知新」という言葉がある。『論語』の一節である。
「故きを温ねて、新しきを知る」
歴史を今の価値観で、その時代や人間の行いの善し悪しを判断することができないが、「過去」から学び「今」に生かすことはできる。そして「未来へ」と。歴史を学ぶ意義はまさしくそこに在るのだ。未来を創る為に歴史「から」学ぶ。
森信三先生は「日本人は戦後歴史を学ばなくなって、忍耐力がなくなった。歴史を学ぶと忍耐力がつく」と講演でおっしゃっていたと記憶する。歴史と忍耐力の関係。私にはまだ実感を伴って納得はできていないが、「歴史」を学ぶ時に考え続けていこうと思う。
論語の語句の解説というよりは、人物孔子が生きた時代背景を書いていた。興味深く読むことができた。
歴史とは「今」の価値観で「過去」をみてしまうと、見誤る。孔子が生きていた時代の「常識」が「今」と異なれば、「今」の価値観から考えて善し悪しなりの判断を下すことはしてはならないことだと思う。そういう意味で、孔子が生きた戦国時代の時代背景やその当時の常識を知ることができて面白かった。
「温故知新」という言葉がある。『論語』の一節である。
「故きを温ねて、新しきを知る」
歴史を今の価値観で、その時代や人間の行いの善し悪しを判断することができないが、「過去」から学び「今」に生かすことはできる。そして「未来へ」と。歴史を学ぶ意義はまさしくそこに在るのだ。未来を創る為に歴史「から」学ぶ。
森信三先生は「日本人は戦後歴史を学ばなくなって、忍耐力がなくなった。歴史を学ぶと忍耐力がつく」と講演でおっしゃっていたと記憶する。歴史と忍耐力の関係。私にはまだ実感を伴って納得はできていないが、「歴史」を学ぶ時に考え続けていこうと思う。
日経プレミアシリーズ。原田隆史 著。
本から、情熱が伝わってくる。読んでいて久々に震え上がった。少し前に原田さんのこの教育論や方法がマスコミにも取り上げられ話題になっていたことがあった。
私にとっては「今」、この本を読んだことに大きな意味があると思う。森信三先生の言葉に「人生に於いて、出会うべき人には必ず出会う。しかも一瞬も早すぎず、一瞬も遅すぎず」というのがある。本との出会いもそれと同じだと思う。何万冊とある書のうちから、自分が読むべき本と出会うのは、やはり自分の気持ちも求めていないと出会わないだろうけれども。
原田さんは「教師塾」を手弁当で行っている。「平成の松下村塾たらん」と志を立て、受講料無料、金曜夜7時から2時までである。全国各地から教師が集まり、学ぶ。「私塾」である。
学びたい。知るべくして知ったのだろう。地理的環境も整っている。動機の上昇も甚だしい。
本から、情熱が伝わってくる。読んでいて久々に震え上がった。少し前に原田さんのこの教育論や方法がマスコミにも取り上げられ話題になっていたことがあった。
私にとっては「今」、この本を読んだことに大きな意味があると思う。森信三先生の言葉に「人生に於いて、出会うべき人には必ず出会う。しかも一瞬も早すぎず、一瞬も遅すぎず」というのがある。本との出会いもそれと同じだと思う。何万冊とある書のうちから、自分が読むべき本と出会うのは、やはり自分の気持ちも求めていないと出会わないだろうけれども。
原田さんは「教師塾」を手弁当で行っている。「平成の松下村塾たらん」と志を立て、受講料無料、金曜夜7時から2時までである。全国各地から教師が集まり、学ぶ。「私塾」である。
学びたい。知るべくして知ったのだろう。地理的環境も整っている。動機の上昇も甚だしい。
一人暮らしをしていて、最近つとに感じること。料理というか食事について感じることがある。
それは、料理の温度だ。一人暮らしで、料理をすることがあまり習慣になっていないと、自炊するのが億劫になってくる。そこで近所の弁当屋やコンビニで買って食べることがある。お店であたためてもらうこともあるし、家にもレンジがある。そのため、冷や飯を食べるということはない。
そうやって食べた食事は確かに温度は高く、熱い。
しかし、たまに自分で料理らしいものを作ったり、人に作ってもらったものをわけてもらったり、近所のお世話になっているお家で頂いたりすると、料理の温度が高いというだけでなく、「あたたかさ」があるのだ。このあたたかさは、一日の疲れをも容易に癒してくれるだけの大いなるパワーである。
外食をしておいしいものを食べても、やはり私は満足できない。家で食べるご飯にあたたかさを感じられることができるようになったのも、何かに気づいたのだろう。大学生の時には全くなかった感覚である。年をとって?いろんな変化が楽しい。
それは、料理の温度だ。一人暮らしで、料理をすることがあまり習慣になっていないと、自炊するのが億劫になってくる。そこで近所の弁当屋やコンビニで買って食べることがある。お店であたためてもらうこともあるし、家にもレンジがある。そのため、冷や飯を食べるということはない。
そうやって食べた食事は確かに温度は高く、熱い。
しかし、たまに自分で料理らしいものを作ったり、人に作ってもらったものをわけてもらったり、近所のお世話になっているお家で頂いたりすると、料理の温度が高いというだけでなく、「あたたかさ」があるのだ。このあたたかさは、一日の疲れをも容易に癒してくれるだけの大いなるパワーである。
外食をしておいしいものを食べても、やはり私は満足できない。家で食べるご飯にあたたかさを感じられることができるようになったのも、何かに気づいたのだろう。大学生の時には全くなかった感覚である。年をとって?いろんな変化が楽しい。
今自分に与えられた環境を存分に生かさない手はない。教室を私塾と捉えて、日々情熱をもって学ぶことだ。
彼らがどんな学びをしてくるか。学校以外での学びによってどんな姿を夏休み明けにみせてくれるのか。再開するのが楽しみだ。学校でこそ学べることで迎えたい。
彼らがどんな学びをしてくるか。学校以外での学びによってどんな姿を夏休み明けにみせてくれるのか。再開するのが楽しみだ。学校でこそ学べることで迎えたい。
ちくま新書。齋藤孝/梅田望夫 著
タイトルにひかれて手にした。以前にアマゾンでも目にしたことはあったが、購入はしなかった。今回は実際に書店で手にして、すぐに決めた。タイミングがぴったりだったのだろう。
『方丈記』と合わせて読んだこともよかっただろう。自分の生活様式の在り方を考えることができた。
自分の住まいの在り方の問題として、無理をして首都圏に家をもつことはない。ネットによって情報とつながっていればいいのだ。そう考えれば、むしろそこに拠点をもつことに疑問さえ感じてくる。
さらにこの本では「私塾」の可能性が書かれている。人は志を同じくする友と学び合いたいという欲求がある。そして、それを可能にするのがインターネット空間における物理的距離を越えた私塾である。
「確かになぁ」と納得できた。吉田松陰は野山獄の中で囚人を相手に孟子を説き、「獄中私塾」ができたのである。今ある環境を生かし、「ネット私塾」もこれからの新しい形の一つであると言える。
しかし、一つやはり乗り越えられない違和感は、人と人の物理的接触無しに、どれほど熱が伝わるのか?ということである。「ネット私塾」の弱点はまさしくそこであろう。
ネット上での学び合いは大いに歓迎するが、順番としては「面と向き合い議論する場」→「ネット私塾」となるだろう。そうなると、村の中だけの人間での学び合いから、一度実際に会って、志の方向を確認したのなら、生活の拠点である遠方に帰っていったとしても、ネットによる常時情報交換や意見交換ができる。
なかなかおもしろかった。
タイトルにひかれて手にした。以前にアマゾンでも目にしたことはあったが、購入はしなかった。今回は実際に書店で手にして、すぐに決めた。タイミングがぴったりだったのだろう。
『方丈記』と合わせて読んだこともよかっただろう。自分の生活様式の在り方を考えることができた。
自分の住まいの在り方の問題として、無理をして首都圏に家をもつことはない。ネットによって情報とつながっていればいいのだ。そう考えれば、むしろそこに拠点をもつことに疑問さえ感じてくる。
さらにこの本では「私塾」の可能性が書かれている。人は志を同じくする友と学び合いたいという欲求がある。そして、それを可能にするのがインターネット空間における物理的距離を越えた私塾である。
「確かになぁ」と納得できた。吉田松陰は野山獄の中で囚人を相手に孟子を説き、「獄中私塾」ができたのである。今ある環境を生かし、「ネット私塾」もこれからの新しい形の一つであると言える。
しかし、一つやはり乗り越えられない違和感は、人と人の物理的接触無しに、どれほど熱が伝わるのか?ということである。「ネット私塾」の弱点はまさしくそこであろう。
ネット上での学び合いは大いに歓迎するが、順番としては「面と向き合い議論する場」→「ネット私塾」となるだろう。そうなると、村の中だけの人間での学び合いから、一度実際に会って、志の方向を確認したのなら、生活の拠点である遠方に帰っていったとしても、ネットによる常時情報交換や意見交換ができる。
なかなかおもしろかった。
浦沢直樹が手塚治虫の『鉄腕アトム 地上最大のロボット』をリメイクした作品である。今日、本屋に行くと、8巻が出版されていて、とうとう完結した。
手塚治虫という人は、とても大きなテーマで漫画を描いていて読み手の力量が測られているようだ。この作品も、ロボットと人間の関係を扱っているが、結局は「人間とは?」という命題にぶつかってしまう。
人間にだけ在る感情。果たして、本当に人間「だけ」と言い切れるのかどうかわからなくなってくる。そして、その「感情」の尊さを考えられる作品だった。
また、創造主と被創造物との関係にも考えが及ぶ。
神と人間の関係。
人間とロボットの関係。
ロボットと・・・。
作られた側は、誰に作られたか?どうして作られたか?を忘れてしまう。そんなエピソードも描かれていて、面白い。
映画を観るような漫画だった。実際に映画化できそうなくらいクオリティーの高い作品だと思う。
実は、この作品であろう映像が、僕の頭の中に残っている。何歳の時であろうか?まだ僕が幼稚園の頃だと思う。テレビでアトムが復活する場面を今でも鮮明に覚えている。海の映像と共に。幼心に、とても「恐怖」を覚えていた印象がある。アトムが電球がたくさんあるような部屋から、いつものあたたかい目ではなく、冷たい目で出てくるのだ。
昔、アニメであったのだろうか?・・・確実にあったんだろうと思う。できればもう一度観てみたい。
手塚治虫という人は、とても大きなテーマで漫画を描いていて読み手の力量が測られているようだ。この作品も、ロボットと人間の関係を扱っているが、結局は「人間とは?」という命題にぶつかってしまう。
人間にだけ在る感情。果たして、本当に人間「だけ」と言い切れるのかどうかわからなくなってくる。そして、その「感情」の尊さを考えられる作品だった。
また、創造主と被創造物との関係にも考えが及ぶ。
神と人間の関係。
人間とロボットの関係。
ロボットと・・・。
作られた側は、誰に作られたか?どうして作られたか?を忘れてしまう。そんなエピソードも描かれていて、面白い。
映画を観るような漫画だった。実際に映画化できそうなくらいクオリティーの高い作品だと思う。
実は、この作品であろう映像が、僕の頭の中に残っている。何歳の時であろうか?まだ僕が幼稚園の頃だと思う。テレビでアトムが復活する場面を今でも鮮明に覚えている。海の映像と共に。幼心に、とても「恐怖」を覚えていた印象がある。アトムが電球がたくさんあるような部屋から、いつものあたたかい目ではなく、冷たい目で出てくるのだ。
昔、アニメであったのだろうか?・・・確実にあったんだろうと思う。できればもう一度観てみたい。
講談社学術文庫。吉田松陰 古川薫(全訳注)
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置まし 大和魂
松陰先生が、安政の大獄に連座し、牢獄で執筆した書である。愛弟子に向けた遺書。
この書を読むたびに、私は打ち震える。こんなにも純粋で熱く、まっすぐに日本の将来を考えた若者が、最後までその純粋さを保ったまま、この世を去っていく姿が目に浮かぶようなのだ。この遺書のなんという清々しさであろうか。
私は今、何に命をかけているか?・・・や るべきことが見えてくる。
身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置まし 大和魂
松陰先生が、安政の大獄に連座し、牢獄で執筆した書である。愛弟子に向けた遺書。
この書を読むたびに、私は打ち震える。こんなにも純粋で熱く、まっすぐに日本の将来を考えた若者が、最後までその純粋さを保ったまま、この世を去っていく姿が目に浮かぶようなのだ。この遺書のなんという清々しさであろうか。
私は今、何に命をかけているか?・・・や るべきことが見えてくる。
講談社。園喜博 著。
本を読む速度が速くなっていると感じる。必要な情報をひろって読んでいるからか?わからないが、とにかく新書や平易な内容の本であれば、あっという間に読める気がする。かといって、驚異的な早さで読める訳ではないのだが。
フォトリーディングというものに興味をもち、調べているうちに、この本と出会った。以前はフォトリーディングのインストラクターとして活躍されていたようだが、今は独立して独自の本の読み方「速習法」をセミナーとして開催している。
フォトリーディングか速習法のセミナーを受けてみたい気がするが、如何せん高額である。ほいそれ!とは、なかなか受けられない。
今の段階で私が出した結論は「先送り」である。自分でなんとかなりそうな「気」がしているのである。この予感を大切にしたい。ここにかかるはずの資金を他の自己投資に有効に使っていきたいと思う。
本を読む速度が速くなっていると感じる。必要な情報をひろって読んでいるからか?わからないが、とにかく新書や平易な内容の本であれば、あっという間に読める気がする。かといって、驚異的な早さで読める訳ではないのだが。
フォトリーディングというものに興味をもち、調べているうちに、この本と出会った。以前はフォトリーディングのインストラクターとして活躍されていたようだが、今は独立して独自の本の読み方「速習法」をセミナーとして開催している。
フォトリーディングか速習法のセミナーを受けてみたい気がするが、如何せん高額である。ほいそれ!とは、なかなか受けられない。
今の段階で私が出した結論は「先送り」である。自分でなんとかなりそうな「気」がしているのである。この予感を大切にしたい。ここにかかるはずの資金を他の自己投資に有効に使っていきたいと思う。
PHP文庫 堀紘一著。
最近ビジネス書を自分の仕事に当てはめて読むことにはまっている。はまっているというか、かなりいい刺激になったり、自分の仕事に新しい側面をもたらしてくれる。かなり勉強になっている。顧客を子どもたち、経営者を自分になぞり読んでいくと、仕事に対する姿勢にも置き換えられ面白いのだ。
教育はサービス業ではないと思っている。ニーズに応える、その対価をもらうという仕事ではない。またそうであってはならないと思っているが、それでも自分の読み方次第で如何様にも自分の骨肉とすることができる。
最近ビジネス書を自分の仕事に当てはめて読むことにはまっている。はまっているというか、かなりいい刺激になったり、自分の仕事に新しい側面をもたらしてくれる。かなり勉強になっている。顧客を子どもたち、経営者を自分になぞり読んでいくと、仕事に対する姿勢にも置き換えられ面白いのだ。
教育はサービス業ではないと思っている。ニーズに応える、その対価をもらうという仕事ではない。またそうであってはならないと思っているが、それでも自分の読み方次第で如何様にも自分の骨肉とすることができる。