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行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

毎日学校で子ども達と話をしていて感心することがある。
失敗しても、的外れでも、不可能であっても、全く構わず自分の思いを伝えてきたり、やってみたりすることである。

僕にはいつからか、そんな姿勢はなくなってしまっている。
僕が幼い時にも、今の目の前にいる子と同じように積極的に表現しようとしていたのかもわからないくらいに、いつの間にか失われてしまった。

『龍馬伝』を見ていて思ったことがある。
「覚悟を決めた時点で、こわいものがなくなる。否、こわがってなんている暇なんてない」ということ。
自分の命の使い方を、目の前の子どもの姿から感じさせてもらった。
星の王子さまの一節。

王子様にキツネが教えてくれたこと。
初めて1日に2回読んだ小説である。

その中の僕の中の大切な大切な言葉である。
訳者にもよるのだが、僕が読んだのは新しい女性の訳であった。

教室での毎日の実践で、日々実感する言葉である。
大局観をもたなくてはならない。

プロイセンの宰相ビスマルクの言葉に
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
とある。

歴史は繰り返す。
一国の興亡を見ると現代の日本がどの位置に在るかが見えてくる。

そしてこれからの時代を読むことができてくる。

誰が何をやったという細部にとらわれないで、大きな流れで歴史を学び直してみようと思う。
6年前にニカラグアから帰国後、教師を目指すことを決めたと友人に話した時に再開した。
「シュタイナー教育って知ってる?」

それから数年、関連する本を読みあさった。教員養成講座にも参加してみた。

僕の中ではとても納得のいくものだった。
もちろん人間認識の本質は、科学では説明しきれない。科学という側面からのみ世界を見るしかできないのであれば、シュタイナーのいう精神世界に拒否反応を示すだろう。
最先端の量子物理学の世界でも「科学で分かっていることは宇宙の5%にすぎない。宇宙の95%はダークマターやダークエネルギーと呼ばれ、『何か在るが、何か分かっていない』」と言われているのだ。
今や目に見える物だけを見ようとすれば本質を見誤る。
見誤るどころかほとんど本質を見ることができていないといってもよいだろう。

「教育は芸術である」

私は、その通りだと思う。
6年前から尊敬する先輩に勧められて使い始めた。
当初は全く使い切れておらず、単にスケジュール帳となっていた。

現在は仕事の時の重要な発言を書き留めたり、自己研鑽の時に気付いたこと、様々なアイデアを書き留めていくことができている。

しかし、まだまだ使い切れていない。

今年は毎日書く項目を決めて、1日の最後にそれらを書いて振り返っていこうと思う。

また、毎日自分がやるべきことを何個達成できたかを数字で振り返ることができるように、具体的にルーティン項目を考えること。これは原田先生の主催する教師塾の「日誌」に真剣に取り組んでいくことになる

昨年は自分に負けていた部分をなんとか見直していきたい。

フランクリン手帳と日誌の融合を目指す。
昨年の夏にマインドマップ基礎講座を受講した。
「マインドマップはそれを書くことが目的ではなく、マインドマップを書くことによって、何かを達成したり考えを整理したりすることが目的である」という講師の先生の話を思い出す。

私はまだまだ使い切れていない。

しかし書いてみた時の頭の中のワクワク感や清涼感は、今までにないくらいな可能性を感じている。
今年は、手帳と共にマインドマップを使った思考を取り入れていく。

考える時にはマインドマップを。そしてそれの習慣化を目指す。
幕末の志士、高杉晋作の辞世の句と言われている。
下の句は野村望東尼が「すみなすものは心なりけり」とつけたと言われている。

僕はこの詩が好きだ。
自分がこの時代、この世界をどう見るか?
その「目」によって、この時代を面白く感じるか?つまらなく感じるか?が決まってくる。

今、この時代をどう見るか?
今、何ができるか?否、何をすべきか?
2010年のやるべきこと!

①自分はどんな人になりたいか?という目標を定める。
 A 人がやる気がでるような声をかけられる人。
 B 論語を中心とした軸をもつこと。
 C 結果を残すこと。
 D 書道を通じて、書の技能を高める。

②その為に何ができるか?を考え、具体的に日々何をするかを挙げる。
 A まずは自分が感動する言葉や震える言葉を集める。
 B 論語の素読を続ける。
 C アウトプットの手段を考える。
 D 書の練習をする。

③日々何をするか?
 A 本や人の言葉を聞き、心に響いた言葉や感動した言葉をICレコーダーや手帳に書き留めておき、毎日ブログにアップしてアウトプットする.

 B 毎朝、論語の素読を行う。
  「子ども論語」の編纂を1日1節行い、書き貯めていく。

 C プログを使ってアウトプットしていく。
 
 D 1日おきに、書道に取り組み、「不二」の課題を書かさず提出する。

以上のことを、まずは1ヶ月欠かさず行い、習慣化を図る。

1~3月:習慣化
4~8月:インプット重視
9~12月:アウトプット重視
 今日、甲子園の決勝戦が行われていた。歴代最多優勝を誇る中京大中京(愛知)対初の決勝戦進出の日本文理(新潟)の対戦だった。
 中京の打線はものすごい。テレビで見ているだけでも、あの威圧感に圧倒されてしまいそうなくらいだ。体格の良さも手伝って、堂々たるプレーに高校生離れしたものを感じ、「生意気さ」を感じるくらいだ。
 一方の日本文理も強力打線を売りにしたチームだった。しかし、中京を前にすると小粒に見えてしまうくらいだった。それくらい中京のチームがずば抜けていると感じた。

 試合は中京の6点リードで、9回2アウトを迎えた。あと1アウトで優勝が決まる。「まぁ、順当だなぁ。圧倒的な力で終わったなぁ」という感想をもっていた。
 
 しかし甲子園を見る意味はここからだった。時々、ものすごいドラマが展開される。通常ではなかなか考えることのできないようなことが、起こるのだ。そのドラマを見る為に、毎年見てしまうのだ。そのドラマは無条件に感動する気持ちを奮い起こす。震えて涙がとまらなくなるのだ。

 日本文理はこの9回2アウトから、驚異的な粘りにより、なんと5点をもぎ取る。10対9まで追い上げるのだ。なおも、ランナー1塁・3塁。甲子園は異様な雰囲気になっている。中京のエース堂林君は、このピンチにマウンドを降りてライトの守備についている。マウンドには後を継いだ2年生。歓声に飲み込まれて、「生意気さ」を感じるような威圧感をもった表情は見られなくなってしまっていた。

 「生意気さ」を感じるような中京の選手もこの夏に向けて、それはそれは死にもの狂いで練習を積み重ねてきたのだ。その賜物があの堂々たるプレーだったのである。単に体格が大きくプレーが堂々としているからと言って「生意気さ」で片付けてはならないと私は恥じた。今年の甲子園の最後の最後で待っていたこのドラマを締めくくる時に中京の選手たちにも高校生としての姿が露呈した。彼らもここを乗り越えて成長するのだ。

 ピッチャーが投じたボールをジャストミート。「抜けた!」と思った瞬間、ボールはサードのグローブの中に収まった。サードの子は泣いていた。ライトを守っていた堂林君の目にも涙があった。日本文理の選手たちの顔には笑顔があった。

 今年も最後に震えるようなドラマが用意され、劇的に甲子園が幕を閉じた。夏が終わった。
 新潟に一泊二日で行ってきた。様々な人に会い、話をする機会を得て、存分に刺激を受けて帰ってくることができた。
 私にとっては初めての新潟である。もう少し日程的に余裕があれば、佐渡島まで行ってみたかった。今回は新潟市の本当に中心地だけだったが、いずれ機会があれば行ってみたい。
 新幹線から見る景色は、とても綺麗で、空の広さをもろに感じることができた。