行く河の流れ -37ページ目

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 字を追えない
 どんどん逃げていく
 そんな背中を追えない
 字を追わず他のことが気になる
 あれどうだっけ
 これどうだっけ
 立ち止まればいいのに
 惰性で走り続ける
 肉体が精神から離れていく
 どんどん離れていく
 そんな背中を追えない
 立ち止まればいいのに
 今月の芸術新潮はPaul kleeの特集であった。「パウル・クレーの静かな闘い」と題されたその記事はとても興味深く彼の作品を説明していた。1914年、チュニジアにてKleeは自身の日記の中にこう書き記した。「色は、私を永遠に捉えたのだ・・・私は、絵描きなのだ」と。Klee、34歳の時である。
 Kleeはこの時に、色彩に目覚めたとされている。しかし特集の記事はそこに注目するのではなく、彼が27歳の頃からたびたび描いている故郷ベルン郊外のオスタームンディゲンの石切場に注目し論を進めている。「石を切ること」はヨーロッパ人にとってアートの根本である。Kleeはそこで石切場と対面を続けながら自身の作品を生み出し、「Paul Klee」になっていったという。
 僕は絵を鑑賞することは好きではあったが、ただ見るというだけであった。綺麗だな。大きいな。迫力があるな。Kleeの絵に出会うことによって色を感じ、描く線に音楽を感じ、作品に奥行きのあるファンタジーを感じることができるようになった。
 実際には彼の絵を観たことがない。写真集や雑誌では伝わってこない部分が本物には必ずある。本物を観ることの大切さはよくわかっているつもりだ。観たい観たいという気持ちは募る一方である。
 そんな中、来年2006年2月9日から東京の大丸ミュージアムで「パウル・クレー展-線と色彩-」が開催される。まずはそこからクレー入門といった感じである。
 凄まじいばかりの倦怠感が僕の瞼を固めている。ようやく決心し、薄目を開け枕元にある携帯電話で時間を確認する。とっくに正午を回っている。「起きなきゃ・・・」頭の中で考えていることが実行に移せない。手足にそれぞれ鉛が埋め込まれて水中に投げ出され、水圧を目一杯受けつつ動かなくてはならないような今の僕の神経系。
 頭の中は来年の予定で夢と希望に満ちあふれていたはず。なのに、体がどうにかなってしまったのか?低反発クッションの中にズブズブとめりこんでいくようだ。動けない。
 学習発表会の打ち上げに参加させて頂いた。僕は全くこの行事には参加しておらず、昨日子ども達ががんばる姿を見に行っただけなのだが、実習の時にお世話になった先生が誘ってくださった。ありがたい。
 人と会うことは何かしらの刺激にもなり、自分の知らなかった分野の話も聞けたりととても面白い。僕は人と会うのが全く苦にならない。履歴書の特技の欄に書いてもいいのかな??ダメか(笑)
 子ども達の学芸発表会へ行ってきた。丁度僕と入れ替わるようにして準備が始まったこのイベント。子ども達からも別れ際に「絶対見に来てね!」と誘ってもらっていた。演目は『オズの魔法使い』である。
 数日前、バイト先のお店に女の子2人が来店した。僕はちょうどその時間働いていなかったので会うことはできなかったのだが、他の店員さんに僕宛の手紙を渡してくれていた。「学芸発表会があります。見に来てください」と書かれた手紙。うれしかった。
 さらに自宅にも速達でクラスの子ども達からの招待状も届いた。「一生懸命練習しました。がんばるので見に来てください」とあり、来た時の合い言葉なども書かれていた。
 舞台に入る前にちょっとだけ子ども達と顔を合わす時間があった。ほんの少しの時間だったがちょっぴりの緊張感が伝わってきて、声に出さないようにエールを送った。
 舞台の上の子ども達はまた一ヶ月前とは見違えるように大きく、躍動感が溢れていた。ホントに子ども達はすぐに大きくなるのだということを実感した。
 後で先生に聞いた話だと、本番の舞台は練習では見られないくらいの一番の出来だったらしい。僕はよい舞台を見ることができて感激した。そして、今回初めて知ったのだが「オズ」は唯のおっさんなんだね。「こりゃ、困ったな~♪こりゃ、困ったな~♪嘘がばれるっ!チャン!チャン!」の演技が秀逸であった。
 「天災は忘れた頃にやってくる」という言葉がある。天災に限らず自分の人生におけるチャンスも忘れた頃にやってくるものだと思う。
 公的な機関からスペイン語通訳の仕事の話を頂いた。これも人との繋がりにより頂いたお話しであった。しかし、断らざるをえなかった。理由は一つ。自分に自信がなかったからである。確かにスペイン語での会話はできる。不自由するということはないのだが、いざ実際の現場で専門的な単語を使用して公的な機関でできるかといえば、間違いなくできない。
 挑戦するという選択肢もあったのだが、下手に引き受けて紹介してくれた人の面子を潰すということもしたくないということもあった。非常に悔しい思いをした。
 チャンスが与えられた時、どうすればそれをモノにすることができるのかを考えてみると僕は「3年前からの準備」が必要なのではないかと思う。当然3年も前から「3年後にチャンスがくる」と確信することはできないだろう。しかし種まきは3年前から地道に始めていかねば芽を出すこともできないのではないかと思う。そして、一歩一歩進んでいく中でひょんなことからチャンスを頂くとそこでは自信を持って踏み込めるのではないかと考えるのである。踏み込めばその一足が道となり10年後、20年後を見ることができるのだろう。
 チャンスはそうそうやってくるものではない。今回逃したようなチャンスはもう2度とやってこないかもしれない。それでもやり続ける原動力となるのは、やはりやっていることが「好きである」という自分の気持ちだろう。
 まだ見ぬチャンスでタイムリーヒットを打つために今、歩き始めるのである。2009年、自分を信じられるように。
 久しぶりに映画を観に行った。人々がドカ~ンドカ~ンと死んでいくハリウッド映画にあまり魅力も感じない。人がたくさん登場するのだが全く人が描かれていない気がするからである。薄っぺらさを感じるのだ。
 この映画の舞台は昭和33年の東京。東京タワーも建設中で今ほど便利でも裕福でもなかった時代の話である。僕が映画を観てこんなにも胸がいっぱいになったものは、かつてなかった。昭和33年にはまだ僕はこの世にいない。しかし映画が始まって街の風景が映し出された途端、懐かしさの気持ちが溢れてきた。この気持ちは僕のどの部分から来たのだろう。
 映画に登場する当時の日本人の前に進もうとする力、将来を自分たちの手で切り開いていこうとする意志の強さ、人と人との不器用なまでの繋がり、モノに対する愛情すべてが僕の心を満たしてくれた。観終わった後はしばらく静かな場所であの当時と変わらぬ夕日を眺めた。綺麗な夕日だった。
 作品全体に流れているテンポは非常にのんびりとしたものである。それとは対照的に登場人物の生きる活力や前に進んでいこうという意志の激しさが印象的である。前に進んでいこうという活力を時代のテンポが抑制している。それによりその時々の時間が濃密な丁寧な時間となっているのではないだろうか。現代に目を向けてみると、時代のテンポは追いつけないくらいの早さになり、人は必死に追いかける。生きていると言えるのか。もう自分の足で歩いていないのではないだろうか。人間を人間たらしめているのは直立二足歩行でも道具でも火を使えることでもお金を持っていることでもない。それらを使う精神、こころを持っているか否かである。自分の意志にいいわけをして選択を放棄することこそ生きるということを放棄することになりはしまいか。
 「あの時代は良かった」で済ませたくない。これを観た人が何を考えてこれからの時代を創っていくか。人間は何度でも生まれ変われる。
 寒い一日。こうなってくるとコートにマフラーは必須アイテムとなってくる。マフラーの暖かさったらない。僕はいつも変わらず真っ黒なマフラーをする。このマフラーが大好きなのだ。買ったのは2年半前。ペルーのクスコで迷うことなくそのマフラーを手にした。素材もとてもよくベビーアルパカで織られている。
 今日そのマフラーをなくしてしまった。なんという失態だ。どこに行ったのだ。落とし物コーナーへ届けられていればいいのだが、外に落としてしまっていればこんなに寒い中、ボロ切れのように転がって過ごすのか。自責の念が絶えない。
 ああ、黒いマフラー!なんとかまた帰ってきておくれ。頼むから無事で。
 なんて色をしているんだ
 どうやったらあんな色を作れるんだ
 今日も夕日は澄んだ空気にキュンと僕の部屋までやってくる
 なんの抵抗もなしに
 直接やってくる
 やってきたと思ったところで
 その姿がそこに在るわけではないのだが
 世界をそっと耳打ちする
 振り返るともうその姿はない
 お前は夕日
 しかし一体何なんだ
 
 人の評価というものは、とても難しい。点数で評価するのか、学歴で評価するのか、業績で評価するのか、人柄で評価するのか、競争で評価するのか。また誰が評価できるのか。自分の身内か、自分の家族か、近所の知り合いか、先生か、上司か。
 気にしようと思わずにも気になるのが自分自身の評価である。学生であればテストの点数、スポーツの成績などで。サラリーマンであれば業績で。自分の今いる位置を他人の主観によって決めようとしている。それにより安心感を得られる。
 しかし、それでいいのか?評価を下した他人はそんな人に評価をするということもできるくらいの人物なのか?それで自分の位置を決めて後悔はないのか?
 やはり自分自身の評価は後世の人に委ねたい。自分の人生の一部分を切り取ってそこを評価されてもそれは僕を評価したことにはならない。信用できるのは自分が死んだ後の評価である。生きている限り、どんなに大きな目標を達成したとしてもそれは通過点に過ぎないのだ。