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行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 今日は夏休み前のプール最後の授業。学年全クラスでプール納めを行った。曇り空や雨ばかりの日が続いていたが、この日のこの時間は快晴。遠くに入道雲が高く高く積もっている。
 子どもたちはとても楽しそうに水と戯れていた。僕が授業を持っていたクラスの女の子が寄ってきて「先生、今日自己最高記録がでたよぉ~!」と報告してくれる。25メートル泳げなかったのに泳げるようになったのだと。自分が効果的な指導ができたわけではないのに僕に報告してくれるのが嬉しかった。きっとこれから僕は適切な指導を身に付けて、「できるようになる」という感動を出会った子どもたちと共有できるようにしていかなければならない。
 短かったが、これで僕の契約は終わった。
 ワールドカップ決勝戦の終了間際、フランスのジダンがイタリアのマテラッツィの胸に頭突きを浴びせ、レッドカードで退場となった。ジダンはこの試合で現役引退を表明しており、世界最高と称される技術の見納めとして世界中の人々が彼のプレーに注目していただけに無念の幕切れとなった。彼は目に涙をためて、ピッチを後にした。
 そのジダンの頭突きに関して「とても正当化されるものではない」との意見がある。しかし僕の意見は違う。ジダンは自分のこれまでのサッカー人生における数々の名誉や賞讃を捨ててまでも守るべきモノを守ったのだ。マテラッツィが放ったジダンの母や姉、そして家族を侮辱する言葉に対して、彼はそれを許すことができなかった。例えサッカーのキャリアに傷が付こうとも、ジダンは家族の誇りと名誉を守った。僕は彼の頭突きを正当化し評価する。
 「どんな場合も暴力はいけない」という言葉をよく聞く。果たしてそうであろうか。僕はこの言葉に偽善的な寒気を覚える。確かに男性が女性や子どもに対して手をあげるなどは話にならないとしても、対等の立場に立っている相手に対して「やられたら、やりかえす」くらいの気概が無くては、本当の対等とは言えない。その緊張感が暴力の抑止力になり、関係に緊張感を生み出す。それは相手に常に敵対心を持つという意味ではない。むしろその緊張感は「礼」を生むのだ。
 この話を巨視的に捉えれば国家の在り方にまで話が及ぶ。国と国との緊張関係は現実問題として「軍事力」を背景とした「外交」によってバランスが保たれている。その中で重要なファクターとなるのが「核」なのである。話が少し逸れ、このことについてはまた書けると思うのでジダンの話に戻そう。
 「やられたら、やりかえす」という気概には「守るべきモノは命をかけて守り抜く」という覚悟が必要だ。「守るべきモノ」には当然自分の命をかけなければならないからだ。マテラッツィはジダンの「守るべきモノ」を踏みにじった。そしてジダンはすべての名誉を捨ててまで「守るべきモノ」を守ったのだ。やはり僕はジダンが好きだ。
 国語科の「単元学習」として有名な大村はま氏の著書である。教師としての原点を教えてもらった気がする。
 最近では「体験型学習」や「問題解決学習」が重視され、教師の本分である「教える」ということが一見「子どもの興味・関心」を育まないモノとして捉えられていることもある。確かに「興味・関心」とは子どもの心の中から湧き上がってくるモノでなければ本物ではない。教師とはある意味、「歴史の中で人類が伝えてきたモノを次の世代へと伝えていく」職業だと思う。そしてその中でも時代を超えて大切な事は、僕ら世代の役目として、次の世代を担う子どもたちへと伝えていかなければならない。
 こういう事を書くと、話が大きくなりすぎて、この本で述べていることと乖離してしまうので話を戻す。
 大村氏は教師たる者の心得をこの本で述べている。まず一番はじめに述べられている「教師の資格」とは「研究すること」である。そして「研究」とは次のように定義している。
「『研究』ということから離れてしまった人というのは、私は、年が二十幾つであったとしても、もう年寄りだと思います。つまり、前進しようという気持ちがないわけですから」
 そして、なぜ「研究」をしない教師を「先生」と思わないかの理由を述べている。
「なぜ、研究をしない教師は『先生』と思わないかと申しますと、子どもというのは、『身の程知らずに伸びたい人』のことだと思うからです。いくつであっても、伸びたくて伸びたくて・・・、学力もなくて、頭も悪くてという人も、伸びたいという精神においては、みな同じだと思います。・・・(中略)勉強するその苦しみと喜びのただ中に生きているのが子どもたちなのです。研究している教師はその子どもたちと同じ世界にいます。研究をせず、子どもと同じ世界にいない教師は、まず『先生』としては失格だと思います。子どもと同じ世界にいたければ、精神修養なんかではとてもだめで、自分が研究しつづけていなければなりません。研究の苦しみと喜びを身をもって知り、味わっている人は、いくつになっても青年であり、子どもの友であると思います」
 長年、教師として教壇に立ち国語教育の第一人者として授業を実践されてきた方だけに説得力がある。そして僕も「教師」という職業に誇りを持って教育に命を捧げたい。
 ある蕎麦屋に入って一人カウンターに座り、生ビールと蕎麦定食を注文した。生ビールとお通しが先にきて飲みながら、ふと正面を見ると書かれてあった言葉。

 種もそば
 若葉もそば
 花もそば
 そして枯れた茎もそば
 可憐に咲くそばの花だけが美しいのではなく
 そばのすべてを美しいと思います

 何か気になって、割り箸が入っていた紙に書いて帰ってきた。深い愛情を時間の流れと共に表現している。まだ消化はできていないが、心に残っている。
 脱力感から宙に浮く感じがする。面接試験もどうも歯車が噛み合わず手応えがない。特急と新幹線を乗り継いで地元に帰ってきた。雨から晴れへと、その天候の違いにも翻弄され夢心地のように気持ちが浮ついている。

 面接は集団面接だった。面接官の問いに受験生が討論するという内容である。その問いの論点に迫ることなく話し合いは流れていった。しかし緊張からか話の筋をあるべき本線へと戻すこともままならないまま面接は終了した。面接の時間が終わってしまえば様々な案が浮かんで、どうしてあの時言えなかったのかが不思議に思えてくる。それが緊張というものであろう。
 しかし面接時間中は頭が軽く混乱状態ではあるが、昨日誓った「諦めない気持ち」だけは心に残っていた。面接の質問にうまく言葉が出てこない自分にまどろっこしさを感じながらも、今できることは精一杯「合格したい」という態度を示すことだけであった。終始にこやかな態度を取り、相手の発言に頷き、相手の顔をしっかり見る。別に「いいひと」になろうなんてこれっぽっちも思っていないのだが、その場で自分に出来る精一杯のアピールがそれだけであった。
 結果は一ヶ月後である。
 照りつける太陽の中、汗を掻きながら駅へと歩いた。ネクタイを締めたスーツ姿だと体感温度が上がり、シャツが汗で皮膚にまとわりつく。時間はお昼を回ったところだ。僕は試験の出来の悪さに絶望を覚えながら、駅の方へと歩いていた。
 明日には面接試験が控えている。今日の筆記試験と小論文、そして明日の面接で総合的に判断されて1次試験の合否は判定される。しかしあまりにも筆記試験ができなかった。
 ホテルに帰り、シャワーを浴び、Tシャツに着替えてすぐにホテルを出た。特にあてがあるわけではないが、部屋でじっとしていられなかった。
 ホテルを出てから、ゆっくりゆっくり、ひたすら歩いた。試験の問題を何度も何度も反芻しながら、ひたすら歩いた。見る景色が地元のそれとは違って、歩くことに飽きるということはなかった。

 夕方になり、お腹がすいてきたので、ホテルに一回帰ってから夕飯を食べに出掛けようと思って歩いている時に、一軒の珈琲屋を見つけた。窓から店内を伺うと薄暗い。だいぶ歩き疲れていたので珈琲を飲みながらゆっくりしたいとも思っていたので、僕はそこに入った。
「・・・こんにちは」
 店のドアを開けても店のマスターがいないので思わず挨拶をしてみた。すると窓際のテーブルからマスターが出てきた。
「どうぞ」
 僕以外には客はいなかった。僕は一番奥の一番端の席に座った。とても静かな店内だ。モーツァルトが静かに流れている。僕はブレンドのストロングをオーダーして店の窓から微かに見える外の道路を眺めていた。この店の中がとても静かな異空間を作っており、心地よく落ち着いて思惑の世界へ身を沈めることができた。
 珈琲がテーブルに運ばれてきてからも沈黙の店内が心地よかった。1時間くらいそうしていたであろうか。やっと他の客が入ってきた。僕は置いてあった地元新聞の夕刊を取りざっと目を通していた。すると、今日僕が受けた試験の速報の記事が書かれていた。
「そうだ。明日も試験があるんだ。でも・・・」
 予想以上の出来の悪さに落ち込んでいた僕は明日へのモチベーションが地に落ちていた。しかしその夕刊の記事をみると、僕が受けた選考枠での受験者数が予想以上に少なかった。
「この人数だと、もしかしたら・・・」
 こうなったらどんなモチベーションでも良い。明日の面接試験のモチベーションを上げる為なら藁をもすがる気持ちだったのだ。それにより、かろうじて明日への意欲が維持され、とことん粘ってやるという諦めない気持ちが心の中心に通ったのである。
 『自己犠牲の伴わない施しは受けません』
 「自分の出来る範囲」とは結局「自分とは関係を持たない範囲」ということになる。自分の持っているもので、使わない物を人にあげる、余りをあげる・・・。すべて「自分とは関係を持たない」で形式上の行為に成り下がってしまっているのだ。
 自分にも余裕が無く「持っていない」状況の時に、いかに人に施すことができるか。自分の身を切ってまでも施せるか。そこに本当に正しいと言われる道があるような気がする。
 僕の中でモヤモヤしていたモノがこの言葉によって光に照らされたように繋がった。いつも「国際協力」という言葉にも疑念を抱いていた。ここに本質がある。なるほど、分かってきたぞ。
 中田英寿選手がプロ選手としての現役を引退する。自身のホームページには彼の想いを綴った文章が載った。
「nakata.net」
http://www.nakata.net/jp/hidesmail/hml278.htm
 彼がブラジル戦後に見せた涙のワケも明らかになった。この文章は名文の内に入るであろう。表現がどうのこうのよりも「気持ち」が伝わってくる。
 しかし、この喪失感はなんであろう。たった一人の選手の引退がサッカー日本代表を代表たらしめないと思わせるくらいに存在感があったが故であろう。しかしサッカーとはピッチでプレーする11人やサブのメンバーやサポートするチーム関係者を含めて皆で行うチームスポーツである。中田英寿の引退はその問題点に立ち返る警鐘と受け取りたい。
 日本が予選リーグ敗退後の帰国会見で川縁キャプテンの「失言」により、サッカーの話題は「オシムジャパン」誕生一辺倒の話題となり、敗戦のショックは吹き飛ばされた。仕組まれた「失言」により、監督さえ変われば日本は生まれ変わるかのような錯覚を呼び起こしている。
 中田の引退はその最中に発表された。盲目的に踊ることで不安を紛らわしている人たちが目を覚ますことを促すように。
 見えないモノを観て
 聞こえないモノを聴く
 善悪の薫りをかぎわけ
 すべての繋がりをあじわう内に
 触れられないモノを包み込めば
 すべての感覚は
 観じるモノの高みへと昇華する
 彼女がお土産として3本ビールを持ってきてくれた。それが『さぬきビール』だった。香川では普通にスーパーで販売されているらしいが、地ビールということもあってか、他県では見たことがない。
 飲んでみると、めちゃくちゃうまい!びっくりした。とてもフルーティーなのだ。ベルギーの白ビール『Hoegaarden(ヒューガルデン)』を思わせる味である。僕は『Hoegaarden』がとても好きだが置いてある店は滅多になく最近では全く飲んでいなかった。
 日本の、しかも近県の香川の地ビールで、この味を飲めるとは!暑くなってくるとビールは最初の一杯の喉ごしだけの為に存在するかのように消費されていく。しかしビールを「味わう」ことができればもっと楽しく豊かな時間になると思う。
 この『さぬきビール』が全国的に販売されているのではなく、あくまで「地ビール」として香川の中で生まれて、飲まれているということにも共感を思える。やみつきになりそうだ。
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