雨が降ってきた。傘も差さずに外にいれば、びしょ濡れになるくらいの雨が球場の丸い視界の中に落ちてきている。僕らが座っていたのは一塁側内野応援席。夏の高校野球岡山県予選を観にきたのだ。自分の母校は面白い野球をする。それを是非彼女にも観て欲しくて香川から来てもらった。
ビール片手に枝豆を買い席に着く。プロ野球のように狭苦しい席で小さくなって野球観戦するのではなく高校野球なので席の両側は空いている。ゆったりと野球を楽しむことができる。しかも高校生の選手達は最後の夏である。高校3年間だけではない。グローブを持ってボールを投げ、初めてバットを振った日からの想いのたけを乗せて、甲子園を目指してプレーしている。
僕は今まで野球を観戦しにいくと言えば、野球経験者や野球に興味のある人達ばかりだった。一緒に観ていてその時のプレーの評価や作戦を考えたり、試合の流れを観たりと比較的経験者としての立場から真剣に野球を観ることが多かった。
彼女は野球に興味がない。しかし僕は新しい野球観戦の仕方に出会った気がした。野球の試合がBGMに成りえるのだ。ずぶ濡れになりながら観戦したゲームは僕の母校が集中力を発揮し勝ち上がった。甲子園に出場できれば、また一緒に甲子園で野球を観る約束をした。甲子園はまた更なる独特の空気が籠もっている。是非行きたい。がんばれ母校。
日朝首脳会談と日米同盟の真実を綴った重村智計氏の著書である。講談社から出版されている。この本によって拉致問題と北朝鮮の核問題、そして日米同盟の関係がとてもよく理解できた。この本に書かれている事実関係を知らずして感覚で北朝鮮との問題を語ることはナンセンスだろう。
日本は北朝鮮と「国交正常化」をしたい。それは北朝鮮の利権に貪る政治家の力によるものだ。しかしアメリカは北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しし、テロ支援国家として避難している。核開発の問題もある。アメリカが北朝鮮と国交を正常化させる前に日本だけ先んじて北朝鮮との国交を正常化させることは、つまりは「日米同盟」の崩壊を意味することになるのだ。「同盟」とは「共通の敵」「共通の価値観」を基盤にして成り立っているが、それを日本は失う危機に瀕していたのだ。従って、アメリカに相談なく準備された「日朝首脳会談」には当然アメリカは反対であった。
拉致問題も解決の兆しが見えない。当初は「全面解決」できる国際的情勢であった。しかし、なぜ解決できなかったのか。それは「日本が要求しなかったから」なのだ。氏は対北朝鮮外交の中で問われる視点を4つ挙げている。
1. 北朝鮮問題は、日米同盟の存亡に関わる問題であるとの認識はあったの か。
2. 国際政治が変化すると、小国北朝鮮は日本に接近する。日本はあわてる 必要はない、との理解と判断はあったか。
3. 工作を排除し外交を推進する、使命感と理解を持っていたか。
4. 日本は、平壌の核心情報を収集していたか。
そして以上の視点から日本の北朝鮮外交を見てみると「外交敗北」と言わざるを得ないと述べている。一つ一つには理由が述べられているので、読了後には「そうだったのか!」と悔しい思い、国を想わない官僚に対する憤り、拉致被害者の方への思い、何を考えて政治をやっているのか恥を知らない政治家への軽蔑が込み上げてくる。そしてさらに現代の外交は世論の喚起なしには行えないという教訓を拉致問題は提起している。
日本は北朝鮮と「国交正常化」をしたい。それは北朝鮮の利権に貪る政治家の力によるものだ。しかしアメリカは北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しし、テロ支援国家として避難している。核開発の問題もある。アメリカが北朝鮮と国交を正常化させる前に日本だけ先んじて北朝鮮との国交を正常化させることは、つまりは「日米同盟」の崩壊を意味することになるのだ。「同盟」とは「共通の敵」「共通の価値観」を基盤にして成り立っているが、それを日本は失う危機に瀕していたのだ。従って、アメリカに相談なく準備された「日朝首脳会談」には当然アメリカは反対であった。
拉致問題も解決の兆しが見えない。当初は「全面解決」できる国際的情勢であった。しかし、なぜ解決できなかったのか。それは「日本が要求しなかったから」なのだ。氏は対北朝鮮外交の中で問われる視点を4つ挙げている。
1. 北朝鮮問題は、日米同盟の存亡に関わる問題であるとの認識はあったの か。
2. 国際政治が変化すると、小国北朝鮮は日本に接近する。日本はあわてる 必要はない、との理解と判断はあったか。
3. 工作を排除し外交を推進する、使命感と理解を持っていたか。
4. 日本は、平壌の核心情報を収集していたか。
そして以上の視点から日本の北朝鮮外交を見てみると「外交敗北」と言わざるを得ないと述べている。一つ一つには理由が述べられているので、読了後には「そうだったのか!」と悔しい思い、国を想わない官僚に対する憤り、拉致被害者の方への思い、何を考えて政治をやっているのか恥を知らない政治家への軽蔑が込み上げてくる。そしてさらに現代の外交は世論の喚起なしには行えないという教訓を拉致問題は提起している。
齊藤寅というジャーナリストが書いた本で、草思社から出版されている。2000年12月30日から大晦日にかけて起きた「世田谷一家殺害事件」の犯人にジャーナリストとして迫っている。
当初、この事件はあまりにも膨大な犯人逮捕に繋がる遺留品が残されていた為、早期解決が予想された。しかし、今現在も依然として犯人は逮捕されていない。
齊藤氏の自らの取材を通じて事件の核心部分に迫っているという点、それと現在の警察の問題点を浮き彫りにしているという点で僕はこの本を興味深く読むことができた。
まずこの事件の犯人像として「クリミナル・グループ」の存在を挙げている。このクリミナル・グループの特徴を具体的に5点挙げている。
1.国籍混合の留学生グループ、それも犯罪を行うために結成されたグループの存在。
2.それらグループが全国各地にあって、これが心細い生活を日本で強いられている彼らの
精神的支柱にまでなっていること。
3.各グループはいついかなるところでも、あるいは初対面でも同じ匂いを嗅ぎ分けて行動
を共にする暗黙の了解が成り立っているということ。彼らの離合集散の機敏性。
4.留学生による犯罪グループの精神性。日本に対する歪んだ思い。
5.極端な拝金主義
当たっているのか当たっていないのかはわからないが、現代の日本における犯罪の一側面を示しているとは言えるだろう。
次に彼が指摘するのが日本警察のセクショナリズムの問題点である。警察内の管轄によって事件を全県が有機的に結びついての捜査が困難となっている。各セクションによって重要な書類が隠されたり、何十枚という資料の一番下に置かれたままになったりしている。重要な証拠が「点」でしか存在していない現状があるらしい。そして齊藤氏はジャーナリストというフットワークの軽さによって情報である「点」を統合し一本の「糸」に紡いでいくことができたと自負するのだ。
この本に書かれている真偽のほどはわからない。しかし読んでみていつ自分達が犯罪に巻き込まれるかわからない世の中に生きているという戦慄を覚えた。
当初、この事件はあまりにも膨大な犯人逮捕に繋がる遺留品が残されていた為、早期解決が予想された。しかし、今現在も依然として犯人は逮捕されていない。
齊藤氏の自らの取材を通じて事件の核心部分に迫っているという点、それと現在の警察の問題点を浮き彫りにしているという点で僕はこの本を興味深く読むことができた。
まずこの事件の犯人像として「クリミナル・グループ」の存在を挙げている。このクリミナル・グループの特徴を具体的に5点挙げている。
1.国籍混合の留学生グループ、それも犯罪を行うために結成されたグループの存在。
2.それらグループが全国各地にあって、これが心細い生活を日本で強いられている彼らの
精神的支柱にまでなっていること。
3.各グループはいついかなるところでも、あるいは初対面でも同じ匂いを嗅ぎ分けて行動
を共にする暗黙の了解が成り立っているということ。彼らの離合集散の機敏性。
4.留学生による犯罪グループの精神性。日本に対する歪んだ思い。
5.極端な拝金主義
当たっているのか当たっていないのかはわからないが、現代の日本における犯罪の一側面を示しているとは言えるだろう。
次に彼が指摘するのが日本警察のセクショナリズムの問題点である。警察内の管轄によって事件を全県が有機的に結びついての捜査が困難となっている。各セクションによって重要な書類が隠されたり、何十枚という資料の一番下に置かれたままになったりしている。重要な証拠が「点」でしか存在していない現状があるらしい。そして齊藤氏はジャーナリストというフットワークの軽さによって情報である「点」を統合し一本の「糸」に紡いでいくことができたと自負するのだ。
この本に書かれている真偽のほどはわからない。しかし読んでみていつ自分達が犯罪に巻き込まれるかわからない世の中に生きているという戦慄を覚えた。
ひとつの思い出を文章にするということは、その思い出を「削る」ってことになる。僕の頭の中にはその思い出の一部始終が鮮明に記憶されているのだが、文章にするにはどこかをフォーカスして記述しなければならない。したがって、すべてを覚えておきたい出来事に対して文章を書くということは、書かなかった部分を蔑ろにするようでとても悲しい気持ちになってしまう自分に気が付いた。
文章を書くことによって記録に留めておく行為が逆にその出来事を失わせているというパラドクスにはまってしまった。それでも書き「続ける」ということで見えてくるモノもあるのかもしれない。進もう。
文章を書くことによって記録に留めておく行為が逆にその出来事を失わせているというパラドクスにはまってしまった。それでも書き「続ける」ということで見えてくるモノもあるのかもしれない。進もう。
芳沢光雄氏の著書で講談社現代新書である。僕は算数・数学がからっきしダメで、本のタイトルを見て心がひかれ、内容をパラパラっと見てみて「教師として使えるかも・・・」という打算的な考えで購入した。
内容は3部に分かれていて第1部が「小学校算数のつまずき」第2部が「中学校数学のつまずき」そして最後の第3部が「高校数学のつまずき」となっている。とにもかくにもとりあえず第1部を読んでみた。ん~なかなか面白い。小学校から今まで機械的に処理していたことが「なるほど!」とクリアになっていく。・・・が基本的には根っからの文系人間なので(中学校までは数学もできていたのに)細かいところはついつい飛ばして読んでしまう(笑)だから結局、大して進歩はないのかもしれないが、ふと疑問に思った時にもう一度読み返してみるといいのかもしれない。こんな引き出しがあってもよいかもね。
内容は3部に分かれていて第1部が「小学校算数のつまずき」第2部が「中学校数学のつまずき」そして最後の第3部が「高校数学のつまずき」となっている。とにもかくにもとりあえず第1部を読んでみた。ん~なかなか面白い。小学校から今まで機械的に処理していたことが「なるほど!」とクリアになっていく。・・・が基本的には根っからの文系人間なので(中学校までは数学もできていたのに)細かいところはついつい飛ばして読んでしまう(笑)だから結局、大して進歩はないのかもしれないが、ふと疑問に思った時にもう一度読み返してみるといいのかもしれない。こんな引き出しがあってもよいかもね。
サッカー日本代表監督にイビチャ・オシム氏の就任が確実となっている。木村行彦氏がオシム氏を追って記した著書である。
オシムは1990年イタリアワールドカップでユーゴスラビア代表の監督を務めた。この時のユーゴスラビア代表は世界屈指のタレントが揃っていた。チリ・ワールドユースMVPのプロシネチキ、1998年フランスワールドカップで3位に入ることになる時のキャプテンであるボバン、その大会の得点王となるシューケル、悪魔のドリブラーと称されるサビチェビッチ、さらにミハイロビッチ、ボグシッチ、ヤルニ、そしてお馴染みピクシーことドラガン・ストイコビッチらである。
オシムはジェフ千葉の監督に就任し、ジェフのサッカーを「考えて走るサッカー」に変えめざましい成果をあげている。ここで考えてみたいことがある。ユーゴスラビア代表監督の時の彼とジェフ千葉の監督の彼とは戦術は違ってくる。ユーゴスラビアの時はむしろ個々のタレントを生かした戦術をとっていたし、ジェフではそこにあったやりかたで戦っている。率いるチームのカラーによって戦い方を変えているのだ。
サッカーの詳しいことは分からない。この本を読んで一番関心を持ったのは「ユーゴスラビア」というかつて存在していた「国」である。モザイク国家と呼ばれるほど、多民族、他宗教が混在し、争いが絶えない。そのような国で政治に翻弄されながらもサッカーを通して生きてきた人の深みを言外から読み取れるのである。
正直、購入してまで読む本ではないかもしれないが、僕にとっては「ユーゴスラビア」という国を意識するきっかけにはなった本である。
オシムは1990年イタリアワールドカップでユーゴスラビア代表の監督を務めた。この時のユーゴスラビア代表は世界屈指のタレントが揃っていた。チリ・ワールドユースMVPのプロシネチキ、1998年フランスワールドカップで3位に入ることになる時のキャプテンであるボバン、その大会の得点王となるシューケル、悪魔のドリブラーと称されるサビチェビッチ、さらにミハイロビッチ、ボグシッチ、ヤルニ、そしてお馴染みピクシーことドラガン・ストイコビッチらである。
オシムはジェフ千葉の監督に就任し、ジェフのサッカーを「考えて走るサッカー」に変えめざましい成果をあげている。ここで考えてみたいことがある。ユーゴスラビア代表監督の時の彼とジェフ千葉の監督の彼とは戦術は違ってくる。ユーゴスラビアの時はむしろ個々のタレントを生かした戦術をとっていたし、ジェフではそこにあったやりかたで戦っている。率いるチームのカラーによって戦い方を変えているのだ。
サッカーの詳しいことは分からない。この本を読んで一番関心を持ったのは「ユーゴスラビア」というかつて存在していた「国」である。モザイク国家と呼ばれるほど、多民族、他宗教が混在し、争いが絶えない。そのような国で政治に翻弄されながらもサッカーを通して生きてきた人の深みを言外から読み取れるのである。
正直、購入してまで読む本ではないかもしれないが、僕にとっては「ユーゴスラビア」という国を意識するきっかけにはなった本である。
岡山と倉敷を案内した。外は叩きつけるような大雨である。備中国分寺の五重塔を見た後、倉敷の美観地区ではその雨を避けて「珈琲館」で一休み。ちょっと小降りになったところを見計らって川沿いを歩いた。お昼はもうとっくの前に回っている。お昼前にお茶をしたのでお腹が減ってなかったのだが、さすがに減ってきた。
せっかく岡山に来てくれたのだから美味しいモノを食べて帰って欲しいということで、瀬戸内海の幸を食べられるお寿司屋に行くことにした。それを食べてそのまま駅まで送って・・・という手筈だった。
しかしそのお寿司屋が閉まっていた。ちょうど定休日だったのだ。「しまった」と思い他の店を頭の中で検索するが出てこない。かといって、駅周辺から離れてしまう時間もない。お腹も減っているし、相当に凹んでいた。
「お気の毒に・・・」
同じようにお腹も減っているだろう。定休日くらい調べとけよって思っているかもしれない。しかし出てきたのはこんな言葉だった。たぶん人の失敗をその人の気持ちになって考えられる人なんだなぁと思った。救われた。この人達は日常生活において人の失敗を決して罵ったり、避難したりしない。優しいのだ。
それでなんとなく気持ちが落ち着いて計画を変更して、地元で有名な焼き肉屋へ入り、美味しいモノを食べて岡山を発ってくれた。

せっかく岡山に来てくれたのだから美味しいモノを食べて帰って欲しいということで、瀬戸内海の幸を食べられるお寿司屋に行くことにした。それを食べてそのまま駅まで送って・・・という手筈だった。
しかしそのお寿司屋が閉まっていた。ちょうど定休日だったのだ。「しまった」と思い他の店を頭の中で検索するが出てこない。かといって、駅周辺から離れてしまう時間もない。お腹も減っているし、相当に凹んでいた。
「お気の毒に・・・」
同じようにお腹も減っているだろう。定休日くらい調べとけよって思っているかもしれない。しかし出てきたのはこんな言葉だった。たぶん人の失敗をその人の気持ちになって考えられる人なんだなぁと思った。救われた。この人達は日常生活において人の失敗を決して罵ったり、避難したりしない。優しいのだ。
それでなんとなく気持ちが落ち着いて計画を変更して、地元で有名な焼き肉屋へ入り、美味しいモノを食べて岡山を発ってくれた。

僕ら3人は香川のNGOセンターへ夏野菜収穫祭に出掛けた。僕以外の二人は初対面なのだが予想通り瀬戸大橋を渡る車の中でも和気藹々である。楽しく話に花を咲かせながらの快適な小旅行。高松西ICで高速道路をおりて目的地へ向かう。友達の一人が携帯のGPS機能を使ってのナビゲーション・・・。ナビの音声に爆笑しながらなんとか目的地へと辿り着けた。
センターに着くと彼女が待っていた。頭に手拭いを巻くお気に入りのスタイルにラフな無印良品の白いビーチサンダルを履いている。友達を紹介してからテントを張るのを手伝い、一段落すると木陰に入ったりしてゆったりとしていた。そういえば周りが人の声ばっかりだ。静かである。車のタイヤが道路をこする音やエンジン音、店の呼び込みの音やヘンテコな機械音は聞こえない。とても綺麗だ。眼下に広がる田園風景の中で田圃を仕切る十字路の真ん中で車がパトカーにつかまっている風景もほほえましく感じた。・・・捕まった本人には悪いが。
このようにして香川への小旅行第1日目が始まった。太陽は燦々と降り注いでいる。

センターに着くと彼女が待っていた。頭に手拭いを巻くお気に入りのスタイルにラフな無印良品の白いビーチサンダルを履いている。友達を紹介してからテントを張るのを手伝い、一段落すると木陰に入ったりしてゆったりとしていた。そういえば周りが人の声ばっかりだ。静かである。車のタイヤが道路をこする音やエンジン音、店の呼び込みの音やヘンテコな機械音は聞こえない。とても綺麗だ。眼下に広がる田園風景の中で田圃を仕切る十字路の真ん中で車がパトカーにつかまっている風景もほほえましく感じた。・・・捕まった本人には悪いが。
このようにして香川への小旅行第1日目が始まった。太陽は燦々と降り注いでいる。

小旅行前の準備で気持ちが弾んでいる
夜に一緒に行く友達が姫路からやってきた
ビールを買ってきて家で語らう
あれやこれやと話は気ままに飛び交う
気持ちが踊る
明日の朝は早い
でもそんな朝は大好きだ
夜に一緒に行く友達が姫路からやってきた
ビールを買ってきて家で語らう
あれやこれやと話は気ままに飛び交う
気持ちが踊る
明日の朝は早い
でもそんな朝は大好きだ
