行く河の流れ -13ページ目

行く河の流れ

行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。

 久しぶりに攻撃的な雨に遭った。車を運転していてワイパーが不自然なくらいに行ったり来たりと忙しなく動いているのだが前が見えなくなった。さっきまで青空が広がり蝉がワシャワシャ鳴いていたのに。
 隙間もないくらいに雨が上から落ちてきていたときに考えました。飛んでる蚊や蝉、鳥たちはどうしてるんだろうか?やっぱり雨宿りしているんだろうか?鳥たちは木に留まっていれば流されることは無いだろうけど、蚊とか雨の勢いに負けちゃうモノ達は雨が降るたびに大災害って感じなのかな?確実にたくさんの蚊は流されちゃうように思う。でもその後の水溜まりから大量発生するから、雨のたびに世代交代なのかな?
 午後三時くらいに仕事を集中してやっていたので「ひと休み!」と思い職員室を出た。相変わらず夏の暑さだ。校庭に遊びに来ている二人の男の子がバットとボールを持って野球をやろうとしてた。一人はピッチャー、一人はバッター。しかしピッチャーの男の子が投げるボールがとても打てるような所に投げられない。それもそのはず、まだこの子達は小学2年生くらいだろう。でも拾っては投げ、拾っては投げて二人の男の子なりの野球の楽しみを味わっているように思えた。僕はそれを眺めながら廊下に備え付けられている靴箱に寄っかかっていた。
 女の子が歩いてきた。小学校一年生だという。僕は廊下の段に腰をかけて話を始めた。僕が話をするということはなく、その女の子の言うことを聞いていた。次から次へと話が出てくる。僕に話したいことが沢山溢れ出てくるのだ。それにまた別の男の子が加わり、また同じようにいろんな話をしてくれる。僕は心の豊かさってこのようなことなのだと思う。
 世界のいろんな事を自分の中に受け入れる気持ち。そして自分の中にいろんなことが積もり積もり、誰かに伝えたくって伝えたくって溢れ出てくるような気持ち。「しっかり話をしなさい」と言われて無理矢理ひねり出す話に豊かさは少ないように思う。
 とってもいい休憩になり、その子たちにバイバイと手を振って、僕はまた職員室に戻っていった。
 講師としての勤務がスタートした。駅前の小学校だ。大きな学校だが夏休みということもあり構内は静かである。職員室で産休に入る先生から仕事を引き継いだ。いろいろなファイルも子どもたちのそれぞれの特徴も教えてもらった。・・・が、正直夏休みが明けて、子どもたちと接してみないと分からないというのが本音である。そもそも仕事の引継ぎでその後の仕事を分かったことがない(笑)でもその時の授業の準備やその他もろもろの準備だけは万全にして望みたいと思う。その上でのハプニングに対処するには経験が必要となってくるだろうが、それはまだない。できることくらいは完全にやりきっておきたい。そして何より学校で働くということが楽しみである。
 初日の勤務を終え、家に帰りワインを飲んだ。少し冷やしたワインは喉を通る時、とても気持ちよく流れ落ちた。
 まず最初は何にでも「興味がある」気持ちを持っていたい。最初から「興味がない」とそこで心を閉ざしてしまっては、こんなにも興味深い世界を知らずに死んでいくようなものだ。もったいないと思う。心を開いてさえいれば、あらゆる世界に飛び込める。あらゆる世界の住人からの誘いもある。
 いろいろな物事に対する批判も同じようなことが言えると思う。最初から毛嫌いして受け付けない言論に対し、知りもしないで感覚で批判することほどバカげていることはない。知らないことは知った上で批判するか、語らないかのどちらかだ。
 興味がなかった分野や批判的な立場へ飛び込むことで本当の自分の感覚が呼び起こされる。
 昨日、閑谷学校へ行ってきた。閑谷学校とは寛文10年(1670)に天下の三賢候の一人とよばれる藩主池田光政が重臣津田永忠に建築を命じ作らせた藩直営の庶民の学校である。現存する庶民の学校建築物としては世界最古のモノだと言われている。
 講堂の廊下に座り、遠くで聞こえる蝉の声に耳を澄ます。蝉が講堂の中に入ってきて鳴いているということはない。蝉も本来は樹にとまって鳴きたいのだろう。廊下は日陰になっており、芝に映える夏の日差しを眺めていた。とても涼しい。クーラーも扇風機もないが、ここでは暑さで集中力が切れるということはなかったのかもしれない。そう思えるほどである。時折山から下りてくる風も木々の間をすり抜ける間に十分冷やされ、肌に気持ちいい。
 木造の建物も何百年もの間使い込まれ、廊下や柱、床の木はしっかりと溶け込み落ち着いている印象を受ける。他の季節の閑谷学校も見てみたい。大好きな場所だ。
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 四方をロープに囲まれている。リングの上。両手にはグローブをはめ、上半身は裸だ。リングシューズを履き、対角線のコーナーには今日の対戦相手である誰かがすごい形相で僕を睨みつける。僕は不思議と冷静に相手の目を見ている。
 ゴングが鳴った。相手は猛然と突進してくる。その勢いに押されて一発大きな右フックをもらった。最初の一発だった。それっきり僕の記憶も吹っ飛んだ。
 ・・・気が付くと相手が倒れていた。レフェリーのカウントが進む「・・・9,10!」と、同時にゴングが鳴り響く。セコンドから、リングサイドから人がリング上に雪崩れ込み、僕を担ぎ上げる。口々に喜びを爆発させている。チャンピオンベルトが僕に手渡される。
 「・・・チャンピオンベルト??」
 どうやら僕は世界タイトルマッチを闘って、そして勝利したようだ。キツネにつままれたような釈然としない気持ちが胸をもたげる。
 「自分がどうやってチャンピオンになったか記憶もないなんて・・・。そんな勝ち方しても意味がねぇ」
 なぜ闘っているのか?なぜボクシングなのか?そんなことよりも「勝ち方」が腑に落ちない。

 今日、教員採用試験の1次試験の合格発表が郵送されていた。なぜか合格していた。嬉しいのは嬉しいのだが、まだ2次試験もあるし気を抜くことはできない。しかし更にそんなことよりも「どうして合格したのか?」が謎だ。まぁ、結果は結果なのでありがたく頂戴して(笑)、せっかくチャンスをもらったので2次試験は合格するにしても不合格になるにしても「どうして?」がわかるようにしたい。当然良い結果を望んでいるので合格する為の準備を惜しまない。
 夏らしい強い日差しが降り注ぐ日中だった。あまりにも暑いのでかき氷の看板が目に付き、ついつい店に引き寄せられた。かき氷なんて何年も食べていない気がする。たかだか氷にシロップをかけたモノに何百円も払うというのに不条理を感じていた。・・・が、食べてみて「払ってもいいのかも」と改心した。
 今日食べたのはモモが乗ったかき氷。扇風機のある店内で冷房は効いていない。汗をかきながら冷たい氷を口に運ぶという行為が夏本来の味覚を取り戻させてくれたのかもしれない。おいしかった。
 夏はもう少しで終わってしまう。もう一度くらいかき氷を食べに行きたいな。
 海に行った。小さく感じた。沖に浮かぶブイ、浜辺に点在するパラソル、海の家。子どもの時来た海はもっと雑然としていて祭りのようなにぎやかさを感じていた。そして海に行くと楽しいのだが疲れた。今日は全く疲れない。
 瀬戸内海の海に波はない。沖のさらに向こうの夏霞に目を凝らせば四国も見える。泳げる範囲は長方形に仕切られている。でも、今日僕がこの海を小さく感じたのはまた別のワケがありそうな気がするのだが自分でもそれがなんなのかは、まだよくわかっていない。
 とにかく海が小さく感じた。なんだか失望を感じている。大きくあって欲しい。また大きく感じるときが来るだろうか。
 早朝から腹の立つことに立て続けに出くわした。これが夕方なら我慢できたかもしれない。1回きりなら我慢できたかもしれない。連続で遭遇するとダメだった。
 ふと思ったのが我慢のリミットもアレルギーのそれと同じようなものなのかもしれない。僕は「マンゴーアレルギー」だ。ニカラグアにいる時にマンゴーを食べ過ぎて全身が腫れあがった。顔も変形するほど大変な思いをした。マンゴーはウルシ科であり注意が必要だった。しかし日本で年に1.2回食べる程度ではアレルギーは発症していなかったように思う。マンゴーへのアレルギーが出だすとその他のアレルギーへも過敏に反応しだす。アレルギーの許容範囲が下がってしまうのだ。マンゴーをはじめ、ほこり、草などその他のアレルギー反応と相まって大変な思いをした。
 その時々によって我慢のリミットも上下する。それをコントロールできるだけの自律精神が無かったということだろう。ダメだな。大きな「胆力」で小さいことを鵜呑みにしたい。その時は、起こったことに腹が立ったが、今はその我慢ができなかった自分に対して腹が立つ。
 昨夜はひどい噴飯モノの茶番を見せられた。ボクシングである。前々から気にくわないので別に見ようとは思っていなかった、亀田の世界戦。パフォーマンスだかなんだか知らないが品の無い言動には辟易させられていた。さらにそれを気持ち悪いくらい大々的に持ち上げるTBS。中継は7時30分に始まって亀田の試合が始まったのが9時である。世界陸上の時の織田裕二のひっぱりにもうんざりしたが愛嬌でまだ許せた。しかも世界陸上では注目の競技以外にも同じように他の競技が行われ、それを中継していたのでよかったが、今回は違った。
 僕はもともと見るつもりがなかったので、見ていなかった。しかし試合開始前の8時55分ごろ友達から電話があり「見ろ!」とのこと。だから試合開始ちょうどから見始めたことになる。試合展開は第1ラウンドで亀田がダウンを喫し、さらに終始ランダエタ選手が優勢だった。試合終了間近にはプロである元世界チャンピオン達の解説者であってさえも
 「亀田、よくやった」
 「これが世界だ」
 「これを糧に今後の成長を」
とのコメントがされ、明らかに負け試合であった。
 しかし、判定は亀田の勝利!・・・笑った。ここまであからさまな八百長は僕は初めて見た。ベルトを受け取って亀田のインタビュー
 「どんなもんじゃ~~~~い!!!!」
 噴いた(笑)台本通りなのだろうか(笑)日本人なのに応援せずに見るボクシングは初めてである。応援する気にならない。さらに応援する人の品格さえ疑ってしまう。いや~ひどい。。。
 僕の胸をすくような文章を書いてある日記をリンクするので、気が向いたら読んでみてください。
「勝谷誠彦の××な日々。」8/2~8/4の日記
http://www.diary.ne.jp/user/31174/?
「きっこの日記」8/2,8/3の日記
http://www3.diary.ne.jp/user/338790/