バルトーク「五重奏曲」ハ長調 op.23 | 翡翠の千夜千曲

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Béla Bartók - Quintett C-Dur | WDR Sinfonieorchester Chamber Players

 

Béla Bartóks Quintett C-Dur, 

aufgeführt von den WDR Sinfonieorchester Chamber Players am 30.01.2022 im WDR Funkhaus. 

Béla Bartók - Quintett C-Dur 

für zwei Violinen, Viola, Violoncello und Klavier 

00:00:00 I. Andante – Allegro molto 

00:12:40 II. Vivace (Scherzando) 

00:22:07 III. Adagio 

00:33:28 IV. Poco a poco più vivace 

Cristian-Paul Suvaiala, Violine 

Carola Nasdala, Violine 

Mischa Pfeiffer, Viola 

Simon Deffner, Violoncello 

Ana Maria Ciornei, Klavier (Gast)

 

 

 

 雨です。24節気で言う春分の頃です。「春分の日」などと言うと、特定の日を日を示しますが、「春分」とは3月20日〜4月3日ごろという期間を指すものです。冬と春を分ける頃と言った感じでしょうが、どうやら菜種梅雨の様相です。

 今日は、バルト-クです。ギムナジウムで学んでいた頃から、学内でもピアニストやオルガニストとして活動し、ヨハネス・ブラームスの影響を受けた作曲活動にも取り組んでいたバルトークは、1898年にはウィーン音楽院に入学を許可されます。しかし国際色豊かなウィーンよりもハンガリーの作曲家としての自分を意識すべきだというドホナーニの助言もあって、翌年ブダペスト王立音楽院(現リスト音楽院)に入学します。作曲をハンス・ケスラー、ピアノをトマーン・イシュトヴァーンに師事します。リヒャルト・ワーグナーの洗礼を受けますが、既にブラームスの影響を脱していた彼に、ワーグナーは答えを与えてはくれませんでした。

 1902年、21歳の時にリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはこう語った」に強烈な衝撃を受け、交響詩「コシュート」を作曲しますが、1848年のハンガリー独立運動の英雄コシュート・ラヨシュへの賛歌であるこの作品は、当時ハプスブルク帝政の支配下にあったブダペストでは物議を醸しだします。1904年にはゲルリーツェプスタで初めてトランシルヴァニア出身者の歌うマジャル民謡を知ります。

 さて、20世紀の重要な作曲家であるバルトークの「ピアノ五重奏曲」は、最初から最後まで19世紀的な音楽と言えます。この作品は、少なくとも一見したところでは、後の彼の音楽語法を全く感じさせない、後期ロマン派的な色彩に満ちています。当時22歳だった彼は、1903年に長期滞在したベルリンで五重奏曲の作曲を始め、翌年の夏に故郷の田舎の屋敷で作曲を完成させました。その頃に、ツァラトゥストラはかく語りきと出会ったのです。
 しかし、注意深く聴いてみれば、お手本であるブラームスやシュトラウスと並んで、すでに後期のバルトークを感じることができます。 ハンガリー的なイディオムは、それがまだ詳細に練り上げられたとは言えませんが、紛れもないバルトークのものです。

 表現意欲、調性的な響きの中に、すでにバルトークらしい激しさを持っています。ピアノ五重奏曲の初演は1904年11月にウィーンで行われ、バルトーク自身がピアノを弾いています。その後1910年にハンガリーで初演、さらにその10年後に再演され、喝采を浴びたのでした。

 楽譜の出版社によれば、「演奏会の後、何人かの聴衆が軽率にも、この曲の方が後に書いた曲よりも好きだと言って彼を祝福したため、バルトークは激怒して楽譜を隅に投げ捨てた」。 友人たちは、彼が楽譜を破いたか燃やしたのだと信じていた。

楽譜が再び現れたのは1963年のことで、1970年に印刷出版されています。

 さて、バルトークの立ち位置を少し確認しておきましょう。本人が「若い頃の私にとって、美の理想はベートーヴェンだった」と回想しているようにドイツ・オーストリア音楽の強い影響から出発しましたが、ハンガリー民族やハンガリーの少数民族の民謡をはじめとした民俗音楽の収集とそれらについての科学的分析から、その語法を自分のものにしていった側面と、同時期の音楽の影響を受けた側面のバランスを取りながら作品を生み出すものでした。けれども、彼の作品は民俗音楽の旋律やリズムだけではなく、マジャール語の特質や踊りなどの持つ構造面も分析したうえで、なおかつソナタ形式など西洋の音楽技法を発展させたものを同時に取り入れていることや、過去の音楽に目を向けて新しい音楽を生み出そうとした点など、音楽史的には新古典主義の流れを辿ったと言えます。

 これは、大きい声では言えませんが、バルトークは嫌いだという人も知っています。損な人には、幾分優しい響きがしてあまり気にならないかもしれません。とは言え、にんにくが効いていないペペロンチーノや焼き肉のたれなど食べたい人は少ないんじゃないかなあ・・・。

 

※ 以前の記事

○ 音楽を学ぶ⑥ 民族のアイデンテティ、自由を求めて翻弄された作曲家

○ バルトーク・ベラ「トランシルバニアの夕暮れ」

○ フルートの出番です279 バルトーク「3つのハンガリー民謡」

○ フルートの出番です58 バルトーク「ハンガリー農民組曲」

 

※ 今日のミュージックダイヤリー

1699年3月25日 - ヨハン・アドルフ・ハッセ誕生、作曲家(+ 1783年)
1881年3月25日 - バルトーク・ベーラ誕生、作曲家(+ 1945年)
1926年3月25日 - リズ・オルトラーニ誕生、作曲家(+ 2014年[10])
1918年3月25日 - クロード・ドビュッシー没、音楽家、作曲家(* 1862年)

 

※ 演奏会のご案内⑬ ダンシングフルートVol2

 

※ 演奏会のお知らせ⑭ 翡翠トリオピアノ三重奏の夕べ

 

 

バルトーク&コルンゴルト: ピアノ五重奏曲集

ピアーズ・レーン 、 ゴールドナー弦楽四重奏団

【曲目】
バルトーク:ピアノ五重奏曲ハ長調 Sz.23
コルンゴルト:ピアノ五重奏曲ホ長調 Op.15

【演奏】
ピアーズ・レーン(ピアノ)、
ゴールドナー弦楽四重奏団
〔ディーン・オールディング(ヴァイオリン)、
ディミティ・ホール(ヴァイオリン)、
イリーナ・モロゾヴァ(ヴィオラ)、
ジュリアン・スマイルズ(チェロ)〕

【録音】
2018年12月8日-10日、ポットン・ホール(サフォーク)