バルトーク・ベラ「トランシルバニアの夕暮れ」 | 翡翠の千夜千曲

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   Bartók Béla - Magyar képek - Este a székelyeknél - Art's Phil-Harmony

 

   

 BUDAPEST FESTIVAL ORCHESTRA - Hungarian Sketches (B. Bartók) [Golden Hall Vienna]

 

 昨日、バルトークの農民組曲のフルート版を紹介しましたが、途端に「トランシルバニアの夕暮れ」を思い出しました。13年ほど前に書いた文を見つけて懐かしくなり、個人的な感傷に浸ってしまいました。試験前になると、なぜか部屋の掃除をはじめ、気がつけば昔の写真などを見つけ、いつの間にか心奪われてしっかりと時間は過ぎていく。肝心の勉強などどこかへ飛んで行ってしまう。そんな感じを思い出しました。以下がその文章です。

 

  稲藁を取り木に干してある風景。稲穂に夕日が斜めに差す頃には辺りの空気は一気に冷えてくる。夕餉の支度が始まったのだろうか、その澄んだ空気に漂うように紫色の煙がたなびく。初めて聞いたときは、そんなことを想像していました。
 けれどもこれは、トランシルバニア地方の夕暮れ時の風景です。原曲は、バルトークのピアノ曲、10のやさしい小品 Sz.39 - 5.トランシルバニアの夕暮れ(夜)です。後に管弦楽に編曲されました。2分30秒から3分程度の短い曲ですが、哀愁に満ちた故郷の旋律が奏でられます。管弦楽版のタイトルは、管弦楽のための「ハンガリーのスケッチ」です。或は、「ハンガリーの風景」。
 バルトークの生きたこの時代は、政治的にも大変に不安定な時代でした。また、ルーマニアやハンガリーと言った国は常に大国の間に挟まって、ことあるごとに翻弄されてきた国でもあります。当然、民族主義的な機運の高まりもあり、その影響を受けています。同時に、この頃は音楽的にも岐路を迎えています。それは、調性の崩壊という分岐点です。バルトークも、シェーンベルクなどと同じ様に、従来の調性や和声といった枠組みからの脱却を図ろうとしますが、シェーンベルクのように調性を完璧に破壊して12音を対等に扱う12音技法ではなく、バルトークは調性を維持したまま(保ったまま)、その相互関係に新しい秩序を導入したり、リズムにおいても新しい挑戦をしています。

  ヒントは、自国の民謡や踊りの中にもありました。バルトークの作品には変拍子が多く登場しますが、これはハンガリーの言語であるマジャール語と深い関係にあるようです。マジャール語では、常に単語の頭(第1音節)にアクセントがあるそうです。そんなこんなの作曲にまつわる蘊蓄を書き連ねた文献があります。「バルトークの書法」という本です。(以下ハンガリーの音楽学者エルネ・レンドヴァイが1955年に出版した「バルトークの書法」より抜粋)
  基準音から5度音程を上に重ねていくと、やがて元の音に戻り、オクターブ内の全ての音が出現します。実際に、Cから始めてみます。「C→G→D→A→E→H→Fis→Cis→Gis→Dis→Ais(=B)→F→C」となります。
  この12音を時計のように円上に並べると、向かい合った2つの調が機能的親近関係を持つ、というのが「中心軸システム」というもです。一度転調して、再び同じ転調をすると元の調に戻る、という関係になりまよね。この中心軸に直交する軸は、平行調(調号が同じ長調と短調)です。この直交する2つの中心軸が、調性や和声の基本となります。けれども、こんなことはそれ以前から分かっていたことです。問題は、それを作品にどう生かすのかということになります。そのことは、次にミクロコスモスで書きましょう。
  ややこしいのは、その後に出てくる、「黄金分割」だの「フィボナッチ数列」といった数学的な理論が存在すると言うものですが、この辺になるとちょっと考えすぎだろうと言うことは、前のバルトークの記事にも書きました。それでも、黄金分割位なら、似たようなことをいろんな人が試みています。けれども、そだけで音楽を処理するのだとしたら、コンピュータにでも任せておけば良いわけで、そんな安直な方法で作曲をするはずがありません。
  クラリネットが寂しげな中にもゆったりとした満ち足りた響きでテーマを演奏します。やがて、フルートは村人が足取りも軽く去って行くかのような楽しげな旋律を引き継ぎ、曲はこの二つの主題を繰り返しながら静かに閉じられます。何の、変哲もないような取り合わせですが、四度和声と三度和声をうまく処理して郷愁を誘う作りになっています。他の3曲も面白いですが、この曲は秋の夕方に聞いてみたらきっと心が落ち着きますよ。 

 

  まあ、個人的な感傷と言えばそれまでですが、12音技法でなくても調性を拡張する方向に対する弁護が不足していて論理的に少々欠陥のある文章だと我ながら反省して読み返しました。

  付け加え;トランシルヴァニア地方の古都ブラショフ近郊にあるブラン城。ブラン村の山上にそびえ建つこの城は吸血鬼ドラキュラの居城のモデルになった城です。14世紀に建てられたこの城はヴラド・ツェペシュ(ヴラド3世)の祖父にあたるヴラド1世が建てた城で、当時の敵だったオスマン帝国軍をすぐに見つけるためを目的としていました。

 

     

 

バルトーク:管弦楽のための協奏曲 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽 5つのハンガリー・スケッチ
フリッツ・ライナー 、 シカゴ交響楽団