庄司紗矢香さん:チャイコフスキーヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35
誰であれ、「この人のこの1曲」を取り上げるというのは最も悩むところです。下段に、これまで取り上げた作品を掲げてみると取り上げていないのはコンチェルトど定番の白鳥の湖などのバレエ作品などです。そして気がついたことがあります。現在有名になっている作品のかなりの曲が初演では不評だったり、或は演奏者に演奏を断られていたりしています。つまり、演奏者か聴衆に不評だった訳です。チャイコフスキーの交響曲では4番と5番が好きですが、バレエには関心が薄く有名な曲しか詳しくありません。改めて、彼の人生のあらましを確認してみます。
ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(Peter Ilyich Tchaikovsky、1840年5月7日 - 1893年11月6日)は、ロシアの作曲家。
叙情的で流麗、メランコリックな旋律と和声、華やかで効果的なオーケストレーションなどから、クラシック音楽の中でも人気の高い作曲家となっている。またリズムの扱いについても天才的であると評されている。曲想はメルヘンチックであり、ロマン濃厚な表情が見られる。作品は多岐にわたるが、とりわけ後期の交響曲や、バレエ音楽・協奏曲などが愛好されているほか、管弦楽曲、オペラ、室内楽曲、独奏曲にも人気作がある。 ウィキペディア
「華やかで効果的なオーケストレーション」とありますが、私は金管楽器の扱いについては非常に不満があります。おそらく、管楽器の奏者の皆さんは、「何言ってんだ」と思われるでしょうが、私はクライマックス部分の金管の扱いがとても嫌いです。昔からロシア(ソビエト連邦)のオーケストラの金管は良く鳴りました。弦が太刀打ちできないのではないかと心配するほどでしたが、あのつんざくような「これでもか、これでもか」と迫る金管の咆哮は目に余る(いや耳に障る)のです。例えば「白鳥の湖」の情景で、トローンボーンがあそこまで吠える必要があるのかわからない。
音楽史的に、チャイコフスキーは国民的色彩の強い、交響曲第1番の初演をきっかけに1868年には、サンクトペテルブルクでロシア民族楽派の作曲家たち、いわゆるロシア5人組と知り合い、交友を結んでいます。同年、バラキレフの意見を聞きながら、幻想的序曲「ロメオとジュリエット」を作曲し、バラキレフに献呈しています。チャイコフスキーは彼らの音楽とはある程度距離をとったものの、こののちチャイコフスキーの音楽には時にロシア風の影響が現れるようになっていきます。
それで言えば、このヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35は、1878年に作曲されたヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲ですが、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスのいわゆる三大ヴァイオリン協奏曲に、今では本作品を加えて「四大ヴァイオリン協奏曲」と言われることもあります。それが、発表当時評判を落とした原因の一つであったエドゥアルト・ハンスリックという腐ったような評論家の一言のお陰で、余計に擁護派を奮い立たせ助けたという皮肉な結果を生みました。作品の持つ民族色に辟易し「悪臭を放つ音楽」とまで言い切ったようです。
たしかにチャイコフスキーの生まれはウラル地方のようですが、元々はウクライナのコサックの血統とも言われます。いわゆる東スラヴ系の民族に当たるのでしょう。そのスラヴ臭い音楽を「悪臭」と言い放ったハンスリックこそ音楽を知らない音楽評論家と言うのでしょう。
さていずれにしろ、チャイコフスキーの音楽はひどい言葉で汚されてきたことは事実です。ニコライ・ルービンシュタインはピアノ協奏曲1番を「演奏不可能」と言い、ヴァイオリン協奏曲の場合も、名ヴァイオリニストのレオポルト・アウアーに初演を打診するも、「演奏不可能」と初演を拒絶され、交響曲6番「悲愴」も、バレエ音楽「白鳥の湖」も初演当時は大変な不評でした。しかし、聴衆に受けていると知るや前言を撤回して積極的に演奏したのですから、何と現金な奴なのでしょうか。
14歳で母親を失ったことから始まる、神経症的な傷つきやすい性格、同性愛(当時ロシアでは発覚すれば死罪)で悩み、モーツアルトのように早くから才能豊かに恵まれたわけでもなく、書いた作品はぼろくそにけなされ、それでも書き続けたのは、メック婦人をはじめ彼を取り巻く人が彼のことを支えたからにほかなりません。
<楽曲の概要>
- 第1楽章 アレグロ・モデラート − モデラート・アッサイ ニ長調
- ソナタ形式。 18分ー19分。オーケストラの第1ヴァイオリンが奏でる導入主題の弱奏で始まる序奏部アレグロ・モデラートでは、第1主題の断片が扱われる。やがて独奏ヴァイオリンがゆったりと入り、主部のモデラート・アッサイとなる。悠々とした第1主題は独奏ヴァイオリンによって提示される。この主題を確保しつつクライマックスを迎えた後静かになり、抒情的な第2主題がやはり独奏ヴァイオリンにより提示される。提示部は終始独奏ヴァイオリンの主導で進む。展開部はオーケストラの最強奏による第1主題で始まる。途中から独奏ヴァイオリンが加わりさらに華やかに展開が進み、カデンツァとなる。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と同様に展開部の後にカデンツァが置かれており、すべての音が書き込まれている。カデンツァの後再現部となり、オーケストラと独奏ヴァイオリンが第1主題を静かに奏でる。徐々に音楽を広げて行きながら型通りに第2主題を再現する。ここから終結に向け音楽が力と速度を増してゆく中、独奏ヴァイオリンは華やかな技巧で演奏を続け、最後は激しいリズムで楽章を閉じる。
- 第2楽章 カンツォネッタ アンダンテ ト短調
- 複合三部形式。6分ー7分。管楽器だけによる序奏に続いて独奏ヴァイオリンが愁いに満ちた美しい第1主題を演奏する。第2主題は第1主題に比べるとやや動きのある主題で、やはり独奏ヴァイオリン主体で演奏される。第1主題が回帰してこれを奏でた後、独奏ヴァイオリンは沈黙し、管弦楽が切れ目なく第3楽章へと進む。
- 第3楽章 アレグロ・ヴィヴァチッシモ ニ長調
- ロンドソナタ形式。10分ー11分。第1主題を予告するようなリズムの序奏の後、独奏ヴァイオリンが第1主題を演奏する。この主題はロシアの民族舞曲トレパークに基づくもので、激しいリズムが特徴である。しかし演奏者によって全て演奏されないこともあり、一部省略する録音や演奏もある。やや速度を落とし、少し引きずる感じの第2主題となるがすぐに元の快活さを取り戻す。だが、この後さらにテンポを落とし、ゆるやかな音楽となる。やがて独奏ヴァイオリンが第1主題の断片を演奏し始めると徐々に最初のリズムと快活さを取り戻し、第1主題、第2主題が戻ってくる、最後は第1主題による華やかで熱狂的なフィナーレとなり、全曲を閉じる。
という訳で、今日はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲について一くさり申し述べました。
※ 以前の記事
③ ホルンの出番です⑥ ホルン吹きの憧れ? チャイコフスキーの交響曲第5番より第2楽章
⑥ 本物はどっちだ チャイコフスキー「ロココの主題による変奏曲」
庄司紗矢香