TAPAS料理教室 -143ページ目

ラヴェンナへ

フェッラーラから地図上では約90km

車で移動、約一時間あまり


最終地にたどり着く


ラヴェンナは初期キリスト教(5世紀~6世紀)の美術、聖堂、礼拝堂の

建築群にあふれた街らしい



事前チェックでは


751年まで西ローマ帝国の首都であり

東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の総督府がおかれていて

オリエントの影響もある・・らしい



今まで訪ねてきたルネッサンス都市とは

趣が全然異なる雰囲気でした





歴史的建造物の中に一歩入ると

驚きのモザイク群に圧倒される

街中がモザイクに彩られていました








歴史地区のはずれのホテルをチョイス

”パラッツォ・ベッツィ・ホテル”のスーペリア

眺めの良いことを条件に








B&Bとは違ってロビーも広い





街からバスで15分くらい離れている

”サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂”の

モザイクに感激した後

隣接しているレストランでランチ

期待せずに注文したらこれが大当たりのおいしさ

伝統のパスタ

カボチャのラビオリ



うさぎのラグーのラビオリ




ディナーは

ホテルのレセプションで聞いた地元に人気のトラットリアへ


黒キャベツ入りのタリアッテレ



オッソブーコ



煮込みのポレンタ添え



デザートまで平らげて

オーナーのおじさまにクルミのリキュールをご馳走になりました




胃薬、消化剤のお世話になりながら


最後の最後まで伝統料理を食べ続けました


おいしかったなぁ~~


ところで翌日、

第一日目にボローニャで頼んだ運転手さんが

ちゃんと午後一時に迎えに来てくれて

ボローニャ空港まで一時間余りで到着




達成感あふれる旅でした





次回は”のんびり系”にするつもり・・


フェッラーラへ



9都市を巡った旅も残り二日

パドヴァからフェッラーラまでは


”フレッチャ・ビアンカ”で30分


プリモ・クラッセだと飲み物とお菓子がサービス

あっという間に到着するので忙しい


フェッラーラでは、

”ボルゴレオーニ18”という”B&B”泊


これのスイートが素晴らしい

バーカウンターがあり

ウオーキング・クローゼット付きのベットルーム

広いその部屋の一段上がった一角には

なんと

ジャグジー付のひろいバスタブが・・






今回、度々宿泊した各地の”B&B”の中で

フェッラーラが秀逸

歴史的建造物でありながら

ちゃんとエレヴェーターが設置してある

エステ城の目と鼻の先で便利



中世の狭い通りが印象的な街





一番の目的地は

”コルプス・ドミニ修道院”

ルクレツィア・ボルジアのお墓があります

午後三時から見せてくれるということだったので急ぐ

裏に回れと云われて走って裏に回る

5分前に到着

もう一組は、私たちと同年代のイタリア人夫婦だけ

三時になっても門はといえばシ~~ンとしたまま


小柄なイタリア人のマンマが動き出す!!

”ありえない、ひどすぎる、午後三時に見せてくれる決まりだ!”

”許せない!、何とかするからここで、待っていてね!”

と私たち告げると表通りの門に何度も行ったり来たり

そして

修道院のドアを力強くたたき始めた


優しそうなご主人と私たちは後ろからオロオロ応援するだけ


15分くらいして中から”カチャ”と音がして

修道女の方がシブシブ開けてくださった


4人で中に入るとその修道女の方が

日本語のパンフレットを渡してくださいました

”後で読んでください”

それからこちらの修道院の歴史を物静かに語り始めてくださいました


そして礼拝堂の足元には

エステ家のお墓が

”ルクレツィア・ボルジア”の名前も発見


頼りになるイタリアのマンマのおかげで

夢がかないました

”ありがとう”と言って握手してお別れしました


”強いねぇ~~”



ジョットの街 パドヴァへ

今回の旅の前にルネッサンスのフレスコ画、モザイクについて

予備知識を詰め込む





三冊のうち二冊は、それぞれ1円、郵送料込みで250円くらい

アマゾン様様って感じです

ものすごく興味深くて好奇心を満たしてくれました


パドヴァの地の目的はなんといっても

”スクロベーニ礼拝堂”

公園の一角にあり目立たないジッミ~~なたたずまい




ガイド本によると事前に入場券が必要とある

ネットでも購入可能と書いてあるので

シェフが何度もトライするがうまく機能せず

(イタリア側に問題があるらしい)

日本の代理店で購入


指定の時間に行くと

人数制限もあり厳粛な気持ちになる

注意事項や説明があって

いよいよ、入場

入った瞬間、息をのむ


ジョットによって

天井一面に青い夜空と星が瞬いている





キリストの生涯が壁一面に埋め尽くされている

第一のお目当ては

”東方三博士の礼拝”



”世界の名画、イタリア編”によると

1301年のハレー彗星が描かれているとのこと

1305年~10年の間に描かれたらしい

当然、ハレー彗星と判明するのは後世のこと


1980年、

欧州独自のハレー彗星探査機の名前が

”ジョット”と命名されたらしい

700年以上前に描かれた

”ベツレヘムの星”が科学の最先端につながってゆくなんて

何ともイキな話


クリスマスのお話として讃美歌にも歌われている

三博士を幼子キリストに導いたお星さま


この壁画を見つけた時には

「うれしかった!!」


パドヴァ大学のある学園都市で市内には川が流れ



狭い歩道のポルティコ



街歩きの中で出会ったお肉屋さん



サラミやコッパ等3kg以上買う





ルンルンで日本に帰ってきたら

”加工肉は発がん性がある”という話題が持ち切りで

ビックリ!!


マントヴァで食べた

”サルシッチャ(生サラミ)のリゾット”を

シェフに再現してもらったら

あまりのおいしさに感激


パドヴァが大好きになった最大の理由は

このお店に出会ったから



ホテルのスタッフに教えていただきました

朝からカウンターは地元のおじいちゃんたちで一杯



12時半から”ランチタイム”がスタート

まずは”ブリュット”で



前菜は、たっぷりコッツェ(ムール貝)

これで一人分



パスタは、太めの生パスタ”ピゴーリ”

うさぎのラグー



メーン

シェフは牛肉のブラッサート



私は、いつもの”ステーキ”



テキパキしたマンマのサービスで最高のオステリヤ

二泊したので

昼も夜もこちらで頂きました

忘れられない経験、味、文化


私にとって旅とは”味”だ

バッサノ・デル・グラッパの街へも

小さい、小さい”アーゾロ”の村の中心から

カタリーナ女王の居城を訪れる



庭園から見ると



お城からの美しい風景





夕食には、歩いて広場のトラットリアへ



ゆっくりとローストした”トレヴィーゾ”という野菜

焦げているように見えますが焦げています

これが甘くて非常においしい

二日間ここで同じものを頂きました



どのお皿がなんだかわからなくなりました

こげ茶色のお肉とポレンタです



確かこれは牛肉の塊の赤ワイン煮込みか?



ホロホロ鶏か?うさぎか?はたまた牛肉のほほ肉か?



ホテルに帰って

庭のテラスで”シーバス”でナイトキャップ





シーズンオフなので暇そうなホテルのカメリエーレが

嬉々としてサービスしてくださいました



翌日

車を頼んで20km位離れている

グラッパ酒の里へ往復

”バッサノ・デル・グラッパ”

世界遺産の屋根付き橋





遠くに見えるのが”グラッパ山”か?

街の名前がグラッパ山の下という意味だから



実は、修理中で橋の歩道はボロボロ

それでもイタリア人の方々嬉しそうに記念写真を撮っている

自転車で一人旅しているらしい大人のイタリア人男性に

写真を頼まれました

ポーズが決まっていました


愛犬の名前が”グラッパ”ですから

期待して訪れました

本にも載っている



街自体がなんとなくさびれた感じで期待外れの感じが・・


ところがランチで入ったお店が大正解



スローフード認定のお店でした

牛肉のステーキ



オリーブ・オイルと塩・胡椒だけで頂く

6泊目の昼食、何度となく頂きましたが

ここが最高でした

来て良かったなぁ~~

今でも忘れられないあの”ステーキ”


というわけでこんな毎日を過ごしていたら

私たちの体は大変なことになる・・


アーゾロでは小高い山の頂上にある山城まで歩きました



上からの眺め




お土産にまたまた鉄物を買うシェフでした


アーゾロ キプロス女王、カタリーナの村

ヴィチェンツァから”アーゾロ”へ

ホテルで頼んだ車の運転手さんが

道を間違えて四苦八苦


スマフォのナビで間違えて

結局、車のナビで到着


降りるとき

何を言い出すかと思ったら

”このナビはおバカさんでした、へへへ~」だって


今回の旅はいわば、

塩野七生さんの”ルネッサンスの女たち”ゆかりの場所巡り



マントヴァのイザベッラ・デステ

これから訪れるフェッラーラのルクレツア

そして

”アーゾロ”のカタリーナ・コルナーロ


カタリーナについて少しふれます

15世紀のキプロス女王


* ヴェネチア共和国の養女となり

14歳で、夫となるキプロス王の迎えのないまま

華々しく”代理結婚式”を行うが

そのまま数年ほっておかれて

待ちわびながら尼寺で数年過ごすことに

やっと、キプロス島に渡るが

二年足らずで夫のジャック2世は死去

(暗殺のうわさも)

身ごもっっていた彼女は男子を生み

王とするが、毒殺されてしまう




ヴェネチアの巧みな政略で女王になるが

結局、支配権を止む無くヴェネチアに譲渡

17年ぶりに祖国、ヴェネチアに戻る


”アーゾロ”の女領主の地位を与えられて

晩年を過ごす


アーゾロは、ヴェネチア貴族たちの別荘があり

今では”イタリアの最も美しい村”であるらしい







というわけで

ホテルも吟味しました

”ホテル・ヴィッラ・チプリアーニ”のスーペリオーレ

案内しながらスタッフの女性が

「こちらのお部屋は最高ですよ!!」って自慢していました


どれどれ~~

こじんまりとした外観



クラシックでしゃれた部屋



窓からの眺め



ホテルの庭、遠くの丘も一望




というわけで出足好調の”アーゾロ”の二日間は素敵でした

CONTINUA!!