昼飯に行きつけの築地のメシ屋に行ってきました。


カツオの刺身と赤貝の刺身、新タマネギのサラダと豚汁のセットをいただきました。

相変わらずボリュームたっぷりで新鮮でおいしい。


ただ、築地市場場内にいる人が明らかに少ない。

人も、トラックも、ガラガラに近いと言っても、過言ではありません。


店の親父が言うには、とにかく築地に買いに来る人が、プロも観光客も減っていて、仲買もたぶん10軒くらい店を閉めたんじゃないかと。


買ってもさばけないので仲買が買わない。

仲買が買わないから入荷も少ない。

東日本は漁に出られないから魚が入らないけど、西日本のも売れないからあんまり入荷しないんですって。


このあたりは、需要がないため入荷してないってことですが、これから恐いのは供給の減少です。


今後、入荷が厳しくなるのは、ワカメや昆布だそうです。

東北付近の漁場が津波で根こそぎやられたので、今後3~4年は相当厳しいだろうと。

秋のサンマも、東北の漁船も、港も、壊滅的な被害だから状況は最悪。

仙台付近のカキもイカダが壊滅。


農産物では、今後量が足らなくなる恐れがあるのが、桃とマスクメロンだそうで。

桃は福島が隠れた大産地。マスクメロンは鹿島付近が日本でもっとも収穫量の多い地域だそう。


そして、最大の問題が米不足だろうと。


米どころと言えば、新潟や秋田など思い浮かんで、被害少なそうに思いますが、実は供給量でいうと、千葉県と福島県がとても多いんだそう。


福島県は原発問題と風評被害で言わずもがな。

千葉県は、利根川流域から霞ヶ浦方面にかけて、一大米どころがあるんですが、今回の地震の液状化と地盤沈下によって、田んぼ自体に壊滅的な被害が出てるんだそうです。


ここで作付も収穫もできないとなると、かなりの米不足が起きるんじゃないか、との見方です。


休耕地を急ぎスタンバイさせたりしているらしいですが、一度作物を作らなくなった田んぼや畑は、十分な収穫を得るには時間がかかるそうで、電力と同じでそう簡単には供給できなさそうです。


日本の食が、じわじわと痛めつけられそう。


また、買占めやスーパー大行列なんてことにならなければいいんですが。

引越し、何回したことある? ブログネタ:引越し、何回したことある? 参加中
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今住んでいる家は、11か所目の家です。つまり引っ越しは10回ですね。

引っ越し魔じゃないですけど、親父が転勤の多い企業に勤めてたもので、それにくっついて日本をあちこちと移動しました。
もう、荷造りはプロ級です。引っ越し先の間取りを想定しながら、効率的に荷造りできます。

結果、小学校みっつ、中学校ふたつ、高校ふたつ、行きました。

やっぱり、転校はイヤだった。
幼馴染はいなくなる。知らない土地で0から友達を作り始めないといけない。
進学ならいいんです。みんなが同じ条件だから。
みんなどうやって友達作ろうかと思ってるから。

転校だと、自分だけがその不安をかかえてる。
好奇に満ちた眼で見られる。
2学期からの転校だと、夏休みの宿題のテーマがぜんぜん違います。
自分だけ、まったく異質なものを提出することになります。

小学校4年生の夏の転校の時は、それまでいた学校はクレヨンでの図工の宿題。
転校先は、水彩絵の具を使い始めたので、それを使っての夏休みの絵日記。

夏休みの宿題が張り出されて、自分だけとても幼稚なことをやってるような気がして、悲しかった。

ラッキーなこともあります。

高校の転校は、2年生になるタイミングで、試験を受けての編入でした。
受験して1年生に入学した土地の高校は、3教科での受験。
転校先の高校は、高校受験は5教科でしたが、もといた学校の受験科目に合わせて3教科での編入試験。
なんとか合格しましたが、その高校に普通に受験してたら、確実に入れなかったでしょう。
試験勉強科目も多いし、なにしろ社会が苦手なもので。
まあ、得意だった3教科ですべて乗り切れて良かった。

転校先の高校では、漢文は1年生で終了してました。
もとの高校では2年生での履修科目。
なので、漢文の授業というものを結局受けなかった。
体育ももとの高校はサッカー、転校先はラグビー。
いろんな種目を体験できましたね。

剣道は、種目としては好きだったけど、めがねが曇るし、ずり落ちてきても直せないのがイヤだったなあ。
ジョギングが好きなのは、転校先の高校がマラソン大会に気合い入れてた影響もあるかもしれません。

転校先での友達づくりのきっかけに、音楽はとても有効でした。
同じ音楽が好きだということは、その瞬間に友達になったも同然です。

価値観と興味のベクトルが似てると思えますからね。

だいたい、ビートルズとツェッペリン、ピンクフロイドなどがきっかけになることが多かったですね。
そのあたりだと、クラスに数人は好きなやつらがいる。
さすがに、プログレの深いところとか、ニューウェイブ系に行くと、ほとんど自分ひとりの世界でしたが。

そして、住んだ土地土地ごとに思い出に残る音楽があります。
その音楽を聴くと、その土地の空気感や季節感、起きたさまざまなことを瞬時に思いだすことができる。

今では、引っ越しも、住んださまざまな土地も、そこで聴いた音楽も、すべてが自分の宝物です。
あそこに住んでよかった。
あいつとあそこで出会えてよかった。

このレコードは、あそこの、あのレコード屋で、1週間くらい通いながら悩んで買ったやつだったなあ、とか、これは転校する時にあいつがお別れにくれたレコードだったな、とか、そういえばあいつに貸したままのレコードは今頃どうなってるんだろう、とか。

思えば、それからうん十年経ってますが、その年月分だけ思い出はつきません。


Radiohead "The King Of Limbs"
$ノスタルジックなノイズたち

震災などでしばらく遠ざかってましたが、いよいよパッケージ日本盤の発売とあっては気になって仕方がありません。

店頭で見つけ、手に取りました。

んー、もうだいぶ聴いたし、5月にはスペシャル盤が届くし、2月の盛り上がってる時は国内盤も絶対買うしかないでしょと思ってたけど、今さらそこまでしなくてもね。。

でもなー、やはりパッケージ盤だし、ライナーノーツもついてるし、MP3じゃ物足りないし。
うー。
まあ、でも4月になっちゃったし、別にいいか。

などと、ぐじぐじ悩んでました。

しかし。
ん?日本盤だけブルースペックCD仕様?

一番弱いとこを突かれました。
てことは、これが一番音が良いわけじゃないすか。

と、そこまで考えたと思ったら、レジに並んでました。

今まで聴いていたのは、ダウンロードしたMP3です。
音質的には目に見えるほどの劣化はないだろうと思って聴いていました。

ところが。

ブルースペックCDによるところも多少あるかもしれないけど、CDとMP3の音質差は歴然でしたね。

アルバムのサウンドスケープコンセプトはおそらく、太古の森、です。
これはアルバムのコンセプトにも合ってます。
悠久なる時の流れに存在する静謐なる空間、大きな空間ではあるけれど、不思議と音が木霊する、そんな音空間。

繊細な音が鳴り、絶妙なエコーがかかり、リズムセクションは分離良くしゃっきりくっきりと響く。
言われてみれば、太古の森の空気感が感じられるような。

どの曲にも、背後にある静寂感が際立ちます。
静寂感を背景に、精緻に組み立てられたダイナミズム。
カタルシスも抑えられ、エモーショナルとも言いにくい、精神的な高みを感じる独特の高揚感のあるこのアルバムは、このあたりにキーがあるんでしょうね。

MP3ではここまでの再生能力はないし、比べて見ると音像に1枚ベールがかかったように聴こえます。

いやあ、これはとても丁寧にサウンドプロダクションされたアルバムです。
この意図された空気感は、明らかに彼らの進化だと思われます。
もちろん、録音機材等のクオリティ進化もあるとは思いますけどね。

とはいっても、ラジカセで聴いても違いはわからんと思います。

やはりしっかりしたサウンドプロダクションは、しっかりとした再生装置で。
少なくとも、良いヘッドホンを奮発して、聴いてほしいです。



やはり原動力になるのは、感動ですね。

言葉が出てこない時は、そのことが語るに足ると思えない時、ということなのかもしれません。
自分が、語る価値があると感じられることがあれば、それは言葉になりますね。

The Pains Of Being Pure At Heart のセカンドアルバム、 "Belong"
$ノスタルジックなノイズたち

このグループ名がとても好きです。
自分のそばに、この言葉がぴったりの人がいます。

いつまでも子供のように純粋な心を持ちながらも、精神性は大人。
まっすぐで透明な視線と屈託のない笑顔。
その純粋さに共振するのか、動物や子供にとても好かれる。
母性と、慈しみにあふれ、弱者の痛みを自分のことのように感じてしまう。
自分の抱える痛みだけで精一杯なくせに、人のことを考えて頑張りすぎる。

なぜ、純粋な心を持つがゆえに苦しまなければならないのか。
なぜ、平穏な生活の中で、安心して笑顔を出すことがかなわないのか。
その人の持つ美点が、なぜ自分への刃として帰ってこなければならないのか。

楽観的で成り行き主義の自分からは、とても理不尽で気の毒なことに感じます。
やはり、あなたは脳天気でいいね、と言われますけど。

なぜPOBPAHが自分たちのグループにそんな名前を付けたのかわからないけれど、ここで聴けるのはポップでカラフルなシューゲイズサウンド。

シューゲイザーといえばノイズに特徴があるわけですが、最近、音質に無頓着なミュージシャンが多いのに若干辟易してました。

自分にとってノイズは大きなテーマなんですが、ノイズは出てしまうものではなく、意識的にコントロールして発信するものだと思っています。
また、音質が悪い音楽をつくるのが目的のように勘違いしている人もいる。
特にローファイを標榜するミュージシャンに多いですね。

やはり音楽は基本的に高音質で創ってほしいし、聴きたい。
ミュージシャンサイドのこだわりや、情感がはっきり聴きとれるから。

制作機材の関係でやむを得ずローファイになってしまうのであればともかく、ローファイを目的にしてほしくない。
Girls のデビューアルバムのように、ローファイが奇跡的な効果をもたらす場合もあるけれど、やはり少数です。

そんな中、このアルバムはシューゲイズ系でありながら、分離に優れた高音質で音楽を聴かせてくれます。
メロディライン、サウンドプロダクション、全体構成、どれもが高次元でバランスされ、シューゲイザーという枠を超えたスケール感の大きいロックが鳴っています。

プロデューサーがフラッド、ミキシングがアラン・モウルダーということを聴けば、これだけの完成度がもたらされたのも納得がいきますが、サウンドプロダクションチームのクオリティとプライドなんでしょうね。







とはいえ、純真なゆえ苦しむ心というグループ名と、この素晴らしくポップで完成度の高いシューゲイザーとのつながりが今一歩釈然としないといえばしない。
次のアルバムにはこのへんを期待したいところです。

最近は、R.E.M.と彼らの音楽を聴く頻度が非常に高いですね。

けっこう今年の上位に食い込む予感がします。


すでに読まれた方もいらっしゃるかもしれません。


被災地である陸前高田市に、医療スタッフとして行かれた方のドキュメントです。


http://blog.goo.ne.jp/flower-wing

1.被災地へ。 から 14.From TOKYO までです。



想像はしていたけれど、現地で被災した人と、現地で救助活動にあたっている人たちの過酷さは、自分の想像をはるかに超えたものでした。


読んだのが仕事中だったので、涙を抑えることに必死だった。


最近、音楽を言葉で語ることができなくなっています。

聴くことはできるんですけどね。


東北のことを考えると、音楽を語る言葉が出てきません。