やはり原動力になるのは、感動ですね。

言葉が出てこない時は、そのことが語るに足ると思えない時、ということなのかもしれません。
自分が、語る価値があると感じられることがあれば、それは言葉になりますね。

The Pains Of Being Pure At Heart のセカンドアルバム、 "Belong"
$ノスタルジックなノイズたち

このグループ名がとても好きです。
自分のそばに、この言葉がぴったりの人がいます。

いつまでも子供のように純粋な心を持ちながらも、精神性は大人。
まっすぐで透明な視線と屈託のない笑顔。
その純粋さに共振するのか、動物や子供にとても好かれる。
母性と、慈しみにあふれ、弱者の痛みを自分のことのように感じてしまう。
自分の抱える痛みだけで精一杯なくせに、人のことを考えて頑張りすぎる。

なぜ、純粋な心を持つがゆえに苦しまなければならないのか。
なぜ、平穏な生活の中で、安心して笑顔を出すことがかなわないのか。
その人の持つ美点が、なぜ自分への刃として帰ってこなければならないのか。

楽観的で成り行き主義の自分からは、とても理不尽で気の毒なことに感じます。
やはり、あなたは脳天気でいいね、と言われますけど。

なぜPOBPAHが自分たちのグループにそんな名前を付けたのかわからないけれど、ここで聴けるのはポップでカラフルなシューゲイズサウンド。

シューゲイザーといえばノイズに特徴があるわけですが、最近、音質に無頓着なミュージシャンが多いのに若干辟易してました。

自分にとってノイズは大きなテーマなんですが、ノイズは出てしまうものではなく、意識的にコントロールして発信するものだと思っています。
また、音質が悪い音楽をつくるのが目的のように勘違いしている人もいる。
特にローファイを標榜するミュージシャンに多いですね。

やはり音楽は基本的に高音質で創ってほしいし、聴きたい。
ミュージシャンサイドのこだわりや、情感がはっきり聴きとれるから。

制作機材の関係でやむを得ずローファイになってしまうのであればともかく、ローファイを目的にしてほしくない。
Girls のデビューアルバムのように、ローファイが奇跡的な効果をもたらす場合もあるけれど、やはり少数です。

そんな中、このアルバムはシューゲイズ系でありながら、分離に優れた高音質で音楽を聴かせてくれます。
メロディライン、サウンドプロダクション、全体構成、どれもが高次元でバランスされ、シューゲイザーという枠を超えたスケール感の大きいロックが鳴っています。

プロデューサーがフラッド、ミキシングがアラン・モウルダーということを聴けば、これだけの完成度がもたらされたのも納得がいきますが、サウンドプロダクションチームのクオリティとプライドなんでしょうね。







とはいえ、純真なゆえ苦しむ心というグループ名と、この素晴らしくポップで完成度の高いシューゲイザーとのつながりが今一歩釈然としないといえばしない。
次のアルバムにはこのへんを期待したいところです。

最近は、R.E.M.と彼らの音楽を聴く頻度が非常に高いですね。

けっこう今年の上位に食い込む予感がします。