ヒリヒリとした音の感触とリアルな存在の音楽。

チープすれすれの下世話な音創り。
シンセの音など、柔らかいストリングスとは対極にいるような、直接的な音。
あいまいさのない、ストレートな編曲。
ホワイトノイズだらけのスネアの音。
金属ピックを使っているかのようなギター。

音楽に余計な虚飾をつけずに、ひたすら音楽がリアルな存在でいるための方法論。
それがローファイなんじゃないか。
それは、この音楽と同世代音楽のパンクにも、まさしく言えること。

David Bowie"Low"
$ノスタルジックなノイズたち

David Bowie と Brian Eno というふたりの天才が、それぞれのキャリアのピークに出会って制作した奇跡の音楽。
ボウイのギリギリの精神状態が、その魅力を加速させた。







レコードで片面20分足らずのコンパクトな構成。
冗長さのかけらも見られない、潔さ。

また、B面の存在が影絵のようにコントラストを創り、印象を際立たせる。

この音楽は、そのたたずまい自体が魅力的。

ローファイといっても、それが目指す音のカタチがしっかり伝わる音質は維持してる。
意識的であり、自覚的なローファイ。

最近、ローファイを標榜する音楽がもてはやされているけれど、ただ単に音質が悪いだけ、音がチープなだけ、演奏が雑なだけの成り行きローファイは、このアルバムの前では束になっても太刀打ちできない。


独特のサウンドスケープ。
存在感の強いボーカル。

一聴してツボにはまりました。

とはいえ、好き嫌いがはっきりわかれるでしょう、このグループ。
そのボーカル故。
そのサウンドスケープ故。

久々の英国勢。

2ndアルバムが軒並み高評価だった、イギリス北部出身の Wild Beasts
3rdアルバムの "Smother"

$ノスタルジックなノイズたち


冷やかな空気感。
浮遊感。
ノスタルジア。
けっして音数が多いわけではないのに、ここまでのサウンドスケープを創りだせる。
メロディラインもなかなか優れてます。
夜、静かになった街の中で聴くととてもいい感じ。

ただ、この音楽聴いてると、次々といろんなミュージシャンの名前が脳裏に飛来するんですよね。
ここはThe XXっぽいな、うーむこのサウンドスケープはRadiohead のRainbowsのようだ、ボーカルはOf MontrealかヘタするとAntony And The Johnsonsかもしれない、などとね。

彼らの音楽をカンタンにいうと、The XXのバッキングでおとなしめに歌う、Antony And The Johnsons ってところでしょうか。
たしかに、Radioheadに似てるという気持ちもわかるし、環境音楽的なところもあります。









非常に特徴的で独特のサウンドではあるんだけど、他の優れた音楽の要素を持ち寄りカタチにしたという印象になるのは、そのベクトルを自分たちのものにし切れていないからなのかも。

とはいえ、批判的に聞えるかもしれませんが、けっして批判してるわけではありません。
むしろ、かなり好きなサウンドで、ヘビロテです。

そして聴き込むうちに、こういった違和感もだんだん薄れて、快感になってきました。
それも、自分がこのボーカルに違和感を感じないから。

ある種、エレクトリックな楽器では決して出すことのできない、強烈な存在感。
このボーカルの存在感があるから、バッキングを限りなくシンプルにできる自由度を持つ半面、音楽の嗜好性(指向性)は狭まりがちになるかも。

だからこそ早く自分達の音楽として昇華させ、オリジナティの完成度を高めてほしい。
彼らが今後、どういった音楽性のベクトルを追求し、それを自分達のものにしていくのか、とても楽しみです。

久しぶりに Led Zeppelin を聴きました。

アルバムは、ライブの The Song Remains The Same
このタイトル通り、本当に色あせないアルバムです。

Remains The Same 。
このアルバムを買った学生時代から、今まで何度聴いたかわかりませんが、基本的な印象は変わらないけれど自分としての評価はむしろ今の方が高いかもしれません。

Deep Purple を初めとした様々なハードロック、ヘヴィメタルのグループが自分たちの衝動を対象化しきれずに消えて行く中、なぜZeppelin だけが生き残ることができたのか。

それはZeppelin だけが、自分の音楽に常に意識的でいられたからだと思っています。
ある種、醒めた視線で客観的に自分の音楽をみつめる力があった。
たぶんそれは、プロデューサー的位置づけだったジミー・ペイジによるところが大きいと思います。
Led Zeppelin の歴史は、自らの音楽への意識の変遷の歴史。

1stや2ndの時代は、こうすれば売れるロックを創れる、というジミー・ペイジのアイデアが具体的なカタチになった時代。
当たり前のように、米英で大ヒットを記録。
売れるロックを創ることへの意識。

4thは、天国への階段という初めて歌詞をジャケットに印刷したアルバム。
自らが送りだすメッセージ、それもロックを演るという行為に意識的になったアルバム。

そして自分では最も重要で欠かすことができない時期だと思っているのが、Physical Graffiti から Presence までのこのライブアルバムを含めた時期。
これは、自らが創りだす音楽の「音」への意識を高めた時期です。

硬く引き締まり、ぜい肉を落とした硬質の鋼のような音。
ジミー・ペイジのギターも、ジョン・ボーナムのドラムスも、それが鳴っただけで、圧倒的な存在感が感じられる音。

この時期のピークが、制作期間もぜい肉を落とした8日間というアルバムPresence なんですが、実はこの時期の神髄が見てとれるのが、ライブアルバム The Song Remains The Same だと思ってます。

それまでの自分たちの代表曲の再生。
音に意識的になった彼らが、過去の曲をどう扱うのか。

アルバムを聴けば一目瞭然です。
どの曲もタイトに引き締まり、ジミー・ペイジのギターもボンゾのドラムも滑らかに流れるものではなく、ガキガキと引っかかりながら、時間に爪を立てながら、その存在を強く印象付けながら進んで行きます。

この映像は、ちょっとギターの音量バランスが低くてそのへんがわかりにくいですが。


Presence までのこの時期に到達した地点から、次はどこへ意識を向けるのか。
3rd や Houses Of The Holy など、意識を進歩させた後に、常に小休止というか足踏みのアルバムを出してきた彼らが、今回もやはり In through The Out Door というアルバムを出して小休止。

どこまで本気なんだかよくわからないけれど、やるときはやってくれる彼らです。

次のアルバムを期待していた矢先に、ジョン・ボーナム急逝の報。
その次に彼らが新たな意識で目指そうとしていた地点は、永遠にわからないままになってしまいました。

ところで、テーマとはまったく関係ありませんが、1985年のライブ・エイドで、ジョン・ボーナム亡き後の彼らが、フィル・コリンズと共演していたことを今知りました。
Zeppelin と共演したくてたまらなかったフィルが策を講じて共演にこぎつけたものらしいですが、けっこう驚き。
演奏自体、ライブアルバムの時からかなり退化したものではありますが、それなりに面白い。



1973年ごろ、ロバート・プラントは喉を壊したそうです。
喉を壊す前は、同じ曲でもメロディラインも違うし、高音の伸びがいいです。
喉を壊してから、歌い方が変わっていきましたね。

ちなみに、Physical Graffiti 以降は、歌い方が変わった時期です。
なので、The Song Remains The Same もその時期。
それはそれで味がある歌い方で、好きです。


カナダのモントリール在住のミュージシャンDanny Provencherのソロ・プロジェクトである、 Under Electric Light の1stアルバム、 "Waiting For The Rain"
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ベッドルーム・シューゲイズ。
彼は完ぺき主義者だそうで、そういう人に宅録やらせたら、通常は作業に終わりってものがやってきませんね。
細かいところにこだわって作り込んで一応の納得を見たら、今度は全体のバランスが気になってそこを調正する。
するとまたその調整で変わった細部が気になり始め、やり直す。
予想外にいい音が見つかってそれを加えると、それでまた全体の構成が気になり始め、やり直す。
その繰り返し。

やはり、今回のプロジェクトもリリースまでにけっこうな時間がかかったようです。
なんと10年越しの制作とか。

多重録音で、シンセの代わりに一部シューゲイザー的ノイズギターを入れて好きな音楽を創りました、という雰囲気がプンプン。

良くも悪くも、完ぺき主義者がひとりで創った音楽であることが個性でしょうか。

隅から隅まで、破たんがないサウンドプロダクション。
音のひとつひとつが磨きに磨かれ、とてもバランスが取れてます。

ギターの音も、シューゲイザー的といっても、ノイズはどこまでも滑らかに、突出はしない。
ドラムスもベースもキーボードも、どの楽器も強く自己主張することがなく、あくまでもパーツに徹し、全体感に寄与することだけを考える。
メロディもキャッチーできれいで、曲による出来不出来もなく、全体的にとても質感が高い。

だからこそ、ここまで流麗で、滑らかな、シューゲイザーができあがったんでしょうね。

しかしその裏腹に、アルバム全体でのメリハリが弱くなって、強烈なオリジナリティには欠ける気がします。メロディも構成も異なった曲たちなんだけれど、どれもまとまり方のイメージが似てしまった。

バランスを中心に創り上げられたサウンドスケープ。

その細部までこだわったバランス感覚は、ジャケットプロダクションまで及んでいて、それはまあキレイな青空と雲の写真なんですが、表面だけじゃなく、見開き部分やCDレーベルまでつながったアートワーク。
ケース自体、日本盤なんでかっちりと創ってあるせいもありますが、ほれぼれするデキです。







音楽性はまったく違いますが、Of Montreal というミュージシャンがいます。

彼も、自分の頭の中にある音楽をカタチにしたくて、打ち込みも含め、マルチプレーヤーとしての才能を発揮しながらその特異な音楽を創る、素晴らしいミュージシャン。

最新作では、ついに打ち込みをやめて、リズムセクションの中心を担うドラムスだけはプロのミュージシャンを起用しました。
自分の創ったベーシックトラックの打ち込みを生のドラムスに差し替える。

そうやって創られた音楽は、従来の作品よりもダイナミズムに溢れ、エネルギー感、躍動感が大幅にアップました。
すると他の楽器パートまで生き生きして聴こえるから不思議です。

Under Erectric Light についても、このバランス感覚がもたらす枠にはまった感を打ち破り、更なるスケール感を得るためにも、リズムトラックの淡々とした打ち込み音だけはなんとかして欲しいものだと思うんですが。


昨年のマイ・ベストアルバムで上位に食い込んだ、Avi Buffalo 。


早く次のアルバム出してくれいと思ってる、好きなミュージシャンは数多くあれど、このグループのアルバムほど早くして欲しい、と願ってるアルバムもありません。


なぜなら、彼らの音楽の素晴らしさは、おそらく賞味期限があるから。

賞味期限というか、あの音楽を創り出すことができる時間は、それほど長い期間じゃない気がするんですよ。


儚げな、瑞々しい輝き。


人生の中で、限られた期間だけにもたらされるものじゃないかと。

それを音楽としてリリースできる期間も、季節の移り変わりのように、気がつくと終わっているんじゃないかと。


そんな彼らが、未発表曲を一挙に4曲も公開しました。


好きなミュージシャンについては、新しい曲がリリースされても、それがアルバムに入ってから、アルバムとして聴くまでは新曲を聴くことをガマンし続ける自分です。


なので、もちろんこの4曲もさわりの印象だけしか聴いてませんが、もう期待通り!


間髪いれずに、アルバムのリリースを切に願います。

できれば夏までにリリースして欲しい。。