久しぶりに Led Zeppelin を聴きました。
アルバムは、ライブの The Song Remains The Same 。
このタイトル通り、本当に色あせないアルバムです。
Remains The Same 。
このアルバムを買った学生時代から、今まで何度聴いたかわかりませんが、基本的な印象は変わらないけれど自分としての評価はむしろ今の方が高いかもしれません。
Deep Purple を初めとした様々なハードロック、ヘヴィメタルのグループが自分たちの衝動を対象化しきれずに消えて行く中、なぜZeppelin だけが生き残ることができたのか。
それはZeppelin だけが、自分の音楽に常に意識的でいられたからだと思っています。
ある種、醒めた視線で客観的に自分の音楽をみつめる力があった。
たぶんそれは、プロデューサー的位置づけだったジミー・ペイジによるところが大きいと思います。
Led Zeppelin の歴史は、自らの音楽への意識の変遷の歴史。
1stや2ndの時代は、こうすれば売れるロックを創れる、というジミー・ペイジのアイデアが具体的なカタチになった時代。
当たり前のように、米英で大ヒットを記録。
売れるロックを創ることへの意識。
4thは、天国への階段という初めて歌詞をジャケットに印刷したアルバム。
自らが送りだすメッセージ、それもロックを演るという行為に意識的になったアルバム。
そして自分では最も重要で欠かすことができない時期だと思っているのが、Physical Graffiti から Presence までのこのライブアルバムを含めた時期。
これは、自らが創りだす音楽の「音」への意識を高めた時期です。
硬く引き締まり、ぜい肉を落とした硬質の鋼のような音。
ジミー・ペイジのギターも、ジョン・ボーナムのドラムスも、それが鳴っただけで、圧倒的な存在感が感じられる音。
この時期のピークが、制作期間もぜい肉を落とした8日間というアルバムPresence なんですが、実はこの時期の神髄が見てとれるのが、ライブアルバム The Song Remains The Same だと思ってます。
それまでの自分たちの代表曲の再生。
音に意識的になった彼らが、過去の曲をどう扱うのか。
アルバムを聴けば一目瞭然です。
どの曲もタイトに引き締まり、ジミー・ペイジのギターもボンゾのドラムも滑らかに流れるものではなく、ガキガキと引っかかりながら、時間に爪を立てながら、その存在を強く印象付けながら進んで行きます。
この映像は、ちょっとギターの音量バランスが低くてそのへんがわかりにくいですが。
Presence までのこの時期に到達した地点から、次はどこへ意識を向けるのか。
3rd や Houses Of The Holy など、意識を進歩させた後に、常に小休止というか足踏みのアルバムを出してきた彼らが、今回もやはり In through The Out Door というアルバムを出して小休止。
どこまで本気なんだかよくわからないけれど、やるときはやってくれる彼らです。
次のアルバムを期待していた矢先に、ジョン・ボーナム急逝の報。
その次に彼らが新たな意識で目指そうとしていた地点は、永遠にわからないままになってしまいました。
ところで、テーマとはまったく関係ありませんが、1985年のライブ・エイドで、ジョン・ボーナム亡き後の彼らが、フィル・コリンズと共演していたことを今知りました。
Zeppelin と共演したくてたまらなかったフィルが策を講じて共演にこぎつけたものらしいですが、けっこう驚き。
演奏自体、ライブアルバムの時からかなり退化したものではありますが、それなりに面白い。
1973年ごろ、ロバート・プラントは喉を壊したそうです。
喉を壊す前は、同じ曲でもメロディラインも違うし、高音の伸びがいいです。
喉を壊してから、歌い方が変わっていきましたね。
ちなみに、Physical Graffiti 以降は、歌い方が変わった時期です。
なので、The Song Remains The Same もその時期。
それはそれで味がある歌い方で、好きです。