泪橋が居させてくれた
お久しぶりです。
Тамаこと、玉田和成です。
…人生再起16周年を迎えると共に、
御報告や御知らせがある--
初めに、仕事に関する御報告。
不登校学習支援業の仕事を、
4月15日をもって、退職した。
…ここ最近、あまり仕事の話をしなくなり、
初対面の方から職業を聞かれた際には、
はっきりと答えられなかったりもして、
御気づきの方もいらっしゃったかもしれないが…
…実は、もう、ここ最近は、
勤務先に籍が置かれていただけで、
勤務実態がない状態であった。
それに伴って…
大切なキャリアがなかったことになるのは、
非常に心苦しいことではあるのだが、
自身の心苦しさより、信義則に従い、
いずれにせよ、私の場合は、副業で、
医薬品登録販売者の有資格者としても、
兼業して、働いてきたため、
職歴に空白は生じないということもあり、
特に、今は、政党の党員という立場でもあるため、
党の一員として、自身の言動や立ち居振る舞いは、
党の信頼にも関わってしまうので、
この不登校教育支援業の仕事に関しては、
今後は、職歴として公称しないこととする。
力不足に終わってしまい、
大変、申し訳なかったが、
さすが、不登校生の方々に、
寄り添う仕事というだけあって、
職場の皆様方は、最後の最後まで、
とても温かい御言葉をかけてくださった…
大変、御世話になりました。
当面の間は、副業として兼業してきた、
医薬品登録販売者の仕事を、
同じ勤務先で、雇用形態を契約変更し、
本業として、続けていく予定なので、
全国に事業所を展開している企業ということもあり、
異動もして、新たな事業所にはなるが、
改めて、頑張っていきたい。
さて…
16年前、人生再起を成し遂げ、
新たな地に移住・定住し、
新たな自分自身として、
新たな人生が、スタートし、
人生再起後も、波瀾万丈と苦悩が続きながらも、
再起後の人生は、建設と前進を果たしていき、
その後、悲しいことに、付き合っていた恋人によって、
再びの人生壊滅の危機(第二次転落人生)に導かれるも、
心支えとなってくれた存在の御蔭もあって、
再起後の人生を護る、過酷な闘いに勝利し、
樹立した新体制の下、改めて再スタートし、
苦労が祟ってか、途中からは、
(容態は長期安定しているが、)
不治の病も抱えるなど、困難な環境のなか、
不幸な過去の清算から、新たな未来の夢まで、
余生から、身辺整理までをも、何もかも全て、
悔いなく果たせはしたのものの、
人生の存続を支えていた新体制が崩壊し、
再起後の人生は生き終えてしまい、
音楽活動も引退することとなり、
以降は、ひっそりと過ごしていたが、
この2年間は、残された余命の時間を活用し、
新たに出会った政党の党員として活動しながら、
新たなことに取り組んでいくこととなり、
この一年は、党の選挙運動の支援に参加しながら、
オンライン制大学院で、行政法などを学修し、
想い入れ深い地へ、旅行にも出かけ、
2年前に、やってみたかったことは、
全て、やり切ることができた。
…第二の人生は、これをもって、
“完全終結”を、宣言する。
そして…
…凄惨な、(第一次)転落人生により、
故郷・友人・家族、自分自身さえも、
何もかも、全てを、失い、
家出をしての、各地を転々としての、
孤独で壮絶な、人生再起劇の果て、
運命的に導かれ、最終的に辿り着き、
第二の人生を生きた地は、
奇遇なことに…
在日韓国人の方々が非常に多く居られたり、
かつて被差別部落が存在した歴史もあったり、
ドヤ街の山谷地区があったりと、
差別や貧困など、困難な境遇に、
苦労する人々の、居場所となっている、
荒川区であった。
16年間、居場所になってくれて、
本当に、本当に、ありがとう。
…“9月29日”に、
重大発表があります。
…皆さんは、今の自分の、
“全てを終えた場所”、
“全てが始まった場所”、
どちらで、生涯を、
全うしたいですか?
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民力結集タイム
お疲れ様です。
元・ミュージシャンの、Тамаこと、
現・立憲民主党員の、玉田和成です。
半年間の政党活動報告--
(※昨年の9月までの活動については、
2025年9月30日のブログ記事を御参照。)
昨年の10月は、所属する党内グループ、
社会民主主義フォーラムの、
地方本部ではなく、中央本部の、
総会に、初めて参加、
昨年の11月は、社民フォーラムの支部が、
荒川区と葛飾区で合同ということもあり、
葛飾区議会議員選挙にて、
社民フォーラムが応援していた、現職の、
門脇翔平・議員(残念ながら御落選・後に御離党)と、
荒川区の議員の方々が応援していた、新人の、
鬼頭すみ・候補(御当選)を、支援、
その他、人権問題に関する、
デモの参加や遠征しての視察も行なった。
そして、僅か約1年での、急な議会解散による、
衆議院議員選挙も、行われたが…
…衆議院においてのみ、なんと、
立憲民主党と公明党による新党、
『中道改革連合』が、結党され…
…たしかに、中道政党の、公明党と、
保守系や改革派も包括する穏健なリベラル政党の、
立憲民主党は、親和性があり、
実際、私も、公明党の、
平和主義的な理念や福祉政策実現の実績は、
以前から評価しており、
選挙の際には、消去法ではあったが、
公明党に投票したこともあり、
そして、選挙運動の現場では、公明党の方々は、
とても熱心で親切で、組織的な行動力や発信力もあり、
色々と学ばせていただき、リスペクトもしており、
また、私も、別の左派系政党から、
軌道修正して、合流して来た党員であるが、
連立与党も経験してこられた公明党との連携は、
政権交代を目指す政党として、より現実路線に、
軌道修正する、良い機会にもなったため、
公明党との連携には、
むしろ、大賛成である。
しかしながら…
小さな新興政党というわけではない両党を、
解消して新党にまでしてしまうということは、
両党の、独自性、組織的バックグラウンド、
歴史的な重みまで、蔑ろにしてしまうことになり、
結果として、中道改革連合は、惨敗し、
立憲民主党系に関しては、127議席も減少という、
史上最悪の結果となってしまった…
…衆議院においてのみ中道改革連合という、
新しい政党の在り方にも理解はしつつ、
公明党との連携も深めつつ、
参議院・地方政治においては、
立憲民主党が存続していくことを願い、
党再建の、一端を担っていきたい。
…さて、長年、ミュージシャンとして、
音楽活動を行なっていた私が、
引退後は、こうして、政党の党員として、
政党活動を行なってきたが…
…思い返せば、それまでも、
音楽ができなくなった時、そこには、
いつも、“政治”があった--
初めて政治と出会ったのは、大学時代。
楽しい大学生活に恵まれた一方、学外では、
大学入学と共に結成し、活動していたバンドが、
メンバーの不祥事により、活動休止となり、
さらに、高校時代に凄惨な転落人生に見舞われ、
全てを失っていた、自身の人生も、再起するため、
孤独で壮絶な日々に、苦労することとなっていた中で、
格差社会や社会的差別に、疑問を抱くようになり…
…そんな時、大学での学問を通して、
そうした社会に対する疑問を解き明かす、
政治的な思想と出会ったのが、
全ての始まりであった。
時は流れ、大学卒業後、バンドでの活動が終了し、
就職して働きながらアマチュアで、
ソロデビューすることになっていたものの、
当時に交際していた女性が事件を起こした影響で、
ソロデビューが延期となってしまい、
仕事や日常生活も犠牲となってしまい、
何もできないまま、苦しんでいた時、
合流前の政党と出会い、
音楽活動の傍ら、
政治活動も行うこととなった。
…そして、音楽活動を引退することとなり、
人生も生き終えてしまい、生きる理由を失くした時、
ちょうど、当時の所属政党が合流し、出会ったのが、
立憲民主党であった。
立憲民主党は、他党から合流して来た私を、
温かく迎え入れてくださり、
残された時間は、立憲民主党での、
政党活動に、取り組むこととなり、
選挙運動支援をメインに、微力ながら、
御力にならせていただくことができ、
そうして御当選された議員の方々により、
政策が実現されていき、
選挙運動の現場では、枝野幸男・元官房長官、
海江田万里・元経済産業大臣、長妻昭・元厚生労働大臣、
泉健太・元内閣府政務官、小川淳也・元総務政務官と、
大学時代に、テレビで観ていた、
旧・民主党政権の方々に、御会いできたりもして、
夢のような日々であった。
旧・民主党時代には、
『最大多数の最小不幸社会』を掲げ、
2017年の野党再編の混乱のなか、
『あなたのための政治』を掲げて、
結党された、立憲民主党は、
もう独りで消え去るだけだったはずの私を、
置き去りにはしなかった。
私は、そんな立憲民主党に、
恩を返していきたいし、
私もまた、立憲民主党員として、
置き去りにされた人々に、
寄り添っていかなければならない。
立憲主義を現実的に守る政治、
多様性を尊重する包摂社会の実現、
持続可能な新たな社会保障モデルの構築、
それらを、未来を生きる人々に、遺せるよう、
旧・民主党時代に掲げられていた、
『民力結集』、
立憲民主党でも掲げられていた、
『さぁ、力を合わせて』のスローガンの下、
これからも、立憲民主党と、
生きていけたらいいなっ。
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追贈
お久しぶりです。
Тамаこと、玉田和成です。
生きてます。
この年度末、
横浜国立大学大学院・国際経済法学専攻の、
社会人リカレントプログラムを、
修了した--
…音楽活動を引退し、人生も生き終え、
残された余命の時間では、
新たに出会った政党、立憲民主党での、
党活動に取り組んでいくこととなったため、
行政法や労働法を学び、
政党活動や労働組合との連携に活かせたらと思い、
1年前、
横浜国立大学大学院・国際経済法学専攻の、
“社会人リカレントプログラム”に、
(※履修証明プログラム・オンライン制)
入学したのであった。
(※詳しくは、2025年4月10日の、
ブログ記事を、御参照。)
春学期は、大学時代に法学を学んでおらず、
大学卒業からは13年もの時が経っていたため、
まず、入門科目やアップデート科目等で、
基礎学習や学び直しを行うことにし、
入門科目、
『社会人のための実践法学入門』と、
アップデート科目、
『変わりゆく社会と法』では、
刑法、民法、家族法、商法、
知的財産法、行政法、経済法、
民事訴訟法、刑事訴訟法、法哲学と、
法学の各分野を、最新の法改正や議論も踏まえて、
幅広く、学ぶことができ、
行政法科目、
『公務員のための法学』では、
具体的な判例と共に、解りやすく、
ディスカッションも交えながら、楽しく、
行政法の基礎を学ぶことができ、
不動産関連の財産法科目、
『不動産取引をめぐる法的問題』では、
弁護士の方をゲストに御招きしての授業や、
事例研究も交えて、
かつて勉強した不動産関連法を、
学び直すことができた。
秋学期は、春学期に学んだ行政法を、
修士課程の特論科目で高度に学び、
新たに、労働法も学び、
また、春学期に履修した科目を通して、
実務的な手続法である、
“民事訴訟法”に、関心が湧いたため、
入学当初の予定を変更し、
演習科目(『法的文書作成II』)は履修せず、
民事訴訟法を学ぶことにし、
民事訴訟法科目、
『民事訴訟での紛争解決』では、
手続法だけではなく、実際の訴訟の手順や、
裁判において適用される判例法理も含めて、
実務的に、民事訴訟法を学ぶことができ、
労働法科目、
『労務管理と法I』では、
アンケート形式で意見も述べ合いながら、
判例評釈の課題も交えて、
主体的に、労働法を学ぶことができ、
行政法の特論科目、
『行政法特論』では、
修士課程の特論科目ということもあり、
本格的に、行政法を深く学ぶことができ、
ちょうど、期末レポートの課題が、
地方自治に関する任意のテーマということで、
履修証明プログラムには、修士課程とは違い、
修士論文の執筆がないということもあり、
これを、修士論文の代わりのつもりで、
1年間の集大成として、取り組むことにし、
『地方自治における政策実現のプロセス』を、
テーマとして、
地方政治において、
政策が条例として制定され、
実現していく過程をまとめ、
根拠法や判例も示しながら考察し、
自身の見解も論じた。
オンライン制とはいえ、
働きながら、週3,4科目の授業を受け、
毎回のミニレポートやミニテスト、
期末レポートの課題にも取り組むのは、
なかなか大変で、
履修証明プログラムとはいえ、
高度で専門的な大学院の科目は、
大学で法学を学んでいなかったということもあり、
かなり難しい内容も多かったが、
楽しく学ぶことができ、
論理的思考力も培うことができた。
オンライン制なので、通学は不要で、
各種手続も、郵送で行うことができたのだが、
入学手続と秋学期の履修登録手続は、
せっかくなので、現地を訪れて行い、
大学生協で、横国グッズの、
クリアファイルを、購入し、
学食(第2食堂)で、名物メニューの、
『横国パワー丼』(豚肉スタミナ焼き丼)と、
学生には経済的にも健康的にも優しい、
100円未満の多彩な副菜から、
味噌汁と、オクラのおひたしも、注文し、
さすが、学食なだけあって、
横国パワー丼も、味噌汁も、
若い学生向けのスタミナ満点の味で、
歳のせいか、さっぱりとした、
オクラのおひたしが、一番美味しかったが、
都会的な横浜の地にありながらも、
閑静な郊外のキャンパスを歩きながら、
教養や知性が溢れながらも、
自由で個性的な学生生活を過ごす、
多様で進歩的な学生達の姿を見て、
大学時代の自分を思い出し、
懐かしい気分にも浸りながら、
大学卒業以来、約13年振りに、
学生気分を味わうこともできた。
こうして、この期に及んで、まさかの、
本来の自身の学力よりもワンランク上の、
難関~超難関レベルの国立大学の、
高度で専門的な学術研究機関である、大学院を、
オンライン制の履修証明プログラムとはいえ、
院試に合格し、入学でき、
1年間、社会人大学院生として、
働きながら、修学し、
専門的知識や論理的思考力を培い、
修了要件単位を修得し、
修了できたことを、誇りに思う。
横浜国立大学大学院の、
全ての関係者の皆様方に、
心から、この上ない、
感謝を、申し上げたい。
ここで学んだ行政法を、
政党活動に、
時間の許す限り、
活かしていきたい。
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『サイコキネシスの可能性』を、もう一度…
お久しぶりです。
Тамаこと、玉田和成です。
生きてます。
…生きて、7年半振りに、
“旅行”に、出かけてきた。
行き先は、富山県の、
黒部宇奈月温泉--
…富山県は、12年前、
人生を再びの壊滅の危機から護る闘いに勝利し、
命を救われた、想い入れ深い地…
今回は、あの闘いの日と同じ、
2月26日から、1泊2日で、
12年前、富山市からの帰りの列車の車窓から眺めた、
富山県東部の、富山湾の海景色や、
立山連峰の雪山景色が、心に残っていたため、
ちょうど、北陸新幹線の開通に伴い、
富山県東部に、観光地への玄関口として、
開業した新駅である、
黒部宇奈月温泉へ、
旅行に出かけることにしたのであった。
北陸新幹線で、東京から約2時間…
黒部宇奈月温泉に、到着。
まずは、“北陸の銀閣寺”とも言われている、
由緒ある仏教寺院・歴史的建造物、
『天真寺・松桜閣』へ。
冬は開館していないのだが、
庭園は、無人で開園しており、
料金箱に観覧料(100円)を支払い、
見学することができる。
昔、隣の石川県に用事があった際に立ち寄った、
兼六園を想わせる、
古風で品格のある庭園で、
とても趣深かった。
続いては、富山線で海側へ向かい、
富山県東部の中心都市、魚津へ。
海沿いを歩きながら、魚津港へ向かい、
12年前、遠くから眺めていた、富山湾を、
目の前で一望することができ、
とても感動した。
魚津港には、食堂があり、
富山湾で獲れた海産物を、
食べることができるので、
海鮮丼と牡蠣フライを、注文。
蟹・甘エビ・イカ・サーモン・鰤・鯛・まぐろの、
海鮮丼に、しじみの味噌汁も付いていて、
新鮮な海産物の数々を味わうことができ、
獲れたて揚げたての牡蠣フライも、
ジューシーで、とても美味しかった。
続いては、富山線で山側へ戻っていき、
そのまま、終点の、宇奈月温泉へ。
富山県を代表する温泉観光地だが、
真冬の季節は、極寒・豪雪の雪山であり、
名物のトロッコ列車も運休となっており、
スキー場はあるが小規模なので、
さらに、平日ということもあり、
観光客は、非常に少なく、
のびのびと観光することができた。
温泉街には、実際に使用されていた、
木製の引湯管が、展示されていた。
(※現在は合成樹脂製の引湯管に換わっている)
この木製の引湯管は、源泉から温泉街まで、
温泉湯を運ぶために設けられていたのだが、
その一部が私有地であったため、地権者が、
引湯管の撤去もしくは土地の買取を求め、提訴、
(『宇奈月温泉事件』)
しかしながら、所有権があるとしても、
温泉街に損害を与える引湯管の撤去や、
高額での土地の買取を、請求することは、
“権利の濫用”であるとして、地権者側が敗訴となり、
この判例を基に、権利は濫用してはならないと定めた、
民法1条3項が、実体法上に明文化されたため、
法学に関連する、重要な資料でもある。
ちょうど、この一年は、オンライン制大学院で、
国際経済法学を専攻し、働きながら学んできて、
この年度末で、修了予定であるため、
学んできた法学に関連する重要な資料を拝見し、
より見識を高めることができた。
名物のトロッコ列車は、冬は運休となっているが、
温泉街の片隅には、実際に運行されていた、
トロッコ列車の車両が、展示されており、
かつては、鉄道で旅をすることが趣味であったため、
興味深く、拝見させていただいた。
一旦、温泉街を離れ、
『宇奈月親水公園』へ。
滝が流れる川沿いに、遊歩道が設けられており、
夏であれば、避暑地として、
心地よさそうな観光スポットであるが、
冬は、雪が高く積もって埋もれていたため、
遊歩道を散策するつもりであったが、断念し、
予定より1時間早く、宿泊先にチェックイン。
過去の旅では、インターネットカフェ、
カプセルサウナ、ゲストハウス、
ユースホステル、ビジネスホテルにしか、
宿泊したことがなかったのだが、
今回は、初めて、一般的な、
観光ホテルに、宿泊。
廃業した老舗の温泉旅館を、
大手ホテルチェーンが再建した、
観光リゾートホテルで、
客室は、昔ながらの旅館の和室でありながら、
近代的な洋風のベッドや設備を兼ね備えており、
風情を感じられつつ、快適に過ごすことができた。
リゾートホテルなので、娯楽設備が充実しており、
卓球やカラオケやゲームなどがあり、
予定より早く到着して、時間があったため、
元・ミュージシャンで、歌を歌うことが好きなので、
温泉観光地で異例の、一人カラオケ。
12年前の、想い出の曲を、
感傷に浸りながら、熱唱した。
魚津で食事をしてきたため、
そこまで空腹ではなかったが、
予約した宿泊プランが、
1泊2食付きであったため、夕食。
ビジネスホテルの朝食ようなビュッフェ形式で、
富山料理を色々とつまむことができ、
特に、富山ラーメンや鱒寿司は、
12年前の想い出の味なので、懐かしかった。
夕食後、満腹で眠くなったことに加え、
いつも、仕事が昼下がりから深夜なので、
昼に起床、深夜に帰宅、翌早朝に就寝しているため、
寝ていなかったということもあり、仮眠。
仮眠後、誰もいない深夜に、
ようやく、メインの、温泉へ。
サウナで温まった後、
露天風呂で、クールダウンし、
夜空の月を眺めながら、
立山連峰の源泉かけ流しの天然温泉で、
旅の疲れを癒し、就寝。
仮眠していた分、短めの睡眠時間で、
翌日は、早めに起床し、
誰もいない早朝に、温泉で朝風呂。
露天風呂では、深夜には見えなかった、
立山連峰の雪山が、目の前に聳えており、
とても感慨深かった。
朝食ビュッフェも、夕食同様、
富山料理を色々とつまむことができ、
氷見うどんや氷見牛カレーなど、
新たな富山料理と出会うこともできた。
さて、最近の温泉観光地には、
保養リゾート観光地のような、
文化的な美術館やオシャレなカフェがあり、
宇奈月温泉にも、近年に開業した、
美術館やカフェがあるため、
この日は、美術館とカフェで、
のんびりと過ごすことに。
チェックアウト後、『セレネ美術館』へ。
宇奈月温泉の四季の情景が、
岩絵の具なども使用して描かれた、
風景画の数々が、展示されており、
館内BGMには、オリジナルの、
α波音楽が、流れており、
心身共にリラックスして、
芸術鑑賞を行うことができた。
最後は、『アルペンチーズケーキ』へ。
店名の通り、立山連峰の雪山を表現した、
チーズケーキが名物メニューの、カフェで、
高齢者の観光客が多い、宇奈月温泉だが、
このカフェは、若者の観光客で賑わっていて、
オシャレなカフェのテラス席で、
若者達に混じって、
澄んだ空気に包まれながら、
雪山の温泉街の景色を眺めながら、
滑らかな口溶けのチーズケーキと
上品な香りのアイスティーを、嗜み、
優雅な時間を過ごした。
ちなみに、カフェの店内には、
乃木坂46の、遠藤さくらさんの、
サイン色紙が、飾られていた。
懐かしいですね…
…乃木坂46は、12年前、富山での、
あの過酷な闘いの、辛かった時、
心支えになってくれた存在であった。
こうして、生涯最後の旅を、
終えたのであった。
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明日があった理由
お疲れ様です。
元・ミュージシャンの、Тамаこと、
現・立憲民主党員の、玉田和成です。
…音楽活動を引退し、人生も生き終えた私は、
かつて音楽活動の傍ら行なっていた、
地域(荒川区)での政治活動の流れを汲む活動として、
1年前、立憲民主党での政党活動を、
新たな方針で、改めて再スタートし、
残された余命の時間で、
取り組んでいくこととなった。
(※2024年9月30日のブログ記事を御参照。)
1年間の活動報告--
昨年の9月、衆議院議員選挙の選挙区の改組に伴い、
前年に新たに発足した、
東京29区(荒川区・足立区の一部)総支部の、
党員集会に参加し、
また、党代表選挙も行われ、
野田佳彦・新代表が御就任なさり、
奇遇なことに、新たな総支部と代表の下で、
改めての政党活動は、再スタートした。
昨年の10月は、衆議院議員選挙にて、
元職の木村剛司・候補を支援。
(残念ながら、御落選。)
なお、衆院選の2週間後、
荒川区長選挙と荒川区議会議員補欠選挙も行われ、
区長選は、西川太一郎・区長が御勇退なさり、
(5期・20年、お疲れ様でした。)
新たな区長を選ぶ選挙となったが、
立憲民主党は、区議補選ともに、
自主投票となり、
西川区長は、選挙の際には、公明党をはじめ、
自由民主党からも、旧・民主党・民進党からも、
日本共産党と新興政党を除く全政党から、
推薦されてきたが、
今回、西川区政を継承する立場の候補者は、
自民党推薦と旧・民主党系に分かれていたため、
(※西川区長は両候補とも応援)
無所属で、議員時代は、旧・民主党・民進党を経て、
都民ファーストの会に所属なさっていた、
元・東京都議会議員の、滝口学・候補に投票し、御当選、
区議補選は、政党公認候補者が、
自民党と共産党しか立候補しておらず、
“非・自民・非・共産”の立場から、
両候補とも支持できないため、
全候補者を支持しない意思として、
“白票”を投票した。
昨年の12月は、所属する党内グループ、
社会民主主義フォーラムの、
全国交流会(オンライン形式)に参加し、
元・厚生労働大臣の長妻昭・衆議院議員を御招きしての、
党が目指す社会についての、記念講演も御聞きし、
前年までは、党の活動・政策をテーマとした、
分科会が行われていたが、
旧・社会民主党からの合流者で発足した、
社民フォーラムも、
私のみならず、多くの会員が、
党に融和してきたようで、
前年までの、党内での組織建設に関するテーマから、
この年は、党員としてのテーマに切り替わり、
衆院選での選挙支援活動について、
全国の党員・会員の方々と、
議論や情報交換をさせていただいた。
地域で個人や社民フォーラムの支部で、
参加していた、人権運動は、
他地域や全国的な活動への参加に切り替え、
党勢拡大に繋げていく方針となったため、
地域で個人で参加していた、
部落差別問題に関する活動としては、
昨年の11月に、狭山差別裁判の再審を要求する、
都心での全国的なデモに参加し、
狭山差別裁判再審と部落差別根絶を訴えると共に、
『差別のない社会へ!(※党綱領の一部)
立憲民主党(※党ロゴマーク)』という、
自作のプラカードを掲げ、党の宣伝にも繋げた。
(※3月に御逝去された、狭山差別裁判の、
冤罪被害者である、石川一雄さん、
御冥福を御祈り申し上げます。)
4月は、総支部からの要請で、
東京都連合会の定期大会に、
出席させていただくこととなり、
活動報告や活動方針を共有し、
選挙に向けて、一致団結した。
6月の、東京都議会議員選挙では、
隣の足立選挙区にて、
現職の銀川ゆい子・議員を支援し、御当選。
なお、荒川選挙区では、
立憲民主党の候補者が立候補しなかったため、
前述の通り、“非・自民・非・共産”、さらに、
“非・新自由主義・新保守主義系新興政党”の立場から、
(※日本維新の会、都民ファーストの会、
再生の道、参政党など)
自民党、公明党、共産党、
都民ファーストの会、再生の道のうち、
消去法で、公明党の慶野信一・議員に投票(御当選)。
7月の、参議院議員選挙では、
東京選挙区にて、現職の、
塩村あやか・議員・奥村政佳・議員を支援し、
(※総支部では塩村議員の支援を主に担当)
塩村議員は、(補欠選挙分で)御当選、
奥村議員は、残念ながら、御落選、
全国比例区では、奇遇なことに、
党の総支部と、社民フォーラムの地方本部が、
主に支援する候補者が、一致し、
現職の森屋隆・議員を支援することとなり、
立憲民主党は比例区で7議席を獲得したものの、
森屋議員は、残念ながら、御落選。
また、この選挙では、総支部からの要請で、
開票立会人を務めさせていただくこととなり、
なかなか貴重な経験となった。
今後の予定は、
10月は、地方本部ではなく、
中央本部では、初めての参加となる、
社民フォーラムの総会、
11月は、社民フォーラムの支部が、
葛飾区と合同ということもあり、
葛飾区議会議員選挙の支援、
昨年同様、秋は、部落差別糾弾デモ、
年末は、社民フォーラムの全国交流会、
また、地域の社民フォーラムの支部で参加していた、
在日韓国人差別問題に関する活動として、
奇遇なことに、政治的な思想と出会った大学時代、
大学生活の初期を過ごした地でもある、群馬県にて、
『朝鮮人労務動員犠牲者追悼碑撤去問題』が、
ちょうど昨年に、発生したということもあり、
関連する活動に、参加したい意向である。
ちなみに、3月に、引退した音楽活動の、
1日限定復活ライヴを開催した際に、
ミュージシャン時代、音楽活動用に使用していた、
SNS(Twitter(現・X)・Facebook)の公式アカウントを、
3年振りに再開したため、
せっかくなので、翌月、4月より、
政党活動用として再利用することにして、
リアルタイムでの活動報告も行なっているので、
現在、ブログの更新頻度は、極めて低いため、
人生の状況も鑑みて、生存確認も兼ねて、
フォローや投稿の閲覧をしていただければと思う。
◎X(旧・Twitter)
◎Facebook
(※現在、主流となっているSNS、
『Instagram』の公式アカウントは、無し。)
立憲民主党は、昨年の衆院選では、
148もの多くの議席を獲得し、
社民フォーラムからも、大分2区にて、
現職の吉川元・議員に加え、
前年に御逝去された、最高顧問を務めておられた、
又市征治さんの地元でもある、富山1区にて、
新人の山登志浩・候補も、(比例復活で)御当選なさり、
今年の都議選では、42%も議席数が増加し、
社民フォーラムからも、世田谷選挙区にて、
現職の風間ゆたか・議員に加え、
新宿選挙区にて、社民フォーラムが特に応援していた、
新人の三雲崇正・候補も、御当選なさり、
今年の参院選では、新興政党の台頭や、
支持率が上昇している、同じ旧・民主党の流れを汲む、
国民民主党との、競合の影響もあってか、
衆院選・都議選に比べれば厳しい結果にはなったが、
なんとか議席数を維持することはでき、
社民フォーラムからは、大分選挙区にて、
代表を務められておられる、
元職の吉田忠智・候補が、御当選なさり、
社民フォーラムも、その一端を担いながら、
立憲民主党は、党勢を拡大しており、
最大野党としての実績を積み重ね、
政権交代へと向かっている。
立憲主義が守られる政治、
多様性を認め合う社会の実現、
持続可能な社会保障制度への改革、
それらを、私亡き後、
未来を生きる人々に遺すため、
さらなる政策の実現と政権交代を目指し、
立憲民主党の党勢拡大の一端を、
最期まで、
担っていきたい。
Android携帯からの投稿
涅槃にハウリング
お久しぶりです。
Тамаこと、玉田です。
生きてます。
…生きて、
人生再起15周年を、
迎えることができた--
凄惨な、(第一次)転落人生により、
故郷・友人・家族、自分自身さえも、
何もかも、全てを、失い、
家出をしての、各地を転々としての、
孤独で壮絶な、人生再起劇の果て、
15年前…
人生再起を成し遂げ、
新たな地に移住・定住し、
新たな自分自身として、
新たな人生が、スタートした。
…そんな、再起後の人生は、
人生再起後も、波瀾万丈と苦悩が続きながらも、
建設と前進を果たしていき、
その後、悲しいことに、付き合っていた恋人によって、
再びの壊滅の危機(第二次転落人生)に導かれるも、
心支えとなってくれた存在の御蔭もあって、
再起後の人生を護る、過酷な闘いに勝利し、
約11年前、樹立した、
『新体制』の下、改めて再スタートし、
苦労が祟ってか、途中からは、
不治の病も抱えるなど、困難な環境のなか、
不幸な過去の清算から、新たな未来の夢まで、
何もかも全て、悔いなく果たし、
余生も終え、身辺整理をも完了させ、
終末となっていた状況下、
約3年前…
(第二次転落人生解放以降、)
人生の存続を支えていた、
新体制が、崩壊し、
音楽活動も、引退することとなり、
生き終えたのであった。
その後は、残り僅かとなった余命を、
ひっそりと、過ごし、
死期が近いことを悟らせる、
仏様からの御告げのような出来事も相次ぎ、
覚悟を決めて、死を待っていた。
しかしながら、
あの世から御迎えが来ることはなく、
新体制が崩壊してから、2年間、
人生と命が存続した、実績を鑑みて、
1年前、『余命活用体制』が、発足し、
生存する限り、最大で2年間、
残された余命の時間を活用し、
新たなことに、
取り組んでいくこととなったのであった。
(※2024年7月1日のブログ記事を御参照。)
…この一年は、
公の舞台から姿を消し、約2年間も、
ひっそりと過ごしてきていたため、
まずは、心身の健康状態の改善と、
老化した身嗜みのケアに、取り組み、
2月には、引退した音楽活動の、
1日限定復活ライヴ(動画)を、
奇跡的に開催(配信)することができ、
そして、ミュージシャン時代から、
地域では、政治活動も行なっていたのだが、
ちょうど音楽活動を引退したタイミングで、
所属していた政党が、立憲民主党に合流していたため、
残された余命の時間では、立憲民主党の、
党活動に取り組んでいくこととし、
昨年の9月からは、立憲民主党での政党活動を、
また新たな方針で、改めて再スタートし、
また、政党活動に活かせたらと思い、
かつて、大学卒業時、大学院への進学を、
断念したということもあり、
働きながら修学できる、オンライン制の、
大学院の、院試を、受験し、合格し、
横浜国立大学大学院・国際経済法学専攻の、
社会人リカレントプログラムに、入学し、
4月より、社会人オンライン制大学院生として、
働きながら、大学院で、修学し、
行政法などを、学んでいる。
さて…
もう、人生を生き終えている私には、
年末年始すらも、なくなってしまっており、
この、人生再起記念日だけが、
唯一の、一年の節目となっているため、
かつては、年末年始に、何故か、
ネパールやインドなど、南アジアの、
エスニック・カレーを食べて、年越しをしていたので、
今日は、南アジアの国では、唯一、
専門料理店が見つからず、食べたことがなかったが、
今回、通信販売で入手することができた、
モルディブの、ツナカレー、
『マスリハ』を、季節外れの年越し気分で。
とてもスパイシーなカレーながらも、
甘いココナッツミルクが加えられていて、
ツナもジューシーで、美味しかった。
…『余命活用体制』の名の通り、
こうして、残された余命の時間を、活用し、
有意義な日々を、過ごすことができている。
引き続き、生存する限り、
残り、1年…
最期まで、よろしく、
御願い申し上げたい。
Android携帯からの投稿
タイムリミット・ロンダリング
お久しぶりです。
Тамаこと、玉田です。
…生きて、新年度を迎えることができた。
今年度も、よろしく御願い申し上げたい。
さて、新年度を迎え、新たな御報告…
この新年度より、
横浜国立大学大学院・国際経済法学専攻の、
“社会人リカレントプログラム”に、入学し、
(※履修証明プログラム・オンライン制)
社会人オンライン制大学院生として、
働きながら、大学院で修学することとなった--
…音楽活動を引退することとなり、
人生も生き終えてしまい、
以降は、ひっそりと過ごし、
最期の時を待っていたが、
あの世から御迎えが来ることはなく、
2年間、人生と命が存続した、実績を鑑みて、
昨年の7月より、生存する限り最大で2年間の、
『余命活用体制』が、発足し、
残された余命の時間を活用し、
新たなことに取り組んでいくこととなり、
(※2024年7月1日のブログ記事を御参照。)
かつて、大学卒業時、大学院への進学を、
半分は自分の意思でしない選択をしたが、
半分は事情により諦めたため、
また、ミュージシャン時代から、
地域では、政治活動も行なってきて、
ちょうど音楽活動を引退したタイミングで、
それまで所属してきた政党が、
現在の所属政党に合流したということもあり、
残された余命の時間では、所属政党の、
党活動に取り組んでいくこととなったため、
(※2024年9月30日のブログ記事を御参照。)
大学院で、行政に関連する学問を学び、
政党活動に活かせたらと思い、
働きながら修学できる、
通信制やオンライン制の大学院に、
就学することにしたのであった。
…もう、遥か遠い大昔、
13年も前のことではあるが、
大学を卒業した当時…
当初、大学卒業後の進路は、
(他大学の)大学院・修士課程への、
進学を希望していたが、
特定の専門分野を研究しつつも、
多様な教養・知性を個性的に培うことができる、
大学とは違い、
特定の専門分野を、高度な研究で極める、
大学院は、私には少し合わないと思い、
また、大学時代は、
高校時代の凄惨な転落人生により、全てを失い、
家出をしての、各地を転々としての、
孤独で壮絶な人生再起劇となり、
大学に通いながら、
生活費や家賃や学費のための、
アルバイトもしながらの、
一人暮らしという生活で、
その生活は、人生再起後も続き、
経済的にも厳しかったということもあり、
半分は自分の意思で、半分は事情により、
大学院へは進学せず(できず)、
就職をしたのであった。
あれから、13年…
まさかの、人生を生き終えてしまい、
余命も残り僅かとなった、この期に及んで、
社会人向けの履修証明プログラムながら、
通学不要のオンライン制ながら、
大学院に、就学することとなった。
当初は、履修証明プログラムではなく、
通信制ながらも、あくまでも、
修士課程への、就学を希望しており、
(私の調べでは、)通信制が設けられている大学院で、
大学での入試難易度としては上位3校となる、
熊本大学大学院(※通信制ではないがオンライン制)、
日本大学大学院、京都産業大学大学院のうち、
(ちなみに、熊本大学大学院と日本大学大学院には、
修士課程の修了者が、さらに進学する、
博士課程にも、通信制やオンライン制が設けられている。)
通信制なので、遠方の大学院でも、
修学できるということもあり、
せっかくなので、関西地方の大学院で、
古都・京都の伝統文化が専門分野で、
政治史なども研究できる、
京都産業大学大学院・京都文化学研究科を、
志望校として、検討していた。
…しかしながら、通信制とはいえ、
働きながら、難解な特論科目を履修し、
高度な研究も行い、修士論文をも執筆するのは、
なかなか大変そうだと思い、
また、修士課程の修学年数は、2年だが、
余命活用体制は、最大でも、
あと1年3ヶ月しかなく、
時間が足りず、修了できないため、
他の選択肢を、模索したところ…
…2007年より、大学や大学院において、
社会人向けのリカレント(学び直し)を目的とした、
『履修証明プログラム』という課程が、
新設されており、
修了要件単位数も少なく、
修学年数も短く、学費も安く、
科目の難易度も難解すぎず、
高度な研究や修士論文の執筆もなく、
働きながら修学できるよう、
通学不要の、オンライン制も多く、
これなら、私にも出来そうだと思い、
(私の調べでは、)オンライン制の、
履修証明プログラムが設けられている大学院で、
大学での入試難易度としては上位3校となる、
横浜国立大学大学院、横浜市立大学大学院、
立命館大学大学院のうち、
法学が専門分野で、行政法なども学べる、
横浜国立大学大学院・国際経済法学専攻を、
第1志望、
(大学時代の所属学科の専門分野と同じ、)
観光学が専門分野で、観光政策なども学べる、
立命館大学大学院・観光マネジメント専攻を、
(※専門職課程の経営大学院)
第2志望とし、
院試を受験することとなった。
横浜国立大学大学院の院試は、
社会人向けのリカレントを目的とした、
課程ということもあってか、
仕事での職務経歴や大学時代の研究実績に基づいた、
志望理由や学習計画を記述する小論文を含む、
履歴書による書類審査で、
…かつての大学受験では、
高校時代は、故郷の県立共学高校では、
トップ10位内の、有名進学校の生徒でありながら、
凄惨な転落人生により、不登校になり、
学力が低下してしまったということもあり、
志望の難関私立大学の入試は不合格となり、
滑り止めの中堅私立大学に進学という結果であったため、
(※ただし、大学時代は、楽しい大学生活に恵まれ、
実は由緒ある名門大学であったことも後から知り、
人生再起を成し遂げることもでき、誇りを持って卒業した。)
大学での入試としては、
かつて不合格であった志望校よりも上位の、
難関~超難関レベルの難易度であり、
しかも、私立とは違い、受験科目数が多く、
さらに、共通テスト(旧・センター試験)を経て、
二次試験にも合格しなければならない、
国立であるため、
オンライン制の履修証明プログラムとはいえ、
合格は難しいと思っていたのだが、
なんと、合格することができた。
(第1志望校の院試に合格したため、
立命館大学大学院の院試は、出願しなかった。)
修学年数は1年、
修了要件単位数は8単位で、
(※選択必修科目2単位以上を含む)
社会人向けのリカレントを目的とした、
課程ということもあり、
1科目・1単位だが、授業回数は少なく、
一部、各自が都合の良い時間に視聴する形式の、
オンデマンド授業もあり、
大学時代に法学を学んでいない院生向けに、
大学院でありながら、入門科目もあり、
大学卒業から年数が経った社会人院生向けに、
アップデート科目もあるため、
私も、大学時代に法学は学んでおらず、
大学卒業からは13年もの時が経っているため、
入門科目で、法学の基礎を学び、
アップデート科目で、
(大学時代の卒業論文の執筆の際には、
政治哲学に関する研究をしたため、)
法哲学などの知識をアップデートし、
また、大学時代には、取得には至らなかったが、
不動産関連資格、『宅地建物取引主任者』の、
試験の勉強をしたことがあり、
大学時代の所属ゼミの専門分野であった、
自然地理学とも少し関連があるため、
不動産関連に特化した財産法の科目で、
学び直しも行なったうえで、
行政法を学び、政党活動に活かし、
労働法も学び、所属政党と協力関係にある、
労働組合との連携にも活かし、
難易度は高くなるが、修士課程の科目も、
一部は、選択することができ、
オンライン形式でも授業に出席できるため、
特に学びたい行政法に関しては、
修士課程の特論科目(※2単位)で、
高度な知識を習得し、
さらに、遺言関連に特化した行政法関連資格、
『遺言執行士』を、保有しているため、
遺言書などの公的文書を作成する、
演習科目で、実務的なスキルも培い、
政党活動に活かしていけたらと思う--
【履修科目】
《春学期》
◎社会人のための実践法学入門
(入門科目(刑法・家族法・知的財産法・経済法))
◎変わりゆく社会と法
(アップデート科目(刑法・民法・商法・
行政法・民事訴訟法・刑事訴訟法・法哲学))
◎公務員のための法学(行政法)
◎不動産取引をめぐる法的問題(財産法)
《秋学期》(※予定)
◎行政法特論(修士課程の特論科目(※2単位))
◎労務管理と法I(労働法)
◎法的文書作成II(演習科目)
横浜国立大学(・大学院)は、
その名の通り、神奈川県の横浜に所在し、
神奈川県に隣接する、東京だが、
茨城県や千葉県に近接する、東北部の、
荒川区に住んでいるため、遠いのだが、
社会人リカレントプログラムは、
オンライン制であるため、
一切、通学の必要はない。
しかしながら、せっかくなので…
記念に、一度、現地を訪れてみたいと思い、
院試の出願・受験は、郵送で行い、
入学手続も郵送で行うことができるのだが、
入学手続は、現地で行うことにし、
遥々と、横浜国立大学(・大学院)へ。
横浜駅から市営バスで約20分と、
横浜の中心市街地からは離れた郊外の、
都会的な国際港湾都市である、
横浜の街並みとは、対照的な、
閑静な丘の上の森の中にあり、
通学する学生・院生は、少し大変かもしれないが、
落ち着いた環境の中で、学習・研究に集中できそうな、
大学・大学院であった。
…奇遇なことに、横浜は、
一番好きなロックバンドの、Vocalのメンバーの方が、
ライヴ公演中に倒れ、御亡くなりになられた地であり、
かつて心支えになってくれた存在であったアイドルの、
一番に応援していたメンバーの方が、
グループを卒業なさった地でもある…
…私も、(オンライン制なので通学はしないが…)
この横浜の地を、生涯の最後を過ごす学舎とし、
生涯の最後に取り組む政党活動に、
活かしていきたい。
Android携帯からの投稿
天国からの贈りもの
元・ミュージシャンの、
Тамаです。
生きてます。
本日、3年前に引退した、音楽活動の、
奇跡の、1日限定復活ライヴ動画を、
生きて、公開させていただくことができた--
(※1日限定復活の経緯については、
2024年12月31日のブログ記事を御参照。)
【配信URL】
Тама
音楽活動1日限定復活LIVE動画配信
『天国からの贈りもの』
公開:2025年3月22日~
配信:YouTube (収録:西新井武道場)
《SET LIST》
1.Introduction-(TYPE-II) (※オープニングムービーと共に)
2.ごめんねFingers crossed(※乃木坂46のカヴァー)
3.南国
4.何も無い世界
5.ゆめ
6.『人工衛星と称する事実上の弾道ミサイルと思われる飛翔体』に乗って
[アンコール]
1.die(※BUCK-TICKのカヴァー)
…音楽活動を引退することとなり、
人生も生き終えてしまい、
あれから、3年もの時が経ち、
その間は、ひっそりと過ごし、
完全に老化してしまい、
引退後、怪我による後遺障がいも負ったため、
一部、杖突・着席によるライヴパフォーマンスとなり、
それだけの悪条件下ではあったものの、
引退時に、瀕死状態で行なった、
あまりにも、見苦しすぎた、
あの、ラストライヴに比べれば、
かなり良いライヴを行うことができ、
引退ラストライヴから繋がるような演出で、
あの世から戻ってくるシーンから始まり、
もう初期の楽曲は歌唱が困難であったため、
最後にリリースしたアルバムの収録曲のみで、
公演や生配信ではなく、事前収録映像の動画配信で、
短い時間のライヴにはなったが、
現役時代にライヴで披露したことがなかった楽曲の、
ライヴパフォーマンス披露や、
他のアーティストの方の楽曲の、
カヴァーもさせていただき、
最後は、半分は演技で、半分は本当に、
倒れてしまう演出で、あの世に帰るシーンで終わり、
(武道場の、安全な床なので、御安心を…)
“あの世から1日だけ戻ってきた”、
1日限定復活を、表現させていただいた。
御視聴いただいた皆様をはじめ、
ミュージシャン時代の、
当時の全ての関係者の皆様方に、
改めて、この上ない、
感謝を申し上げるとともに、
末永い御健康と御多幸を、
心より御祈り申し上げたい。
Android携帯からの投稿
Once upon a time.
お久しぶりです。
元・ミュージシャンの、
Тамаです。
音楽活動引退から、3年…
なんと、引退した、音楽活動の、
“1日限定復活ライヴ(動画)”の、
開催(配信)が、決定した--
Тама
音楽活動1日限定復活LIVE動画配信
『天国からの贈りもの』
【日時】
2025年3月22日 19:00~
【配信サイト】
YouTube Тама公式チャンネル
【視聴料金】
無料
※引退後、怪我により後遺障がいを負ったため、
一部、杖突・着席でのライヴパフォーマンスとなります。
3年前、2022年4月10日…
第二次転落人生解放以降、
ソロでの音楽活動と、再起後の人生の、
存続を支えていた、
『新体制』が、崩壊し、
音楽活動を、引退することとなり、
人生も、生き終えたのであった。
その後は、残り僅かとなった余命を、
ひっそりと、過ごし、
死期が近いことを悟らせる、
仏様からの御告げのような出来事も相次ぎ、
覚悟を決めて、死を待っていた。
しかしながら、
あの世から御迎えが来ることはなく、
新体制が崩壊してから、2年間、
人生と命が存続した、実績を鑑みて、
7月より、『余命活用体制』が、発足し、
生存する限り、最大で2年間、
残された余命の時間を活用し、
新たなことに、
取り組んでいくこととなり、
(※7月1日のブログ記事を御参照。)
こうして、引退から3年の時を越えて、
引退した、音楽活動の、
1日限定復活ライヴが、
公演や生配信ではなく、
事前収録映像の動画配信にはなるが、
奇跡的に、開催されることとなった。
この機会に、ミュージシャン時代の、
音楽活動用の、公式ウェブサイトを、
実は、ちょうど、4月15日より、
サイト作成サービス事業者側の仕様変更に伴い、
一部のページの表示や閲覧ができない状態となっていたため、
新仕様に合わせて再整備し、
リニューアルを行なった。
今回の1日限定復活ライヴの告知も行うので、
御確認いただければと思う。
◎Тама 公式ウェブサイト
1日限定復活ライヴ等に向けて、
約2年間も、ひっそりと過ごしてきたことは、
健康面にも悪い影響を与えたと思うので、
ちょうど、今年は、健康診断が、5年に一度の、
特別検診であったということもあり、
健康改善に取り組み、
健康診断・胃癌リスク検査・歯科健診を受け、
健康診断は、この期に及んで、まさかの、
過去6年間では最も良い健康状態という結果となり、
胃癌リスク検査は、初めて受けたのだが、
胃癌のリスクが最も低いA判定であり、
歯科健診では、少し改善すべき症状が発見されたため、
歯科医院に通い、治療を受けている。
また、音楽活動を引退し、
公の舞台から姿を消したどころか、
その後は、仕事以外は、ひっそりと過ごし、
世の中からも姿を消したような状態となり、
誰にも観られることもないので、
美容や老化防止にも、全く気を遣わなくなってしまい、
身嗜みも完全に老化してしまったため、
化粧品等の使用を再開し、
老化した身嗜みのケアを行い、
シャンプーは、愛用してきた、
FIOLEのF.Protectを、ベーシックタイプから、
より頭皮洗浄力が高い、DXに変更し、
トリートメントは、かつて、
QUENCHヘアミストを使用していた、Aujuaの、
より髪質補修効果が高い、AQUAVIAを使用し、
ハゲ対策でヘアトニックを使用してきた、
アウスレーゼは、ハゲすぎてしまい対策を諦め、
代わりに、マイルド・アフターシェーブローションで、
老化した肌を優しくケアし、
ハゲてしまい残された少ない白髪混じりの髪でも、
かつて使用していたヘアワックスの再来である、
GATSBYのエクストリームマットで、なんとか整え、
ビジュアル系時代にメイクに使用していた、
韓国の化粧品ブランド、MISSHAの、
アボカド・リップバームで、唇に健康的に潤いを与え、
かつて愛用していた香水である、
CHANELのEGOISTE PLATINUMの、
デオドラントスティックも使用し始めた。
ちなみに、復活したのは、私だけではない…
私が一番好きなバンドでありながら、
昨年、Vocalのメンバーである、
櫻井敦司さんが、御逝去されてしまった、
ロックバンド、BUCK-TICKが、
今月、なんと、新たなアルバム、
『スブロサ SUBROSA』を、リリース--
櫻井さん亡きBUCK-TICKでは、
ヴォーカルは、Guitarのメンバーである、
今井寿さんと星野英彦さんが、務められ、
元々、今井さんは、一部の楽曲で、
櫻井さんとのツインヴォーカルを務めてこられ、
星野さんも、ライヴの際には、
コーラスを務めてこられたため、
(想定していたよりは、)違和感はなく、
作詞も、多くは櫻井さんが担当なさっていたが、
元々、今井さんも担当なさってこられ、
今作では、星野さんも担当なさり、
芸術的で哲学的な変わらぬ良さと、
新たな音楽性や世界観も魅せてくださり、
一番最後の収録曲である、
『黄昏のハウリング』は、
(作詞・作曲:今井寿)
とても壮大で芸術的でありながら、
非常に繊細で感傷的な曲で、
最後は、天へ向かって鳴り響いていくような、
ギターの音で、演奏が終わり、
まるで、亡き櫻井さんへ向かって、
届きますようにと、泣き叫んでいるかのようで、
この上なく、感動し、
もうすぐ、あの世へ逝ってしまう、
状況が続いてきたなか、
先に、櫻井さんが、
あの世へ逝かれてしまったが、
生きて、遺されたメンバーの皆様方による、
新たなBUCK-TICKの音楽を、
聴くことができて、よかった。
さて…
先日、珍しく都心に用事があったため、
市ヶ谷に立ち寄り、非常に珍しい、
ブータン料理店で、ランチを食べてきた--
…奇遇なことに、年末の時期と重なったが、
かつては、年末年始に、何故か、
ネパールやインドなど、南アジアの、
エスニック料理を食べて、年越しをしていたため、
ブータンも、南アジアの国ということで、
なんだか、懐かしい気分…
『ケワダツィ』という、ジャガイモを、
チーズと青唐辛子で煮込んだブータン料理と、
ネパールやブータンの餃子、『モモ』を、注文。
ケワダツィは、濃厚でクリーミーなチーズに、
爽やかでスパイシーな青唐辛子が効いていて、
モモは、ジューシーな餃子で、とても美味しかった。
…まだ生きそうですね。
画面越し・動画配信にはなるが、
1日限定復活ライヴにて、
奇跡の、3年振りの、再会を、
生きて、
果たしましょう。
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荒川フォーラムの新宣言
お久しぶりです。
元・ミュージシャンの、
Тамаこと、
現・立憲民主党員の、
玉田です。
かつて、長年、音楽活動の傍ら、
再起後の人生を生きてきた、荒川区にて、
地域の平和・人権・福祉を護るため、
旧・社会民主党と共に、政治活動を行い、
ちょうど、音楽活動を引退し、
人生を生き終えたタイミングで、
社民党が立憲民主党に合流し、
政治活動も、地域の組織に引き継いで、
終わりにしようと思ったものの、
社民党からの合流者による党内グループ、
『社会民主主義フォーラム』の会員が、
荒川区では私一人だけとなってしまったため、
(※支部は近隣の葛飾区の会員の方と結成)
2年前、政治活動を、
“遺志継承活動”として再開し、
後継者の募集を呼びかけ、
政党活動に取り組み始めた。
(※2022年9月30日のブログ記事を御参照。)
あれから、2年…
人生を生き終え、
生存の保証もなくなったなか、
こうして、生きて、
政党活動の報告ができることを、
ありがたく思う一方、
残念ながら、後継者は、
見つけることができなかった。
しかしながら…
この2年間、政党活動を通して、
社民フォーラム以外の、
地域の議員・党員の方々とも絆が深まり、
社民フォーラムという派閥に、
囚われなくなり、
また、社民党時代は、
歴史ある少数政党であったということもあり、
若者どころか、自分より年下の党員にすら、
出会ったことがなかったのに、
立憲民主党は、最大野党ということもあり、
多くの若者の党員・党友の方々が居られ、
荒川区では、区議会議員選挙にて、
2議席目の立憲民主党の議員として、
私より年齢が若い候補者の方も、
御当選なさったということもあり…
…私亡き後の、私の遺志と、
地域の旧・日本社会党・社会民主党の伝統は、
リベラル左派・中道保守系・穏健改革派と、
立憲主義の下、多様な人々が結集する、
党内の思想や派閥の違いを問わず、
立憲民主党に、継承することとし、
遺志継承活動は、
これをもって、終了とする。
…そして、7月より、
(第二次転落人生解放以降、)
人生の存続を支えていた、
新体制が、崩壊してから、2年間、
人生と命が存続した、実績を鑑みて、
『余命活用体制』が、発足し、
生存する限り、最大で2年間、
残された余命の時間を活用し、
新たなことに、
取り組んでいくこととなったため…
(※前回のブログ記事を御参照。)
…この、余命活用体制下、
これから、また新たな方針で、
政党活動を、改めて、
再スタートする。
…まずは、その前に、
遺志継承活動として取り組んできた、
この2年間の政党活動を、
振り返りたいと思う--
【1年目(2022年10月~2023年9月)】
1年目は、社民フォーラムの活動として、
第1回・政治セミナーでは、
防衛ジャーナリストの半田滋さんを御招きし、
国際情勢や政府の防衛政策の動向と、
戦後平和憲法擁護の立場からの課題について、
第2回・政治セミナーでは、
元・厚生労働大臣の長妻昭・衆議院議員を御招きし、
党の政策課題について学び、
全国交流会(オンライン形式)では、
元・官房長官の枝野幸男・衆議院議員を御招きしての、
記念講演を御聞きし、
分科会にて、党の“活動”・“政策”について、
(※私は党の“活動”をテーマとした分科会を選択)
全国の党員・会員の方々と、
議論や情報交換をさせていただき、
東京地方本部の、
年に一度の総会に参加し、
元・首相補佐官の手塚仁雄・衆議院議員を御招きしての、
政治政策セミナーにも参加、
立憲民主党の活動としては、
荒川区議会議員選挙にて、
現職の久家繁・議員・新人の鬼頭昭行・候補、
(※南千住では久家議員の支援を主に担当)
また、社民フォーラムからの要請で、
隣の墨田区の区議会議員選挙にて、
新人の遠藤ミホ・候補の、
選挙運動を支援し、3名とも御当選、
また、社民党時代から参加してきた、
地域の人権団体や護憲団体の活動にも、
引き続き、個人で参加し、
部落差別問題に取り組む人権団体の総会では、
狭山差別裁判糾弾・再審要求闘争の経過報告を御聞きし、
護憲団体のフィールドワークでは、
隣の足立区に建立された『憲法9条の碑』を見学、
それから、社民フォーラムの、
荒川・葛飾支部では、新たに、
東京東部で最大の支部である、
隣の台東区の支部の、春闘学習会に参加し、
労働組合の方々と交流もさせていただきながら、
経済情勢や労働問題について学び、
前年までは理論学習の機会があったのだが、
この年は機会がなかったため、
同じく台東支部の、セミナーにも参加し、
経済・労働・平和について学び、
支部代表(葛飾区の会員の方)が個人で参加してきた、
在日韓国・朝鮮人差別問題等に取り組む市民団体の、
関東大震災朝鮮人虐殺についての学習会や、
東京大空襲の朝鮮人犠牲者追悼会にも参加した。
【2年目(2023年10月~2024年9月)】
2年目は、社民フォーラムの活動としては、
前年同様、政治セミナーに参加し、
第1回は、元・国土交通副大臣の、
辻元清美・参議院議員を御招きし、
憲法審査会の現況について、
第2回は、日教組の瀧本司・委員長を御招きし、
教職員の労働問題について学び、
全国交流会(オンライン形式)では、
元・官房副長官の福山哲郎・参議院議員を御招きしての、
記念講演を御聞きし、
分科会では、前年同様、党活動について、
議論や情報交換をさせていただき、
東京地方本部の総会では、
塩村あやか・参議院議員を御招きしての、
記念講演も御聞きし、
立憲民主党の活動としては、
東京29区(荒川区・足立区の一部)総支部の、
南千住地区での対話集会に参加し、
東京都知事選挙にて、
元・参議院議員の蓮舫・候補、
東京都議会議員補欠選挙では、
隣の足立区の選挙区にて、
元・足立区議会議員の銀川ゆい子・候補の、
選挙運動を支援し、銀川候補が御当選、
また、社民フォーラムの支部が、
葛飾区と合同ということもあり、
門脇翔平・葛飾区議会議員の、
対話集会にも参加、
地域の部落差別問題に取り組む人権団体の総会には、
前年同様、参加、
社民フォーラムの荒川・葛飾支部では、
前年同様、台東支部の春闘学習会に参加し、
前年にも参加した、
東京大空襲朝鮮人犠牲者追悼会では、
会場の受付係を担当することとなり、
前年に学習会に参加した、
関東大震災朝鮮人虐殺に関しては、
犠牲者追悼会に参加し、
また、支部の会員同士が、
市区町村も党総支部も選挙区も違うため、
あまり会う機会がないことに加え、
旧・社民党で党首を務められ、
社民フォーラムでは最高顧問を務めておられた、
元・参議院議員の又市征治さんが、
御逝去されたということもあり、
(御冥福を御祈り申し上げます。)
又市さんを偲びながら、支部会議を行い、
今後の活動方針などについて話し合った。
なお、この年も、理論学習の機会がなかったため、
この年は、ひっそりと過ごしていたということもあり、
学習会やセミナーには参加せず、
代わりに、過去に学習会に参加した、
労働大学出版センターの、月刊テキスト、
『まなぶ』の、年刊増刊号を、購読した。
…こうして、2年間、
社民フォーラムの組織を地域に残すため、
政党活動に取り組んできたが…
…前述の通り、党内の派閥に囚われず、
立憲民主党に継承していくこととなったため、
改めて再スタートする政党活動では、
新たな方針として、
地域での活動は、
立憲民主党の党活動をメインに参加し、
社民フォーラムの組織活動は、
主に中央本部の活動には、
これまで同様に参加していくが、
地域の社民フォーラムの支部や、
地域で社民党時代から個人で、
参加してきた活動は、
他地域や全国的な活動への参加に切り替え、
立憲民主党の党勢拡大に繋げていき、
また、他の新たなことも始まる分、
活動の頻度は減ることになるため、
選挙運動、街頭宣伝、集会、デモ等、
直接的な党勢拡大に繋がる活動を優先し、
自身が理論等を学ぶための、
組織内での学習会やセミナーの参加は、
前述の、労働大学出版センターのテキスト、
『まなぶ』増刊号の購読による、自主学習に代え、
そして、党と協力関係にある、
労働組合(中央組織)の『連合』に関して、
連合の中でも、旧・同盟系の労組は、
過去の全繊同盟での自身の経験や、
保守系労組や御用組合であるということから、
これまでは、批判をしてきたが、
党内の思想の違いを乗り越えたため、
労組内の運動路線の違いも乗り越え、
全繊同盟に関しては、非正規雇用も多く、
カスタマーハラスメントも課題となっている、
小売業や飲食業の労働者が、組合員に多く、
新型コロナウイルス感染症流行情勢下では、
エッセンシャルワーカーや休業者として、
苦難を強いられたということもあってか、
近年は、非正規雇用労働者も含む賃上げや、
カスタマーハラスメント対策等の労働環境改善に、
労使一体ながらも取り組んでいるようなので、
あくまでも、自身が組合員だった当時の、
前職の職場の労組での経験は事実なので、
過去の批判を撤回するつもりはないが、
労組で一つに団結して、
労働者の権利を守っていくためにも、
今後は、旧・総評系・旧・同盟系などと分断せず、
連合と、連携することを、支持し、
それに伴い、旧・同盟系労組を支持基盤とした、
旧・民社党、その流れを汲む、国民民主党も、
旧・民主党・民進党時代は、
同じ党であったということもあり、
違いに着目して対立するよりも、
共通点を見つけて協調し、
(次期衆院選・東京29区では、
立憲民主党と国民民主党が、
それぞれ候補者を擁立する予定であるため、
共闘関係にはなれないが…)
共闘関係となることを、
支持していきたい。
そのうえで、最終的には、全て、
党で決まった方針に、従う意向である。
…それは、決して、
長い物に巻かれるということではなく、
党と同志を、信じて…
今月、改めての政党活動の再スタートとして、
荒川区民会館にて行われた、
立憲民主党・東京29区総支部の、
党員集会に、参加した。
党員集会では、元・衆議院議員の木村剛司・総支部長、
久家繁・荒川区議会議員、鬼頭昭行・荒川区議会議員、
銀川ゆい子・東京都議会議員が、勢揃いで、
議員活動や選挙に関する御報告をなさった。
そして、先週は、
立憲民主党の代表選挙が行われ、
私は、社民フォーラムの、
吉川元・衆議院議員が、推薦人となっていた、
前代表の、枝野幸男・元・官房長官に、投票し、
結果は、野田佳彦・元・首相が、
新代表に御就任なさり、
(党内融和に御尽力なさった、
泉健太・代表、お疲れ様でした。)
党内でも最右派の保守系ということもあってか、
党内の左派・リベラル系の同志達からは、
離党まで示唆するほどの不満の声も聞こえているが…
…私は、前述の通り、
党内の思想の違いは乗り越えたため、
保守系であろうと、同じ党の同志であり、
党員として、党綱領の実現のため、
党を支持・支援していく所存であり、
しかも、野田新代表は、
かつて、民主党政権時代に、
首相も務められた方…
…政権交代を目指し、
党で一つに団結して、
闘っていきましょう。
立憲主義が守られる政治、
多様性を認め合う社会の実現、
持続可能な社会保障制度への改革、
それらを、私亡き後、
未来を生きる人々に遺すため、
残された余命の時間、
立憲民主党での政党活動に、
取り組んでいきたい。
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