前和光市長 松本たけひろ オフィシャルウェブサイト -9ページ目

外国人ラブの人も外国人排斥の人も極論が多くて困ります、というお話

外国人ラブの人も外国人排斥の人も極論が多くて困ります。

 

たとえば下記の議論、あーそっか、と素直な人は思いますよね。ところが国保(国民健康保険、保険証です。健保とか共済以外の人が入っています。基礎自治体の所管)ですが、外国人の保険料滞納率はものすごく高くて、自治体が大変苦労しています。板橋区で4割という報告がありましたが、これがまず、迷惑。さらに、外国人は母国に帰ったりして日本人よりも頻繁に回収不能になります。日本人でも逃げ切る人がいますけど、外国人は母国に帰ったりまず、払いません。つまり、若くて保険料を払わない外国人が国保に入るのは自治体にとっては回収が負担、回収できなくて大変、ということで迷惑なので、デポジットなり、出国時の補足の仕組みなり、次回入国審査でカード払いしない限り入国させないなり、雇い主の補償なり、特段の制度を検討する必要があります。そうでなければ国保なんて入ってもらわないほうが絶対にいいです。どうせ赤字で一般会計から補填しているのです。

ちなみに滞納率は4割としても過半数は払っているじゃないか、と言われるかもしれませんけど、全体で滞納率10%超の地域は少数派です。母集団の質として圧倒的にしんどいです。滞納整理ってのはそれ自体がものすごく事務費がかかる仕事であり、そういう集団は集団ごと何らかの対応をするのがセオリーです。

制度を知らないだけでは、という指摘もありますが、そういう人もいなくはないでしょう。しかし、特定の国の人は、踏み倒し指南のコンサルがいる説があるぐらい払いません。

ゴミのトラブルやご近所トラブルを含め、自治体にとって、外国人が多いことによる負担は大きいです。それは外国人を排斥するのではなく、政府が仕組みを作り、自治体にやらせるなら事務費も負担して、適切に対応しなければなりません。外国人比率が高い自治体は事務的な負担がものすごく大きいのです。

日本社会は外国人なしには成り立ちません。それならそれなりの対応を正面から社会全体で考える必要があります。

排斥はダメです。社会が回りません。

国政政治家をはじめ世間の自治体への解像度の低さは本当に残念です。


ある先生の発信から引用。攻撃が目的ではないのであえて名前は出しません。また、その他の部分については議論しません。
「「外国人による国保濫用」説について

R5年度の被保険者総数に占める外国人率は4%

なのに総医療費に占める外国人率は1.39%

つまり、比較的若くて健康な外国人が、日本の高齢者医療を支えてくれている実態は明らか。

外国人の国保加入禁止なんて、日本人の自爆行為!

出典:厚生労働省 全国高齢者医療主管課(部)長及び国民健康保険主管課(部)長並びに後期高齢者医療広域連合事務局長会議

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_54381.html 」

試論/ふるさと納税制度の6つの非合理性~ふるさと納税は学問的にはフルボッコである

導入以来、ふるさと納税を批判する論文が量産されていて、政治の世界からは見事に黙殺されています。残念なので、整理して界隈に読んでいただければと思い、駄文を書きました。

ふるさと納税は学者も官僚も大嫌い。なぜなら、基本が合理性のない○○だからです。ただ、「殺らなければ殺られる」(本文より若干歪曲して抽出)制度なので自治体は踊っています。事業者も踊っています。その陰で、手数料、広告費などどして本来、住民サービスに使えた巨額のお金が事業者の懐に流れ込んでいます。

これこそ参議院選で指摘すべきなんですよ。

 

では本文です。

 

1. はじめに
ふるさと納税制度は2008年の導入以降、寄付総額・利用者数ともに拡大を続けているが、学術的にはその制度設計および運用に多くの非合理性が指摘されてきた。その指摘は学会からジャーナリズム、政界まで幅広いが、ここでは、学術論文を中心に、ふるさと納税の非合理性について論点を整理する。ざっくりシステマティックレビューの考え方を援用しているが、適当につまみ食いしているだけであり、網羅性や学問的な厳密性はないものと考えていただきたい。


2. 検討方法
本レビュー(もどき)では、主として学術誌・専門誌・紀要等で公開されている主要論文を対象とし、①所得再分配機能の逆進性、②地域間財政調整機能の欠如・形骸化、③公的資源配分の非効率性、④租税原則・地方税原則との矛盾、⑤自治体間競争の過熱化、⑥制度利用の合理性と集団的非合理性、という6つの論点に分けて各論文の指摘を抽出した。各論文の指摘に重複が多いため、すべての論文の指摘を抽出してはいないことはご容赦いただきたい。

3. 主要論点の整理
①所得再分配機能の逆進性
橋本(2022)によると、ふるさと納税は高所得者ほど控除上限が大きく、返礼品の恩恵も大きいため、逆進的であり、所得再分配機能を弱めている。実証的にも、ふるさと納税が高所得層優遇の仕組みとなり、格差是正どころか格差拡大に寄与していることが示されている。
伊藤(2023)は、ふるさと納税が地域間の財源格差を縮小するどころか、人口1人当たりで見るとむしろ格差を拡大させていると指摘し、返礼品の内容が寄付先選択の主因であることから制度の再分配機能に疑念を呈している。
田口(2024)は所得階級別の実証分析で、ふるさと納税の利用が高所得層に集中していることを明らかにし、税負担軽減効果が高所得者に偏っていることを指摘している。

②地域間財政調整機能の欠如・形骸化
橋本・鈴木(2016)は、ふるさと納税が本来の地方交付税による財政調整機能を補完しないこと、むしろ財政力の弱い自治体への再分配機能が働いていないことを指摘している。

冨田(2017)はふるさと納税による税源移転の実態と、地方交付税制度による補填の限界、都市部自治体の純減収などを分析し、制度の偏在是正機能が限定的であることを論じている。

伊藤(2023)は、総額では格差縮小効果があるものの、人口一人当たりでみるとむしろ格差拡大効果が確認されていると述べている。

吉弘(2025)はふるさと納税には財政調整機能がないことが計量的に確認されてきたとし、返礼品重視の寄付行動が地域間再分配機能を損なっている点を指摘している。
 

③公的資源配分の非効率性
深澤(2021)はふるさと納税に大きく依存する自治体ほど、地方公共サービスの供給効率性が低下する可能性があること、また返礼品競争の激化のみならず自治体行動のゆがみが生じていることを実証的に示している。橋本(2024)は、寄付額の約半分が返礼品や事務費等の私的支出に充てられ、公共サービス財源が大きく減少している点を強調している。税収100で供給できた公共サービスが、ふるさと納税を通じて50程度に減少するという資源配分の非効率性が生じている。
吉弘(2025)はふるさと納税は本質的に税収を無駄にしている制度であり、寄付金の半分が返礼品調達やシステム費用、送付費用などに充てられていると論じている。

④租税原則・地方税原則との矛盾
水田(2017)はふるさと納税が望ましい地方税の原則である応益原則や負担分任原則に反すると指摘している。
片上(2022)は納税者の意思で納付先を選べることが租税の強制性や地方団体の課税権の原則に反していると批判している。
吉弘(2025)によれば、ふるさと納税は公平・中立・簡素の租税原則や、応益性・負担分任性という地方税原則に反している。納税者の選択による税収移転が可能となり、地方自治体の財政運営の予見可能性や安定性を損なっている。

⑤自治体間競争の過熱化

土屋(2020)は自治体間で返礼品競争が過熱し、「税の奪い合い」競争に駆り立て、自治体間の対立・分断を惹起するものと指摘している。

島田(2023)はこの制度は、「税の奪い合いの仕組み」であるとし、特に、都市と農山漁村の自治体間の対立と分断を招くことを指摘するとともに、「やらなければ、やられる」のがふるさと納税制度であると指摘している。

橋本(2024)は自治体間の対立・分断、財政の非効率が顕在化しているとしている。
吉弘(2025)はふるさと納税を巡る競争の停滞とランキングの固定化、寡占化の進行について分析し、競争の過熱と制度の構造的問題を論じている。

⑥制度利用の合理性と集団的非合理性

嶋田(2019)は前述の通り、自治体が「やらなければ、やられる」状況に追い込まれ、参加を望まない自治体も税の奪い合い競争に駆り立てられる「囚人のジレンマ」的構造を指摘し、個々の合理的選択が全体として非効率な結果を招くことを論じている。

石川(2024)はふるさと納税の関係者のメリットとデメリットについて、ある者にとってのメリットは、他の者にとっ ては反対にデメリットとなる状況を対比している。
吉弘(2025)は、制度の恩恵を受ける納税者・自治体が多数派となるため、個人・自治体の合理的行動が全体最適を損なう「集団的非合理性」を生み出していると論じている。制度の抜本的見直しや廃止を求めるインセンティブが政治的に働きにくい構造となっている。

4. 総合的評価
今回、参考文献としたすべての理論・実証研究において、ふるさと納税は現行の税制・財政制度の合理性を損なう多重の問題を抱えていることが学術的に明確に示されている。①所得再分配機能の逆進性、②地域間財政調整機能の欠如・形骸化、③公的資源配分の非効率性、④租税原則・地方税原則との矛盾、⑤自治体間競争の過熱化、⑥制度利用の合理性と集団的非合理性のいずれの論点においても抜本的な見直しや廃止を求める調査結果となっている。
ふるさと納税制度は、学問的にはフルボッコである。

 

5. 参考文献
伊藤敏安(2023)「ふるさと納税は市区町村間の歳入格差をもたらしているか?」『修道法学』45巻2号, 27-36頁

田口方美(2024)「ふるさと納税の現状と課題―所得階級別・地域別考察―」『会計検査研究』 70 巻 p. 15-32
橋本恭之(2022)「所得再分配とふるさと納税」『関西大学経済論集』71巻4号, 385-401頁
橋本恭之(2024)「ふるさと納税制度の総括」『関西大学経済論集』74巻3号, 155-173頁

冨田武宏(2017)「ふるさと納税制度による税源の偏在是正機能と限界」『立法と調査』2017.3 No.386, 88-98頁

深澤映司「ふるさと納税の受入れに伴う自治体財政の効率性への影響」『レファレンス』848号,1-30頁

水田健一(2017)「『ふるさと納税』制度とその問題点」『名古屋学院大学論集 社会科学篇』53巻4号, 43-58頁
片上孝洋(2022)「『ふるさと納税』から見る自主財政権に関する一考察」『税法学』579号, 23-43頁
土屋仁美(2020)「ふるさと納税における返礼品競争の要因と問題点」『星稜論集』135号, 33-52頁

嶋田暁文(2019)「ふるさと納税再考―その問題点と制度見直しを踏まえて」『地方自治ふくおか』69号

石川和男(2024)「ふるさと納税をめぐる諸相(1) : 制度成立と運用による変容」『専修商学論集』 119号 ,11-37頁
橋本 恭之、鈴木 善充(2016)「ふるさと納税制度の現状と課題」『会計検査研究』54号, 13-38頁
吉弘憲介(2025)「ふるさと納税の政治経済学」『住民と自治』2025年5月号

経歴は学校に行って作ればよいのである

伊東市長の事案はいずれ何らかの事実関係が確定する。まあ、大卒でも高卒でもこの選挙ではさほど関係なかったようにも思う。
さて、選挙では経歴は必ず示すことになるし、首長や国会議員となると、市議の時と違って注目度から徹底的に経歴は洗われる。
もし仮に、自分の経歴が嫌なら、ロンダと言われようと断固としてガチで学校に行けばよい。
明治のガバ研なら、現職議員ならちゃんと順序だてて用意すればかなりの確率で合格させてくれるし、かなり丁寧に指導してくれる。多分、議員活動にもプラスになる。明治は学校にプライドがあるのでそんなにやすやすとは修了させてはくれないが、無理やり勉強させてくれるので心配はいらない。
実は大学院(修士)は一定の要件を満たすと高卒でも入れる(要項にやり方が書いてある)。明治の場合もそうで、しかも、高卒の人でもちゃんと修了できている(指導教授によると指導側も大変らしいがそこは先生も頑張ってくれる)。論を立てて、リサーチし、ペーパーをまとめるというプロセスは議員には明確にプラスである。
私の場合は、子育て中だったし給与カットもしていたので、学費が安くてよい指導が受けられると聞いていた放送大学大学院にした。天川先生のゼミに入るつもりが定年で来生先生になり、碩学二人にご指導いただけたのは予想外の幸運だった。
まず1年間の科目履修で修論以外の単位をほとんどとったうえで全科生になった。
ちなみに、大学院は2年で終わるし、高卒でも準備すればどこからしら受け入れてくれるので、政治家が入るなら大学院一択である。くれぐれも一から四大に入ってはならない(中卒の人は放送大学の単位を一定数取ると放送大学が受け入れる。もちろん卒業の単位に算入されるので、議員をやっているいい大人が高卒資格認定なんて受けている場合ではない)。そんなことは趣味なので、大学院が終わってから行けばいいのである。
敬愛する放送大学の元学長の岡部先生(旧ツイッターで「私は学長です」事件でネット界を震撼させたあの岡部先生)は退職後、放送大学の学部生になり、キャンパスライフをエンジョイしておられる。こういう人が結構いるので、授業をやる側にしたら放送大学は怖い。集中講義でふと前を見たら岡部先生だった、なんてことになると生き地獄である。
明治に行ける都会の議員以外なら、放送大学もいいのだけど、地域の国公立や私学の大学院に行けば、手厚く指導してくれる。
人は見栄の生き物なのでついついキラキラした経歴を誇りたくなる。しかし、詐称は論外だし、経歴はある程度買える。
議員がこぞってとる防災士も金でとれると揶揄する人がいるが、かなり勉強させられるようだし、中身は仕事に直結、取った後のケアもあるので、今更難関資格に挑戦するよりお勧めである。手っ取り早く経歴にかけるものが欲しいなら、絶対に防災士である。損はしない。

 

追記1 伊東市の田久保市長は7月2日、会見を開き、「卒業したと認識していたが除籍だった」と発言したとのこと。うっかりかどうかも含めて実態は不明。市議選に出るときに経歴を盛ってしまった可能性があるが、市議では問題にならなくても市長とか国会議員だと目立つので「盛ってしまった」ものは露見する可能性が高い。盛らないのが一番だが、仮に盛ってしまったものがあったとしたら、早めにちゃんと訂正することである。日本社会は大学に入った、ということを評価する傾向があるので、東洋大を事情により除籍、と書いておけばよかったのである。ちなみに、中退や除籍は学歴ではないという意見があり、ごもっともだが、政治家が経歴として書くこと自体は慣例化しているし問題ない。この記事の本質ではないが、念のため補足させていただく。

追記2 除籍とは大学が学生名簿から学生を何らかの理由で取り除くこと。多くの場合、学費の未納が原因である。次によく聞くのは休学(可能な)期間を超えて休学してしまったというもの。ちなみに、悪事で除籍になるケースもある。代表例として早稲田の「スーパーフリー」の代表者。

農業政策を農業だけで語る愚

農業政策を農業だけで語るから余計にこんがらがる。

日本の小規模農業は、都市近郊では不動産業と損益通算するから成り立ってるんだよ。事業的規模という税制のハードルと、農家資格という農業委員会制度面のハードルがありつつ、資産保全のツールとしての都市農業という形が税制面から強力に後押しされている(生産緑地制度の改正により、この点は少し変化していく)。

田舎では、サラリーマンとの損益通算や年金との兼業。

最大のインセンティブは代々の土地を守ること。

そもそもこういう仕組みでなきゃ、国道16号の内側で100円の小松菜を作れるわけないよね。都市農業がこういう微妙なバランスで成り立っているおかげで都市の住民は新鮮な野菜を安く食べられる、というわけ。しつこいが、農業を農業だけで語るのが決定的な誤りなのさ。都会や近郊部ではJAバンクだって不動産金融が収益の大きな柱だからね。

ちなみに、田んぼを中心とした緑地、緩衝地帯等は都市農業の重要な機能で、だからこそ都市農業は農業者、地域住民のウイン=ウィンだけでなく、生き物の環境まで含めたトリプルウィンだと言えるわけです。特に田んぼは多様な生物の揺籃で、重要な生態系を維持しているわけですよ。

だから私は(そろそろいろいろなところで限界にきている)今の仕組みがベストかどうかは別にして、都市農業は維持すべきと考えている。

ちなみに、農業として大規模化できるところはもう、だんだんと大規模化されているなかで、小規模農業の担い手としての団塊世代が引退していくと、地方の小規模かつ効率化の難しい農地はこれまで以上に放棄されていくだろう。効率的な大規模農業と、都市近郊に代表される税制優遇によって存在する小規模農業が並立していくのが近未来。

すでに暑さに負けてエアコンを取り換えた、の巻

梅雨が来たかと思ったら夏が来た。埼玉県民にとってはいつもの暑さだが、2拠点になってから人として日和ってきた。暑さがたまらないのである。

広島では安佐南区というところにいた。広島というと瀬戸内の気候をイメージするが、安佐南区は内陸である。夏暑くて、冬は寒い。冬には雪も積もる。尾道や福山出身の学生が怒っていた。「こんなところは断じて瀬戸内ではない」と。

さらに、埼玉の平地と違うのは山があるので何の前触れもなく、何の脈絡もなく突然雨が降ることである。もちろん、埼玉もゲリラ豪雨が降るが、広島のはしばしば来る。洗濯物を干して外出などもってのほかである。近所には布団を干して外出する馬鹿者もいたが、多分濡れた布団に慣れていて平気なのだろう。

一方で、暑いといっても広島のアジトは川が近くにあるので多少風が吹く。これには救われた。なので、気温としては埼玉に近いものの、すこし体感的に涼しい。学校は同じ区内でも丘の上だったので、こちらも風が吹いた。

 

そして、勤務先が神奈川になると、風が吹くし、海が近いので明確に涼しい。3度から5度涼しい。すでに私の老体はこの涼しさの味を覚えてしまった。

横浜で副都心線に乗って、和光市駅で降りると、風のないうだる暑さに死ぬ。いつも和光ならなんともない、風のない暑さがたまらない。

人間とは贅沢なものであり、ひ弱なものである。

そこで、和光の拠点のエアコンを、10年選手のヘロヘロの老兵から、ハイパワーなものに取り換えた。といっても予算もないので新しめの中古をジモティーで見つけた業者さんにつけてもらった。シェアエコノミー万歳である。

これがかなりの威力。生きる希望を得たとはこのことである。ありがとう、ダイキン。今度の休みに、室外機カバーを買ってくるね。

6月にしてすでに危険水準にある和光の夏。くれぐれもエアコンはケチらずに、ご安全に夏を生きようではないか。