カサンドラ症候群に苦しむ人が抱く「わかって欲しい」という願いは、決して過度な承認欲求ではありません。
それは多くの場合、ごくシンプルで、「正しく理解して欲しい」という切実な思いに他なりません。
しかし、この純粋な願いが、とかくASD傾向にあるパートナーによって「承認欲求」という言葉で片付けられ、深く傷つけられている現実があります。
「わかって欲しい」という気持ちには、大きく分けて2つの種類があります。
一つは、自分を認めてもらいたい、共感してもらいたい、価値を見出してもらいたいという承認欲求です。
これは人として自然な感情ですが、時として相手の都合を無視した一方的な要求になることもあります。
もう一つは、正当なコミュニケーション欲求です。
情報を共有したい、協力のために認識を合わせたい、問題を解決したいという建設的な動機から生まれるものです。
カサンドラ症候群の人は、多くの場合、後者の正当な理由の「わかって欲しい」ですが、それにもかかわらず、ASD傾向にあるパートナーによって前者の承認欲求として決めつけられてしまうことが多いのです。
つらいですよね。
この「わかって欲しい」は、あくまでも最低限のことであり、例えば「日本語を正しく理解して欲しい」「思い込みをせず聞いて欲しい」「忘れずに覚えていて欲しい」などというものです。
「日本語を正しく理解して欲しい」という訴えは、文字通りの意味で受け取ってほしいという、ごく基本的なことです。
例えば、「AとBをしてください」と頼んだのに、全く関係のないCをしてしまったり、Aだけを中途半端にしたりするような場合です。
そこに複雑な意図や感情が隠されているわけではなく、単純に言った通りのことを理解し、行動に移してほしいと願っているだけなのです。
「思い込みをせず聞いて欲しい」というのも、過度な要求ではありません。
例えば、「どうせおれ(わたし)のことを馬鹿にしているんだ」といった根拠のない非難を受けたり、自分の感情を正直に伝えても「どうせ不満があるんだろう」「おれ(わたし)を責めたいだけだろう」と決めつけられたりします。
自分の言葉が相手に歪められて伝わり、真意とはかけ離れた形で受け取られてしまうため、非常に深い孤立感と絶望感を抱くことになります。
さらに、「忘れずに覚えていて欲しい」という願いも、パートナーとの関係性において非常に重要な要素であり、過度な要求ではありません。
過去の約束事や交わした会話、あるいは自分の好みや嫌いなこと、体調のことなど、ごく当たり前の情報が忘れ去られたり、軽視されたりすることが頻繁に起こります。
これが続けば、相手にとって自分は取るに足らない存在なんだと思っても仕方ありません。
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これらの願いは、人間関係においてごく当たり前の基盤を求めるものです。
完璧に理解してほしい、自分の感情の全てを受け入れてほしい、といった過度な要求ではありません。
ただ、自分が発する言葉や行動が、相手にありのままに受け止められ、理解されることを願っているだけなのです。
しかし、こうした願いは、しばしば「承認欲求」という一言で片付けられてしまいます。
インターネットや書籍などで「承認欲求」という言葉が一般化するにつれて、ASD傾向にある人はそれを都合の良いレッテルとして使い始めることがあります。
「そんなにおれ(わたし)に認めて欲しいの?」「おまえの承認欲求を満たすためにおれ(わたし)は生きているわけじゃない」といった言葉を、まるで武器のように振りかざすのです。
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この「理解されない」が積み重なることで、カサンドラ側の「わかって欲しい」はさらに強くなります。
どれだけ説明しても、どれだけ丁寧に話しても、相手は自分の言っていることを正しく受け取ってくれないのですから、「どうしてわかってくれないの!」という強い焦燥感や苛立ちになってもおかしくありません。
そして、この「わかってくれない!」という強い感情の表出こそが、残念ながら、ASD傾向にある人には「もっと認めて欲しいのか!」「自分のことばかりに注目して欲しい承認欲求だ!」という形で受け取られてしまうのです。
このようにして、「わかって欲しい」という純粋な願いが理解されない → さらに「わかって欲しい」と強く訴える → その訴えが「承認欲求」と誤解される、という悪循環が生まれます。
カサンドラは、この負のループの中で、ますます孤立し、精神的に追い詰められていくのです。
理解してもらおうと努力すればするほど、「しつこい人」「承認欲求の強い人」「自己中心的な人」として扱われてしまうのです。
相手に状況を理解してもらおうと詳しく説明すれば「長々と話して面倒な人」と言われ、感情を込めて話せば「感情的で話にならない」と言われ、どうしようもありません。
何をしても否定され、どんな努力も報われることがありません。
まるで、理解を求めること自体が悪であるかのように扱われ、カサンドラ側は理不尽な罪悪感を背負わされるのです。
どうかカサンドラ側の人は、自分の正当なコミュニケーション欲求としての「わかって欲しい」を、承認欲求としての「わかって欲しい」と勘違いしないでいただきたい、勘違いさせられないようにしていただきたいと思います。
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いつものように、最後に一つ注意点をお伝えします。
発達障害と診断を受けていないパートナーに対して、発達障害だと決めつけることによって夫婦問題が悪化するというケースもあります。
決めつけた側がパートナーに対して非現実的な要求をしてしまい、それがどんどん過度になっていっていることに気付けなくなる、ということが起きます。
「それって定型の人でも察するのは無理だよ」ということも「相手が発達障害だからわからないのだ」と判断してしまう、ということです。
こういう視点がないとモラハラの加害者になってしまう危険が出てきます。
こうならないためにも、第三者の目は必要に思います。
また、すべてのASD傾向の人に本記事のようなことが起こるわけではもちろんありません。
傾向といっても、程度や出方は当然それぞれ人によって違います。
予めご承知おきください。
ひとりで抱え続けてきた気持ち、必要なときは言葉にしてみてください。
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