モチベーターコーチ金子剛「自由なら無敵」ブログ -662ページ目

『習慣』の壁を越えると 2

自分が「変われる」という発見。


それは、

ある意味、

生きていることの

再発見

だと思う。



「最近の若いやつらは」と

年長者が言うとき、

若い人なら反発を覚える。


一緒くたにされる嫌らしさもあるが、

新しいものを受け入れない年長者の

凝り固まった考え方に

情けなさを感じるはずだ。



人の心が

年を重ねて行くほどに

柔軟性と

大きな包容力を失っているのを

見ると

誰しもガッカリするのだ。



生きていることが

成長とは無縁に思えるから。


磨かれるためでなく

磨り減るためにあるように

見えてしまうから。



しかし、

些細な習慣でも変えられることを

実体験すると、


自分に

柔軟性があること

変化を受け入れられること

が、証明できるのだ。



「変われる」ってことは、


未だ成長段階にある

とか、

熟しきってない

と、知ること。


熟し切って

成長が終わったら

後は

干からびて

しぼんで行くだけだ。



そうなったら、人生は

惰性で過ごす

余った時間みたいなもんだ。



変われる喜び。


年齢的に若い人には

「???」かな。



勝てないと思ってた相手に

試合で勝つとか、


苦手科目で

100点が取れたとか、


あきらめていた相手と

恋人同士になれたとか、


そんな感覚に近いかも

知れないな。


目の前が

グワーッと

拡がる感じ。


もしくは、


目の前が

大きく拡がっていたことを

再発見した感じ。


伝わる?


『習慣』の壁を越えると

たかが車を手放すということ。

だが、

僕には

高いハードルに見えた。



しかし、実際にそうなってみると


 あれだけ僕の生活に密着していたものも、

 不可欠に思えたものが無くなっても


自分自身の自由度には

何の影響もないのだ。


外部の要因には左右されないのだ。



習慣を変えるのは難しくない。

ただ、

踏み切ること。

それが難しそうに映るだけだ。

変えることが面倒くさいだけなんだ。



そして、

一番大きな驚きは、

生活習慣が変わったこと

では、なかった。



「変われる」という発見

そのものだ。



つづく



『習慣』の壁 3

前々回、前回からのつづき



18で免許を取って

それから20年くらい

ほぼ毎日

仕事とプライベートで

車を使っていた。



それが当たり前の日常だったから、

車を手放して

とても不安になった。


ガラリと

生活パターンを変える

必要に迫られたからだ。



しかし、いざ

生活を変えてみると

人は慣れるものだ。


やってみると

何てことは無いものなのだ。



当初こそ

切符の買い方が分からなかったり

路線図が

まったく頭に入ってなかったり

不慣れなことは多かったが


『案ずるより、産むが易し』ってことだ。


ほんと

人の適応力というのは

大したものだ。



車の移動では出来なかったことが

電車なら可能!

ということもある。


車中の読書もそうだ。

それまでに比べて

読書量が格段に増えた。


おまけに

眠たくなったら

寝る事だってできる。


車で運転中に

眠ったら

エライことになっちまうけどね。



こんなことがあって、

僕も思い至ったのだ。

あれこれと。



つづく


『習慣』の壁 2

前回のつづき



それまで

何処に行くのも車

という生活を送っていた。


女性とデートするのも

そこから

もっと仲良くなるのも

気持ちを告げるのも

いつも車と共にあった。



笑ってしまうが

「げっ、車が無いと、どうやってデートすんだ?」

そんな状態だった。



それでも

車とのお別れは

やってきた。



そして、

渋滞の道路を行く通勤生活から

満員電車に揺られる毎日へと

変わった。



正直なところ

「今更、満員電車になんて乗れない」

と本当に思ってた。

ビビってた・・・と言ってもいい。


仕事を続ける自信すら

失いそうだった。

情けないけど。


上手く、想像することも出来なかったんだ。

でも、


でもね、


人間ってスゴイよ。

人間って面白いね。




つづく

『習慣』の壁

学生の頃から

よく車を使っていた。


バイトに

友人の家に


ちょっと足を延ばして

海や温泉に



社会人になってからは

日々の仕事で

使っていた。



車に乗るようになって

歩くことも

自転車も

電車を使うことも

少なくなった。


近くに買い物に出るのも

どこかに出かけるのも

みんな車だった。


暑がりで

汗かきの僕は

夏に

電車に乗って出るなんて

想像できないくらいに

なっていた。



そんな僕が

数年前、

車を手放すことになった。


細かい理由はさて置き、

泣く泣くというか、

不貞腐れ状態というか、

「ちぇっ!」

な気分いっぱいだった。



それまでの

自分の人生の半分は

車と共に

過ごしてきたのだ。


もの凄い不安だった。



つづく