何かをやりたくない時、どうやって奮い立たせる?
ブログネタ:【MVP選出ネタ】何かをやりたくない時、どうやって自分を奮い立たせる?
参加中とりあえず、まずは
笑ってみる。
例えば、いま時の寒い朝、
目が覚めても、布団から出たくない。
寝起きの頭ん中には
「面倒くさいよ~」な気持ちが渦巻いている。
このまま
ぬくぬくしているのが
何よりも幸せに思えている。
ほかのことは
その幸せを壊すものにしか
思えない。
で、まずは、笑ってみる。
笑ってみると、
今日、起りそうな楽しいことに思い当たる。
「あの人に会えるなぁ~
」
とか、
「そうだ!今日は商談がまとまる日だ!
」
とかね。
そーすると、
現実逃避の布団ぬくぬくよりも
リアルな楽しみの方が
欲しくなってくる。
でも、
どう考えても、
どう奮闘努力しても
「やりたくない」ってことはある。
そん時は「やらない」ってのも良いと思う。
『やりたくないことをやる。 それが大人だ。
』
なぁんて詭弁を弄して
人を傷つけたり、
誰も幸せになれないようなことを
する位なら
やりたくないこと
やっちゃいけないことは
「やらない」のだ。
やりたくないこと
やっちゃいけないこと
これが判ってるからこそ、
やりたいこと
やるべきこと
やった方がよいこと
が、判るんじゃないかな。
愛したい?愛されたい?
ブログネタ:愛したい?愛されたい?
参加中『愛されるより、愛したい? 愛すより、愛されたい?』
そりゃ、どちらもバランス良い方が
幸せだよね。
で、僕の基本としては<愛したい>んだけど
どちらか選べと言われたら
愛されたい。
愛することは自分で決断できる。
愛するも
愛さないも
自分で決められる。
でも<愛される>というのは
相手に委ねられてる。
相手次第。
ものすご~く「好きだなぁ」とか「愛してるなぁ」
と恋焦がれても
「NO!」と言われてしまえば
どうすることも出来ない。
愛って、報われるとは限らないよね。
どんなに心から真っ直ぐ想っても
真摯に相手の幸せを願っても
必ずしも報われるわけじゃない。
だから、
相手が愛してくれるなら、
こんなに楽チンな愛は無いだろう。
これほど、安心して取り掛かれる愛は無いと思う。